34話
このみ、わかな、うるかの3人は温泉をたっぷりと堪能し、自分のテントサイトに戻ってくる頃には日も沈んで、辺りは暗闇に包まれていました。
とは言っても、周りには他のキャンパーさんも複数いますから、まだランタンの明かりが煌々と周辺を照らしてくれています。お陰でライトで足元を照らさずとも自分のテントまで戻れました。
ファミリーキャンプをしている人達が楽しそうに団欒している声がこちらまで届く中で、3人も仲良くお喋りタイムです。
「焚き火ってどうしてこんなに落ち着くんだろうねー……」
このみが持ってきた組み立て式の焚き火台に手際良く火を熾して、その周りをぐるりと囲うような形になっています。
3人はパチパチと薪が爆ぜる音をBGMに、炎の揺らめきに目を奪われていました。
わかなのぼんやりとした問いに答えたのはうるかです。
「どうしてでしょうね……」
答えになっていませんでした。
うるかも惚けたように首を傾げながら呟いて、お得意の考える事を放棄してしまっています。まさに炎は魔性の煌めきです。
このみは毎度の事なので慣れていますが、その気持ちはよく分かると顎を引いていました。キャンプを始めた頃はこのみも同じ事を思ったものです。
焚き火を眺めていたらいつの間にか夜も更けて慌てて寝る態勢に入った事は一度や二度ではありません。
慣れから平静を保てているこのみが疑問に答えました。
「個人的には〝炎を扱う生き物は人間だけ〟っていう優越感に浸ってるんだと思う」
「夢も希望も無い?!」
ほんのりと暖かく和やかな雰囲気をぶち壊す破壊力を持った一言でした。
もちろんせっかくの雰囲気を壊そうと思って壊したわけではありません。
──くぅぅぅ……。
誰かのお腹が、ひっそりと鳴りました。
そう、そろそろご飯の時間です。
まだ日が落ちて間もないので時間的には少し早いかも知れませんが、周りからどんどん良い香りが漂ってきて、空腹感が刺激されてしまったのです。
どうやら他のキャンパーさん達が続々とご飯を作り始めているようでした。
焚き火の明かりに照らされた2人の顔を見てからこのみが言います。
「いろいろ頑張って疲れたでしょ。そろそろウチらもご飯にしよう」
お腹が鳴った犯人はこのみでした。
「それもそうですね!」
思い出したように手を合わせて、うるかは目をキラキラと輝かせました。焚き火の炎が映り込んだだけでした。
今の今まで、疲れた体を温泉で癒し、焚き火の暖かさにふにゃふにゃになっていたのに、急にシャキッとしました。よほどご飯を作るタイミングを楽しみにしていたようです。
「このみさん、焚き火をいくらか分けてもらってもいいですか?」
「いいよ」
また調子に乗って沢山拾ってきてしまったので、薪はまだまだあります。多少分けても問題はありません。
うるかは「ありがとうごさいます」とお礼を言って、このみの焚き火台から火がついた薪を少し拝借しました。火をつける手間が省けて大助かりです。
今回は、それぞれが思い思いの食材を持ち寄って自分の分を作る、という事になっているのですが──
「みなさん楽しみにしていてくださいね!」
うるかはどうやら全員分の食事を作る気満々のようです。
「はいはい」
「うるかの料理は美味しいから楽しみにしてるよー!」
それはそれでありがたいので素直にご相伴に預かるとして、それだけでは足りないと思われるので各々自分の準備を始めました。
と言っても、コスパ重視のこのみと軽量化重視のわかなです。おまけに2人は料理に特別なこだわりはありません。
するとどうなるかは、火を見るより明らかです。
「とうとうこいつの出番がやってきたー!」
ドキドキを抑えながら、わかなは勧められるままに思い切って購入した『ジェットボイル』を鞄から取り出しました。
ジェットボイルとは、あっという間に水を沸かせる上にそのまま料理まで出来てしまうという優れもの。早く、簡単に料理を済ませたい人にはうってつけのアイテム、とにかく水を沸かす事に特化した最強兵器なのでした。
少々お値段は張りますが、目的に合っていれば買って損はしないでしょう。
大きなコップのように円筒状になっているそれの蓋を開けてひっくり返すと、中にはすっぽりとOD缶が収まっていました。まるで専用に作られたかのようにジャストフィットしています。そしてOD缶と連結させるパーツもするりと出てきました。
「これをこうしてっと──」
OD缶に連結パーツをくるりくるりとネジのように回して固定、さらにジェットボイル本体を装着して、倒れないように付属している折り畳み式の脚を取り付けます。
これだけで準備完了です。
後はジェットボイル本体の中に水を入れて、つまみを回してガスを出し、点火スイッチをカチッとワンプッシュ。
「おー! かっくいー!」
シュコォォォォォ! という音を立てて勢い良く火がつきました。わかなのテンションにも点火です。
「見て見てもう湯気が出てきた!」
「流石ジェットボイル」
このみが勧めた商品なだけに、その実力はレビュー動画などで確認してはいましたが、実際に目の当たりにするとやはりその速さにはこのみも驚きを隠せませんでした。
わかなは次にパスタを取り出し、そのまま入れるとはみ出してしまうのでパキポキペキッと半分に折って投入。
短くなったからか、パスタが茹で上がるのもあっという間です。
「しまったー!」
わかなが急に頭を抱えて叫び声を上げました。
「わかなさん、あまり大きな声はマナー違反ですよ」
「そ、そうだった……ゴメン」
うるかにシーッと咎められて、わかなは反省しました。とは言え周りのキャンパーもわいのわいのしているので、こちらの事を気にしている人はいませんでした。
「で、どった」
急な大声にビックリして内心ではドキドキしているこのみが平静を装いながら聞きました。
「茹で汁、どうしよう……」
わかなは茹でた後の事を全く考えていなかったようです。
「その辺に捨てるなよ」
このみは目を細めながら言いました。
キャンプサイトを綺麗に使うためにも、ゴミや汚れはなるべく出さないようにするのが鉄則です。〝キャンプ場を使わせてもらっている〟という事を忘れてはいけません。
しかもパスタの茹で汁には除草効果があります。芝の上に捨てようものならこのみの鉄拳制裁が降りかかるところでした。
「じゃあどうすればいいのさー!」
「別に水場は遠くないし、普通に流せば」
「なるほど!」
わかなは手を打ってジェットボイルを持ち、水道へ向かおうとしたところへうるかが「あ、わかなさん!」と待ったをかけました。
「使わないのでしたら譲っていただけますか?」
「え? まー、使わないけど……そもそも使えるのこれ?」
ただのパスタの茹で汁に捨てる以外の運命があるとは思えないわかなでしたが、うるかはにっこりと微笑んで頷きました。
「色々と使い道はあるんですよ」
「そうなの? ならいいけど」
うるかが持ってきた器に茹で汁を移して、わかなは調理を再開します。と言ってももう完成したも同然です。
何故なら、後は前もって買っておいたパスタソース(カルボナーラ味)をドバドバとぶっかけるだけで完成です。本当は湯煎などをして温めるものですが、そんなものは必要ないとばかりに封を切り、男前にぶっかけました。
「かんせーい!」
あっという間にカルボナーラの完成です。パスタを別の容器に移す必要はなく、ジェットボイルの中に直接入れてしまえば洗い物も減るので一石二鳥です。
「わかなさん、こちらもどうぞ」
横からうるかが木製の器を差し出しました。中にはとろみのある液体が良い香りを湯気と共に立ち上らせていました。
それを受け取って中身を覗き込みます。
「これ、もしかしてコーンスープ?」
うるかは頷きました。
「はい。粉は持ってきていたのでパスタの茹で汁で作りました」
「すごい! こんな使い道あるなんて知らなかった! んー、良い匂い!」
「確かこんなのがカップ麺とかであったような」
このみは思い出そうとしましたが、喉まで出かかっているのに出てきません。
そこへ、うるかがスッと答えを提示してくれます。
「北海道の『焼きそば弁当』ですね。中に中華スープの素が入っていて、もどし湯を注いで作るんです」
「それそれ」
流石、うるかは物知りです。
それの応用で、パスタの茹で汁でコーンスープを作ったのでした。ポタージュなどでも良い感じになるのでオススメです。
「うん、美味しいよこれ! このみも飲んでみない?」
正直、パスタの茹で汁で作ったコーンスープってどうなん? と思っていたわかなでしたが、予想以上の美味しかったのでこのみにも勧めてみます。
(どれどれ)
このみは差し出される器を受け取って、手の平にほのかな暖かさを感じながら一口含んでみました。
「ホントだ、美味い。普通のとちょっと違う?」
うるかの事ですから、お高いコーンスープの粉でも使っているのかと思ったこのみでしたが、このみも飲んだ事のある市販の物を使っています。
「パスタに付いてる塩味がちょっぴり効いてるんですよ」
普通と味が違う理由をしっかりと説明して、やはりこの3人の中では、料理において右に出るものはいませんでした。
「それはそうと、うるかの方は大丈夫なの?」
美味しいコーンスープを作ってくれたのはありがたいですが、他人の料理に一品増やしている場合ではないのではないかと、わかなは心配しました。
うるかは誰もが見惚れてしまうようなウインクをひとつ。
「心配ご無用ですよ♪」
うるかの調理スペースでは、着々と美味しそうな料理がその姿を現しつつあったのでした。
キャンプ場はみんなで使うものなので、立つ鳥跡を濁さずを忘れないように心がけましょう。
パスタの茹で汁ですが、逆に枯らしたい雑草なんかがある時はパスタの茹で汁を撒いてみるといいかも知れませんね。
皆さんはやきそば弁当、食べた事ありますか? 自分は少ないですがあります。とても美味しいです。お湯が無駄にならないのでとても好きです。あれを考えた人は神だと思ってます。
温かい飲み物だとココアが好きで、次にポタージュ、次にコーンスープが好きです。つまりこのみがココアを飲んでいたり、コーンスープが出てきたりしたのは、僕の好きな要素が反映された結果です。
ポタージュじゃなくてコーンスープを採用したのは、単純にこっちの方が絵的に綺麗かな? って思ったからですね。単に白か黄色かってだけなんですけどね!




