表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/36

5 襲来

 城内は惨憺たるありさまだった。そこかしこに死体が転がっている。そのほとんどは祐理にとっては他人で、けれどほんの少し前まで生きていた人達だ。その突然すぎる死に胸が痛まないわけがない。

 ラズトラウトにとっては知己も多いだろう。一歩、一歩と騒ぎの元凶を求めて進む足は困惑と怒りを現すように荒々しかった。

 廊下の壁には大きな亀裂が走っている。まるで巨大な剣で切り裂かれたようだ。刃の竜巻が、邪魔するものをすべて切り刻みながら城を通り抜けた……そういう表現がふさわしいのだろうか。


「ッ!」


 甲高い少年の悲鳴が聞こえた。それと同時にラズトラウトが走り出す。祐理も慌てて彼に続いた。そのままラズトラウトはある部屋に飛び込む。ドアの類はなかった。吹き飛ばされて、室内に転がっているからだ。


「は……?」

「そのほう、無礼であるぞ……。余を誰と心得るか……!?」


 部屋の中には、男と少年とナニカがいた。男の問いかけは祐理達ではなく、自分達の前に立つナニカに向けられていた。男は多分、それが無意味で愚かな言葉だとわかっていたのだと思う。だってナニカは、どう見ても人間ではないのだから。それでも彼は、何か言わずにいられなかったに違いない。


「ここは常勝を冠する騎士の国ラウラスだ! この地を統べる皇とその後継者に刃を向けるというのなら、幾千の騎士の剣と鎧がお前の血で赤く染まることになるだろう!」


 男は少年を背に庇って啖呵を切った。青い顔の少年は必死に男に縋っている。二人を守っていたはずのおっさん騎士は、部屋の隅に転がっていた。おっさん騎士だけではない。皇帝と皇子を守ろうとした何人もの騎士が、志半ばで散っていた。


「皇帝陛下ッ!」


 ナニカはまったく気にしない。ナニカは持っていた大きな剣を振りかざした。すかさずラズトラウトは剣を抜いてナニカを背中から貫いた。けれど祐理の目には、ナニカしか映っていなかった。

 性別を感じさせない美貌、背に生えた大きな白い翼、豊かに波打つ金の髪、神々しく輝く大剣、返り血で染まった姿に見合わぬ悠然とした佇まい。それは、あの日見た殺戮者とほぼ同じ姿をしていた。唯一違うのは、今目の前にいる天使は馬に乗っているという点だけだ。


「なんで……なんで守り手(システム)が……!?」


 ぐらり、世界が傾く。神の兵器がまた殺戮を繰り広げたのだ。俺のせいか。俺がここにいたから、ロゴスが俺に気づいて守り手(システム)を放ったのか。もしも俺がいなかったら、今日ここで死んだ人はいなかったのか。

 その事実に足がすくんで膝から崩れ落ちた。母の仇がそこにいる。呆然としている暇はない。それでも全身に力が入らなかった。


「祐理! しっかりするのじゃ!」

「……ッ」


 エペーの声で我に返る。ふらふらと立ち上がった。そうだ、ぼけっとしている場合じゃない。ラズトラウトが戦っている。祐理も何かしなければ。

 だってそうでなければ、皇帝と、皇子と、ラズトラウトが殺される。祐理だって殺される。母の仇も討てず、父と姉の行方もわからないまま、神の前に立つこともできずに死ぬなんてごめんだ。


「相手は楽園の騎士の守り手(システム・ナイト)、ラズ一人では荷が重い!」


 エペーの見立ては正しいだろう。ラズトラウトの剣は守り手(システム)を深く貫いているが、とうの守り手(システム)はぴんぴんしている。ラズトラウトは悔しげに剣を引き抜いた。だが、意味がないわけではなかったようだ。楽園の騎士の守り手(システム・ナイト)の視線が、皇帝からラズトラウトに動いた。


「陛下、殿下、今のうちに安全な場所までお逃げください!」

「……死ぬでないぞ、ラズトラウト!」


 皇帝は息子の手を連れて奥の扉に向かう。多分、襲撃者は今祐理達の前にいる楽園の騎士の守り手(システム・ナイト)ひとりだけだ。神の兵器は、たったひとりでも十分効果を発揮する。だからラズトラウトが食い止めている間、人々は安全に逃げられる。


「『審問大全』……いや、“狩人”の力だけでは届かんかもしれん。そうじゃ、もしもロゴスが“魔女”の本質(・・)に手を加えとらんかったら……! じゃが、七魔女のうちのひとりしか……しかし相手はたかが守り手(システム)、たったひとりでもあるいは……!」

「俺は……もう、見てるだけじゃねぇ……!」


 周囲の声はもう聞こえない。守り手(システム)以外のものは目に入らない。祐理は『審問大全』を開いた。相手は(ロゴス)の兵器だ。だが、こちらには(エペー)に捧げられた武器がある。


地に堕ちた鳥の鉄枷(スカヴェンジャー)ッ!」


 虚空から現れた巨大な枷は、馬と天使をそれぞれ折りたたむように捕捉した。捕らえられた天使に向け、祐理は静かに告げる。


時刻み揺れる刃針(ペンデュラム)――徹底的に切り刻め」


 振り子の刃は祐理の命令に忠実に従った。白い天使はたちまち真紅に染まる。身動きの取れない天使は、もがくこともせずにばらばらになっていった。


「倒した……のか……?」


 べったり浴びた守り手(システム)の返り血をこわごわとぬぐい、ラズトラウトが呟く。なんだ、終わってみればずいぶんとあっけなかった。祐理は安堵の息を一つつき、『審問大全』を閉じ――――


「ッ!」


 大きな影がラズトラウトと祐理を飛びこした。影は廊下に躍り出て、けれどこちらに向き直る。乗り手を取り戻した馬が、狙いをラズトラウトから祐理に変えたのだ。

 ばらばらの身体が馬上でひとりでに繋がっていく。ばらばらになったことで逆に拘束具からすりぬけた血まみれの天使は、誰のものかもわからない血で真っ赤になった剣の切っ先を祐理に向けた。

 とっさのことに身体がついていかない。具現化した武器を操ることはできても、身体能力や運動神経に変化があったわけではないのだ。祐理の運動能力は平凡な男子高校生のそれに過ぎず、間違っても鍛え上げた戦士などではない。だから、楽園の騎士の守り手(システム・ナイト)の間合いに捕捉された祐理にできることなんてなかった。せいぜい、迫る刃を見て頭を腕と本で庇うという無意味な防御に徹することぐらいだ。


「ッ!?」


 大きな馬に乗った忌々しい天使の剣は、新しい血を吸っている。しかし祐理に痛みは訪れなかった。それなのに何故か聞こえる血が滴る音に、おずおずと構えを解いて目を開けた。 


「ラズ……さん……?」


 腰の引けた祐理の前に、黒い鎧の騎士が立っていた。

 騎士は騎士のくせに剣を捨てていて、盾に至っては最初から持っているところを見たことがなかった。そのわりに、騎士は鎧だけはめったに脱ごうとしなかった。

 騎士の黒い鎧から、鋭い剣が生えていた。切っ先は祐理に向けられている。しかし祐理には届かない。天使の剣は騎士の鎧を貫き、腹部を深くえぐっているからだ。

 奇しくも構図は先ほどと同じで、けれど結果はまったく違う。人の剣は天使に致命傷を与えられない。だが、天使の剣は人を殺せる。ラズトラウトは、それがわかっていながら自身を祐理の盾とした。


「なんで……なんでっ……!」

「はは……僕は、騎士だからなぁ……」


 崩れ落ちたラズトラウトは、駆け寄った祐理を見上げる。それがすべての答えだった。騎士でありながら他人を見捨てるなんて格好悪い姿を晒せない、誰より臆病で誰より勇敢な騎士の生き方(しにかた)だった。

 ああ、だけど。だけど、そんなのおかしいじゃないか。死ぬように生きて、生きるように死ぬなんて。

 今日死ぬべきでなかった人の中にはラズトラウトだって含まれている。だが、まだラズトラウトは生きている。せめて、せめて死にゆく彼だけでも生者の世界に引き留めないと。


「エペー! どうにか、どうにかできねぇのか!?」

「無茶を言うなっ! 儂とて何かをしたいが……儂には何の力も残っとらんのじゃ!」


 無力なエペーの悲痛な叫びに歯噛みする。悔しいのは、ままならないのはエペーも同じだ。エペーはぴょんと飛び降りて、スライムの身体らしい柔らかさで砕けた鎧の隙間から落ちてラズトラウトの傷跡を覆う。止血を試みているのだろう。

 衛生的にどうなのかは知らないが、あれでも一応神の形だ。不潔だなんだといえば怒られる。それにここはファンタジー世界だ、命さえあれば大怪我や感染症を一瞬で治す薬や印術だってきっと見つかってくれるはずだ。

 守り手(システム)はもうラズトラウトから興味を失ったらしい。あれはもう、ラズトラウトが死んだと思っているのだろう。だが、祐理が彼を死なせはしない。安全な場所に運んで治療の手段を探すために、一刻も早く守り手(システム)を狩らなければ。


(どうすればいい……!? 『審問大全』は効かなかった、ならもう俺に使えるのは……!)


 考えているうちに、天使は再度剣を構えた。もうラズトラウトは動けない。祐理が何とかするしかない。だから祐理は『魔女名鑑』を取り出し、一縷の望みをかけて叫ぶ――――ラフェミア、と。


「なんぞ、騒がしいなぁ」


 祐理の前に現れた小さな魔女は、気だるげにあくびをひとつする。天使は、場にそぐわない悠然さを保つ童女に気づいていないようだ。天使の狙いは祐理にだけ定められていた。


「む? 黒騎士のが死にかかっておるわ。アレの仕業か?」


 魔女もまた、天使に警戒心を抱いていなかった。のんきに祐理を振り返って天使を指さしている。その場違いな余裕が無性に祐理を苛立たせた。


「そうだよ! 詳しい説明は後だ、とにかくそいつを倒してラズさんを助けねぇと……!」

「人の子とはかくも脆きものよ。あのままわらわの“夢”にいれば、かような目には遭わずとも済んだのに。……ほれ、どけどけ。邪魔ぞ」

「んなっ!」

「黒騎士のが生きていようが死んでいようが、わらわにはどうでもいいのだがな。何やら狩人のはわらわを軽んじている節がある。このあたりで一度、魔女の威厳を見せつけてやろう」 


 ラフェミアはつま先で床を叩く。それと同時にラズトラウトの周囲から蔦が生えてきた。蔦は生き物のようにラズトラウトに絡みつき、張りついていたエペーすらも叩き落としてしまう。そのまま蔦は邪魔だと言わんばかりに鎧を引きはがしにかかった。


「ラフェ……ッ!」


 祐理は思わず声を張り上げるが、そのさなかにも天使は止まらない。ついに剣を振りかぶった天使が迫ってくる。だが、それはラフェミアの寸前で止まった。床を砕くように勢いよく伸びた蔦が、天使を抑え込んでいたからだ。


「わらわがまだ人だったころ、わらわは優秀な師のもとで薬師を目指していた。……そのせいか、魔女となってからはある魔術を使えるようになったのだ。単純な植物の操作だけならば、歴代の魔女の中でもできる者はいた。しかしこれはわらわにのみ扱える、わらわだけの力。これが、わらわの固有魔術よ。……聖者ごときの癒しの力より、わらわの魔術のほうが多様な使い道があるぞ?」


 ラフェミアはじっと天使を見上げている。その間、ラズトラウトに巻き付いた蔦には大輪の花がいくつも咲いては枯れていた。何をしているのか、尋ねている暇はない。傍らのエペーがやめさせようとしていないということは、ここからではわからない何か(・・)があるのだろう。だからきっと、大丈夫だ。


「さて、と。どうやらこの白き者、人の子どころか人の造りしものでもないようだ。聖者……いや、魔女……どちらも違うな、人の息吹が一切感じられぬ。初めから人ならざる何かの手によるものか?」

「そいつは神……ロゴスの兵器だ。俺も詳しくは知らねぇけど、ロゴスが命じて動いてるらしい」

「ほう。神とな。……そうか、そうか。姿は【剣士】のが言う“命の番人(アンゲロス)”に近い。適当に名付けただけかと思ったが、まさか本当に“天使(アンゲロス)”だったとは。図らずも神の尖兵と渡り合っていたとは、【罪科】のもさぞ喜ぶことだろう。惜しむらくは、わらわの口からその幸福を伝えられぬことか」


 うんざりしたようにラフェミアはひとりごちる。ややあって、彼女の口角が皮肉げに吊り上がった。


「相手が神の兵器なれば、出し惜しみするわけにもいかんなぁ。機を見計らっていれば、また(・・)わけのわからぬものに閉じ込められるやもしれぬ」


 ――――異変が起きたのは、その直後だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ