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扉とか間にあってます

「寒いっ! 寒いっ! くそ寒いっ!」


くそでかいくそプラスチックのくそスコップを屋根の上に放り投げた。

派手なピンクと黄色が曲線を描いて分厚い雪にすぽっと刺さる。


くそくそくそっ


いつから立てかけっぱなしなのかほとんど壁の一部のようになったくそハシゴをバンバンと揺すってくそ雪をはたき落とした。


半分自分にぶっかかる。むかつく。


ついさっきまで真っ白に降っていた雪が急に止み、真冬の空は薄曇り。風もない。


「ちょうどいいから雪下ろしやれ」


半年も前にぶつけたライトバンの修理代を盾にとって小遣いほしければ雪下ろしをやれというのは人として正しい行いなのか? 曇っててもお天道様は見てるぞくそオヤジめ。おかんまで「たっちゃん雪下ろし上手だからー」とかみかん食いながらゆうとかもうね。


ここ数年うやむやのうちに雪下ろしの主力になっている気がする。大人の汚さが身にしみるぜ。


雪の日は、風さえなければ案外温かい。ハシゴを登ると屋根の上、1メートル近く積もった雪越しに村の景色が見下ろせる。うちはちょっと小高い丘の上にある。少し下ると小川が流れ、その向こうはゆるい上り坂が山の上の農協まで続く。夏は一面畑だが、今は一面の真っ白に家と木だけが黒く散らばってちょっとしたパノラマだ。


この景色はきらいじゃない。くそ両親の裏切りに傷ついた心をなんぼか癒やしてくれる。


だからといってこたつでゲームするのより好きってわけがない。このあたりは夏はとても暑く、冬はとても寒い。だからいい野菜が育つとくそオヤジは言うが、人間の男子はグレるぞコラ。


斜めに突き立ったスコップをむんずと抜き、振り回して雪を蹴散らす。降ったばかりの雪はふわふわに見えるが、スコップいっぱいに持ち上げると相当に重い。放り投げてたらすぐにバテてしまうのはわかってるんだけどそこはそれ、中2男子の胸にはいつだってなにかたぎるものがあるわけだ。


軽快に南米的なステップを踏み鳴らしながら雪を撒き散らしていると、スコップに茶色い影がまとわりついた。


「こら、慎之介! じゃーま」


慎之介は猫のくせにこたつで丸くならない。むしろ雪の日は表に出て走り回るタイプである。朝から雪でも降ろうものなら、外に出せと家中の戸をたたきまくる。


「犬かおまえは」


寒い日も元気だからと言って雪下ろしをやってくれるわけではなく、むしろスコップにまとわりついてすこぶる邪魔である。うっとおしいのでスコップですくった雪をぶっかけてやった。


ぼそ。


と、埋まる。一瞬のあと、雪を蹴散らして飛び出してくる。


お、面白い。


また子猫がちょうど埋まるぐらいの雪をスコップで放り投げる。


きれいに埋まって、また飛び出し、スコップに飛び込んでくる。


ちょうどうまくスコップに入ったので、おりゃと放り投げると、たっぷり積もった新雪にスポッと埋まって、また飛び出してくる。


猫投げだ!


だんだん興に乗ってきて、ちょっと力を入れて投げた。


すぽ。


まだ全然雪かきしてないエリアのど真ん中にこぶし大の穴を開けて埋まりこんだ。


でてこない…


これ、やばくね?


あわてて雪をかき出した。穴のとこまで2メートルぐらい。手前の雪をどけないとあそこまで行けない。おいおい、冗談じゃないぞ。やめてくれよまじで。10分と持たないペースで雪にスコップを突っ込んでは放り投げる。


あと少し! 穴のとこまでそろそろ届くと、あせりながらスコップを雪に突き立てると、


ぐし。


なんか、固いものに当たった。猫にしてはなんというか、重い。し、たぶん大きい。

と、スコップでつついているところの真上あたりの穴から、慎之介がひょこんと顔を出して、みゃあと鳴く。


いやまて。それじゃお前座高1メートルぐらいあるだろ。化け猫かよ。


なんだこれ? 屋根の上に何があるというんだ。いや、先月も雪下ろししたけどなんもなかったし。スコップを動かしてつついてみる。やっぱり何かでかいものが埋まってる。


あまりの不審さにおそるおそる雪をどけていくと。


「にゃ?」


「うおおおっ!?」


「やあ、たっちゃんおはよー」


赤いダウンが頭に慎之介を乗せて大きな寝ぼけまなこで言った。


「みるる! な、な、なんでひとんちの屋根で雪に埋まってんだおまえ」


「んー」


ヤツは川の方を指差した。


「朝日をー」


「いや、もう昼だし! おまえ6時間も埋まってたのか」


今朝はすごい雪だった。午前中で1メートル近く積もるぐらいだ。だからって埋まるまでじっと座ってるのはどうなんだ。


「寒いねー」


「当たり前だ。死ぬぞお前」


みると、寝ぼけまなこで動きが鈍い。顔色も白っぽい。

うーん、いつものことか。


「きっとたっちゃんが起こしてくれるからー」


とろんとした目でこっちを見上げて一歩ちかよる。

白い顔に凍ったまつげがはたはたと揺れる。

唇だけが紅い。


「ほらー冷たいー」


「冷たっ」


両頬を素手で覆われた。白くて細い指が首筋と耳にからむ。

死ぬほど冷たいのに顔が熱くなり、心臓が跳ねて背中に汗が流れた。


「たっちゃんあったかいー」


にしても冷たさが尋常じゃない。


「おまえ、ほんとに生きてるのか?」


そういえば、こいつは昔からときどき雪に埋まっているのが発見される。最初の頃は子供が生き埋めとか大騒ぎになっていたが、毎回、数時間後には普通に動き出すのでそのうち誰も騒がなくなった。


「みるる、おまえまさか冬眠してるのか?」


「冬眠するとねー、年取らないんだよー、いつも新鮮ー」


嫌がる慎之介の両手を広げて新鮮といいたげなポーズをとっている。やめてやれ。


「なんだそら」


「んー」


寒いから悩むな。


「ウラシマ効果?」


いや、ちがうだろ。


「すぐに春が来るんだよー」


いったい何がうれしいのか半分寝たような大きな目をこっちに向けてにへらと笑う。


「おまえ、俺の倍は生きるな」


素直な感想を述べる。と、とても意外なことにヤツの顔色が変わった。とてもめずらしいことにちょっと焦った顔をしている。


「たっちゃん、みるるの半分で死んじゃうの?」


「不吉なことゆうなコラ」


今日の雪下ろしは終わりだ。とりあえずこいつをダシにして家であったまろう。


「とにかく人んちの屋根で冬眠するな。てか冬眠するな」


なぜか、とても真剣な表情でやつは答えた。


「もうしないー」


それからしばらく冬が続いたが、ヤツが雪に埋まって発見されることはなくなった。

どうも冬眠は自主的にやめられるらしい。でも昼ひなかでも寝ぼけたこいつの顔を見ていると、やっぱり俺の倍は生きるんじゃないかとは、思う。

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