31話
道中でパンクというアクシデントがありつつも、しっかり備えていた3人は協力して無事に乗り切り、とうとう店員さん(妹)が教えてくれたオススメのキャンプ場へ到着しました。
最後の最後で登りがあるという困難が待ち構えていましたが、そこは歯を食いしばって無心で登りました。
長かったような、短かったような、そんな道のりでした。
というのも、3人揃って遅刻してしまったのと、道中のパンクによる足止めによって到着が遅れてしまったので、そのように感じているのです。
「ここが店員さんの言ってたキャンプ場?」
「みたい」
色々なキャンプ場に行った事があるこのみですが、このキャンプ場には初めて訪れました。
「とても良い雰囲気の場所ですね」
うるかが手で庇を作って遠くを眺めながら言いました。
そこはキャンプ場としてしっかりと整備されていて、青い芝のテントサイトが段々と階段状になっています。
その中のいくつかのスペースではすでにテントが張られていて、ファミリーキャンプを楽しんでいる人や、1人静かにソロキャンプに浸っている人も居ました。
受付の隣には雰囲気の良さげなカフェも併設されていて、美味しそうなランチを楽しむ事も出来ます。ちょっとばかり割高なのが玉に瑕ですが、場所が場所なので致し方ないでしょう。
ちょっとした贅沢、というやつです。
すぐ近くには温泉まであるという手厚いサービスっぷりには感服するしかありません。これは是非とも入りに行きたいところです。
ですがその前に、やる事は沢山あります。
「まずは受付。店員さんが話を通しておいてくれてるはずだけど」
店員さん(妹)にキャンプ場の相談をした時に便宜を図ってくれました。受付の予約などは何だかんだでめんどくさい部分が多いので、ここはお言葉に甘えさせてもらいました。
受付の玄関をくぐると、
「あ、やっと来たわね! プンプン!」
噂をすれば何とやら、というやつでしょうか。聴き馴染みのある声と語尾が聞こえてきました。
そこにはキャンプ用品店〈キャンプンプン〉の店員さん(妹)が腰に手を当ててそっぽを向くようにして受付カウンターに立っていたのです。
『プンプン』という語尾なので、自転車ショップ〈サイクルンルン〉の女性店員さんではないはずです。あまりにもそっくりなので3人とも自信はありません。
仮にどちらかがなりすましていたとしても、気付ける人はいないでしょう。
キャンプ用品店〈キャンプンプン〉で働いているはずなのに、どうして当たり前のようにここにいるのでしょうか?
気になったわかなは聞きました。
「て、店員さん? どうしてこんなところに?」
「たまたま今週はこっち勤務だっただけよ。べ、別に貴女達の予定に合わせたわけじゃないんだからねっ! プンプン!」
どうやらこちらの予定に合わせてくれていたようです。もしかしたら3人の事が心配だったのかも知れません。
と言いますか、こちらのキャンプ場は〈キャンプンプン〉が運営しているという事でしょうか。大きなお店にとどまらずキャンプ場まで持っているとは、まさかの大企業でした。
ですが店員さん(妹)が居ると分かれば心強いです。もし何か分からない事やアクシデントがあったとしても、きっと何とかしてくれるという安心感があります。
「遅刻は多目に見てあげるわ。ありがたく思いなさい」
胸を張る店員さん(妹)に3人は「ありがとうございます」と素直に頭を下げました。
「とりあえず、まずはこれに記入してちょうだい」
「はい」
代表でこのみが必要事項を記入していきます。
店員さん(妹)は案内の紙を配りながらこのキャンプ場のルールを教えてくれました。
「テントサイトは空いているところを好きに使って。直火はNG。トイレと水場はここの裏にあるわ。薪は拾って来てもいいし、ここでも買えるから好きにして。あとこれは暗黙の了解だから絶対じゃないけど、23時には消灯する事。他の利用者の迷惑になるような事はしない。その時はわたし直々に地獄のお叱りがあるから覚悟しておきなさい、プンプン。何か質問はあるかしら?」
「店員さん、いいですか?!」
わかなが元気良く手をあげました。
「言ってみなさい?」
「全然分からなかったので最初からお願いします!」
「貴女、あとは頼んだわ」
「……頼まれました」
このみの両肩に手を置いて、全てを託した店員さん(妹)。このみは呆れた様子で頷きました。
経験者であるこのみであれば、わざわざ説明されなくても大体分かっていますから、細かい解説などはこのみにマルッと丸投げ。
このみは元々そのつもりではありましたし、何だったら受け取った案内の紙に同じような事が書かれているので、それと合わせれば説明するのは簡単です。
利用料金を支払い、いよいよ待ちに待ったキャンプの始まり始まり〜!
「とりあえず場所確保しようか」
3人は自転車を押してきょろきょろと空いているスペースを探しました。
「このみ! あそことか空いてるけどどうかな!」
「んー……却下」
わかなが見つけたスペースは、広さや水場の近さは申し分ありませんでしたが、緩やかな斜面になっていたのでこのみは却下しました。
良いところがどこにもなかった時の最終候補としておきましょう。
「どうして駄目なんですか?」
うるかは聞きました。ピクニックなどであれば多少の斜面は気になりませんが、それがキャンプであれば話は別です。
「斜めってると色々面倒。料理とか、寝る時とか」
「なるほど……」
斜面だと食材を切る時に転がっていってしまったり、スープ類を作る時は溢れそうになってしまいます。
寝る時も頭の方向を気にしなければいけませんから、自然とテントの向きも固定されてしまいます。
せっかく自由なキャンプなのに気にする要素が増えてしまうのは勿体無いです。
「あそこにしよう」
少し登った先に、平らになっていて広さも申し分ないスペースを見つけました。
そこまでの道のりは坂道になっているので重い自転車を押していくのはとても大変ですが、何とか運んで木陰に立てかけて準備完了。
「それじゃ設営しますか」
「おっけー!」
「分かりました」
各々適度な間隔を開けてマイテントの設営に入ります。
このみは慣れたもので黙々と組み立てていきますが、わかなとうるかの2人は初めての設営に四苦八苦。いえ、わかなのテントはビビィサックなので特に苦労するような点はありません。何だったらこのみよりも早く終わってしまいました。
「出来たー!」
「流石に早いな」
これがビビィサックの実力かと、このみは感心しました。折り畳まっているテントをバサッと展開して、顔の部分にくるフレームを一本通すだけで完成ですから、それも苦戦する要素は何もありません。
わかなは続いてテーブルやら椅子やらを組み立て始めた頃、うるかからヘルプの声が上がりました。
「こ、このみさん、風で布が翻ってしまうのですが!」
「わかな」
「まっかせてー!」
このみは自分のテントの設営でちょうど手が離せないタイミングだったので、設営が終わっているわかなに頼むと、作業を一旦中断して元気よく手を貸しに行ってくれました。
風が吹いていて設営が難しい時は、このように誰かに手伝ってもらうか、釘で固定しつつ設営しましょう。
「ありがとうございます」
「困った時はお互い様!」
ウインクと一緒に白い歯を見せて、爽やかな笑顔と共にサムズアップ。相変わらず、わかなはこういった仕草が様になっています。
3人の中だけのお約束のフレーズに微笑んで、うるかのワンポールテントも設営出来ました。同じタイミングでこのみの使い古されたテントも問題なく設営完了。
「そういえば寝袋とかはもう出しておくんだっけ?」
「そう」
わかなは無事自分のテントを完成させて油断していたので、よく思い出してくれました。
寝袋などは寝る直前などに出すと潰れているので、早めに出して空気に触れさせて膨らませておきましょう。
ひとまずワンポールテントの設営が出来たうるかは、一息ついてから不思議そうな顔で首を傾げました。
「わかなさんのテントはどこに設営したんですか?」
「え? いやどこって──」
すぐ近くで設営していたのにうるかが気付かないはずがありません。
しかし、わかなが「そこだよ」と指差した先には何もありませんでした。青々とした芝が強めの風に煽られているだけでした。
「あ、あれ? えっ?! このみ! 僕のテント知らない?!」
このみは自分のテントの中で生活空間を作っていましたが、中から「はあ?」という声が聞こえてきました。
こんな間抜けな質問が飛んでくるとは思ってもいなかったのです。
「知らないも何もそこに──」
顔を出したこのみもキョトンとした表情になりました。そこにあると思っていたわかなのビビィサックが無かったからです。
まるで神隠しに遭ってしまったかのように、忽然と姿を消していました。
「わ、わかなさん! もしやあれでは?!」
今度はうるかが声を張り上げながら指差しました。その先には階段状の坂道を楽しそうに跳ねながら転がり落ちていくビビィサックがありました。
「どわー?! 僕の31900円ー?!」
「値段で呼ぶな」
慌てて追いかけて坂を駆け下りていくわかなの背中に、このみの冷ややかな突っ込みが刺さりました。
初手から騒がしく、そして楽しいキャンプになりそうな、そんな予感を感じさせました。
転がっていってしまった31900円は下にいた他のキャンパーさんが無事に回収してくれましたとさ。
風の強い日のテント設営はとてもめんどくさいです。めんどくさいです。めんどくさいです!
ペグで固定しつつ設営しましょうとは書いたものの、それすら面倒という……。ゴミとかもうっかりしてると飛ばされちゃいますし、ココアを作ろうと思ったら粉末が散って薄くなるし、夜とか暗い中で風が吹いているとガサガサいってホラーだし、テント歪んで壊れないか不安になるし、目にゴミが入ったりするしであまり良い事ないです。
夏だったら風が吹いて涼しい、になるんですけどね。メリットそのくらいしかなかったー!




