挫折幇助
ある水曜日の午後。宅配便もピザも頼んでいないのに事務所のインターホンが鳴った。おかしいな、と思ってドアを開けると、珍しい来客が立っていた。
「お久しぶりです」
大学の一年後輩だった照井芽衣だ。外見は三年前の記憶と全く変わっていなかった。女とは不思議なものだ。
「おお、久しぶり。京都からわざわざ来たの?」
彼女は二年前に大学を卒業し、京都の大手ゲーム制作会社に就職したと聞いている。ここは神戸だ。仕事はどうかと尋ねると、彼女は俯いた。
「私、うまくいかなくて、ちょっと戻ってきちゃいました」
記憶では彼女はいつも笑顔だったので、沈んだ表情が新鮮に感じた。
彼女を事務所に入れ、同じソファでコーヒーを飲みながら京都でのことを聞いた。職場が四面楚歌らしい。職務中の情報伝達に齟齬があったり、取引先との間でトラブルがあったりすると、決まって彼女の認識や行動がおかしいと決めつけられるそうだ。話を聞く限り、コミュニティに入れていないようだった。
「私が悪いのかもしれませんけど、あんな人たちと仕事したくありません」
彼女の両面から涙が零れた。それを見ていると、思わず彼女を抱きしめてしまった。
「ちょっ、先輩?」
「がんばったな」
このときほど自分に妹がいるのを幸運に思ったことはない。人は年上に努力を認めてほしいということを教えてくれたからだ。彼女は本格的に泣き出した。
「そんなに優しくされたら、完全に諦めちゃいそうです」
「ならここに来いよ。NPOだけど、みんな楽しくやってるから」
励ましてもう一度京都に送り出す、というのが正解なのかもしれない。だが、俺にはできなかった。法人の職員が足りなくて大変だから。明日の京都は雨が降りそうだから。いや、どちらの理由も本音ではない。建前だ。
「……甘えていいですか?」
「もちろん。若いメンバーが増えると、きっとみんなも喜ぶよ」
知り合いがいてほしい。ただそれだけのことだ。それをいかにも先輩ぶって転職するように仕向けた。彼女の挫折を手助けするなんて、俺は最低の男だ。彼女を抱きしめたまま、俺は罪悪感に押しつぶされそうになっていた。