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4 襲撃後

* * *


「おいベルク、ちょっと付き合えよ」


 ノックもなしに部屋のドアを開けるなりそう言い放ったのは、蒼白な顔のカティーシスだった。自分の領域に帰っているはずの第五の魔女を見て、ベルクディールは優雅に微笑む。


「おや、もう気は済んだのかね? とても休養が取れたようには見えないが」

「どうでもいいだろうが。……相手してくれって言ってんだ。やるのか、やらねぇのか?」

「ふむ。いいだろう。しばし待ちたまえ」


 嵌めていた普段使いの白手袋をいったん外して放り投げ、決闘用のものを嵌め直す。流麗な刺繍の施されたベストを脱いで、ベルクディールは悠然と立ち上がった。


「ちょうどいいところで会ったな。お前も来いよ、鴉野郎」

「……」


 廊下をずんずん進むカティーシスが、不意に口を開いた。視線の先にいるのは、たまたま前方からやってきた【剣士】ラヴィンだ。彼のあるじたる第三の魔女の姿はない。

 いきなりの呼びかけに、足を止めたラヴィンは無言のままわずかに眉根を寄せた。それに構わずカティーシスは歩いて行ってしまう。ラヴィンはカティーシスの後ろにいたベルクディールを見咎めるとため息を一つついて、ベルクディールの横に並ぶ形で来た道を引き返した。これから二人が何をするのか、自分がどうして呼び止められたのか、ラヴィンにはわかっていたからだ。


「また五番目は例の発作を起こしたのか。最近は落ち着いてきたと思ったんだが……」

「そうだな、かれこれ百年ぶりになるだろう。まったく、付き合わされる者の身になってもらいたいものだがね」


 呆れ顔のラヴィンに対し、ベルクディールはくつくつ笑う。向かう先は塔の一階にある巨大な広間。広間と言っても、無暗に広いだけのがらんどうの空間だ。そこは魔女達にとっては手合わせの場でもあった。


*


「満足したか?」

「はッ、これだからてめぇは嫌いなんだよ、鴉……!」


 剣を手に、ラヴィンは冷めた瞳で問いかける。床を這っていたカティーシスはよろよろと立ち上がり、床に唾を吐いた。


「そうか。残念だ。俺は俺なりにお前のことを評価しているんだがな」


 息の一つも切らさずに、ラヴィンは剣を鞘に納めた。響き渡る乾いた拍手は、へたり込んだベルクディールのものだ。


「実に、実に素晴らしい戦いだった。二人とも、誇りたまえ。王に捧げる試合にふさわしい剣舞だ」


 そう言うベルクディールには片足がない。カティーシスが斬り落としたからだ。

 (レヴ)を壊さなければ死なない魔女にとって、どんな大怪我も致命傷にはならない。もちろん痛みはある。痛みはあるが、それだけだ。


「それで? わざわざ男の魔女(わたし)裏切者(ラヴィン)に声をかけたのだ。今度こそ気は済んだかね?」

「ああ。……当たって悪かったな」


 カティーシスは武器を消し、冷え切った固い床の上に大の字に寝ころぶ。視線はぼんやり宙を彷徨っていた。


「“狩人”に会ったぜ。ラフェミアどころか虫の一匹も殺せねぇようなガキだった。あんなヘタレが狩人(えいゆう)なんざ世も末だな」

「だが、その男が一番目を御したんだろう? 実力は保証されているはずだ」

「けっ。あいつが強かろうが弱かろうがどうだっていいんだよ。大事なのは魔女を殺せるかどうかだ。我らが【原初の魔女】を引き裂いたレクトルみてぇに、魔女をぶっ殺すのが英雄サマってもんだろ?」


 舌打ち交じりに吐き捨てるカティーシスを見下ろし、ラヴィンは静かに口を開いた。


「それはどうだろうな。……そもそも、“狩人”レクトルは本当に【原初の魔女】ヴィヴリオを殺したのか?」

「あぁ?」

「いや、なんでもない。忘れてくれ。……そろそろギルトが起きる時間だ。俺はこの辺りで戻らせてもらおう」

 

 ラヴィンは魔女達に一瞥もくれずに広間を立ち去る。その背中を見送り、ベルクディールはわずかに口元を歪めた。


「カティーシス。“狩人”の進軍は、君の手で止めたまえ。“狩人”とやらが何を目的としているかは現状不明だが……魔女も殺せぬ英雄気取りに売り渡すほど、君の(ねがい)は安くないはずだ。違うかね?」

「……」


 蠢く影が、失った足を運んでくる。それをぴたりとくっつけて、ベルクディールは立ち上がる。一人残されたカティーシスは、しばらくじっと寝転がったままだった。


* * *


「本当にありがとなぁ! あんたらがいなかったら、今頃どうなってたことか」


 村人達は喜色を湛えて祐理とラズトラウトを村に迎え入れた。親しげに声をかけてくるのは、先ほどから祐理と喋っていた村の男だ。彼はアガスと名乗った。どうやら彼が村のまとめ役のようだ。


「なぁ、あの車輪ってなんなんだ? それに鈴も、ただの獣避けにしちゃ効いてたみたいだけど」

「鈴と車輪は【災厄の魔女】の弱点さ。特に鈴は、黒の領域(ショハム)じゃ魔除けの象徴でな。だからショハムには、どんな小さな村にも鈴と車輪の備えがあるんだ。立派な鈴と車輪の置物を置いてある金持ちの街には、魔女は絶対に近寄らねぇ。もっとも、この辺りの村は見ての通り貧乏だからな。手製の模型と獣避けでどうにかしてるが……それじゃ防ぎきれなくてこのざまだ。この村だけでも無事だったのは、あんた達のおかげさ」

「魔女に弱点があるとは初耳だな。それは、何かいわれのある話なのか?」


 吸血鬼にはニンニクと十字架を、という伝承と同じノリだろうか。ラズトラウトはきょとんとしていたので、魔女全体の共通の弱点というわけではなさそうだ。


「さぁな。理由は知らねぇよ。でも見ただろ? 車輪と鈴を見ると、魔女は人が変わったように怯えて逃げるのさ」

「確かに、まるで別人みたいだったな」


 頷きながら、祐理は聖女に捧げる鉄車輪(ブレーキングホイール)の項目を読む。『固定された車輪の上に対象を縛り付け、その四肢を打ち砕く。』そっと閉じた。


「しかし、それほど明確な条件があるならとっくに討伐されていてもいいんじゃないか? あいつは頻繁に人の前に現れては殺戮を繰り返すんだろう?」

「それはそうなんだけどなぁ……。ただ、どうしても決定打にはならねぇんだ。鈴と車輪で追い払うことはできても、それで死ぬわけじゃねぇ。それどころか殺す前にいなくなっちまうから、魔女を殺したい奴はむしろ鈴も車輪も用意しねぇんだ」

「なるほど。じゃあこれは使わねぇほうがよさそうだな」


 また逃げられたらたまらない。次に会ったときこそきちんと封印しなければ。


「なんだって? そういえばあんた達、狩人だって……まさかあんた達も、魔女を殺すつもりだったのか!?」

「あー……まあそういうことになるな。俺達は【災厄の魔女】を狩るために来たんだ」


 殺す気はない。(レヴ)を奪って封印するだけだ。しかしその辺りの事情を説明するとややこしそうなので、祐理は深くを伝えなかった。


「そりゃあいい! まさか未来の英雄様を見られるとはなぁ。だが、無理はしないでくれよ。あの魔女はいろんなところで恨みを買っててな。自分があの男を殺すんだってどいつもこいつも息巻いてるが、実際に魔女に挑んで生きて帰った奴はいなかったって話だ。勝ち目がないって諦めて、復讐を忘れて生きる奴だって多い。あんた達も、引き返すなら早いほうがいいぜ」

「復讐だって? 魔女と対峙して生き残った者が、それほど大勢いるのか?」


 思わず尋ねるラズトラウトに、アガスは何を当たり前のことをと怪訝な顔をして答える――――襲われた場所にごく少数の生存者を作るのはあの魔女の慣習だと。


「【災厄の魔女】は皆殺しなんてしないぜ。必ず何人かは見逃すんだ。特に子供は生き残ることが多いな。【災厄の魔女】を殺そうとするのは、義憤に駆られた正義の体現者か、名声を求める命知らずか、故郷も家族も友人も奪った魔女への復讐心を持ったまま大きくなった運の悪い生き残りさ」


 今日よその村から逃げてきたのも全員が子供だったとアガスは続けた。魔女が意図して見逃さなければすぐに死んでしまうような、幼く弱い者達だ。

 【災厄の魔女】カティーシスの手にかからずとも、野獣や盗賊に襲われることだって考えられる。しかしカティーシスは時にそんな障害すら退け、子供達を逃げさせるという。まるで鬼ごっこの邪魔をするのは許さないとでも言うように。

 カティーシスが飽きるか、子供の体力が尽きそうになる直前で魔女の追跡は終わり、生き残った子供は無事に安全な場所に逃げおおせる。それは魔女がわざと子供を生かしているようにしか思えず、しかし彼がわざわざそのような振る舞いをする理由がわからない。


「たとえばその村で……そうだな、生き残った子供がもともと虐待されてたなんて事実はないんだよな?」

「まさか! 全員、魔女がやってくるその瞬間まで幸せに暮らしてた連中さ。現に今日逃げ込んできた女の子は、この辺りじゃ仲がよくて有名な家の一人娘でな」


 今この村にいる他の村の生き残りが、これまでどれだけ幸せだったかをアガスは語る。小さい村なので村同士の交流も盛んだったのだろう。

 確かに、幸せをぶち壊されたわけでもなければ復讐などは考えないか。仮にカティーシスが村人を殺したところでその子が救われたのならば、復讐どころか彼に心酔していてもおかしくないのだから。


「っと、つい話し込んじまった。悪かったな。あんたらも疲れただろ? 今日は俺の家に泊まってくれ。この村には宿がなくてな。小さな家だが、寝る場所と食べ物ぐらいは提供できる」


 青の領域(タルシシュ)からこの村までは、アンブロシアによる転移の印術でやってきた。ラズトラウトの愛馬はアンブロシアに託してある。一方通行なのであの宿にはもう戻れない。

 カティーシスがいるラヴァンダールという街に向かうにしても、まだようやく夜が明けようとしている時間帯だ。アガスの申し出を、祐理達はありがたく受け入れた。



「なあ、エペー」

「なんじゃ?」


 アガスの家は少し手狭だったが、しかし村全体で見れば一番大きな家だ。それなりに広い部屋に、草を編んで作られたような布団と薄い掛け布団を二つ用意してもらう。この村ではこれがスタンダードな寝具のようだ。

 カティーシスと打ち合って疲れた様子のラズトラウトが寝入ったのを確認し、祐理は枕元のエペーに声をかける。エペーはまだ起きていた。


「カティーシスって、詩守りの一族じゃねぇよな……?」


 それは、【災厄の魔女】と相対した時から抱いていた疑問だった。カティーシスによる武器の錬成と、祐理による武器の召喚。どちらも武器を具現化させる力だ。その二つはとてもよく似ていた。


「儂がおぬしを見つけられたのは、クロエが開けた通り道の気配を辿ったからじゃ。そのうえでおぬしの軌跡(カタグラフィ)……そうじゃな、正信風に言うとステータスを確認したからこそ、儂はおぬしこそクロエと正信の息子であり詩守りの血を引く者じゃとわかったのじゃ。儂はまだ、カティーシスという魔女のステータスを見ておらん。ゆえにあの男が詩守りの子か否かは判別できんよ」

「じゃあ、」

「じゃが、儂の知る限り詩守りの里はすべてが壊滅しとるはずじゃ。カティーシスがいつごろ生まれたのかは知らんが、黒の領域(ショハム)にあった詩守りの里は比較的早い段階で喪われたしのう。今もまだ生きている詩守りの子は、おぬしと……そうじゃな、おぬしの姉たるサラのみのはず。仮にあの男が難を逃れた詩守りの子だったとしても、詩守りの一族として育ち白紙の書を与えられるような環境は得られぬはずじゃ。ただの孤児として、只人として成長するしかあるまいよ」

「……そっか」


 つまり、祐理の『審問大全』や『魔女名鑑』のような不思議な本を、カティーシスは所持していないということか。あの狂った魔女と力のルーツが同じでないとわかり、少しだけほっとした。

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