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12 天の声

* * * * *


 祖母は村の片隅でひっそりと暮らしていた。彼女は薬草を煎じ、人々の怪我や病を癒していた。村の人々は祖母を賢女と呼び、祖母のことを慕っていた……けれど同時に、畏れてもいるようだった。

 よく言えば牧歌的、悪く言えば辺鄙。何もない、田舎の村。薬師の祖母と共に過ごす日々は穏やかで、両親がいない寂しさも、退屈も、感じたことはなかった。事故で亡くなった両親の分まで祖母は愛を注いでくれていたし、森の草木や動物、あるいは虫とだって友達になれたからだ。

 いずれは祖母の跡を継ぎ、村で唯一の薬師となる。幼いながらに漠然とそう思っていた。幸い勉強は嫌いではなかったし、祖母は自分のことを孫娘としても愛弟子としても見てくれていたから、自然とそうなるのだろうと信じていた。それ以外に生きる道など知らなかった。

すべてが変わったのは、国に死の病が蔓延してからのことだった。人々はそれを魔女の呪いだと言った――――魔女なんてものは子供に言うことを聞かせるためのおとぎ話に過ぎないことは、辺境で暮らす幼い子供でも知っていたのに。


 いるはずもない魔女のことを、大人達は血眼になって探していた。新しく誕生した魔女を殺せ。国中がそう色めきだって、そんな粛清の嵐は小さな村にも吹き荒れた。少しでも怪しいそぶりをした者や、周囲になじめない天才達は老若男女を問わず殺された。そして祖母も、その渦に飲み込まれた。


「ささいな幸せすら自ら手放すほどに、人々は疲弊しきっておる。疑い合い、騙し合い、そうして得たものに何の価値があろう。それは尊きすべてを壊すだけ。いずれこの国は滅ぶであろうな。他ならない、この国の民の手で」


「まだ幼いそなたを一人にするのは心苦しいが……もうそなたに教えることは何もない。いずれそなたはわらわを越える薬師となるであろう。そなたほどの印術適性があれば、こんな片田舎など飛び出せるやもしれん」


「しかし忘れるな。人はな、幸せでなければ意味がない。愛か、富か、名誉か……。幸福の形は人それぞれ異なっておろうが、それを追い求めることは決して悪いことではない。しかし幸せを失ったとき、人はただの人形に成り果てる。よいかラフェミア、そのことを忘れるでないぞ」


 それが、祖母の最期の言葉になった。その翌日、祖母は突然やってきた見知らぬ男達に引き立てられていった。祖母は聡明な人だった。もしかすると祖母は、自分も魔女に仕立て上げられるとわかっていたのかもしれない。

 処刑を止めようと暴れていたら、魔女の手先だと言われた。どれだけ泣いても、叫んでも、火刑台に連れていかれる祖母は助けられなくて。火がついて、嫌な臭いがして、黒い煙が上がって。祖母だったものは、なんだかよくわからないものに成り果てた。次は、自分がその炎に投げ込まれる番だった。


 人々は魔女を探している。けれど魔女なんているわけがない。魔女がいないなら、またどこかで罪のない誰かが犠牲になる――――それなら、自分が新たな魔女になればいいじゃないか。魔女の手先と呼ぶのなら、その言葉通り本物になってやる。

 幸福(しあわせ)を忘れて疲弊しきった民に救済を。そして、覚醒(めざ)める必要のなかった【幸福の魔女】は産声を上げた。


* * * * *


「ここまで来たということは、【側仕】のは斃されたか。まったく、その分の礼もせねばならんな」


 ラフェミアはつま先でとんとんと地面を叩いた。瞬間、ぼこぼこと彼女の足元が盛り上がって、そこから木の根じみた触手が勢いよく飛び出してくる。不気味に蠢くそれは祐理とラズトラウトを狙うように鎌首をもたげた。


「そなたらの血肉、この森の養分にしてくれる。我が王国の礎となれること、光栄に思うがよい!」

「ユーリ、気をつけろ! あれが寄生呪樹(ヤドリギ)だ!」

「なっ――!? ブ、爆ぜ響くは断末魔(ブレイズンブル)!」


 祐理を庇って前に立ったラズトラウトの警告の声に、とっさに燃える牛の像を召喚する。祐理とラズトラウトの前に立ち塞がった爆ぜ響くは断末魔(ブレイズンブル)は、伸びてきた触手をたちまち焼き尽くした。


「……ほう。わらわの魔術をいともたやすく防ぐとは、なかなかやりおる。それに、なにやら不思議な炎を吐く道具を扱うらしい。印術ではない、かと言って【災厄】のの魔術(れんせい)や【罪科】のの魔術(ほのお)とも違う。どちらかといえば加護の力(ティフィラー)が近いか?」


 燃える像の向こうで魔女が興味深げに目を細めている。のんきに観察して考察する余裕があるのが気に食わなかった。


力を纏え(フレイム)。……ユーリ、挟撃するぞ。奴は植物を操る魔女だ。奴自身、炎に弱いことはわかっている」


 安寧告げる断罪の歌(ルイゼット)の鎖を握り締めて身構える祐理にラズトラウトが目配せした。ラズトラウトの剣と祐理の刃がぼんやり赤く輝き出す。祐理は無言のまま頷いた。正直キョウゲキの意味はよくわからなかったが、多分同時にラフェミアを狙おうとかそういうことなのだろう。


「そなたらには幻惑の魔術も効かぬようだし、まともに戦うのは骨が折れるのう。こういうとき、【災厄】のがいてくれば楽であったが……まあよい、たかが二人とはいえ前回の連中よりは手ごわいと見た。わらわも少しばかり本気を出さねばならんか」


 うそぶくラフェミアはラズトラウトのことなど見ていない。彼を脅威だと思っていないのだろう。魔女が危険視しているのは、未知数の力を持つ祐理だけだ。 

 その油断を隙と取ったラズトラウトが地を駆ける。少し遅れて祐理も続いた。ラズトラウトはラフェミアを左から襲い掛かっているので、右ががら空きだ。すかさず祐理は右から狙った。赤みを帯びた刃が少女の体躯を切り裂こうとした――――けれど。


「ふふふ。なるほど、これが“痛み”か。五百年も生きておると、こういったことにも疎くなる」


 血を流し、深手を負い、それでも魔女は笑っている。当然だ、彼女は不死なる存在なのだから。


(とにかく、(レヴ)を奪わねぇと……!)


 仕切り直そうといったん離れる。自分達の目的はラフェミアを殺すことではなく、また正攻法ではラフェミアを殺せない。魔女を殺そうと思うな、その動きを封じることに注視しろ。自分にそう言い聞かせながら、祐理はエペーに視線をやった。


「エペー! (レヴ)ってのはどこにある!?」

「儂にわかるか!」

「それより先に、『審問大全』――五十九(ページ)――八十七頁――まずは、拘束してから――」


 わからないと言いつつ教えてくれるらしい。歯噛みしてその場に踏ん張り、『審問大全』を開く。使えそうな道具はすぐに見つかった。


「そこでおとなしくしてろっ! 求められた静寂と貞淑(スコールドブライドル)――夢見る空の揺り籠(ジベット)!」

「っ!?」


 どこからともなく現れた仮面のようなさるぐつわがラフェミアの顔を覆い、吊られた鳥籠のような牢獄が彼女を閉じ込める。

 さるぐつわは呪文を唱えるのを防ぐためだ。先ほどラフェミアは地面に合図をすることで寄生呪樹(ヤドリギ)を発生させていた。ということは、地に足が着かないようにすればその魔術を抑制できるかもしれない。吊られていると言っても、一メートルほど持ちあがっているだけだ。それでも宙に浮いていることに変わりはない。鉄柵の向こうで、ラフェミアは策を握っている。しかしいくら魔女とはいえ、さすがにそこを捻じ曲げるだけの膂力はないようだ。


「あれでは僕らの……いや、そうか! 貫け(フレイム)!」


 虚空から炎の矢が放たれた。檻と言っても、人が通れないながらにも隙間はある。そこを縫うようにしてラズトラウトの矢がラフェミアに刺さった。ラフェミアは嫌がるように柵から離れる。さすがに効いたらしい。


「『審問大全』――百二十四頁――求める力は、そこに――」

造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)? 頼む、ちゃんと見つけてくれ……!」


 祈りの声とともに召喚したのは太い錐だ。“身体のどこかにある魔女の証に反応し、その証を取り出す”……説明書きにあったその“証”とやらが(レヴ)を指すとしたら、試してみない手はない。

 

「……ッ!」


 祐理の手からひとりでに離れた造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)は、果たしてラフェミアの左肩を貫いた。魔女といえども悲痛な苦悶の声が漏れる。ラフェミアはそのまま膝から崩れ落ちた。

 まだ幼い少女の姿をしていることもあって、自分がひどい悪者になってしまった気がする。しかし相手も相当あくどいことをやっているのだからと自分に言い聞かせ、吊り籠に近づいた。籠は勝手に地上まで降りてきてくれる。


(レヴ)は紋章の下――それを抜けば、宝石が――」

「こ、こうか?」


 声に従い、造られた刻印を求めて(ウィッチピッカー)を引き抜く。傷口からころんと落ちたのは、澄んだ黄色の石だった。 


「んッ、んぅッ!」

 

 美しく輝くそれを拾おうと、ラフェミアが必死に手を伸ばす。彼女のその反応から、これがただの宝石でないことは明らかだった。拾われる前に奪うと、ラフェミアの顔が仮面越しでもわかるような絶望に歪む。五百年を生きた、あの余裕そうな魔女はもうどこにもいなかった。

 

「魔女の(レヴ)は、壊しては――それを、貴方の書に封じ込め――そうすることで、真の救済へ――」

「俺の書……あの白い本か?」


 呟くと、虚空から一冊の本が現れた。『審問大全』とともにエペーからもらった白紙の本だ。封じ込めろと言われても、どうすればいいのかわからない。戸惑う祐理を見透かしたのか、本がひとりでに開く。開いたページからぱぁっと溢れ出した光に導かれるように(レヴ)をかざした。


「……あっ」


 (レヴ)が祐理の手から滑り落ちる。それはそのまま本の中に消えていった。それと同時にラフェミアの身体は徐々に光の粒子になってさらさらと失われていく。


「さようなら、わたくしの愛しい【幸福の魔女】――せめて最後は、【狩人】の手で――」

「その声……ヴィー!? ……いや、あやつは引き裂かれて消滅したはずじゃ、声など聞こえるわけが……!」

「【原初】様?」


 ラフェミアを覆っていたすべての拘束具が落ちる。崩れかけたラフェミアは虚空を見つめて呟いた。


「なにゆえ……なにゆえ、このような……。わらわは、あなた様に見い出されたはず……」


 そうしている間にも、ラフェミアの身体を構成していた粒子は白紙の書に吸い込まれていった。さらに、別の光が風に乗ってどこかから舞い降りてくる。誰もがそれを呆然と見ていた。


「わらわは、みんなを幸せにしたかっただけなのに……」


 それが、魔女の最期の言葉になった。開かれたままの、白紙だったはずのページに覚えのない書き込みがある。左はラフェミアの絵姿、右は簡素な一文だ。慌ててページをめくってみれば、その次の見開きには【側仕】についての記載があった。それ以外のページは白紙のままだ。


 『【幸福の魔女】ラフェミア=トラヴァルム――――司るは杯、その罪は欺瞞』

 『【側仕】エシェール――――宿りしは蜘蛛、欺瞞の従者』


「今、あいつはこの中に吸い込まれていったよな……? これが……俺の本の力ってことか?」


 魔女は本の中に消えた。きっと彼女に付き従う悪魔も同様に、本の中に囚われたのだろう。まさか、他の魔女のことも同じように(レヴ)を奪って本の中に封印していけということか。二人の少女についての項目を交互に開く祐理の頬を冷汗が伝った。

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