10話
──あれから1週間程が経過しました。
このみとうるかへ、自転車ショップ〈サイクルンルン〉から待ちに待った連絡が届きました。
このみのグラベルロードの修理が終わり、うるかの折り畳み自転車の調整が完了した、と。
同時に連絡をしてくる辺り、あの店員さんはこちらの事情をよく理解しています。
いざ、計画実行のときです。
2人はわかなを誘い、〈サイクルンルン〉へ向かいました。
「いやー、ちょうどよかったよ。この前来たときに気になる商品あったからさ」
これといった疑問も抱かず、わかなは上機嫌な様子で付いてきてくれました。
「いらっしゃいませルン! お待ちしていましたルン! ルンルン!」
「どうも店員さん。……お待ちしていました?」
わかなもすでに慣れてしまったのか、店員さんの強烈な語尾には特に反応を示しませんでした。
ようやくわかなは首を傾げます。
「ふふ、実はわかなさんに見てもらいたいものがありまして」
うるかは楽しそうに笑います。
「見てもらいたいもの? なんだろう」
「まずはこちらルン!」
「おお!」
わかなが驚いたような声を上げました。
店員さんが押してきたのは、このみのボロい──いいえ、ボロかったグラベルロードでした。
全体的に汚れでくすんでいた黄色いフレームは鮮やかさを取り戻し、まるで新品そのもの。店内の照明に照らされて、ピカピカと反射しています。
わかなは食い入るように見つめました。持ち主であるこのみよりもテンションが高いです。
「これ、前にこのみに見せてもらった写真のやつじゃん! 修理に出してたんだ!」
「まあ。ここまでになってるとは思ってなかったけど」
前後輪部分にはすでに荷台が取り付けられており、計4つのパニアバッグも最適な位置に調整済みでキャリアーにぶら下がっていました。動画で見たキャンプツーリング仕様の自転車と同じです。
これにキャンプ道具を詰め込めば、このみが望んでいたキャンプツーリングに今すぐにでも迎えます。
「オプションも揃ってる……パニアとか結構高いのに」
「お小遣いかなり前借りした。バイトする」
これには流石のこのみも苦笑いでしたが、待ちに待った自転車がようやく手元に来たわけですから、内心では早く乗ってみたくてウズウズしていました。
「続きましてはこちらルン!」
「「おお!!」」
わかなとうるかが同時に声を上げました。
店員が次に押してきたのは、特殊な構造をした自転車──そう、うるかが購入してもらった折り畳み自転車です。
こちらにも専用のリアキャリアーが取り付けられており、そこにパニアバッグをぶら下げることでこのみのグラベルロードほどではありませんが積載量アップが図られています。
「うるかが欲しがってたやつ! かなり高いから買うとしてももっと後になると思ってたのに!」
「プレゼント貯金を全部注ぎ込みました!」
「ぷれ……よく分かんないけどナイス!」
全力で親指を立ててウインクするわかな。よほど自転車仲間が増えたのが嬉しいようです。
「まさか2人がもう自転車買ってくれるなんて思ってなかった! 驚いたよ!」
「ふふふ、サプライズ成功ですね!」
「そうだね」
うるか発案の突発的なサプライズ企画でしたが、無事大成功に終わりました。
「ルンっルンっルン……」
まるで「ふっふっふ……」とでも言いたげに店員さんが怪しく笑いました。
「そんなお三方に耳寄りな情報があルンだけど、聞いていかないかルン?」
ちょっぴり砕けた態度になってきた店員さんが、ササッとどこからともなく取り出したのは一枚のポスター。
「少し先の話になルンですが、〈サイクルンルン〉主催のサイクルイベントをやりますルン! 3人にもぜひ参加して欲しいルン!」
「サイクルイベント!」
「「サイクルイベント?」」
わかなは目を輝かせ、このみとうるかは首を傾げました。
サイクルイベントとは、自転車好きが集まって楽しくわいわいサイクリングしたり、タイムを競うレースや、長距離を走る過酷なものなど何種類かあります。
店員さんが今回勧めてくれている〈サイクルンルン〉主催のサイクルイベントは、楽しくわいわいサイクリングする系のイベントでした。
「でも、僕が参加してもいいんですか?」
不安そうにわかなは聞きました。
こういったイベントは、そのお店で自転車を購入した人を対象としている場合があるからです。
「お客様のお友達はお客様ルン! 全然問題ナッシングルン!」
店員さんも、わかながやるように笑顔で親指をグッと立てました。
「ってことなんだけど、一緒に参加しようよ! 絶対楽しいから!」
「ルンルン! 楽しくなるようにモリモリ企画練ってますルン! 綺麗な景色! 美味しい食べ物! 仲間との交流! 思い出の記念撮影! 深まる友情! 自転車楽しい! 自転車最高! 自転車無しでは生きていけない! そんなイベントを目指してますルン!」
前半はともかく後半はなんかヤバそうでした。
口角からヨダレを垂らしてハイになりかけている店員さんは置いておいて、このみとうるかはアイコンタクトを取ると、一緒に頷きました。
「わかなさんがそこまで仰るなら」
「参加してみてもいい」
「わーお、やった!」
両手で握りこぶしを作ってわかなは喜びを噛み締めました。
「そうと決まればお客様ルン! こちらの商品なんかいかがでしょうかルン?!」
またしてもどこからともなく取り出したるは、流線型なシルエットで穴ぼこだらけのヘルメット。ヘルメットとしての頑丈さはともかく、通気性はとても良さそうでした。
「ヘルメットは必需品ルン! 軽くて通気性抜群、カラーバリエーションも豊富に取り揃えてありますルン!」
さらに店員さんは手品のように手の平サイズの黒い物体を召喚しました。
「さらにもう1つの必需品であるライトルン! 夜道を走るときは絶対に必要になりますルン! リアライトもセットになってお買い得の商品となっていますルン!」
やり手の商人のような切り替えには脱帽です。
「ヘルメットは通常8000円のところを今ならなんと半額の4000円! ライトも4000円のところを3000円に負けちゃうルン! 合わせて7000円(税別)ルン! いかがしますかルン?!」
畳み掛けるように商品を勧めてくる店員さん。
困ったこのみとうるかは経験者であるわかなに視線で判断の助け舟を求めました。
わかなは目をキラキラと輝かせていました。
「2人とも、これは買いだよ! 僕も知ってる良い商品だよ!」
とは言いますが、2人は二の足を踏んでいました。
「他の高額商品をたくさん見てきたからでしょうか──」
「うん、7000円でも高いけど安く見える不思議……」
2人は自転車マジックにかかりつつありました。
「だから言ったでしょ、自転車系の買い物は金銭感覚狂うって。でも良い商品なのは間違いないから、買えるなら買った方がいいよ。ライトは義務だし、ヘルメットは僕みたいに空を飛んだときに命を助けてくれるよ」
「「買います」」
7000円で命を守れるなら、安い買い物だったのでした。
第2章「自転車×買い物×金銭感覚」──完。
信号を守るだけ、ヘルメットをかぶるだけ、夜間にライトをつけるだけ。子供でも守れるルールを守るだけで命が守られるなら、やらない手はないですよね。
唐突な未来予知ムムムン!
第3章は「サイクル×イベント×行ってみよう(仮)」です! え? 未来予知なんかしなくても察せるって? 察しのいい子は好きだよ!
でもその前に短い話を挟む……かも?
店員さんも「少し先の話になルンですが」って言ってたし、イベントまでの間の話でも。
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8月12日追記:次の3章は短くなったので、4章と合わせて公開しようと思います。




