7話
自転車ショップ〈サイクルンルン〉。
わかなに誘われて訪れたそこは、ファンシーな名前と外観とは裏腹に、とても本格的な商品を数多く取り扱っていました。
「自転車を選ぶ要素は大きく分けて3つありますルン!」
独特な語尾の店員さんが、笑顔を浮かべながら指を3本立てました。
「用途、価格、デザイン! だいたいこの3つで選ぶ人が多いルン!」
──自転車で何をしたいのか、予算はいくらか、どんな見た目がいいか。
自転車を購入する際はこの辺りを気にする人が多いようです。
「近所を気ままにサイクリングしたいとか、とにかく速く走りたい! とか、目的に合った自転車がそれぞれありますルン! 逆に目的に合わない自転車に乗ると、自転車にも本人にも悪い結果になりますルン! それじゃお互いに可哀想ルン!」
例えばタイヤの細いロードバイクでダートコースを走っても土に足を取られたり、衝撃に耐え切れず破損してしまったりします。当然、怪我をしてしまったりもするでしょう。
そういった道は太いタイヤに衝撃吸収機構が搭載されたマウンテンバイクであればこそ、快適に安全に走ることができるのです。
「お客様は自転車に乗って何がしたいですかルン?」
間違った自転車では望む未来は訪れないことを理解したこのみは、自分のためにも聞かれたことに素直に答えました。
「自転車に荷物積んでキャンプする動画見て、ウチもそれやってみたいな、と」
店員さんは手を打ちました。
「なるほど、ツーリングキャンプルンね!」
語尾のせいで分かりづらいですが、『ツーリングキャンプ』です。
シンプルに二輪車で行くキャンプのことで、もちろんオートバイも含みます。
「そちらのお客様もルン? ルンルン?」
「はい! 私はお二人の話を聞いてどちらも楽しそうだな、と」
うるかが頷きました。キャンプを経験し、焚き火を囲んで自転車の話を聞いて、両方に興味を持ったようです。
「ではお客様もルン?」
「僕はもうロードバイク持ってるけど、興味はありますね」
「分かりましたルン! 付いてきてほしいルン! ルンルン!」
店員さんに付いていき、お店の奥の方へと案内されました。
そこには、すらっとしたロードバイクとは違い、街中ではあまり見かけないゴツゴツとした印象の自転車がたくさん並んでいました。
「この辺りにあるのは〝ランドナー〟で──」
自転車で旅をすることを目的としたランドナーは、積載重量を考えて頑丈な作りのフレームになっていて、メンテナンスのしやすさもウリの1つです。
旅先で故障しても簡単に修理やパーツ交換ができるように、使用されている部品は汎用性の高いものになっています。物によってはホームセンターで購入できるものを採用しているモデルまであるくらいです。
と、説明してくれました。
「この辺りにあるのが〝グラベルロード〟ルン!」
グラベルロードは、ロードバイクとマウンテンバイクを足して割ったような、それぞれのいいとこ取りをした最近流行りの自転車です。
車やバイクと同じディスクブレーキを採用しているモデルが多く、雨などの悪天候の中でも制動力が落ちにくく、安心して走ることができるのが特徴です。
と、説明してくれました。
いずれも共通しているのは、荷物を積載するための拡張性に優れている、という点です。
「ツーリングキャンプをするなら、荷物を積むための荷台が付けられるこの辺りがおすすめルン!」
口調はアレですが、丁寧で分かりやすい説明に納得の頷きをする以外に動きようがありませんでした。
このみが動画で見たというツーリングキャンプも、キャリアーが前後に付いていて、左右に計4つのバッグがぶら下がっていました。
そのバッグの中にキャンプに必要な道具を詰め込んで、準備段階から楽しそうにキャンプをしていました。
「ちょっと変わり種で、こんなのもありますルン!」
次に紹介されたのは、今まで見てきた自転車とは少し違った形状のフレームで、タイヤが少し小さめでした。
「実はこれ、折り畳み自転車ルン!」
折り畳み自転車。その名の通りフレームを折り畳むことができる機構を搭載した自転車のことで、普通の自転車よりもコンパクトにできて、車に積みやすかったり、輪行しやすいのが特徴です。
タイヤが小さいので他の自転車と比べると走行能力は落ちてしまいますが、それを補って余りある携帯性と変形のロマンで根強い人気を誇っています。
と、説明してくれました。
街乗り仕様の、いわゆる普通の折り畳み自転車と、スポーツタイプの折り畳み自転車があり、店員さんがおすすめしてくれているのはスポーツタイプです。
「『輪行』って確か、わかなさんがやってたやつですよね」
膝を痛めてしまったわかながキャンプの帰りに輪行を実際にやっていたところを、うるかは横で見ていました。
わかなは頷きます。
「そうだよ。自転車バラして袋に入れるの大変なんだよね。雑に扱うとフレームに傷が付くし」
店員さんが「ルンルン」と首を縦に振って激しく同意しました。
「後輪とかチェーンに引っかかルンし、触ると油で汚れルンし、大変ですよねルン!」
「そうそう!」
自転車談義で盛り上がるわかなと店員さん。やれ改札通るのもひと苦労だとか、やれ電車内での自転車の置き場に困るだとか。
やはり苦労話が共有できるのは嬉しいようです。
「話が少しそれちゃいましたルンが、折り畳み自転車ならその苦労をある程度緩和することができルンです! ルンルン!」
と、締めくくりました。
話が盛り上がっている間も折り畳み自転車を見つめ続けていたうるかは──
「かわいい……」
──頬に手を添えて、ポツリとこぼしました。
店員さんは聞き逃しません。
「おっ、お客さんお目が高いルン! そういうインスピレーションは大切にするといいルン! ルンルン!」
店員さんの言葉に、わかながウンウンと腕を組んで頷きました。
「僕が乗ってるロードバイクも一目惚れだったし、これにして良かったって思ってるよ」
性能やら何やらと散々言ってきましたが、最終的にはその自転車に対する第一印象、あるいは〝愛〟を優先することで、後悔のない買い物になるでしょう。
「自転車でツーリングキャンプしたいならこんなところですルン!」
「ご丁寧にありがとうございます」
「どうもです」
うるかが上品に、このみが適当に頭を下げました。
「いえいえルン! もし聞きたいことがあったら遠慮せずにどんどん聞いてほしいルン! 自転車の相談は大歓迎! なんならそれ以外の個人的な相談でもオッケールン! それではごゆっくりと。ルンルン!」
終始完璧な笑顔でルンルンしていた店員さんが、音もなくそっと離れていきました。
「私、この子が良いです……!」
店員さんがオススメしてくれた折り畳み自転車がよっぽど気に入ったのか、うるかが裏返った値札に手を伸ばしました。
このみもちょっと気になったので、手元を覗き込みます。
──値札には、デカデカと〝21万〟と書かれていました。
「にじゅっ……?!」
泡を吹きそうな勢いで驚くこのみと、
「ああ、やっぱりこれくらいするんですね」
と平然と受け入れるうるか。
反応が両極端でした。
((やっぱりうるかはお嬢様だった?!))
あんぐりと口を開けるこのみとわかなの2人を見て、うるかは頭の上に〝?〟を浮かべながら首をかしげたのでした。
自転車を買うときは、結局のところ乗りたい自転車に乗るのが1番です。本当に真剣に選ぶなら試乗もしてみるといいでしょう。