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11 情報のすり合わせ

* * *


 カティーシスの部屋に置かれていた鏡の向こう。そこは、ごちゃごちゃした部屋だった。


(やっぱりこっちが本拠地か。塔の中とは打って変わった乱雑さだな)


 スズメの視界を借りたアンブロシアは小さく息を吐く。どこで誰が見ているかわからないため、すでに自室に退避済みだ。カティーシスの根城にいるスズメに意識を任せるように、アンブロシアは自分のべッドに横たわった。


 最初に目についたのは、壁に飾られた絵だった。

 小さな子供が書いたような、へたくそな絵が何枚も貼ってある。人らしきものの絵だ。どれも燃える炎のように鮮やかな赤い髪と、上が青で下が黄色という不思議な色合いの瞳をしていることから、どうやらカティーシスの似顔絵らしい。棒人間のようなものから頭足人まで様々なところからすると、微妙に年の違う複数人の子供達が書いたのだろう。紙の劣化具合はどれも同じようなものだった。


(これは……聖堂と、子供達?)


 そんな絵の中に一枚だけ、飛びぬけて上手いものがあった。どの絵も安っぽい額縁に飾られているが、その絵だけは特に大きく、立派な額縁に収められている。ちゃんとしたキャンバスに描かれた、油彩画のようだった。

 聖堂を背に、笑顔を浮かべた子供達が十人ばかり並んでいる絵だ。彼らに囲まれて笑っているのはカティーシスだった。絵の中のカティーシスは、黒の祭服に袖を通していた。そう、まるで聖職者のように。


(どういうことだ? あの男が聖職者なんて、そんな馬鹿なことがあるわけがない) 


 人を人とも思わない、粗暴な人格破綻者。それが聖職者の格好をして、子供達に慕われているなんて。こんなもの、何かの間違いに決まっている。

 だが、室内に置かれた本棚には図鑑や絵本といった子供が喜びそうなものの他に、分厚い聖典が何冊も収められている。聖典は古く、何度も繰り返し読まれた証か背表紙がぼろぼろだった。おまけに壁際には、おもちゃが山のように詰め込まれたおもちゃ箱がある。それらは、この部屋のあるじが子供好きな聖職者であると主張しているようでもあった。


(けれど、この部屋には神の像がない。本当の聖職者なら、毎日欠かさず神の像に祈りを捧げるはずだ。そもそも、聖職者の魔女なんているわけがないじゃないか)

 

 だから、これらはすべて偽装だ。偽物だ。罪深い魔女が、市井に紛れて生きるための擬態だ。アンブロシアだって、自分は普通の人間だと村人にアピールするために多少の演技はしている。これもきっとそれと同じようなものだろう。隠れ蓑に聖職者を選ぶなど、皮肉以外のなにものでもないが。

 室内にはそれ以上の情報はないようだった。引き出しやドアを開けようにも、スズメの身体では限度がある。幸い窓はわずかに開いているようだった。この建物の内部の様子は探れないが、周囲の様子や外観はわかるだろう。

 外は雨が降っている。ここは小高い丘の上に建てられた場所らしく、窓からは街が一望できた。しかし雨のせいで見晴らしはよくない。この場所から最も近いらしいあの街の様子を探るには、あそこまで飛んで行ったほうがいいだろう。窓の隙間から、小さなスズメは飛び立った。


* * *


 窓から差し込む陽の光に、祐理はゆっくりと目を覚ました。青の領域、タルシシュ地方はわりと寒冷な土地柄だ。ぬくい布団から出たくなくて、すっぽり目深に被る。だが、それはすぐに引きはがされてしまった。


「ユーリ、起きたんだろう? ほら、起きてくれ。アンブロシアが来ているぞ」

「うぅ……」


 そう言って祐理を見下ろすのはいかめしい黒の騎士だ。地獄から来ましたと言っても通じるようなその禍々しさにももう慣れた。旅に出たばかりのころは、寝起きにラズトラウトと遭遇するたびに驚きのあまり声が出なくなったが。

 無意味とわかっている抵抗は、案の定あっさり抑え込まれた。ふかふかのクッションの上で幸せそうに眠るエペーが恨めしい。渋々起き上がって支度をする。ほどなくしてラズトラウトが部屋の外に声をかけ、アンブロシアが現れた。


「おはようございます。よく眠れたようで、何よりです」

「おはようアンさん。何か見つかったのか?」

「ええ。【災厄】の潜伏先がわかりました。ただ、彼は不定期に拠点を変えるようですから、なるべく早く向かったほうがいいかと」


 そう言いながら、アンブロシアは世界地図を取り出した。

 七つの色に分けられたその地図の、黒と言うより灰色で表された部分。その一点にアンブロシアの指が置かれる。


「自由都市連盟フィガにある街の一つ、“船の街”ラヴァンダール。あの男は、その外れにある聖堂を拠点にしています。聖堂と言っても、現在も機能しているかははなはだ疑問ですが。ラヴァンダールは、特に魔女の被害に遭っているようには見えませんでした。……あろうことか、彼は聖職者のふりをして市井に紛れているようです」

「聖職者だって!?」


 ラズトラウトの声は驚愕に満ちている。祐理だって驚きだ。まさか魔女が好き好んで聖職者のまねごとをするとは思わなかった。だが、だからこそ擬態として有効なのかもしれない。


「スズメの姿で情報収集を行いましたから、決定的なものは掴めませんでしたが……少なくとも現時点においては、もっとも正確な情報かと」

「わかった。ありがとな。カティーシスが街で暴れてないってことは、そこが本拠地なのか……それとも何かを待ってんのか」


 潜伏期間、という言葉が祐理の頭をよぎる。

 だが、【災厄の魔女】カティーシスは一体何を待っているのだろう。そのラヴァンダールという都に、最も人が集まる時期か。その名の通りの災厄を振りまくにふさわしいタイミングか。何かのほとぼりが冷める時か。あるいは、狩人(ゆうり)の訪れか。


(いや……リヤンは言ってた。カティーシスは、俺に興味なんてないって。あの時のあいつには、紫の言葉は見えなかったから、嘘はついてないはずだ)


 【災厄の魔女】の歌を歌った、吟遊詩人リヤン=リデレーン。【楽士】と名乗った彼は、自分が何らかの魔女とかかわりがあることをほのめかした。その魔女とは、きっとカティーシスのことだろう。

 

「アンさん、リヤンって奴を知ってるか?」

「リヤン? 確か……【災厄】に仕える悪魔がそのような名だったと記憶していますが。彼は、【楽士】と呼ばれていました」

「そっか、やっぱりな。実は俺達、昨日そいつに会ったんだ。でも、俺達と戦う気はないみたいだった」

「なんですって!? まさか【楽士】がもうここを突き止めていたとは……」

「だけど、アンさんのことは気づいてないみたいだったぜ。何も言われなかったしな」


 アンブロシアはほぞを噛みながら伝える。すでに祐理達の存在は、七魔女―正確にはラフェミアを抜いた六人の魔女だが―の間で共有されているのだと。 

 【冒涜の魔女】の悪魔に見つかった以上、それは予想できていたことだ。現に【悲哀の魔女】アンブロシアや、【楽士】リヤンが祐理のことを知っていた。最低でも顔は割れているに違いない。


「しかし、僕らのことばかり伝わっているというのは気分がいいものじゃないな。アンブロシア、もう少し話せるような情報はないか? せめて似顔絵でもあれば、探しやすくなるんだが……」

「ええ、そうですね。実は僕もそう思って、昨日のうちに描いておいたんです」


 ラズトラウトが尋ねると、アンブロシアは自信ありげな顔で五枚の紙片を取り出した。どうやら一枚の紙ごとに、魔女と悪魔のイラストを描いたらしい。


 『【冒涜】メイシェウ。土の魔術。妖艶な美女』『【将軍】レンシェイ。コウモリになれる』

 『【罪科】ギルト。未知数。中性的な少年(魔女の中では最年長)』『【剣士】ラヴィン。カラスになる?』

 『【災厄】カティーシス。氷(水?)の魔術。粗暴な男』『【楽士】リヤン。ヘビになる?』

 『【震悚(しんしょう)】ベルクディール。影(闇?)の魔術。心を読む? 似非紳士』『【傀儡】ディートリカ。不明』

 『【欲望】ルスティーネ。風の魔術。大きなドクロの被り物っぽい仮面が特徴』『【道化】不明』


 イラストの脇には短い説明文が書いてある。蝙蝠やら鴉やらは、第二形態だか真の姿だかのことだろう。ラフェミアの【側仕(あくま)】のエシェールが蜘蛛になったのと同じだ。

 文章と絵を交互に見ながら、ラズトラウトと祐理はそれぞれ首をひねった。


「これは……その、すまない……」

「俺も絵は苦手だし……特に難しいよな、人の顔って」


 なるべくアンブロシアを傷つけないよう言葉を選ぶ。この時、祐理とラズトラウトの心は一つだった――――アンブロシア、絵めっちゃ下手。

 アンブロシア渾身の似顔絵から読み取れる魔女の特徴は特に何もなかった。しいて言うなら髪と目の色ぐらいだ。頑張りだけは伝わった。


「カメラ……はさすがにないよなぁ」


 スマートフォンを持っていれば、アンブロシアに渡して盗撮を頼むこともできたのだが。生憎、部屋着で放り出されたので地球(エデン)のものは何も持っていないのだ。

 この世界(アルカディア)にカメラがあるなら、ラズトラウトも最初から似顔絵ではなく写真という発想を出していただろう。不便極まりない。


「いちかばちか、ラフェミアに頼むというのはどうだ?」

「あいつ、描けるかなぁ」


 小声の相談タイムを挟み、半信半疑ながらにアンブロシアにラフェミアの召喚の許可を得る。アンブロシアは不思議そうに応じた。


「ここは……ふむ、タルシシュの地か。わらわをこの地に喚び出すとは、【悲哀】のとはうまく話をつけたようだな」


 『魔女名鑑』を開いた祐理がラフェミアの名を呼ぶと、【悲哀の魔女】の許諾を得た【幸福の魔女】が青の領域の地を踏んだ。周囲を見渡したラフェミアは、アンブロシアの姿を見てにやりと笑う。


「健在そうだな、【悲哀】のよ。この小童(こわっぱ)は、そなたの謳う理想に適ったか。いや、狩人のの目的にそなたが適ったというべきか」

「……」


 アンブロシアは無言でラフェミアを睨みつけた。それにも構わずラフェミアは祐理に視線を移す。


「それで、あるじ殿。わざわざわらわに何の用ぞ? まさかこの小娘と戦わせるつもりではあるまいて」

「ラフェミアってさ、魔女の似顔絵って描けるか?」

「……何?」


 ラフェミアはこてんと首をかしげた。彼女は祐理達の手にある紙に気づき、それをのぞき込もうとする。ラフェミアにも見やすいように少しかがんでやると、小さな魔女はたちまちぷっと噴き出した。


「>>生憎だったな。絵心などわらわにはないぞ<<」

「<<絵なら描けなくはない。だが、模写だけぞ。そらでは無理ぞな>>」

「なるほどな。でも、それじゃ意味ねぇんだよ」


 飛んできた紫の言葉をさっさと振り払う。つまらない嘘が見破られるのは予想のうちだったのか、ラフェミアはかかと笑った。


「なに、案ずるな。手掛かりなどなくとも、そなたは魔女に辿り着く。現にこうして【悲哀】のと会えたではないか」

「それはアンさんが俺達を探してくれたからだ。でもカティーシスは、俺達に興味がないらしいし……騒ぎが起きてからじゃ遅いだろ」

「【災厄】のが、狩人のに興味がないだと? そんなわけがあるまい。あやつは常に強者を求める、刹那に生きる魔女ぞ。それがあやつの業ゆえな」

「でも、リヤンがそう言ってたぞ。あいつは、嘘はついてなかった」

「ふむ……【楽士】のが言うのであれば、そうなのか……?」


 リヤンに会ったことをラフェミアに告げると、彼女は怪訝そうな顔でぶつぶつ呟いた。「知ってることがあるなら教えろよ」と言うと「すべて言ってしまえばつまらぬだろう」と顔をそらされてしまったが。


(俺に嘘は通じない。だから、一番有効なのは黙秘だ。わかってやがるな、ラフェミアの奴)


 この手には、ラフェミアの沈黙を破るためのありとあらゆる拷問器具(どうぐ)がある。

 だが、それを使うのは、さすがにまずい気がした――――少なくとも、アンブロシアの目の前では。


「まあ、これも大魔女の余裕か。図解の添削ぐらいはしてやろうぞ。【悲哀】の、これには一つ間違いがある。【罪科】のは女ぞ。それを知るのは、もうわらわぐらいのものであろうが」

「え!? そ、そうだったんですか!?」

「うむ。あやつは男の装いをして男のふりをし、自分が男だと誤認しておるだけぞ。理由までは知らぬがな」


 それからもラフェミアは似顔絵の横に文章を足し続けた。

 いわく、【冒涜の魔女】の固有魔術は生命の創造。生命と言っても、それは既存の動植物とは違う、魔女(ラフェミア)の感性からしてもグロテスクなものらしい。

 いわく、【罪科の魔女】が魔術で操るのは炎、固有魔術は他者の洗脳。しかしバフとデバフと回復については、ラフェミアは何も触れなかった。

 いわく、【震悚の魔女】が魔術で操るのは影、固有魔術は読心能力。【傀儡】についての訂正はなかった。

 いわく、【災厄の魔女】が魔術で操るのは水、固有魔術は武器の創造。祐理と少し似ているそうだ。祐理は『審問大全』に記載のある武器を召喚するが、カティーシスは虚空から無数の武器を錬成するらしい。

 いわく、【欲望の魔女】の固有魔術は物を自在に操ること。テレキネシス的な何かだろうか。【道化(あくま)】の名はアビーと言うそうだが、彼女についてはラフェミアも多くを知らないという。

 情報の欠落はあっという間に埋まった。伊達に二番目に長生きをしている魔女ではないようだ。最初からラフェミアに聞いておけば早かったのではと思わなくもない。


(あの時はラズさんが殺気立ってたし、さっきまで敵だった魔女を御すのに精いっぱいでそこまで気が回らなかったからなぁ)


 苦笑しつつラズトラウトを見る。黒騎士が二人の魔女を前にしてどんな感情を抱いているのかは、すべてを拒む鎧に遮られていてわからなかった。


「ラズさん、悪いんだけど買い出しを頼んでいいか? ちょっと調べたいことがあってさ。でも、保存食とか消耗品の補充が必要だろ? アンさんには、ラズさんを案内してほしいんだけど」

「僕ら二人でか?」


 ラズトラウトは怪訝そうに尋ね返した。しかし彼も彼で何か思うところがあったのか、すぐに首肯する。


「わかった。アンブロシア、構わないか?」

「は、はい。僕でよろしければ。僕も、それほどこの街に詳しいわけではありませんが……ある程度の様子は把握しています。朝食を食べたら行きましょうか」

「では、わらわは帰るとするか」


 あくびを一つしてラフェミアは消えていく。すぐに呼び戻されるなんて、きっと彼女は考えもしていないのだろう。


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