17話
頂上にある売店で極上のソフトクリームを食べてひと休憩した店員さん率いる一行は、充分に休憩出来たと判断して集合の合図を掛けました。
集まった参加者達に聞こえるように、よく通る声で呼び掛けます。
「みんなー! もう帰る時間ルーン!」
それを聞いた参加者達はわざとらしく「えー今来たばっかー!」と口々に言いますが、もちろん冗談です。
店員さんはお約束の言葉に、にこやかに笑って応えながら続けます。
「いつも言ってる事、覚えてるルーン? せーのっ──」
「「「──家に帰るまでがサイクリング!」」」
一糸乱れぬ連携でこの一団の団結力の高さを垣間見ました。
このみ、わかな、うるかの3人は初参加なので店員さんが『いつも言ってる事』は初耳でしたが、なんて事は無いよく聞くフレーズの自転車バージョンでした。
「お店に帰るルーン! 皆の衆、準備ルン!」
司令官のようにズビシと適当に前方を指差すと、ノリの良い参加者達は一斉に敬礼をして見せてから自分の自転車に跨り始めました。
そして降り道。勢い余って空を飛んだ事のあるわかなからしたらちょっとしたトラウマものでしたが、
「なるほど、下ハン握ればいいのか」
前を走るベテラン達を見てダウンヒルのやり方を学びました。
下ハンとは〝下ハンドル〟の略称で、カマキリのように曲がりくねったドロップハンドルの下側を握るポジショニングのこと。
今回はこのみとうるかもいるので、学んだコツを共有してゆっくりめに坂道を降ります。
どんどん集団が先に降りて行ってしまいますが、ここは焦らずに安全第一。次の目的地は自転車ショップ〈サイクルンルン〉と分かっているので、置いて行かれたとしても何とかなります。
「こわっ」
「わ、わかなさんゆっくりでお願いしますー!」
「分かってるよー! 焦らなくて大丈夫だからねー!」
おっかなびっくりになっている2人を安心させるように、わかなは明るく言いました。
──下ハンを握って坂道を降る。
たったこれだけのように聞こえますが、これが意外と怖いです。
何故ならば、ドロップハンドルは前傾姿勢になりがちです。下ハンドルを握ることによってさらに前傾姿勢になり、おまけに降りの斜度によってさらにさらに前傾姿勢になります。もう1つおまけでブレーキによって働く前方向の慣性が余計に恐怖を駆り立てるのです。
これで結構なスピードが出ていて、前ブレーキだけを強くかけてしまった日には、わかなと同じような運命を辿ってE.T.よろしくお空の旅に行ってしまうかも知れません。
冗談っぽく言うとこんな感じですが、本当に危険なので充分に気を付けましょう。
まだまだ慣れないドロップハンドルの自転車で坂道を降るのは、2人には少し酷だったのかも知れません。
だからこそ前を走るわかながしっかりとペースをキープしてあげる事によって、安全に坂道を降る事が出来ているのです。
「来た来た。こっちルーン!」
降った先では店員さんがわざわざ待ってくれていました。他の参加者達の姿は見えません。どうやら店員さんが先に行かせたようです。
3人は店員さんの前に止まりました。
「すみません、遅れちゃって」
「全然気にしなくていいルン!」
わかながペコリと頭を下げると、言葉通り全く気にしてないように店員さんは明るい笑顔で許してくれました。
「それよりも帰りは別ルートで帰るルン。実はおすすめのスペシャルなルートがあるんだルン!」
「スペシャルなルート?」
「ルンルンルン……まぁ付いてくれば分かるルン!」
怪しく笑う店員さん。
純粋に来た道を戻るわけではないから待ってくれていたようです。
3人は店員さんの後ろを一列になって追いかけるように付いていきます。
気が付けば日も傾きかけていて、高い空が夕陽に赤く染まり始めていました。
「……これは凄いや」
わかなが夕陽の眩しさに薄っすらと目を細めながら呟き、
「綺麗ですね……」
うるかが世界を染め上げる赤い陽光に感嘆の吐息を漏らし、
「いい絵だ」
このみが太陽から伝わってくる情熱に触発されたのか、カメラマン魂に引火していました。
もちろん自転車に乗りながら撮影するわけにはいかないので、そこはわかなの車載動画に頼るしかないのですが。
「どうルン? 最高の気分じゃないかルン?」
先頭を走って案内してくれている店員さんが、絶妙なバランス感覚で手放し運転をして、両手を広げながら言いました。
その姿はまるで世界に感謝する聖女のように、美しく見えました。語尾を気にしなければ本当に美しいのですが、そこは気にしてはいけません。
「やっぱり自転車は最高の乗り物ルン! 自分の力で未知の世界を切り開く事が出来るからルン!」
自転車があれば、自分の世界を広げる事が出来ます。親に車を運転してもらわなくても、遠くへ簡単に行く事が出来るのです。
高校生という立場で、かつ自分の力だけで最も遠くへ行ける移動手段、それが自転車。
「3人にはこの素晴らしさを知って欲しかったルン。どうだったルン?」
「それはもう──」
「はい、充分すぎるくらいに」
わかなとうるかの返事に、このみも無言で何度も頷きました。
3人とも初めてのサイクルイベントで緊張していたところもありましたが、店員さんが終始気を使ってくれていましたし、他の参加者達も口にしていないだけでずっと3人の事を気にしてくれているのは伝わってきていました。
最初に言われた通り『紳士で真摯な対応』を貫いてくれていました。
こんなに気軽に、気を使わずに参加出来るイベントなんてそうそうありません。
こんな楽しいイベントに誘ってくれた店員さんには3人とも感謝しているのです。
店員さんは安心したように笑いました。
「それなら良かったルン! 登りとかは初心者にはちょっと辛いかなって正直心配だったルン」
立ち寄る場所の選択は間違っていないでしょうか? 楽しんでくれるでしょうか? 喜んでくれるでしょうか?
──自転車の事を、嫌いになったりしないでしょうか?
そればかりが脳裏をよぎって、店員さんですら眠るのに苦労していたのは、ここだけの秘密です。
「まぁ……確かにちょっと大変だったけど」
「ソフトクリーム美味しかったでしたし」
「うん。また参加したい」
嘘偽りのない3人の言葉に、店員さんは救われたような気持ちになりました。
また来たい。
これほど言われて嬉しい言葉があるでしょうか。
「任せてくださいルン! 次はもっともっと楽しいイベントを考えておくルン!」
「お、お手柔らかにお願いしますね……」
楽しかったのは事実ですが、登りが大変だったのもまた事実です。
楽しいのは大歓迎でも、大変なのは遠慮したいところ。
なのですが、店員さんの事です。きっとどちらもバランスよくイベントに組み込んでくる事でしょう。
それを思うと、次のイベントは一体どうなってしまうのか、今から不安に包まれる3人だったのでした。
第4章「家×帰る×サイクリング」──完。
こういうイベントの時、実際はもっと色んなところを巡ると思うんですが、話数の都合上カット。
時間の経過が異常に早いような気がしないでもないですが、自転車に乗ってたら「いつの間にか日が傾いている?!」っていうのは無くはないのでそんな感じでひとつお許しいただければ……。
パンクなどのアクシデントや、牧場に行って乗馬とか乳搾り体験とか考えたんですが、それはまた次の機会にでも。
あればいいなぁ次の機会……(エターナルの常習犯なもんで……)
唐突な未来予知ムムムムーン!
次回の第5章は「予定×未定×お先真っ暗」例のごとく何にも決まってなくてオワタ\(^o^)/
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