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7 それぞれの思惑

* * *


「ラフェミアが人間と一緒に、ねぇ。騎士と自称“狩人”に【幸福の魔女】が狩られたって噂が国中で流れてんのはリヤンから聞いたが、捕まったってぐらいの意味だったのか」


 その日、アンブロシアを含めた六人の魔女と三人の悪魔は、メイシェウによって急きょ円卓の間に集められた。アンブロシアは居並ぶ顔ぶれを見回す。【冒涜の魔女】メイシェウ、【震悚(しんしょう)の魔女】ベルクディール、【罪科(ざいか)の魔女】ギルト、【災厄の魔女】カティーシス、【欲望の魔女】ルスティーネ、【将軍】レンシェイ、【剣士】ラヴィン、そして【楽士】リヤン。【傀儡】ディートリカがいないのは予想外だったが、相変わらず【道化】は姿を見せないらしい。

 先日行われた茶会は、進行役(ラフェミア)がいなかったせいか場がもたずに数十分と経たないうちに解散してしまっている。わざわざすべての魔女が集まったところで、話すべきこともないのだからと。

 ところが今日、メイシェウにより再度の茶会の開催が宣言された。たとえ一度目が消化不良に終わったものだったとしても、一月に二度も円卓の間が解放されることはめったにないらしい。初参加のアンブロシアでも、他の魔女の反応からしてそれはわかった。

 では、今度は何を話そうというのか。それを告げたのはメイシェウではなく、彼女の悪魔であるレンシェイだった。


「いかにも。あれはラウラスの皇城内のようだった。ラフェミア嬢は拘束されている様子ではあったが、比較的無事だったと言えよう」


 頬杖をついたカティーシスは関心が薄そうだ。一方のレンシェイは気にもしていない様子で重々しく伝えた。


「待ってよ。ラフェミアお姉様が人間に捕まった? 殺されもしないで? おかしいわ!」


 ありえないでしょ、とルスティーネが頭を抱える。その反応を見て、ギルトが楽しそうに笑った。


「どうして言い切れる? 現に、レンシェイがそれを見てるんだ。ラフェミアが生け捕りにされたことを疑う余地はないぜ」

「だけど……」

「ラフェミアが死んでねぇってのはわかってたことだろうが。そもそも、人間に負けたからって即ぶっ殺されるわけじゃねぇよ。黒霧(・・)のことを人間が知ってるわけがねぇが……身体ん中()(さば)かれていじくり回されたり、これまでの憂さ晴らしだって痛めつけられたりされんのさ。無事だったってのは解せねぇが、再生の直後だったんじゃねぇの?」


 カティーシスはさらりとそう言ってのけた。ルスティーネの、そしてアンブロシアの顔から血の気が引いていく。

 カティーシスの言葉には、アンブロシアも覚えがあった。人との和解を望み、青の聖者のいる大聖堂に行ったときに、捕らえられそうになったからだ。

 命からがら逃げだしたが、対話の余地すら与えられなかった。その件で、自分はもはや人間から受け入れられない存在になってしまったのだと痛感している。人々が魔女に対して抱く恐怖を、憎悪を、どうしたら払拭できるのだろう。


「私が聞いたところだと、皇城をラフェミアの魔術が覆ったらしい。けれど、それについての被害はなかったんだってさ。その混乱に乗じて“狩人”は旅に出てしまったそうだ」


 リヤンの口ぶりは、どこかカティーシスの憶測を否定するような響きを含んでいた。

 魔術を行使できる程度には監視の目は緩く、そして魔女に勝ったと思われる者はもういない。帝国といえどしょせんは人の国だ。抑止力となる“狩人”のいない城が、そこまで長く魔女を捕らえておけるとは思えない。


「リヤン様、ありがとうございます。……ふふ。ラフェミア様は人に捕まり、彼女を捕らえた者は行方がわからない。面白そうなことになってきたと思いませんか? 皆様、どうなさいます?」

「……それを決めるのは、しばし時間がかかりそうだ。意味も目的も掴みかねているのでね」


 喜色を隠しもしないメイシェウがそう言った途端、ほんの一瞬だけベルクディールはその端正な顔を苦虫でも噛み潰したかのように歪めた。余裕そうに振る舞ってはいるが、瞳には焦燥が浮かんでいるようだ。


「それで、レンシェイ。その場には、他に変わったものや目につくものはなかったのかね? 魔女を捕らえておけるような、特別な設備があるならぜひとも知りたいのだが」

「拘束具はやや特殊なもののようではあったが、檻の類などはなかったぞ。室内は普通の客室のようで、少年が一人いるだけだったと記憶している。これといって警戒され……いや、奇妙なものが一つあったな。虹色に輝く、ぶよぶよとした物体だ」


 レンシェイの言葉に何人かは怪訝そうな顔をする。もちろんアンブロシアもその一人だった。しかし三人だけ、周囲とは違う反応を見せる者がいる。ギルトとラヴィン、そしてカティーシスだ。


「……蛇。一番目を狩ったのは、“狩人”なんだな?」

「ああ。市井ではそんな噂が流れているよ。“狩人”レクトルの再来が、騎士と共に恐ろしい魔女を討伐してくれた、とね。それが何か?」


 ラヴィンがリヤンにそう尋ねる。返ってきた問いには答えず、ラヴィンは無言のまま眼前に座るあるじを見た。背後からの視線に気づいたのか、ギルトは小さく肩をすくめる。


「“狩人”レクトルはもともと邪教の徒だったことぐらいは伝わってるだろ? レクトルは邪神への信仰を捨てて改宗して【原初の魔女】を狩った。……レクトルが改宗する前に崇めていた邪神の名はエペー。虹色に輝く不定形の塊さ。嘘をつくと恐ろしい邪神(エペー)に食われると、大人はいつも子供達に言ってたな。……懐かしいですねぇ、姉様。ああ言い聞かされていたのが、もう遠い昔のことだなんて」


 ギルトが陶酔した面持ちで虚空を見上げ出した。ラヴィンは咳払いを一つしてから告げる――――“狩人”の再来というのは、あながち間違っていないのかもしれないと。


「エペーを知らねぇのも無理はねぇさ。お前ら、揃いも揃って田舎者か根っからの背徳者だろうがよ。エペーの名前なんざ、オレの時代じゃ聖典を何十冊も丸暗記したようなイカれた聖職者かよほどのレクトル信者(バカ)しか知らなかったぜ。伝承が浸透してんのはギルトとラヴィン……ラフェミアの時代あたりまでか?」


 一同はぴんと来ていない様子だった。そんな中でカティーシスが口を開く。問いかけられたラヴィンは少し考え込むそぶりを見せた。


「……いや、一番目は知らなかったはずだ。まだ魔女になりたての、見た目通りの年齢だったときに、何かの折で“嘘をつくとエペーに食べられるぞ”と言ったことがあったが、意味がわからないようだったからな。ギルトが魔女になってから一番目が魔女になるまでの約二百年間で、エペーの名はすっかり風化したらしい」

「なら、わかってんのはオレ達だけか。……エペーってのは、言葉と真実を司る神だ。すべての真実がわかってるからこそ大嘘つきで、他人の下手な嘘は許さねぇ。レクトルはもともとエペーの神官で、稀代の大ぼら吹きだったんだよ。それが何の因果か急に改宗して、我らが【原初の魔女】サマをぶっ殺しちまうわけだが。……でもよ、エペーがいたから“狩人”が本物ってのは早計だろ。レクトルが【原初の魔女】を狩ったのは改宗してからだ。エペーは関係ねぇ。むしろそいつは、“狩人”を騙ってるだけじゃねぇの?」

「カティーシスお兄様ってば、ずいぶん詳しいのね……?」

「チッ。たまたまだよ、たまたま」


 説明になっていない説明を面倒くさそうにし、カティーシスはルスティーネから顔を背ける。これ以上深く尋ねないほうがよさそうだと思ったのか、ルスティーネは口をつぐんだ。


「皆様、論点をお間違えではありませんか? 現代の“狩人”が、過去の英雄の名を継いだ本物だろうが、過去の英雄の名を騙るだけの偽物だろうが、どうでもいいではありませんか。……だって、事実としてラフェミア様は人の手に落ちてしまいましたもの。次は、わたくし達の番かもしれませんわ」

「「……」」


 沈黙が下りる。その反応こそが望むものだったのか、メイシェウはとても美しく邪悪な笑みを見せた。


「ここに、レンシェイが見た者達をそのまま描かせた姿絵がありますわ。これをどう使うかは皆様にお任せいたします」


 そう言って、メイシェウはレンシェイに何枚かの紙を渡した。レンシェイはそれを一枚ずつ魔女達に配っていく。アンブロシアにも渡されたそれには、いかつい鎧姿の騎士と、貧弱そうな黒髪の少年、そして半円形の亜獣じみた何かが描かれていた。


「何百年の時を生きた皆様が、己を狩るかもしれない者を前にしてどう振る舞うのか……わたくしに見せてくださいましね?」


*


 臨時の茶会はそれで解散になった。親指の爪を噛みながら、ルスティーネは足早に自室へと向かう。


(わたしも狩られるって? 冗談じゃない……!)


 荒々しく開けたドアの向こうには、塔の中で生活するのに困らないだけの私物が持ち込まれている。まるで自分の本当の家の縮図だ。しかし足りないものがある。ここには、彼女に傅く者がいない。

 ルスティーネはまっすぐに壁にかかっている鏡の前に向かった。そのまま彼女はためらいもなく進む。しかし鏡にぶつかることはない。鏡を通り抜ければ、ルスティーネの自宅に着くからだ。


「帰ってきたの? 一生戻ってこなくていいのに」

「おかえりも言えないわけ? ったく、少しはエシェールお姉様を見習ってよ」


 廊下の隅にうずくまるのは、ルスティーネのペットだ。鎖と首輪をつけて何十年もしつけているのに、いつまでも反抗的で醜悪な雌。けれどだからこそ、ルスティーネは彼女のことを気にいっていた。同性でたった一人、自分の部屋に置くことを許すぐらいには。


「ねえ、アビー。あなた、わたしが死んだらどうする?」

「はぁ? 何言ってるの。どうもできないわよ。あんたが死んだら、あたしも一緒に死んじゃうでしょ。それが魔女と悪魔なんだから。……だから、あんたが死ぬ前にあたしが殺すの」

「あははっ! そう言って、何回失敗したと思ってるの? 無理に決まってるじゃない。いい加減認めなさいよ、自分じゃわたしに勝てないって。だからあなたは【道化】なの!」

「うるさい。殺すって言ったら殺す。……だから、勝手に死んだら許さないから」


 絶対に成就することのない野望を抱き、みじめに床を這いつくばる滑稽な悪魔。憎くて仕方のない相手に心中を誓うしかない哀れな弱者。そんな少女を見下ろし、魔女は歪んだ安堵の笑みを浮かべた。

 楔から鎖を外し、嫌がるペットを引きずって部屋に戻る。もしもメイシェウの言う通り“狩人”が来たとしても大丈夫だ。だって、ルスティーネは一人では死なないのだから。


*


「“狩人”か。楽しみだね、シス」

「何がだよ。ぜんっぜん楽しくねぇし興味もねぇな。ったく、わざわざ来たっつーのにあんなしょうもねぇ話だったとはよ」


 カティーシスの部屋に戻るなり、リヤンはあるじに声をかける。だが、返ってきたのは意外な言葉だ。リヤンは目を丸くしてカティーシスを見つめた。カティーシスはうんざりしたように舌打ちをする。


「ラフェミアは生きてんだろうが。……何が“狩人”だ。レクトルと同じ称号(なまえ)を名乗るなら、魔女を跡形もなく切り裂くぐらいしてみせろっつーの」

「……はは、なるほど。君のお眼鏡には適わなかったか」

「“狩人”なんざどうだっていい。()はこっちで蒔いてんだからな。もしオレのところに来てもぶっ殺して終わりだ」

「シスは加減ができないからね。そう言って、一体何人の芽を潰してきたんだか。……悪いが、私はしばらく旅に行かせてもらうよ。新しい物語の主人公を、この目で見ておきたいからね」

「勝手にしろよ。新しいメシのタネにはなるんじゃねぇの?」


 リヤンはそのまま壁の傍に置かれた鏡へと向かう。鏡の縁に手をかけた彼は、思い出したように振り返った。


「ああ、そうそう。どれだけ新しい物語を集めようと、私が歌う最大にして最高の物語の主人公は君しかいないからね」

「はっ。もう歌える場所も聴く奴もいねぇ男の歌なんざ、大事にしてどうすんだよ」

「それはそれさ。シスを歌った歌は、私が初めて自分で作った歌だ。私がずっと立ち会った、最初で最後の物語だ。……【災厄の魔女】カティーシスの物語の結末も、私はしっかり見届けよう。だから君は、安心して種を蒔いていけばいい。いつか実る日がきっと来るはずだ。それまで私は、君の心を慰められるような物語を各地から集めて君のためだけに歌おうじゃないか」


 鏡をすり抜けて消えたリヤンを横目で追い、カティーシスはクローゼットを開ける。中には、一着の黒い祭服がかかっていた。


*


「皆様、どう動いてくださるのかしら?」


 円卓の間には、メイシェウとレンシェイ以外の影はない。他の者はみな、とうに引き上げてしまっていた。


「気になりますか?」

「ええ、もちろん。……とはいえ、ベルク様とギルト様は何もなさらないでしょうね。あのお二人は、失ったもののことしか見ていらっしゃいませんもの。口では何と言っていても、実際に“狩人”を目にするまでは動こうとしないでしょう。いえ、それすらできないかしら。……ディートリカ様がベルク様に一言『“狩人”の首が欲しい』とおっしゃるか、ラヴィン様がギルト様に一言『“狩人”はお前の平和を乱すぞ』とおっしゃるか。そうでもない限り、あのお二人はちっとも動かないんですもの」


 ああ、なんて面白くて面白みのない方々なのかしら。メイシェウはくすくすと笑う。「では他の魔女は?」とレンシェイが尋ねると、メイシェウは手にしていた扇を開いた。


「さぁ? この()にもわからないことはありましてよ。ですが、だからこそ面白いのではないですか。あらかじめ予想を立てて、もしその通りに進んでしまったらつまりませんわ。ベルク様とギルト様のような答えのわかりきった論外でもない限り、わたくしは結果のすべてを愉しみます。動くのか、動かないのか、動くとしたら、何をするのか。それを眺めるために、わざわざ貴方を行かせたのですよ?」

「はっ、申し訳ございませぬ。浅慮が過ぎました」

「いいのですよ。さ、そろそろ帰りましょう。……“狩人”は、本当に次から次へと魔女を狩ろうというのかしら。あの者と対峙した魔女はどうなるのかしら。魔女達は、“狩人”に対抗できるのかしら。ああ、すべてが新しくて面白い……!」


 恍惚した表情を浮かべ、メイシェウは立ち上がる。そんな彼女の後ろを、レンシェイは無言でついていった。


*


「これが……“狩人”……」


 渡された姿絵を見つめ、アンブロシアは一人自室でひとりごつ。塔の中にあるものではない。鏡を通って帰ることができる、青の領域内にある我が家だ。

 早々にラフェミアが姿を消したために結局彼女の実力は測れずじまいだったが、魔女は魔女だ。人々の恐怖の上に君臨する彼女が弱いわけがない。

 ふと、メイシェウの言葉が蘇った。神が失墜し、自分を含めたすべての魔女が死に絶え、人間のみが完全に世界を掌握する。そうなることでしか、アンブロシアの望む世界は訪れない。

 それは、暗にアンブロシアの願いが叶う日は来ないと言っているのだろう。魔女と人間が共存できるなどありえない、と。確かに魔女達はみな人間を意思のある生き物として見ていないし、人間達もまた絶望の権化としか思っていない。アンブロシアは夢物語を語っているだけなのかもしれないし、メイシェウの言葉こそが正しいのかもしれない――――だが。


(“狩人”は、【幸福】を殺していない。彼がどんな意図をもって【幸福】を生かしているのかはわからないけど……彼のありようは、人々に認識を改めてもらうきっかけになるんじゃないか?)


 アンブロシアは窓を開け、空に向かって小さな声で歌った。すると、彼方から一羽の小鳥が現れる。それはアンブロシアの魔術だ。伸ばした指先に、小鳥は臆することもなく止まる。小鳥に向けて、アンブロシアは囁いた。


「……この少年を探してください。もしも見つけたのなら、僕のところまで案内を。貴方の友達にも、協力をお願いします」


 小鳥は一声鳴き、再び空へと飛び立ってゆく。その自由な翼を、アンブロシアは眩しげに見送った。

 【悲哀の魔女】アンブロシア。彼女は決しては諦めない。何故ならこれは魔女に堕ちたことへの懺悔であり、あの日守れなかった友への贖罪なのだから。


* * *

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