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じきゃじょ 〜自転車×キャンプ×女の子〜  作者: 無限ユウキ
第8章「準備×遅刻×パンク」
30/36

30話

 全員遅刻してしまったので実質遅刻者ゼロでお互いに納得したのはいいですが、時間は待ってはくれませんでした。

 無慈悲にも過ぎ去ってしまった時間は3人ほど優しくはありません。

 遅れを取り戻すためにも、断腸の思いで余計な寄り道は控える事になりました。


 自転車経験者であるわかなを先頭に、うるか、このみと一列に続いています。

 3台ともパニアバッグやらサドルバッグやらがくっ付いていて、知らない人が見たら3人で旅でもしているのかと勘違いした事でしょう。


 なかなかに珍しい光景です。


「えっと次の道は……」

「そこの信号を左折ですね」

「オッケー」


 蟷螂(かまきり)のように曲がりくねったドロップハンドルのフラット部分に取り付けられたスマホで道を確認しようとしたわかなに、うるかが後方から指示を出しました。


 うるかを疑うわけではありませんが、一応スマホで確認するとしっかりと合っています。


「わーお。もしかしてだけど、道分かるの?」


 関心と驚きが混ざった声音で聞くと、うるかは困ったように笑いました。


「昨夜は楽しみで落ち着かなくて色々調べてて……それで寝坊してしまったんです」

「ウチも準備に時間がかかっちゃって」

「あーえー……僕もそんな感じ」


 流れに乗っかるわかなでしたが、単純に忘れてて準備を始めるのが遅かっただけです。


「っていうか、このみはどんだけ準備してんのさ! 前よりも多くなってない?!」


 ただでさえ荷物満載の自転車に加えて、このみ自身も大容量のバックパックを背負っていました。総重量は一体何キロになっているのやら。聞くのも怖くなってきます。


 あれだけの重荷を背負っていながら芯がブレない安定感は流石のバランス感覚でした。


「『備えあれば』ってやつ」


 これだけ備えていれば確かに憂いは無いかも知れませんが、それに対する苦労が釣り合っていないような……。


 いえ、このみが納得しているので良しとしておきましょう。


「備え過ぎて身動き取れなくなりそうだよ……」

「そういうわかなこそ、荷物少なくない?」


 このみは逆に、そんなに少ない荷物で大丈夫なのかと心配になりました。


 わかなは軽量コンパクトをテーマにしていますから、2人と比べて荷物の量は少ないです。と言いますか、単純に重いのは嫌いなのでした。


 うるかも同じような事を思っていたのか、


「『そんな装備で大丈夫か?』ってやつですね! どうなんですか?!」


 何故か鼻息荒く聞きました。


「大丈夫、問題ないよ!(……多分)」


 不安になるような事を言ったような気がしますが、恐らく気のせいでしょう。自転車で走っていますから、風の音とかかも知れません。


 ──その時でした。


 ばふんっ! という何かが破裂するような音が3人の鼓膜を震わせました。続けて「わーお」というわかなお得意の、驚いたのか驚いていないのかよく分からない、驚いた声が聞こえてきます。


 その途端に、先頭を走っていたわかながみるみるうちに失速していきます。後ろをついて行っている2人もぶつからないように合わせて減速しました。


 道の脇に自転車を寄せて止めます。


「どうしたんですか? 今の音は何ですか?」


 何が起こったのか分かっていないうるかは尋ねます。


「……もしかして」

「あーうん、これはあれだねー」


 このみの言わんとしている事はよく分かりました。


 そう、パンクです。このタイミングでわかなの自転車がまさかのパンクをしてしまったのです。


「ど、どうしましょう?! 近くに自転車屋さんはありましたっけ?!」

「ちょっと待って、調べてみる」


 慌てて事前に調べておいた周辺地図を脳内に広げるうるかと、スマホを取り出して検索し始めるこのみでしたが、反対にわかなは冷静でした。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ2人とも」


 わかなはそう言うと、サドルの下辺りから斜め後ろ伸びた煙突のような形状のバッグから何かを取り出しました。


 黒い紐状のゴムが輪っかになっている物と、筆箱ほどの大きさの筒です。


「わかなさん? 何をするんですか?」

「もちろん、パンクの修理だよ!」


 うるかは感心したように息を漏らします。


「パンク修理ってこの場で出来るものなんですか?」

「まー『修理』って言うか『交換』だけどね」


 言いながらパンクの箇所を確認すると、前輪がペシャンと潰れていました。よくよく見てみると小さい釘がぶっ刺さってます。後輪は無事のようです。


「釘かー、何故かたまに落ちてるんだよね……。パンクしたのが僕で良かったよ」


 わかなはパンク修理用のキットを常に持ち歩いていますが、このみとうるかは持っていないどころかまだパンク修理をやった事もありません。

 もしパンクしたのが2人のどちらかだったら、もっと大変な事になっていました。


「ちょうどいいから、2人にチューブ交換のやり方教えてあげるよ。覚えておいて損はないからさ」


 そう言うとわかなは自転車からバッグ類を取り外して身軽な状態にすると、自転車をくるりと半回転させて上下逆さまにしました。


 余計な物がついていなければひっくり返しても自立するので、何か作業をする時はこうするとやりやすいです。

 QR(クイックリリース)をクルクル〜っと緩めるだけで簡単に前輪は取り外せるので簡単楽チンちょちょいのちょい。


「わかなさん、何だか落ち着いていますね」


 パンクという予期せぬアクシデントに見舞われたにも関わらず、当の本人は慌てず騒がず、冷静に対処しています。


 普段の騒がしい様子を知っているから余計に珍しく思えました。


「まーパンクはいずれなるものだし、避けられない運命みたいなものだからね……」


 今までに散々パンクしてきたのでしょうか、何だか達観したように遠くを見つめるわかなでした。


「2人もそのうち同じ思いをするだろうから、よく見ててよ。特にこのみはね」

「何故にウチ」

「重い荷物積んでたらパンクのリスクもそれだけ増えるからだよ」


 自転車がパンクする理由として挙げられるのは主に2つあります。


 今回のわかなのように釘などの異物を踏みつけてパンクをしてしまうパターン。そして段差を乗り越えた時などです。特に段差は至る所にありますから、それだけパンクする可能性が高くなります。


「必要なのはこれね」


 黒い筒のチャックをスライドさせて、縦に半分パッカーンと開きます。中には小さな工具がみっちりと詰め込まれていました。


 開いた筒の中から〝タイヤレバー〟と呼ばれる、片側がフック状になったプラスチックの小さな板を2つ取り出します。

 わかなはそれを前輪の〝リム〟と呼ばれるブレーキで挟み込む金属の部分とタイヤのゴムの隙間に差し込みました。

 そのままテコの原理を利用してレバーのように引き下げて、ホイールに何本も張ってあるスポークにフック部分を引っ掛けます。

 すると、プラスチックの板によってゴムがホイールから引き出されました。


 そのすぐ隣でも同じようにフックを引っ掛けてゴムを引き出したら、1つ目を外してさらに隣で同じ事を繰り返します。

 そのうち手応えが無くなってくるので、そこまで来たらこちらの勝ちです。隙間に差し込んだら、スライドしていってグルリと一周すると、ホイールからタイヤが外れます。


「タイヤって外せるんだ」

「慣れないうちは大変だけどね」


 どうしても上手く外せない時は、タイヤレバーを2つではなく複数個用意しておくといいでしょう。


「そしたら、バルブのところを外して、チューブを引っ張り出す──っと!」


 空気が抜けてヘナヘナになったチューブがびにょーんと引っ張り出されました。


「で、新しいチューブを入れて元に戻せばオッケー!」


 チューブを元に戻す際は、少し空気を入れると戻しやすいです。

 チューブが(ねじ)れていたり、タイヤをホイールに嵌めた時にチューブを噛んでいると、本格的に空気を入れた時にまたパンクしてしまうので注意しましょう。


「ふんっ! ふん! ふん……! ふっ……ん!」


 携帯ポンプをスコスコして空気を入れていきます。何だったらこれが1番大変だったりします。


「ぜぇ……ハァ……う、うるか、チェンジ……」

「私ですか?! わ、分かりました……!」


 あっという間に息が上がり始めるわかな。いつものアホみたいな体力は何処へやら。好きな事に正直なところがありますから、ポンピングは嫌いなのかも知れません。


 ですが、いつもは1人でも今回は2人も仲間が付いています。

 名付けて〝疲れたのなら、代わってもらえばいいじゃない作戦〟です。


 携帯ポンプをわかなから受け取って、今度はうるかがポンピングをする番です。


「これはっ……なかなかっ……大変っ……ですねっ……!」


 普通の空気入れのようにT字の形状ではなく、棒のような形をしているので力を入れるのが難しく、純粋に握力と腕力がものを言います。


「こ、このみさん、後は……頼みました……ガクッ」


 何だかんだでうるかもノリノリで、頼みの綱であるこのみにバトンタッチされました。


「ほい、ほい、ほい」


 携帯ポンプを受け取ったこのみは軽々と空気を入れていきます。すでに2人が頑張って入れた空気圧の反発があるにも関わらず、軽々と空気を入れていきます。


 しゅっこ、しゅっこ、しゅっこ、しゅっこ──

 どんどん空気が入っていきます。


「さ、流石このみ……! その細腕のどこにそんな力が!」

「その調子ですよこのみさん!」

「ほい、ほい、ほい」


 2人の応援もあり、このみの手の動きは止まるところを知りません。

 唐突に、調子に乗った3人に天罰が下りました。


 ──ばふんっ!


「「「あっ……」」」


 耳をつんざくような勢いとは裏腹に、虚しく、そして儚い音が響き渡りました。


 このみは申し訳なさそうに頭を下げました。


「ご、ごめん……」

「も、もう1つチューブあるから大丈夫! 元気出して行こう!」


 わかながこのみを励ますという、珍しい光景が見られたのでした。




      第8章「準備×遅刻×パンク」──完。

 ちょっと、というかだいぶ中途半端ですが、ここで一旦区切らせて頂きます。単に一つの章をあまり長くしたくないという超絶個人的な理由です。このまま続けて書くとオーバーしそうだったので。


 で、一言言わせてもらいますと、今回の話はちょっと嘘があります。携帯ポンプで空気を入れて破裂したりはまずないかと思います。このみの力がおかしいっていう〝ネタ〟なのであしからず。


 チューブ交換の手順的には大体合っているんじゃないかと。

 自転車からホイールを外して、タイヤレバーでタイヤを外して、チューブを外して、新しいチューブにちょっと空気を入れて戻して、タイヤを戻してホイールを自転車に装着、です。

 CO2ボンベなる便利アイテムもあるのですが、今回はネタ優先という事で携帯ポンプを採用。CO2ボンベなら空気を入れ過ぎて破裂、なんて事もあるらしいです。自分は使った事ないので本当なのか分からないのですが。


 ちなみにですが、ママチャリみたいな自転車からホイールを取り外せないタイプのものは、そのままの状態で作業をするしかありません。

 構造的にチューブの交換は出来なくなるので、穴が開いているところを探して専用のパッチをあてて穴を塞ぐ、という方法になるかと。

 空気を入れて水に沈めれば穴から空気が出てくるのでパンクの穴はそうやって探すと見つけやすいと思います。


 タイヤの内側とか新しいチューブに砂とかついてるとそれもパンクの原因となる可能性があるので、パンク修理する時はその点も気を使えるとなお良しですね。


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