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3 出発の前に

「【悲哀の魔女】、か」

「うむ。あの小娘に会うことで、そなたの中の何かが……あるいは、あの小娘の中の何かが変わるやもしれぬ。それが七魔女の時代に終止符を打つ契機になるか、人間が抱く“狩人”などというくだらぬ英雄幻想に幕を下ろす契機になるかはわからぬがなぁ?」


 ラフェミアは引き裂くように嗤った。ひるんだら負けだと自分に言い聞かせ、祐理は強い眼差しでラフェミアを見据える。


「で、そいつはどこにいるんだ?」

「知らぬ。あの小娘は七魔女の中では一番の新参、わらわとて先日初めて目にした魔女ゆえな。しかし、会うのは簡単ぞ。わらわを自由にし、」

「それは却下だ! そんな危ねぇこと、できるわけねぇだろ!」

「つまらんなぁ。では、己こそ【幸福の魔女】を屠った狩人と喧伝すればよい。……ああ、いや、わざわざそなたから働きかけずとも、魔女のほうから寄ってくるやもしれんな。魔女はみな、永き生に飽いておる。新たな風を感じれば、動き出す者がおるのも必然よ」


 ラフェミアは窓を見上げて呟いた。つられて祐理も外を見る。ピンク色の小さな蝙蝠が一羽、窓の近くを飛んでいた。翼は白みがかかっていて、ところどころ赤く見える。

 いや、蝙蝠のように見えるが、関節肢があるためどこか昆虫じみてもいる。よく見ると翼は膜のようになっていて、夕日を反射してキラキラ光っていた。赤いのは夕日の色で、白いと思ったものの正体は、その翼を覆う霜のようだ。どこか寒いところから飛んできたのだろうか。


「……ふふ。【将軍】のは目ざといな」


 蝙蝠はそのままふいっとどこかに飛んで行ってしまう。それを見送り、ラフェミアは楽しそうに祐理を見た。


「あの蝙蝠は、【冒涜】の……ヤハロームに住まう【冒涜の魔女】のしもべだ。しもべのしもべ、と言ったほうがわかりいいか? 【側仕】のがわらわに仕えているように、【悲哀】の以外の魔女はみな悪魔をひとり従えている。先の蝙蝠は、その悪魔の分身よ」

「えっ!? それ、放置していいのか!?」

「構わぬ。【冒涜】ののことだ、こちらに気づいたとしても何もしてはこない。あやつはそういう魔女ゆえな。自ら火中に飛び込まず、火中に飛び込んでいく者達の滑稽なさまを少し離れたところで酒でも飲みながら眺める。そういう女ぞ」


 聞いただけで気がめいってくる。さっそく魔女に居場所がばれた。何もしてこないとはいえ、監視されているようでいい気はしない。


「じゃあ、【冒涜の魔女】は自分の悪魔を偵察に行かせて、高みの見物決め込んでるってことか」

「それもあるが……魔女は、他の魔女の領域には足を踏み入れることができぬ。その領域を統べる魔女の許可がない限り、越境は悪魔にのみ許されるものぞ。ゆえに、【将軍】のが来たのだろうな。……あの奇怪な本に閉じ込められたわらわの扱いがどうなるのかはわらわにもわからぬが、魔女(はらから)狩りにわらわの力を直接利用できるとは思わぬようにな?」

「わ、わかったよ」


 ということは、黄の領域(ピトダー)を出たらもうラフェミアを召喚できないということか。しばらくエシェールに頼ることになりそうだ。


「ユーリ、少しいいか? そろそろ聖者様が……魔女!?」


 それからしばらくの時間は、エペーに迎え入れられるなり剣を抜きかけたラズトラウトへの説明と説得に費やされた。


*


「勇敢なる騎士達よ。お前達の身体を蝕んでいた魔女の呪いは、今ここに清められた」


 跪いた騎士達に向け、老人が厳かに告げる。彼こそが黄の聖者、クピディタースだ。とはいえ、クピディタースというのは彼の本名ではないらしい。“聖者”の役職につく者はみな代々同じ名前を与えられ、“黄の聖者”になった者はクピディタースと名乗るそうだ。

 「感謝いたします」ラズトラウトの声は絞り出したように震えていた。きっと今、兜の中で複雑な顔をしているのだろう。祐理だって同じ気持ちだ――――こんなにあっさり寄生呪樹(ヤドリギ)の脅威を取り除けるのなら、もしも黄の聖者が同行していたら犠牲はもっと少なかったのに。


「さすがはクピディタースだ。当代のクピディタースは、歴代の者の中でももっとも知恵深く経験に富んでいると聞く。お前の加護の力(ティフィラー)の前では、あの忌まわしき魔女の呪いも児戯に等しいか」


 皇帝はかかと笑う。やや厭味ったらしく聞こえたのは、祐理の気のせいなのだろうか。


「私はそのようにたいしたものではありませぬ。黄の聖者となり、クピディタースの名を継いでから、神への祈りを欠かしたことがないだけです」


 老人は悠然と微笑む。あまり居心地のいい空間ではない。祐理は早々に俯いたり明後日のほうを見たりして時間を潰すことにした。それからも皇帝と聖者の和やかな、けれど何故だかぎすぎすして聞こえる会話は続いていた。


「時に。そのほうは、“狩人”を自称しているようですね。“狩人”レクトルの再来だとうそぶき、【幸福の魔女】を倒してみせたとか」


 クピディタースの視線が急に祐理へ向いた。話題の中心に引きずり出され、仕方なく祐理もきちんと前を向いた。

 老人の眼差しは冷たく、先ほどまで皇帝に向けていたものとはまったく違うものになっている。試すような、あるいは疑うような目だ。


「“狩人”レクトルは、民間では英雄視されておりますが……その出自は、邪教の徒に過ぎませぬ。あまりその名をもてはやすことのなきよう」

「異端に生きた悪人が神の偉大なる教えに触れて改心し、【原初の魔女】を狩ったのだ。そうであろう? いかなる素性の者であろうと、それで成し遂げた偉業に影が落ちるわけではない」


 聖者の忠告を、皇帝はいともたやすく退けた。祐理の中の皇帝陛下の好感度は急上昇中だ。言っていること自体はクピディタースのほうが正しいのだろうが。祐理のご先祖なら、レクトルはロゴスではなくエペーの信者なのだから。


「……よいでしょう。魔女が神の敵であることに変わりはありませぬ。それを狩るというのなら、私は>>この若き英雄の旅を祝福し、彼を見出した慧眼の(おう)が統べるラウラスの末永い繁栄を祈りましょう<<。受け続かれ続ける誉れ高き我が使命、クピディタースの名において」

「?」


 何かが視えた(・・・・・・)。クピディタースの胸の上あたりに浮んだそれはまるで字幕のようで。彼が今しがた発した言葉とまったく同じ、白いその文字は一部だけ紫色になっている。字幕はアルカディア人にとっては日常の風景なのか、あるいは祐理の目にしか見えないのか、他の誰かがそれを気にしている様子はなかった。

 ふよふよと浮かぶ字幕は流されるように祐理の目の前にやってくる。何の気なしに手を伸ばした。字幕に実体はないらしく、祐理の手が触れると字幕はあっさりと掻き消える。しかし紫の文字に触れた途端、またクピディタースの声が聞こえてきた。


「<<神の威を知らぬ愚かな皇め。得体の知れぬ小僧の肩を持つだけでなく、私の諫言すらも無碍にするとは。こんな男が統べる国など、さっさと滅びてしまえばいいものを>>」

「ッ!?」

「……狩人殿? どうかなさいましたかな?」

「あ……いえ、別に……」 


 ばっと顔を上げるが、クピディタースは素知らぬ顔だ。同様に、彼の周囲に入る者達は何の反応も示していない。


(今の……俺しか聴こえてない、ってことか?)


 もしかすると、祐理が気づかなかっただけで先ほどの応酬の中でも字幕が浮いていたのかもしれない。これはきっとエペーに与えられた残る二つの力だ。嘘を見破る力と、嘘を打ち消す力。やはり戦いではそれほど使い道がないが、対人スキルとしては中々のもののようだ。

 祐理は話術や交渉術に長けているわけではない。だが、この力があれば少なくともいいように利用されることはないだろう。頼れる者がエペーとラズトラウトしかいない今、この二つの力はかなり有用な指針になる。


(確か、ラフェミアの幻覚を破ったのもこれだったよな。対人で初めてこの力が発揮されたってことは、ラズさんとか騎士さん達とか……それから、皇帝もラフェミアも俺に対して一度も嘘をつかなかったってことか)


 祐理に従うしかないラフェミアはともかくとしても、帝国人は案外みんないい人でよかった。素性の知れない異邦人に嘘など吹き込んでもしょうがないと思っただけなのかもしれないが。


「しかし油断はなさらぬよう。赤の領域との領境で、ヴィステーリアの国章を掲げた飛空艦が確認されたというお話はすでに皇のもとにも届いているはず。国章付きということは、あれは()の魔女帝が自ら指揮していたものなのでしょう。結局飛空艦は領境を越えることなく引き返したようですが、いつ【震悚(しんしょう)の魔女】が黄の領域に攻め込んでくるかわかりませぬ。赤の聖者は領内の弱き民を救うので精いっぱいで、他領への侵攻を食い止められる力がないのです。赤き魔女の侵略は、我々の手で止めなければ」

「む……そうだな。それに加え、先日ヴィステーリア国籍の海軍が黒の領域を襲ったと聞いている。なんでも、アブローグやフィガの街がいくつも荒らされたらしい。聖堂を襲うとは、魔女のしもべは人の心さえ失ったか」


 真面目な政治っぽい話になってきた。アブローグとフィガというのは、黒の領域にある国か地域の名前だろうか。そこは確か【災厄の魔女】の支配下だったはずだ。

 ヴィステーリアとは、赤の領域にある唯一の国家――――【震悚の魔女】が治める国のことだろう。よその領域の魔女に攻め込まれて、【災厄の魔女】は怒らないのだろうか。


(魔女自身が出てこれなくても、悪魔とか……それか、人間の手下は領域が越えられる。黄の領域にいる限り、他の魔女は来ないっつーか来させねぇよう俺がラフェミアに言うけど、あの蝙蝠みたいなのが来て暴れるのは止められねぇのか)


 それは困る。すごく困る。もしも祐理がいない間、【震悚の魔女】の部下がラウラスに攻め入ってきたら、きっとただではすまないだろう。人間だけならともかく、悪魔までついてきた日には目も当てられない。

 実際に【将軍】の分身だかなんだかの蝙蝠は来た。彼(?)のあるじである【冒涜の魔女】は動かないとラフェミアは言っていたが、【震悚の魔女】は違う。【震悚の魔女】の軍は黒の領域で暴れたそうだし、飛空艦とやらが黄の領域のすぐそこまで来ていたのだから。

 いまだ健在なはずの【災厄の魔女】がいる場所でさえ襲われたのだ。【幸福の魔女(ラフェミア)】が不在の黄の領域に、他の領域の魔女の軍に対抗できる人材などいるのだろうか。脅威を杞憂と笑い飛ばすことはできなかった。

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