36話
食べ終えた食器を綺麗に片付けて一息ついた頃、ふと思い出したようにわかなが「あっ!」と声を上げました。その声に、このみとうるかの2人はビクッと肩を跳ねさせます。
「急にどした」
「何か忘れ物でもしましたか?」
「いや、忘れ物っちゃ忘れ物なんだけど──」
わかなは椅子から身を軽く乗り出しながら、うるかに対してキラキラとした期待の眼差しを向けました。
「──ハーモニカ! ほら、うるか前言ってたじゃん『機会があったら、その時に』って!」
確かに以前、下校中に部活の話題になった時にハーモニカをやっているという話になり、聞かせてくれる約束を交わしていました。
「い、今ですか? ですけど周りに人もいますし……」
「でもほら、あそこの人」
わかなが指差す先にはアコースティックギターをかき鳴らし、弾き語りを仲間に聞かせているキャンパーさんがいました。わかなはこれを見てハーモニカの件を思い出したようです。
「まだ遅い時間でもないし、意外と音もこっちまで来てないしさ、大丈夫なんじゃないかなって」
言われてみれば、耳を澄ませばほんのりとギターの音と歌声が聞こえてくるくらいで、むしろBGMとして最適な音量です。
やるなら早くやらないと、時間はどんどん遅くなってやりにくくなってしまいます。
少し考えたうるかは「それもそうですね」と懐に手を入れると、そこから出てきたのは普通のよりも若干大きいサイズ感のハーモニカ。
横に『スライドレバー』と言うボタンが付いたクロマチックハーモニカです。
「一応、音は気持ち小さめにしておきますね」
「大丈夫!」
「いいよ」
周りへの気配りを忘れないうるかの優しさに感心しつつ、このみとわかなはそっと瞳を閉じて耳を傾けました。
「……いきます」
殆ど息声の宣言。
それから紡がれる心安らぐハーモニーは、焚き火の揺らめきが彩り、パチパチと控えめに薪の爆ぜる音が合いの手を打ってくれます。
ゆったりとしたような曲調は、徐々にアップテンポに。自然と音に合わせて体が動いてしまいます。
曲終わりのハミングも、柔らかなビブラートとともに澄み切った夜空へと染み渡って、溶けるように消えていきました。
少し気恥ずかしそうにしながら、うるかはハーモニカから口を離します。
「い、いかがだったでしょうか?」
「おー」
このみは言葉を失ったように呟いて、眠たげな無表情を驚きの顔に少し寄せながら、ぺちぺちと小さな拍手を送ります。
「わーお! 凄い! 上手! グレイトフルワンダホー!」
わかなは逆に、テンション上がりまくりで大絶賛。脊髄反射的に褒めているので、うるかは純粋に嬉しく思いました。
すると、このみでもわかなでも、薪の爆ぜる音でもないパチパチが聞こえてきました。
目を向けると、アコースティックギターを抱えた若い女性がこちらに歩み寄りながら拍手をしていました。別のキャンプサイトで弾き語りをしていた例の女性です。
すぐそばで立ち止まると、笑顔の花を咲かせながら女性が言います。
「ねぇあなた、よかったら一緒に演奏してみない?」
「え? で、ですけど──」
急なお誘いに困惑気味のうるか。助けを求めるように視線をこのみとわかなの方へ向けます。
「いいんじゃない」
「うん! 僕ももっと聞きたいし!」
このみは優しく笑いかけ、わかなもこれだけじゃ足りないと熱烈なアンコール。
ここまで求められては、断るわけにはいきません。
うるかは女性へ向き直ります。
「私なんかでよろしければ、是非」
その言葉を聞いて、女性は軽く飛び跳ねました。
「やった、助かるぅ! 1人じゃ音足りなくて少し寂しかったんだよねぇ! 来て来て!」
女性はうるかの手を掴んで仲間の元へ駆けていきます。あっという間に遠ざかってしまいました。
「僕らも行こうよ!」
急いで追いかけようとするわかなでしたが、このみは首を横に振りました。
「いや、ウチは火の番しなきゃだから」
そう言うこのみに「えー?!」と目を剥くわかなでしたが、焚火をしている最中で無人にするわけにもいきません。風が吹いて火の粉が舞って、火事にでもなってしまったら大惨事です。
「ここからでも見えるし聞こえるから、ウチの分も行ってきて」
誰かが火の面倒を見なければいけないという事はわかなにも理解できたので、シュバッと格好良く手を振りました。
「そういう事なら分かった! このみの事は忘れないよー!」
「勝手に殺すな」
わかなは適当な事を言いながら、うるかを颯爽と連れ去っていった女性を追いかけていきました。
そして始まるセッションは、音が届く全ての範囲の人に心地良さを届けます。
炎を見つめながら遠くから聞こえてくる音楽に静かに耳を済ませていると、このみの元へ足音が近付いてきました。
「貴女は行かなくていいの?」
「店員さん」
声の方を見ると、店員さん(妹)が後ろ手に組みながら、盛り上がっているテントサイトを見つめています。
その瞳には「やれやれ」──いいえ、「プンプン」とでも言いたげな、呆れたような色が見え隠れしていました。
店員さん(妹)の問いかけに、このみは肩を竦めます。
「火を放置するわけにはいきませんから」
「良い心がけね、特別に褒めてあげてもいいわ」
後ろに組んでいた手を腰に当てて、お得意のツンデレっぽいセリフ。
それから店員さん(妹)は大人の顔になりました。
「でも、友達との思い出は大切にしなさい。火はわたしが見ててあげるから、貴女も行ってくると良いわ」
「でも──」
「いいから行きなさい! じゃないと怒るわよ! プンプン!」
「……ありがとうございます」
もう怒っているじゃないか、という言葉は飲み込んで、店員さんに頭を下げると、このみも盛り上がっているテントサイトへと向かいました。
その小さな背中を見つめながら、店員さん(妹)がポツリと呟きます。
「誰も迷惑してなさそうだし……今回だけ、特別なんだからね。プンプン」
そう言いながらも、店員さん(妹)の表情は優しさに満ちていました。
***
翌朝。
気持ちのいい目覚め──とはいかない朝が待っていました。
「このみ……よくそんなケロっとしてられるね……」
「本当ですよ……私ここまで本格的に体固まったの初めてかもしれません……」
2人しておばあちゃんのように体のあちこちを解しながら言いました。
どうにかこうにか朝食を済ませてテントなどの撤収も済ませた段階で、わかなとうるかはすでに少し疲れが見えました。
どうしてそんな事になっているのかと言うと、昨日の夜にはしゃぎ過ぎたから──ではなく、慣れない寝袋での睡眠でしっかりと眠る事が出来なかったからです。
その点このみは何の問題もないといつも通り平然としています。これが人間の〝慣れ〟の凄いところでした。
各自、自分の自転車に荷物をまとめ終え、移動の準備は完了。
このみが忘れ物がないか、ゴミなどが落ちていないかなどの最終チェックを済ませると、ひとつ頷きます。
どうやら大丈夫のようです。
「さて、何だかんだでいい時間になっちゃったし、チェックアウトして万華鏡博物館のリベンジして、帰るか」
魂が抜けかけている2人にそう声をかけると、思い出したように元気が復活します。
「そうだ、まだそれがあった!」
「私、結構楽しみにしてたんですよね!」
このみの鶴の一声で復活を果たした2人を引き連れて、店員さん(妹)にお世話になりました、としっかりと挨拶を済ませてから3人は万華鏡博物館へと向かいました。
自転車を駐輪場に置いて、正面入り口の前へ。
「良かった、ちゃんと開いてるよ!」
「早速中へ入りましょう!」
「はいはい」
わかなに触発されたのか、うるかまでテンション高めに万華鏡博物館の中へと3人は入っていきます。
博物館と名乗ってはいますが、小さな建物だけに中はそこまで広くありません。恐らく30分程もかからずに全て回り終えてしまうでしょう。
その代わり、置いてある万華鏡の密度が凄いです。みっちりと並べられています。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
そこかしこが虹色に輝いています。
3人して万華鏡の圧力に絶句していると、奥の方から賑やかな声が聞こえてきました。どうやら他にもお客さんがいるようです。
「ね〜見て見て〜! まるで夢の中にいるみたいだよ〜」
寝癖なのか癖っ毛なのか、焦げ茶の髪があちこち跳ねているほわほわした雰囲気の女の子が言いました。歳はこのみ達と同じくらいでしょうか。
あちらも3人組のようで、身長から見て1人だけ年下が混ざっているようです。
「こっちが照れるからやめい!」
「あう」
隣に立っているキリリとした面立ちの女の子が突っ込みながらも優しく手刀します。〝0ダメージ〟という表記が頭の上に見えたような気がしました。
キリリ目の女の子は水色の髪を両側の側頭部で輪っかになるように結っていて、その奇抜な頭は……今時の流行なのかも知れません。
「瞳さんらしい感想ッスね!」
とても活発そうな印象を受ける身長の低い年下の女の子が、太陽のような眩しい笑顔を浮かべながら言います。金髪のさらさらなショートヘアーで、まるでお人形さんのようです。
瞳さんと言うのは、ほわわんとした印象の女の子の事でしょう。
この3人は、いえ、この3人も、とても仲がいいようです。
そのうちの1人、手刀をしたキリリ目の女の子がこちらの存在に気付き、慌てた様子で申し訳なさそうに頭を下げました。
「あ、すみません! うるさかったですよね」
「いえ、大丈夫ですよ。お気になさらず」
コミュ力が一番高いうるかがしっとりとした笑みを浮かべて大人な対応をしてみせます。
他にはお客さんの姿は見えませんし、年も近そうなのでそこまで気にしなくてもいいと思ったのは本音で、このみとわかなもうんうんと頷きました。
「お姉さん達はどうしてここに来たッスか?」
年下の女の子が純粋無垢な目を向けて聞いてきます。
いまどき『〜ッス』なんて言葉使いをしている子がいるなんて非常に珍しいです。そんな事を思いながら、長身のわかなは中腰になって視線の高さを合わせます。
「僕達は近所でキャンプしててさ、近くにあったから気になってちょっと寄ってみたんだよ」
金髪だし海外の子かな? 日本語上手だな、と思いながら答えました。
「おお、キャンプッスか! いいッスね!」
白い歯を見せてニカッと笑うその笑顔はまるで天使のように愛らしいです。
「そっちは?」
このみが簡潔に聞きます。
答えたのはほわわんとした女の子です。
「わたし達はえっと……分野は違うんだけど芸術を学んでて、参考になるかなって〜」
こんな人気が少ないような山奥までわざわざ来て見聞を深めようとは、勉強熱心な3人のようです。
「もしかして万華鏡に詳しかったりするんですか?」
万華鏡博物館に来るほどですから、その道に携わっているのかと思ったうるかでしたが、3人揃って手と首を振って否定しました。
「わたしは木工で、火華裡ちゃんがガラス細工」
キリリ目の女の子が火華裡という名前で──
「ヒーナは陶芸ッス!」
元気よく手を上げる年下の女の子が、ヒーナという名前のようです。
彼女たちが言うように、ものの見事にバラバラの分野でした。
ですが、見ようによっては万華鏡と全く無関係というわけでもありません。
職人達の努力と発想で、知らない間に最近の万華鏡はめざましい進化を遂げていて、ただ筒をクルクル回して覗き込む万華鏡は時代遅れ。
今の万華鏡の最先端は箱の形をしていて、ハンドルを回すとカラクリが動き出し、箱の形状まで変わってしまうとんでもない万華鏡まで登場しています。
木工や陶芸は外装部分に、ガラス細工は内面や装飾に活かせます。
「なんか、僕達みたいだね」
「ですね」
わかながクスリと笑みを溢すと、うるかも釣られるように笑って同意しました。
「そうなの〜?」
瞳と言うらしい癖っ毛の女の子が、大きな目に疑問の色を浮かべながら首を傾げました。動きにつられてバネのようにびよんびよんと髪が撥ねます。
「僕は自転車で」
「私は音楽とお料理です」
「キャンプとカメラ」
全員バラバラである事が共通点であるという、不思議な現象が一堂に会するという奇跡のような状況が生まれていました。
全員は謎のシンパシーを受信しました。
「私は宇賀神うるかと言います、よろしくお願いします」
「僕は和氣わかな! よろしくね!」
「木葉このみ」
あっという間に意気投合してしまった6人の女の子達。
やはり通じ合うものがあり、それらが惹かれあって、自然とこの場所に集まってしまったのかも知れませんでした。
***
それから万華鏡博物館の休憩スペースに居座り、まさに姦しいやりとりが繰り広げられていましたが、山奥という事もありお客さんが来る事はありませんでした。
万華鏡博物館の店員に咎められるような事もなく、6人で楽しい時間を過ごして、そのまま「またどこかで会えたらいいね」とお別れしました。
自転車に跨って帰路の途中でわかなが言います。
「次はいつ会えるかなー?」
このみが「さあ」とぶっきらぼうに答えましたが、続きがありました。
「そのうち会えるだろ。キャンプに出会いはつきものだから」
新しく友達になれた3人の顔を思い浮かべながら、いつかそんな日が来るんじゃないかと予感を感じるこのみでした。
「今更ですけどこのみさん」
「なに」
うるかが不意に口を開きました。
「今回のキャンプ、カメラは回さなくても良かったんですか?」
このみの趣味はキャンプとカメラ。キャンプの様子を映像に収めて編集し、動画投稿サイトに投稿しています。
しかし今回のキャンプはカメラを回している姿を見ていません。
「いいんだよ」
このみは空を見上げます。自転車を運転中なので、ちょっとだけです。
空には真っ青なキャンバスが広がっていました。
「この思い出は、ウチが独り占めしたかったから」
そんな青空に思い出を投影して、目の奥に焼き付けながらこのみは微笑むのでした。
第9章「思い出×大切×独り占め」──完。to be continue...?
今回登場した3人、瞳、火華裡、ヒーナは自分が書いている別作品「ユズリハあのね」のキャラクター達です。時間軸が違うし何だったら惑星も違うので本来はあり得ない組み合わせだったのですが、同じ世界ではあるしセルフコラボ一度やってみたかったのでひとつ夢が叶って嬉しいです。
ユズリハあのねは、それぞれの分野で一人前の職人を目指すというのんびりヒーリングストーリーな日常系のお話です。気になった方は是非読んでみてください。
前にも書きましたが、数字は積み重ねていきたいので第9章としましたが、実は終章だったりしました。女の子達が自転車に乗ってキャンプに行くという、やりたい事はやれたのでひとまず満足しています。
大体10万文字でちょうど良かったしね。(文庫本約1冊分らしいので)
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
とは言えまだ書きたいネタはありまして、新しい道具があれば新しいキャンプになるし、結露の話とか撤収とかすっ飛ばしたし、ブッシュクラフトもやらせてみたいし、自転車だってロードバイクばかりではありません。MTBでダウンヒルとか、BMXでかっこいいトリック決めちゃうとか!(無理ですが)
あと『バラ完』と言って、完成品ではなく一からパーツを集めて組み立てるって言うのもやってみたいですし……。ニューマシンを手に入れるのは熱い展開ですよね。
それからわかながカメラに興味あるという設定も生かしきれてないかなぁと思っているので。
そんなわけで「じきゃじょ2」はいずれ書きたいと考えています。皆さんが忘れた頃に戻ってくるかも知れません。応援の声があれば、それだけ早く帰ってこれるかも?
蛇足ですが、何か食べた後にハーモニカを演奏するのはオススメ〝しません〟。食べカスとか中に詰まっちゃうかも知れないので、その辺り綺麗にしてからにしましょう。
うるかは美少女だから食べカスとかないんです! いいですね?!
ご意見ご指摘、感想レビューはこのページの下にそれっぽいのがあると思うので、お時間ありましたら「面白かった」とか「続きが気になる」とかの一言でもいいので是非お気軽に。評価もポチポチするだけで簡単なので、それだけでもあると創作意欲になり、ひいてはクオリティーアップに繋がります! エターナルも回避される事でしょう!
あなたにお気に入りの作家さんがいるのなら、上の方法で応援してあげましょう! きっと喜ばれると思います!
そしてもし、この作品もお気に召しましたらブックマークして、次の更新をのんびりお待ちいただければ幸いです。
──っと、このテンプレは今回は使えないのか。一応終章なので。
では改めて、最後までご覧いただきありがとうございました。
それでは良き小説ライフを。またどこかでお会いしましょう。
あっ、そうそうひとつ言い忘れてました。パスタの茹で汁は天然の洗剤成分が含まれているので、それで洗うとツルツルピカピカになるそうですよ!




