32話
「完成ー!」
「何とか出来ましたね」
(良き良き)
拠点の設営が済んだ3人は自分のテントを眺めながらそれぞれに喜びを表現しました。
わかなは両手を天高くあげて満面の笑みで、うるかは両手を合わせてほんわりと微笑んで、このみは心の中でおばあちゃんのように目を細めてウンウンと頷いて。
わかなの装備一式は、軽量コンパクトをテーマにしているだけあってあっという間に設営が完了。2人と比べるとこじんまりとしていますが、椅子にテーブルなど必要最低限の物はとりあえず揃っています。明かりは他の2人が補ってくれますし、ヘッドライトひとつあれば事足ります。
ビビィサックの、人1人が横になれるくらいのトンネルのような見た目はあまりテントらしくなくて、周囲から浮くような異彩を放っていました。
うるかの装備一式は、お洒落なキャンプと美味しい料理に焦点を置いているので全体的に可愛らしいファンシーな雰囲気で構成されていました。『キャピーテント』とも呼ばれるワンポールテントの中には椅子とテーブルにコットがあって生活空間はバッチリ。メインポールにランタンがぶら下がり、キャンプらしい雰囲気を醸し出しています。
うるかの理想のキャンプにかなり近い形を取る事が出来たので、もう一つの重要な要素、美味しい料理にも期待が高まります。
このみの装備一式は、特に変わっていないので割愛。
「そういえばこのみの装備には何かテーマあるの?」
わかなの軽量コンパクト、うるかのお洒落なキャンプと美味しい料理、といったテーマはこのみにもあるのでしょうか?
気になったわかなは聞いてみました。
聞かれたこのみはたった一言。
「コスパ」
シンプルイズベストを体現したような一言が返ってきました。
安く、使い易く、手に入れやすい、がテーマと言い換えてもいいでしょう。
言われてみればどれもこれもネットでポチった物ばかり。ネット価格なので普通に買うより安く買えますし、買いに行かずとも家まで届けてくれます。使い易さに関しては実際に使ってみるまで分かりませんが、そこはレビュー動画などである程度は判断する事が出来ます。
「設営は出来ましたけど、次は何かやる事はあるのですか?」
うるかは経験者であるこのみにアドバイスを求めましたが、このみはゆるゆると首を振りました。
「各々やりたい事をやるって感じかな。それぞれスタイルが違うからわざわざ同じ事をする必要はないよ。ウチは焚火したいからこれから薪拾いと水汲み行くけど、2人はどうする」
腰に折り畳みの鋸を吊るして、グローブを装備しながら言いました。拾い集めた薪を運び易いように布とベルトも持って行きます。薪は購入しても良かったのですが、このみはなるべく自然な物を使いたいという謎のこだわりがありました。
「僕も水くらいは汲んでおこうかな」
焚火は誰か1人がやれば事足りるので、わかなは料理や洗い物に必要な水の確保に行く事にしました。
「では私は周辺の散策でも」
初めて訪れた地で、綺麗な景色などを楽しむのもキャンプの醍醐味です。そのついでにトイレや水場の確認もしていく作戦でうるかはいくようです。
わかなは思い付いたようにポンと手を打ちます。
「そうだ、僕が全部水汲んでこようか?」
「いいのですか?」
「ついでだし全然おっけー。このみは?」
「じゃあウチもお願いしようかな」
何だかんだで重労働な水汲みを自ら買って出てくれるならありがたい話なので、断る理由はありませんでした。
わかなは「ほいほい」と軽く請け負って、人数分の水を入れる容器を預かります。
「じゃあそんな感じで、いったん別行動で」
このみのその言葉を皮切りに、3人は別々の方向へ歩き出しました。
***
複数人でキャンプをする時の楽しみや醍醐味といえば、何でしょうか?
その答えはもちろん人それぞれで一概には言えません。
しかし沢山ある答えのうちのひとつが、ここにありました。
薪の準備や水汲みなど、ひとまずやっておきたい事は済ませて、3人は折り畳み式のローチェアを向き合わせて小休止をとっていました。
慣れない設営に2人は少々お疲れ気味のご様子。このみは慣れているので涼しい顔をしていました。いつも無表情がデフォルトなのでその違いがよく分かりませんが。
日も暮れかけて、じきに空は赤く染まり、冷えた鉄のように暗い夜がやってきます。
「うるかー、近くに何かあったー?」
布製の背もたれに体重を預けながらわかなは聞きました。
コンパクトローチェアは脚が細く折り畳みも出来てとても小さくなるにも関わらず耐荷重は150kg程もありますから、女の子1人の体重を支えるくらい何て事はありません。
「『万華鏡博物館』なる小さな建物がありました。そこで自作したりも出来るそうですよ」
まさに万華鏡のように瞳をキラキラとさせて、うるかがうっとりとしたように言いました。
「へー、面白そう! 時間あったら行ってみようよ!」
「そうですね! このみさん、どうですか?」
うるかは出掛けられる時間があるのかどうかこのみに聞いてみると、少し考えてから頷きが返ってきました。
「長い事テントから離れるのはちょっと不安だけど店員さんの紹介だからそこは信用出来るし、ついでに温泉にも行けるかも」
「そういえば温泉あるんだっけ!」
「確か歩いて行くと15分ほどの距離でしたね」
効能は疲労肩凝り腰痛など、重い荷物を積んで自転車でここまで来た3人にはうってつけの成分です。
店員さん(妹)がくれた案内の紙に描かれている地図にも温泉の場所は記載されています。何だったら提携しているようで、このキャンプ場の利用者は割引してくれるなどの特別サービスがあるようです。これはますます行かなければならないでしょう。
とことん商売上手な店員さん姉妹には脱帽する思いです。
……いったいあの姉妹は何者なのか、謎は深まるばかりです。
わかなは「15分かー」と呟いてから木に立てかけてある自転車の〝テルフ〟を見ました。
「自転車ならもっと早く行けるね」
「それもそうですね。気軽に乗れるので、やはり自転車はとても良い乗り物ですよね」
「だよねだよねー!」
自転車の事が褒められてわかなは嬉しそうに言いました。
このみはお尻が本格的に椅子に沈み込んで捕われてしまう前に「なら」と言いながら勢いを付けて立ち上がります。
「善は急げじゃないけど早めに行こう」
グダグダしているとやりたい事がやれないまま時間は過ぎ去ってしまうのがキャンプの怖いところです。思い立ったが吉日の言葉を信じて即行動を心掛けているこのみは早速着替えやタオルの準備を始めました。
遅刻をしてしまったり風が吹いている中での設営で手間取ってしまいましたから、夕暮れまであまり時間がありません。
キャンプ場やその付近にはあまり街灯の類は設置されておらず、ガチで暗くなるのでその前には用事を済ませておきたいという理由もあります。
準備を済ませた3人は自転車を押して坂を下り、うるかの脳内マップに従って移動を始めます。
自分の自転車に跨って3人は一斉に漕ぎ出します。
「よいしょ──って自転車メッチャ軽い?!」
ペダルの軽さにわかなは驚きの声を上げました。
大量に積んであった自転車の荷物はすでに降ろしているので、いわば能力を制限していた封印が解除されたようなものです。
乗るのにも一苦労だった自転車が快適になるとどうなるか。
答えはこうです。
「ヒャッホーウ! 自転車たっのしー!」
正解は『めっちゃテンション上がる』です。
荷物を下ろした状態の自転車はペダルがすこぶる軽く感じて、本当に羽が生えたんじゃないかと錯覚するほどです。何だったら少し浮いてるんじゃないかと本気で思えてきます。
特にこのみの自転車などはこの感動は顕著に現れる事でしょう。何と言ってもとんでもない重さの荷物を積み込んでいましたから。
どこぞの超戦士のような重りをつける修行でもしているのかも知れません。
「おぉ……」
必要ない事はあまり喋らないあのこのみですら思わず感動の吐息を溢してしまうくらいですから、その感動具合は想像に難くありません。
「これなら到着まであっという間ですね!」
うるかの案内でまずは温泉よりも近い位置にあった『万華鏡博物館』にやってきた3人でしたが、
「って閉まってるー!」
「……ちょうど休館日でしたね」
「案内にも書いてあったわ」
3人とも見落としていましたが、店員さん(妹)から渡された案内の紙にもしっかりと営業時間の旨が書かれていて、無情にも「ここから先へは行かせねぇ!」と言わんばかりに玄関部分には〝close〟の看板がかかっていました。
確認が足りず無駄足でしたが、いずれにせよ万華鏡博物館は温泉への道半ばにあるので3人は素直に温泉へと向かう事に。
翌日は営業しているようですから、明日こそはリベンジする! と決めた3人は、改めてペダルを漕ぐのでした。
複数人でキャンプをする時は、役割分担できるのがメリットですかね? 共用の大きなテントを用意してわいわい皆で使うもよし、3人のようにそれぞれテントを持ち寄ってギア自慢するもよし、きっと楽しい時間になる事でしょう。出来ない事や苦手な事を代わりにやってもらうとか、協力してるって感じがしてとても好きです。
もちろんソロキャンプの静かな時間をゆったりと過ごすのも好きです。
重い荷物を下ろした時の自転車の軽さたるや、本気で同じ乗り物かと疑うくらいに快適でした。ぜひお試しあれ。重いもの載せるのはそもそも危ないので、自己責任でね!




