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8 憂いの魔女

「ここは……タルシシュの中心地、フィーンヒール大公国だな。ここなら、多少は魔女についての情報も集まるだろう。この小鳥は、本当に優秀な案内人だよ」


 大きな街門の前でラズトラウトが振り返る。彼の乗っている馬の頭には。得意げに胸を張るスズメが止まっていた。


「頭いいよな、そいつ。人に慣れてるし、誰かに飼われてたのか? 餌付けだけならともかく、スズメって飼われてるイメージないんだけど」

「さあ、どうだろう。もしかすると公国内に主人がいるかもしれない。いや、だからと言って僕らをここまで案内した理由にはならないけど……飼い主がいるなら、その人のもとに返さないと」


 兜の中で、ラズトラウトは寂しそうな顔をしている気がした。

 どうやらこのスズメにすっかり気を許したらしい。スズメのおかげで気を紛らわせることができたのか、城を惨劇が襲ったことによる心の傷ももううかがえなかった。まったくスズメさまさまだ。ラズトラウトがすぐに立ち直ることができたのはスズメのおかげだろうから、祐理にとってもスズメの存在はありがたかった。


「ぴーちくぱーちくうるさい鳴き声が聞こえなくてせいせいするわ! 泥棒鳥よ、おぬしの役目はもう終いじゃぞ! さあ早く去ね、そしてますこっと(・・・・・)の地位を儂に返すがいい!」


 一体だけ、スズメを邪険にする神(笑)がいるが。


「エペーとスズメだったら格段にスズメのほうが可愛いからな? 虹色スライムのくせに張り合ってんじゃねぇよ」

「賢い鳥のようだし、もし飼い主が見つからなかったら僕らでこのまま飼わないか? 斥候や連絡手段として使えるよう訓練しよう。騎士団でも鳥は飼っていたんだ。僕も専門じゃないけど、心得はある」

「むきー!」


 二人と一体、そして本の中にもう一人。その旅にこの小さな同行者が加わったのは、帝都リラを発ってすぐのことだ。休んでいた一行のもとに舞い降りたスズメを見て、ラズトラウトが怪訝そうに言った。「黄の領域(ピトダー)のスズメじゃない。あれは多分、青の領域(タルシシュ)に生息する品種だ」と。

 遠方からわざわざ飛んできたその小鳥は、それからぴったりと祐理達についてきた。領域の境に気づかなかった迷い鳥なら、帰巣本能に従ってタルシシュ地方まで飛んでいくかもしれない。離れないということは、こちらの方角で正しいのだろう。祐理達がスズメを追い払わなかったのは、そういう期待があってのことだった。

 タルシシュの領域に足を踏み入れてもスズメはどこにも行かなかった。まるで祐理達を先導するように少し離れたところを飛び、あるときは祐理達の傍で羽を休める。スズメが導く先は不思議と大きな街があり、宿に困ることもなかった。

 むくれるエペーをよそに祐理とラズトラウトはスズメを褒めながら街門をくぐる。活気のある大通りだ。さて今日の宿は、とすっかり異世界旅暮らしに慣れた祐理が周囲を見回していると、小柄な人影がこちらにむかって歩いてくることに気づいた。

 すりきれた、薄汚い黄色のフード付きのコートを羽織っている。コートは体格を隠すようにぶかぶかで、おまけにフードを目深に被っているため、その顔や性別はうかがえない。かろうじてフードの隙間から長い柚葉色の襟足が伸びていたが、それだけでは少女なのか長髪の少年なのか掴めなかった。


「あ、」


 ちち、とスズメが小さく鳴いた。ラズトラウトがとっさに腕を伸ばしたが、その手は飛び立ったスズメを掴めない。

 スズメは黄色コートの人物の肩に止まった。彼だか彼女だかよくわからないそいつは、スズメに向かって何かを囁く。「彼らを連れてきてくれて、ありがとうございます」――――周囲は喧騒に包まれているというのに、その声は不思議と祐理の耳にはっきり届いた。


(女の子の声だ。優しい、でもどこか寂しそうな……)


 スズメを肩に乗せたまま、黄色コートはラズトラウトの前まで行ってフードを取った。十三、四歳ぐらいの、ウルフカットの少女だ。萌黄色の瞳がじっと祐理達を見ている。


「君がそのスズメの飼い主か?」


 ラズトラウトが馬から降りた。少女は小さく首を横に振る。


「いいえ。この子は野鳥です。僕が飼っているわけではありません。……ですが、貴方達を案内するようこの子に頼んだのは僕です。貴方達を見つけたら僕のもとまで連れてきてください、と」

「……あんた、誰だ? 目的は?」


 祐理は警戒に目を細めて問う。ラズトラウトやエペーに、タルシシュに知人がいるという話は聞いていない。祐理に至っては言わずもがなだ。この綺麗な顔立ちながらもみすぼらしい少女が、ラウラス帝国から何か伝えられているような人物にも見えない。市井の一般人で、わざわざ祐理達を求める者がいるとは思えなかった。


「ここでは多少人目につきます。宿を取っているので、そこまで来ていただけませんか? 詳しい話はそこでさせていただきます。名乗りもしない者を信じてくれとは言いませんが……僕には、貴方達に危害を加えるつもりはありませんので、どうかお願いします」


 紫の文字は見えない。嘘は言っていないようだ。ラズトラウトはうかがうように祐理を見ていた。エペーも何も言わない。どちらも判断は祐理にゆだねるらしい。警戒は解かないまま、祐理は了承の返事をした。


*


「僕はこのタルシシュに住まう第七の魔女――【悲哀】のアンブロシアと申します」

「待ってくれ、ラズさん」


 広い客室に入る。ドアが閉まって早々、少女はそう言った。ラズトラウトの手が剣の柄に伸びる。それを制し、祐理は少女……魔女アンブロシアを見た。


「もしアンブロシアが俺達を殺そうと思ってたなら、チャンスはいくらでもあった。だってずっとスズメと一緒にいたんだぜ? 居場所は割れてるんだから、寝込みでも襲えばよかっただろ。それをしなかったってことは、アンブロシアに敵意はないってことじゃねぇかな」

「はい。僕は“狩人”と話がしたいだけなんです。【幸福】に勝っておきながらその命を奪わなかった貴方なら、僕の理想を理解してもらえるかと思って」


 アンブロシアの声音はいたって理知的なものだ。しかし祐理は、ラフェミアが歪んだ幸福を邪気なく語っていたのを知っている。ラフェミアはアンブロシアを他の魔女とは違うように言っていたが、それが人間(ゆうり)にとって良いことなのかはまだわからない。


「僕は、人と魔女が手を取り合える世界を作りたいんです。魔女が人を苦しめることなく、人が魔女を忌み嫌うことのない世界を。そのためならば、今の魔女達を排することも……この命を捧げることも、厭いません」

「魔女が、魔女を? 同類すら手にかけようとは、【悲哀の魔女】はずいぶん薄情だな」

「僕は確かに魔女です。ですが、あんな連中と同類になった覚えはありません。……僕はまだ、人の心を忘れていませんから」


 嘲笑するラズトラウトに、アンブロシアは毅然として返した。その双眸には一点の曇りもなく、嘘やごまかしはどこにもない。


「だから、僕がまだ人であるうちに。時の流れに狂って、あの魔女達と同様のモノに堕ちてしまう前に。僕は、この世界を変えたいんです」

「……」

「貴方は魔女を狩る“狩人”だ。もし貴方がすべての魔女を狩りつくしたなら、この世界は人のためのものになるでしょう。けれど貴方は魔女の牙を折れども命までは奪わない。偉業をなした貴方のその心意気に、人は少しでも考えを改めてくれるのではないでしょうか。人と魔女は共存できる、と。……その日の実現のためなら、僕は何だってしてみせます」

「なるほどな」


 アンブロシアは、本心からそう思っているのだろう。目的はどうあれ、魔女を排するという手段自体は祐理と変わらない――――であるなら、利用できる。


「いいよ、わかった。アンブロシア、手を組もう」

「信じるのか、ユーリ。相手は魔女だぞ」

「でも、【悲哀の魔女】は何か悪さをしてるわけじゃねぇんだろ? 大聖堂に現れてそれっきり、ちっとも姿を見せてないって言ったじゃんか。アンブロシアはラフェミアとは違う。魔女だけど、信用できる子だ」

「ふむ。やはりおぬしは、正信とクロエの子じゃなぁ。祐理が決めたことなら、儂はそれでいいぞ」

「……二対一、か。仕方ない。僕も腹をくくろう」


 苦み走った声ながらラズトラウトも引き下がった。これでこの異例の同盟締結に障害はない。


「ただし、一つだけ条件がある。アンブロシア、あんたの(レヴ)を俺に預けてくれ」

「……」


 (レヴ)は魔女にとっての心臓だ。それを祐理に握られている限り、アンブロシアは祐理を裏切れない。すべての嘘を見破ることのできる祐理にとっては必要のない担保だったが、ラズトラウト達を安心させるためには必要だろう。


「いいでしょう。僕の話なんて聞かずにそのまま僕を倒すことも、貴方ならできました。それをしなかったのは貴方の誠意でしょう。であるなら、僕もそれに応えるべきです」


 アンブロシアははめていた手袋を外した。左手の甲に、三日月を模したような抽象的な意匠の青い紋章が浮かんでいる。

 そのままアンブロシアは右手を左手の上にかざした。右手には、光り輝く細い短剣のようなものが握られている。アンブロシアは一切の躊躇も見せずにその剣を紋章に向けて突き刺した。


「……ッ」


 祐理は思わず目を背けた。しかしその傷口から血は流れない。代わりに転がり出たのは、その薄い手の中に収まるとは思えない大きさの宝石だ。スカイブルーのその石はまるでアクアマリンのようで、きらきら輝いていた。


「これが僕の(レヴ)です。お納めください。煮るなり焼くなり、お好きなように」


 礼を言ってそれを持ち上げる。これを砕けばアンブロシアは死んでしまうなら、保管は慎重に行わなければ。最適の場所は知っていた。


「これであんたは俺らの仲間だ。俺は祐理、この人はラズトラウトさん。で、こっちがエペー。よろしくな。アンブロシア……長いな、アンさんでいいか?」

「え? あ、ああ、はい、自由に呼んでくださって結構です」

「じゃあアンさんで。アンさんには、他の五人の魔女についての情報を集めてほしいんだ。いわゆるスパイってやつだな。魔女は他の領域には出入りできないってのは知ってる。でも、今は原罪の塔とやらで集いっていうのをしてるんだろ? そこでできる範囲で構わないからさ」

「僕は弱い。歴代の七魔女の中では最弱と言っていいでしょう。ですが、だからこそ魔女達は油断しています。僕が相手なら、彼らはきっと隙を見せます」


 『魔女名鑑』を開きながら言う。アンブロシアは小さく頷いた。

 白紙のページに(レヴ)を置く。たちまち青い宝石は消え、驚きの表情を浮かべたアンブロシアは『魔女名鑑』に吸い込まれていった。


『【悲哀の魔女】アンブロシア――――司るは月、その罪は愚昧』


「杯の次は月か。間違いない。七魔女は、単純な神の隠れ蓑ではないな。やはり七魔女達はヴィーの性質を受け継いでいるようじゃ。ヴィーの欠片から生まれたというのは伊達ではないか」

「性質?」

「……魔女とは本来、世界の調停者にして人が放った神への抑止力じゃった。か弱き人の子が、横暴なる神に抗うための救済機構。それが“魔女”の本来の存在理由じゃ。ロゴスは魔女を穢してそのありようを歪めたが、その本質には手を加えておらんかった。そこまでの権限は、さしもの奴にもなかったのじゃろう。じゃが、七つに割れたその権能は、魔女を二人押さえた程度ではおぬしには使えんぞ。七人の魔女の名が『魔女名鑑』に記されたとき、おぬしは魔女の本来の姿(ちから)を知るじゃろう」

「なるほど。……お前、それ知ってたから魔女狩りを提案したわけじゃねぇよな?」


 じとっとした目でエペーを見る。エペーはぶんぶん首っぽい部分を横に振った。


「今の魔女は、人が持つ神への不満の矛先をそらすための装置に成り下がっとる。魔女を狩らねば、信仰を盾にする神の守りは剥がせん。儂は何の嘘もついとらんぞ。そりゃ、七魔女がヴィーの力のすべてを継いどらんか、ちょっと期待はしとったが……」

「ま、どっちみちすることは変わらないか。えーっと、【悲哀の魔女】アンブロシア!」


 その名を呼ぶが早いか、本がまばゆく輝いてアンブロシアが姿を現した。アンブロシアは文字列の拘束具を不思議そうに見ている。


「なるほど。貴方はこうやって【幸福】を生け捕りにしたんですね」

「ああ。……でも、ちょっとその鎖が目立つな。小さくならねぇか?」


 『審問大全』で生み出したものは祐理の希望通りの大きさや形になるのだから、『魔女名鑑』の力によるものもそうなってくれるかもしれない。誰に言うでもなしに呟くと、拘束具は霧散してしまった。


「えっうわやっべぇ!」

「大丈夫です。枷ならこの通り、ここにありますよ」


 そう言ってアンブロシアはコートの袖をまくる。右手の手首に、文字列の回る小さな腕輪があった。


「おー……よかった。これならうまくそのコートに隠れるし、潜入してもバレねぇな」

「はい。お任せください」


 悲哀の魔女(アンブロシア)は捕らえ、裏切る心配のないスパイにできた。これで残る五人の魔女を狩れる日も近いだろう。


(卑怯上等。こっちだって命がかかってんだ、なりふり構ってられるかよ)


 強い決意を秘めた萌黄の眼差しに、祐理はもたげる罪悪感から目をそらした。

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