29話
あれから約一週間ほどが経過しまして。
女性店員さん(妹)が教えてくれたオススメのキャンプ場でキャンプをするために予定をすぐにすり合わせて、日程を決定。
「テントよし、寝袋よし、クッカーよし、ランタンよし、椅子とテーブルよし──」
翌日に迫ったキャンプに向けて、うるかは装備の準備を進めていました。
持って行く物が纏められたメモを片手に、1つずつ指差し確認をしていきます。
「──あとはこれを鞄に詰めていくだけですね」
買ったばかりでまだ未使用の新しいOD缶とバーナーやコットなどなどを、重量のバランスも考えてテトリスのように隙間なく詰めていきます。
それからキャンプ地で調理する食材の下拵えも済ませて冷蔵庫に入っているので、当日にそれを詰めれば準備はバッチリ。
「これでよし。後は当日を待つのみですね」
最終確認も済ませ、整った荷物を眺めてうるかは満足そうに微笑みました。
「…………。念のため現地の事も調べておきましょうか」
どうにも落ち着かないうるかは、店員さん(妹)が教えてくれたオススメのキャンプ場の情報やそこまでの道のりなどを入念に調べ始めたのでした。
***
ところ変わってこのみの自室。
こちらも翌日に控えたキャンプに向けて、着々と準備を進めていました。
着々と準備を進めていたはずなのですが、どういうわけかいっこうに終わる気配が見えません。
(消毒液、絆創膏、一応ガーゼと包帯もあった方がいいか。あとは──)
そこそこ整ったこのみの部屋ですが、必要そうな物をあれやこれやと引っ張り出していたら、珍しくとっ散らかってしまいました。
わかなとうるかはキャンプ初心者。ちゃんとキャンプをするのは今回が初めてのはずです。
2人の身に何かあっては申し訳が立たないので、母親の心配性をちゃっかり引き継いでいるこのみの荷物は、心配すればするほど、それに比例して膨らんでいきます。
(前のわかなみたいにモバイルバッテリーが壊れるかも知れないし、もう1個くらい予備で持っていった方がいいか。いや、むしろスマホの方が壊れるかも知れないから予備のスマホも……!)
こんな調子で、ただでさえ多い荷物がどんどん膨れ上がっていくのです。
そうこうしているうちに時間もどんどん過ぎ去っていくのでした。
***
今一度ところ変わって今度はわかなの自室。
「はっ……はっ……」
2人が一生懸命準備をしている時、わかなは3本ローラーで暢気に汗を流していました。シャツが汗を吸ってしっとりと細身の肢体に張り付いています。
わかなの装備は〝軽量コンパクト〟をテーマに選んだので、1人だけ準備が少なく簡単なのです。
と、言えれば良かったのですが。
「あっ?! まだ準備してない! 忘れてたー!」
何かのはずみに、唐突に思い出したようで慌てて準備を始めました。キャンプの日程を忘れていたよりはマシだったと前向きに捉えておく事にしましょう。
忘れていて当日すっぽかす、なんて事を彼女ならやらかしかねませんから。
「や、やばいやばい! こんな事してる場合じゃなかったー!」
大慌てでキャンプの準備を始めるわかなでしたが、汗を吸ったシャツが体に纏わりついて突っ張ってしまい、とても動きづらいです。
「うがー! 準備の準備でまずはシャワーじゃい!」
この日は誰1人として落ち着いて準備を進められなかったのでした。
***
翌朝。待ちに待ったキャンプ当日。
──ピロピロピロピーン♪ ピロピロピロピーン♪
うるかの自室で、机の上に置いてあるスマホから軽快な音が流れました。
早めにセットしておいた目覚まし用のアラームを止めて、寝惚け眼を軽く擦りながら起き上がりました。
サッとカーテンを開きます。
お天道様がその明るさでもってお出迎えしてくれました。
思わず瞳を閉じて、目蓋の内側から明るさに目を慣らし、改めて空模様を見てみます。
どこまでもどこまでも、青い空が広がっていました。
「んぅー……っはぁ……本日は素晴らしいキャンプ日和ですね!」
グググッと背伸びをして、気持ち良く目が覚めてきました。流れ込んでくる風が首元を撫でて、爽やかな気持ちになります。
思えば長かった準備期間も終わりを迎え、いよいよ本番。自分で用意した道具を使ってキャンプをするのは初めての試みなので、今からドキドキが止まりません。
──ピロピロピロピーン♪ ピロピロピロピーン♪
アラームのスヌーズが起動して、まるで何かを主張するかのようにバイブレーションが小刻みに机の板を叩きながら音をかき鳴らします。
手に取ってアラームを止めて画面に映っている時間を見た時、うるかは自分の目を疑いました。
「も、もしかして私──寝坊しちゃいました?!」
実は何度もスヌーズが鳴り響いていて、ようやく眠りから覚めたのでした。
「い、いいい急いで準備しないと!」
うるかは2人に連絡する事も忘れ、大急ぎでドタバタと出掛ける準備を始めました。
寝坊してしまった原因とはいえ、事前にしっかりと準備を整えておいて良かったです。
冷蔵庫に入れておいた下拵えした食材を保冷剤と一緒にパニアバッグに詰め込む事は忘れません。
「お留守番よろしくね」
ミニチュアダックスの愛犬、ホット君の頭を撫でながら挨拶をして、うるかは玄関をくぐります。
両親は今日もお仕事があるのか、すでに姿はありません。
スポーティーな折り畳み自転車を取り出して、焦らずに手際良く展開していきます。練習の成果か、スムーズに広げる事が出来ました。
リアキャリアーに荷物が詰まったパニアバッグを吊るし、大きさ的に入らないテントや寝袋はゴムを使ってキャリアーに縛り付けました。フロント部分にも純正のキャリアーを取り付けてそこにも小さな鞄を取り付けます。中にはお財布など、すぐに取り出せると便利な細々とした物が入っています。
自身の背中にもザックを背負い、なかなかな荷物の量になっていますが、いつぞや見たこのみの荷物と比べれば、これでもだいぶマシな量です。
折り畳み自転車に跨って、うるかはペダルを力一杯踏み締めました。
「お、も、いっ……!」
一漕ぎ一漕ぎに負荷が掛かっているかのように、ペダルに重みがあります。
荷物満載だったこのみの自転車に乗らせて──いえ、押させてもらった時からこうなる事は覚悟していたので、文句は出ません。
それに、ずっと心待ちにしていたキャンプの時がやっと来たのです。ペダルの重さよりも、心の軽さの方が優っていました。
それに、まさかまさかの寝坊をやらかしてしまいました。これ以上2人を待たせるわけにはいきませんので、目一杯急ぎました。
「あれ……?」
集合場所に到着したうるかはうっすらと額に汗を浮かべながら、目をパチクリさせました。
同じように息を切らして汗を流しているこのみとわかなが、まさに同時にやって来たからです。
みんなで顔を見合ってから、ははは、と小さく笑い合いました。
「えっと……もしかして、ですけど……」
「うん、僕達そろって」
「遅刻」
こんなところでも息が合ってしまう仲良し3人組だったのでした。
揃って苦笑いを浮かべ合って、
「い、行きましょうか?」
「うん、そうだねー……ちょっと遅くなっちゃったし」
「だね」
全員が遅刻したという事は、実質遅刻者はゼロという事でお互いに頷き合って、移動を始めました。
──3人揃ってのキャンプが、とうとう始まります。
キャンプとは、準備する段階から始まっているものです。何だったらこの準備が一番楽しいと言っても過言ではありません。
今回のキャンプはどうなるのか、ドキドキワクワクと胸躍らせる時間が、案外貴重で楽しみなものなのです。
この気持ちを誰かと共有できるのは、とても幸せな事ですね。




