16話
このみとわかなが苦手なコーヒーも、ミルクと砂糖の力を借りてしっかりと全部飲みまして、次なる目的地へ移動の時間がやってきました。
続々と参加者達の準備が進んでいる中、このみはわかなに聞きました。
「充電は?」
「うん、大丈夫そう。80パー」
「ならいけるか」
アクションカメラの予備バッテリーを家に忘れてくるという痛恨のミスをしてしまったわかなでしたが、それで万策尽きたと言うわけではありません。
こういった商品は基本的にマイクロUSBで充電する形式になっています。つまりはモバイルバッテリーとコードがあれば簡単に充電する事は出来てしまうのです。
そしてわかなは自転車に乗る時、長時間移動はよくある事なので、モバイルバッテリーと必要なコードは常に持ち歩いているのでした。
ただし本体に直接挿して充電する必要があって、充電しながらの撮影も可能ではありますが色々と不便なので、充電は充電で放置し、道の駅での撮影はスマホを活用して乗り切りました。
動画のデータさえあればイベントの記録は何とかなるので良しとします。
ちなみに飛び入りキャンプの日に真っ二つになってしまったわかなのモバイルバッテリーでしたが、すぐに新しいのを買い直しています。
「こんな感じで、移動中はアクションカム、そうじゃない時はスマホって感じで使い分ければ多分充電持つでしょ」
「流石このみ、頼りにしてるよ!」
「どうも。次はわかなが頑張る番」
「うん! まっかせて!」
どん! と自分の胸を叩きました。
自転車の事ならばやはり経験者であるわかなが頼りになります。〝とりあえず付いていけばいい〟という安心感は案外馬鹿に出来ないのでした。
「みんなー! ここからが本番ルーン! 付いてこれるルーン?!」
拳を振り上げながら参加者達を盛り上げるように言うと、「「「ルーン!!!」」」と元気な声が轟きました。
その盛り上がりように苦笑いを浮かべつつ、うるかが首を傾げます。
「店員さんが言うには『ここからが本番』だそうですが、どう言う事なんでしょう?」
「うーん? あの人何考えてるか分からないからなぁ」
うるかと同じようにわかなも首を傾げます。
「次はちょっと登りがあるから大変だと思うけど頑張ってルン!」
「ぎゃ?! んばります!」
先程まで参加者達を盛り上げていたはずの店員さんがいつの間にかわかなの後ろにいて、驚きの声を上げつつも無理やり続けて誤魔化しました。
誤魔化しきれていない気がしないでもありませんが、その点はご愛嬌と言う事で。
「登りは『1に気合い2に根性、3、4は忍耐5も忍耐』ルン! その後のご褒美に期待しててルーン!」
そして手を振りながら店員さんは離れていきました。
「…………」
「…………」
「…………」
「いや来ないんかーい」
店員さんが離れていっても警戒を続けた3人でしたが、今回はもう不意打ちはありませんでした。
時間の都合など諸々あるのでしょう。ふざけてばかりもいられないのかもしれません。
実際、初参加の3人のために普段よりもかなりペースを落として進行しているのは、ここだけの秘密です。
改めて集団での移動が始まりました。
今度はわかなが前はなのは変わらず、うるかとこのみが最後尾を入れ替えました。
学んだハンドサインをしっかりと使い、前から伝わってきた情報を後ろへ伝えつつ移動していると、微妙に登りになっている林道が見えてきました。
パッと見ただけでも結構な長さがありそうです。
「うへぇ……ホントに登りだ」
あまり坂が好きではないわかなが嫌そうに呟いていると、先頭からパステルカラーのサイクルウェアを着た人がゆっくりと後ろに下がってきました。
店員さんです。店員さんは3人の顔色を窺って調子を確かめてから声を掛けました。
「見ての通り登りがあるルン! 路面がちょっと荒れてるから足元には気を付けるルン!」
「分かりました!」
わかながしっかりと頷きます。登りが苦手だろうが、後ろには大切な友人が2人も自分を信じて続いてくれています。弱音は吐けど、弱いところは見せられません。
「斜度はそこまでキツくないけど少し距離があるルン! ゆっくり自分のペースで登るのがコツルン!」
そして店員さんは「頑張るルーン!」と言いながらペースを上げて、他の参加者達にも声をかけに行きました。
移動中ですら声をかけに行くのですから、よっぽどお喋りが好きなのでしょう。
登り坂に入ると、店員さんの言っていた通り路面が少し荒れています。こういった坂道の補修は後回しにされがちなので、そこは仕方ないと諦めるしかありません。
「そこ凹んでるから気を付けて!」
わかなが声とハンドサインを合わせて、路面に開いた穴ぼこの存在を後ろへ伝えます。それを受け取ったこのみはさらに後ろのうるかへ伝えました。
穴を避けて安全にその横を通り過ぎます。
うるかの乗っている自転車は折り畳み自転車で、タイヤの径が他と比べて小さいです。つまり段差などに弱いという弱点があるので特に気を付けなければなりません。
路面の状態に注意しつつ登り続けていると、やがて遠くに頂上が見えてきました。
「はぁ……はぁ……」
3人はとっくに息が切れていて、登る速度は早歩きとなんら変わりはありません。斜度が緩くても登りは登り。長ければそれだけ負荷がかかり続け、疲労困憊です。
先に到着している参加者達が手を振りながら「頑張れー!」と応援してくれていました。
一人一人の言葉の、一文字一文字から元気を貰い、集団からは大きく遅れてしまいましたが──
「「「ついたー!」」」
──無事、登り切る事が出来ました。
暖かい拍手が3人を包み込んでくれます。
「よく頑張ったルン! さ、ご褒美が待ってるルン!」
そう言って店員さんが指差した先にあったのは──ボロい売店でした。
自転車を適当なところに置いて、このみがスマホのカメラモードを起動して、カメラマンになりました。
店員さんに案内されて売店の中へ入ると、中も昭和からある駄菓子屋さんを彷彿とさせるようなボロさでした。
本当にこんなところに『ご褒美』とやらがあるのでしょうか?
3人は疑問に思いました。
「おばあちゃん! 3つ追加ルン!」
「はいよ」
店員さんは3本指を立てて人の良さそうな白髪のおばあちゃんに常連っぽく何かを注文すると、出てきたのはオーソドックスなバニラソフトクリームでした。
三角錐のコーンに、透き通るような混じりっ気のない真っ白なアイスが渦を巻いて積み上がっています。3つとも寸分の乱れなく渦巻いている職人技を見るに、このおばあちゃんはソフトクリームを作り続けて、熟練した腕前をお持ちのようです。
「これが……ご褒美ですか?」
おばあちゃんからソフトクリームを受け取りつつ、小首を傾げるうるか。
最初のBLTの方がよっぽどご褒美っぽいです。値段的にも、オシャレ度的にも。
ですが、店員さんは自信満々に頷きました。
「そうルン! ささ、とにかくまずは一口食べてみるルン!」
(の前に)
このみはすぐさまスマホを構えて2人を画面内に収めます。
カメラを向けられてちょっぴり意識しながら、同時にペロリと舐めました。
「「…………っ!」」
目を見開いて、その甘美な味わいに驚きを隠せませんでした。
ほんの少し舐めただけで口いっぱいに広がるバニラとミルクの濃厚でクリーミーな味わい。
ひんやりと柔らかな感触が口の中をフワリと遊び回って舌全体を包み込んでから、喉を通って全身に行き渡る心地良さがたまりません。
コーンもおばあちゃんのお手製で、バリバリの食感とほのかな甘みがアイスと溶け合い、絶妙な食感を生み出しています。
ここまでのソフトクリームを食べた事など、過去に一度もありませんでした。
これが史上最高のソフトクリームと言っても過言ではないと、自信を持って言えるような、そんなソフトクリームでした。
これは間違いなく『ご褒美』です。
坂道を登ってきた後の、疲労を感じる体に甘いものは、悪魔的な美味しさを3人の舌に刻み込みました。
「さぁ、軽く休憩したら記念撮影をするルン! ここの景色は結構絶景なんだルン!」
「そうなのですか? 私達ってそんなに登りましたっけ?」
「見てみれば分かるルン!」
3人はソフトクリームを綺麗に完食して、おばあちゃんにもしっかりと「ご馳走さまでした」と伝えてから、店員さんに案内されるままに売店の裏手へと回りました。
そこには、これまでに走ってきた道のりがうっすらと掠れて見えるほど遠くに見えました。
「凄いです……私達こんなに遠くまで走ってきたんですね……」
「これはいい絵」
「この感動があるから自転車はやめられないんだよね……」
「流石、経験者の言葉には実感が宿ってるルン!」
「いやぁ、それほどでも」
「それじゃあ全員集合ルン! 初参加の3人が中央で文句は無いルンね?!」
店員さんが大声を上げると、それ以上の声で参加者達が「「「るーん!!!」」」と返事を返しました。
返事になっているのか疑問でしたが、どうやら「オッケー!」という意味があるようです。
そのまま3人は中央に押し込まれるように並ばされ、売店のおばあちゃんの手によって、記念すべき初めてのサイクルイベントの一コマを切り取ったのでした。
今回『ご褒美』という事でソフトクリームを採用させていただきました。ソフトクリーム、大好きです。バニラとイチゴのやつが特に。運動した後に食べるアイスは格別ですよね。
でもまだ道半ばなので、本来なら冷たいものはまだ控えた方がいいのですが……そこは大目に見てやってください。そこまで本格的に自転車に打ち込んでいるわけでは無いので……少なくとも彼女達は。




