表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/36

11 英雄の最期

 聖堂の周囲を哨戒していたラズトラウトと合流し、祐理とエペーも物陰に隠れてカティーシスの帰還を待つ。祐理が中で見た様子はラズトラウトにも共有したものの、結局子供達を避難させるいい方法は浮かばなかったので、カティーシスが聖堂に入る前に捕縛するつもりだ。


「ユーリ、あそこ……」

「間違いねぇ、カティーシスだ」


 事態が動いたのは、暗い空に一番星が光り出した頃だった。神父のような恰好をした青年が、聖堂に向かって歩いてくる。左手で年端もいかない少女と手を繋ぎ、右手で買い物袋を抱えるその青年は、とても死にたがりの殺戮者には見えない。だが、確かに【災厄の魔女】カティーシスその人だった。


「あの少女を人質に取られては厄介じゃなぁ。どうするユーリ、ラズ」

「……いや。多分、カティーシスはそういうことはしないと思う。これはただの勘なんだけどね。……ユーリ、ここは僕に任せてくれないか。造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)を貸してくれ。でも、僕が言った通りの形で具現化してほしいんだ」

「わかった。俺達はここで待ってるよ。……ラズさんにカティーシスを殺させたりはしねぇから」


 ラズトラウトの指示通りの形で造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)を具現化させ、彼に託す。それを受け取り、代わりにラズトラウトは自身の長剣を祐理に預けてくれた。

 黒の聖者テンペランティアの予言を、現実のものになどさせない。ラズトラウトがカティーシスを殺して新たな魔女になり、ラズトラウトを『魔女名鑑』に封印する……そんな未来は、決して来ない。

 ラズトラウトは頷き、ゆらりと立ち上がってカティーシス達の前に出ていった。同時に祐理も身を隠したまま、『魔女名鑑』の白紙のページを開いて神経を研ぎ澄ます。


「あぁ? てめぇ、いつぞやのラウラス騎士か」

「騎士様? 神父様、どうして騎士様がいるの?」

「オレの客だよ、気にすんな。ほら、中に入ってろ。ちょっとあの騎士サマと話があるから、他のガキどもといい子に待ってるんだぞ」


 カティーシスは足を止め、少女に買い物袋を託してその手を放す。少女は不安そうにラズトラウトを仰いだものの、駆け足で聖堂の中に入っていった。


「ずいぶん慕われているようだな、カティーシス」

「ガキってのはバカだからな。扱いやすくていいぜ。ちっと親切にしてやりゃあ、誰にも疑われねぇねぐらが手に入る。利用しねぇ手はねぇだろ? ま、お前に嗅ぎつけられたのは予想外だが。で、“狩人”サマはどこいった? 尻尾巻いて逃げ出したか?」

「ユーリの助力は必要ない。貴様を狩るには、僕一人で十分だ」


 ラズトラウトは鞘から()を抜く。カティーシスは肩をすくめ、やれやれと首を横に振った。


「オレは街じゃ信頼されてる神父サマだ。身寄りのねぇガキどもに優しくしてやってるし、ケチな犯罪者も潰してやってる。一方のお前は他国の騎士サマで、この国じゃ何の権限もねぇ。叩かれるのはてめぇのほうだ。てめぇだって面倒事は避けたいんじゃねぇか?」

「だが、貴様は偽の聖職者だ。黒の大聖堂が正式に照会すれば、貴様の身分が偽造されたものだとすぐにわかる。……貴様を、ラウラスから逃亡した罪人に仕立て上げてもいいんだぞ」

「……なぁるほど。じゃあ仕方ねぇ、さくっと済ませるか。騒ぐんじゃねぇぞ、ガキどもに気づかれたら厄介だからな」


 言うが早いか、カティーシスの手に武骨な大剣が現れる。何の奇もてらっていない、両刃の剣だ。

 一陣の風が吹く。ラズトラウトとカティーシスはほぼ同時に地を蹴った。

 静かに、けれど激しく二人の剣がぶつかり合う。固唾を飲んで見守る祐理に、エペーがそっと囁いた。


「カティーシスの封印、間に合うか?」

「当たり前だ。ラズさんがカティーシスの(レヴ)を取り出してくれたら、いつでも封印できるぜ」


 カティーシスの首を刺すのは、造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)でなければいけない。そうでなければ(レヴ)を無傷で取り出せないのだから。

 ラズトラウトは本気でカティーシスを殺そうとしているし、それはカティーシスも同様だ。祐理の割って入る隙などない、一流の武人同士の本気の殺し合い。ラズトラウトを信じ、彼に任せて正解だった。

 時に鋭い斬撃を繰り出し、時にカティーシスの猛攻をいなすラズトラウトの姿は、強く勇敢な騎士そのものだ。彼を、カティーシスのような堕ちた英雄(まじょ)にさせてはならない。


「カティーシス。貴様はとても哀れな魔女だ。子供達を養育しているのは、貴様に唯一残った……歪んだ良心の表れだろう?」

「ハッ、殺し合いの途中にお喋りとはずいぶん余裕じゃねぇか、騎士サマよぉ!」

「子供達は貴様を信じきっていた。一方で貴様は、遠く離れた村で殺戮を繰り返している。あの聖堂の子供達に親切にするのは、のちのち彼らを手ひどく裏切って……貴様に対する強い憎しみを植え付けるためだな? あえて残した生存者と同じように、彼らのことも復讐者にしたいんだろう?」

「だったらなんだってんだ――よっ!」


 カティーシスが放った重い一撃を、しかしラズトラウトは受け止める。禍々しい黒の鎧に身を包んだラズトラウトの表情はうかがえない。


「貴様の事情は知っている。皮肉なものだね、カティーシス。英雄と称えられるはずだったのに、よりにもよって魔女に成るだなんて。……でも、これ以上貴様の復讐に、無辜の民を巻き込ませるわけにはいかないんだッ!」


 そのままラズトラウトはカティーシスを弾き飛ばした。カティーシスはしなやかに身体をひねって着地し、大きく跳ねて剣を振り下ろす。なんとかラズトラウトはかわしたものの、その体勢がわずかにゆらいだ。


「だったらてめぇが止めてみせろ! なァ騎士サマ! てめぇが! 魔女(オレ)を! 殺せばいい!」


 それは大きな隙だ。カティーシスは攻撃の手を緩めない。連撃がラズトラウトを襲う。いかにラズトラウトが堅牢な鎧に守られているとはいえ、守備に徹しているばかりではあまりに心もとない。陰からじっと戦況を見守ることしかできない祐理は、歯がゆさのあまり唇を強く噛み閉めた。


「ああ、最初からそのつもりだとも! 【災厄の魔女】よ、その首もらった!」


 ほんのまばたきの間だった。一瞬にして反撃に転じたラズトラウトの剣が、カティーシスの首に迫る。カティーシスが嗤い――――しかしラズトラウトの剣は、剣の形に具現化させた造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)は、カティーシスの首を斬り落とさない。


「ユーリ!」

「任せろ!」


 造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)なら、無傷で(レヴ)を取り出せる。『審問大全』の所持者でもなければ詩守の血筋でもないラズトラウトに造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)を扱えるかは一種の賭けだったが、試す価値はあったようだ。

 傷口から、体内に埋め込まれた黒い宝石が見える。剣の形を取った造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)を使ってラズトラウトは器用に宝石(レヴ)を抉り取り、祐理に向かって放り投げた。


「てめぇ……や、やめろ! おい、オレの(レヴ)に何する気だ!?」


 物陰から出てきた祐理に気づき、カティーシスはさっと顔色を変える。片手にカティーシスの(レヴ)を、片手に『魔女名鑑』を。「詩守の書……そうか、それでラフェミアを封印しやがったんだな!?」カティーシスは、すぐに理解したようだった。


「カティーシス。あんたの怒りとか憎しみとかは、正当なものだと思うぜ。あんたは何も間違っちゃいない。……でも、だからってあんたをこのままにしておくことはできねぇんだ」


 開かれた『魔女名鑑』の上に、漆黒の宝石をかざす。


「俺達はあんたを殺しはしない――あんたが最後の、黒の魔女だ」

「嫌だ……嫌だ、いやだいやだいやだ! 殺せ、殺してくれよ! これ以上生きる意味なんてねぇんだ、生きていたくない、もういやなんだ、魔女として死なせてくれよぉ!」


 白紙のページの上に、(レヴ)が落ちた。

 慟哭にも似た懇願を続けるカティーシスの身体が末端から徐々に光の粒子に変わり、ページの中へと導かれていく。


「ユイア……オレも、そっちに、いきたかったのに……」


 もはや原形もとどめていない手を虚空に伸ばし。一筋の涙を流し、カティーシスは静かに散った。


『【災厄の魔女】カティーシス=リオット――――司るは鎖、その罪は堕落』

『【楽士】リヤン――――宿りしは大蛇、堕落の従者』


 ページに文章が刻まれる。ラフェミアの時と同じように、悪魔も自然と封印できたようだ。


「お疲れ様、ラズさん。確かに、本気で戦わなきゃ勝てない相手なら、武器を偽物に変えてたほうがいいよな。そうすりゃ怪我させる心配なく戦えるし」

「ありがとう、ユーリ。僕を信じてくれて」

「二人ともお手柄じゃな! さて、カティーシスにはいくつか聞かねばならんこともある。早速喚び出してみてはどうかのう」


 エペーの言う通りだ。原罪の塔への侵入の仕方や、カティーシスの固有魔法が祐理の『審問大全』と似ていた理由。エシェールに任せたように、リヤンにもこの領域の守護を頼んだほうがいいだろう。それに、あの聖堂で暮らす子供達の今後についても考えなければいけない。カティーシスの悲痛な叫びを聞いた後では気が進まないが、召喚のために口を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ