六条さん⑤
というのが昨日までのあらましで、話はようやく住居侵入罪をキメた六条さんと対峙する場面へと戻る。
「で、何か言いたいことはありますか」
邦画ホラーみたいな朝の挨拶に部屋の蛍光灯の光で返事をした僕は、引き戸のレールを境界線にした向こう側に六条さんを正座させていた。
「今日のお味噌汁は……昆布だしです……」
朝ごはんデリバリーおねえさんから押し掛け朝ごはんシェフにクラスチェンジした六条さんが、眉をハの字にして口をもごもごさせながら言った。この期に及んで本日のメニューを紹介する仕事熱心な姿勢は認めるが、ここでの営業を許可した覚えはない。
目の前で戦闘民族の星の王子みたいに腕を組んで見下ろしてくるジャージ姿の僕と目を合わせないよう、六条さんはそっぽ向いている。
「……今日はどこから入ってきたんですか?」
「玄関です……」
「鍵は昨日返してもらったはずなんですけど?」
「あれはうちの鍵です……」
まんまと嵌められていたらしい。流石に二度も同じ手を使ってくるとは思わなかった。
「……そこまで強情とは、かえって感心しますね」
「えへ……」
「いやすごい。本物はどこにあるんですか?」
「えへへ……これです……」
「没収します」
「そんなぁ!」
IQ5ぐらいの低次元な頭脳戦に敗北して手のひらから鍵を引ったくられた六条さんが、正月に親族が集まったおばあちゃんちでさえゲームに熱中していたために母親にゲーム機をまるごと持っていかれた小学生みたいな反応をする。何故そこまで鍵を欲しがるのかやっぱり理解できない。僕は深いため息を吐きながら、その場に腰を下ろした。
「六条さん、僕昨日困るって言ったはずですよ」
「だって……」
だってもへちまもない。最終防衛ラインの鍵がいつでもガチャリで突破されるのでは、僕はおちおち風呂上がりに裸で彷徨くこともできないではないか。何より今朝みたいに姿が見えなかった場合、その恐怖は尋常ではない。そこにいるのが怨念でガチガチに固めた幽霊だったり男子高校生を狙う悪趣味な変態である可能性だってあるのだ。
六条さんは納得できない風にむくれている。目線を横に反らしながら、ぼそぼそと呟くように言った。
「だって、できるだけ一緒にいたいんだもん……」
六条さんは普段気を張って生きている反動なのか、それともできたてカップル特有のものなのか、なんとなく子供っぽい。どうも僕はそのギャップに弱いようで、こう子供みたいに拗ねられると怒る気も失せるというか、つい許してしまいたくなる。
僕は短く息を吐いた。
「そう言われても、僕はこの後学校に行きます」
六条さんがこの世の終わりみたいな顔をする。流れるように半べそをかくと、上半身が境界線を飛び越えて僕の腰にまとわりついてきたのだがとにかく前から来られるのは色々まずい。六条さんは死んでも離すまいと思い切り抱き付きながら、僕のお腹に顔をぐりぐりと押し付けてくる。
「やだぁ……」
「やじゃないです! 昨日行かなかった分、色々取りに行かなきゃなんですよ!」
「やだああぁ……!」
おもちゃ売り場の前でじたばたして駄々をこねる子供みたいになっている六条さんから女の子の甘い匂いがしてよろしくない。ただでさえ朝なのだ。その上控え目ながらもしっかり柔らかい何かしらでジャージを隔てた愚息を刺激されてはより一層困る。
だから僕は自分の中の野獣が暴れまわる前に、紳士的な交渉をもちかけてみることにした。
「代わりに、日曜日何処かに出掛けませんか?」
六条さんの動きがピタリと止まる。
「……デート?」
お腹に顔を埋めたまま問いかけてくる。吐息の熱が布を通して伝わってきて非常にこそばゆい。
「ど、どうですかね」
しばらくの沈黙の後、六条さんは僕の拘束を解いて仰向けにひっくり返った。それから四尺玉花火みたいな笑顔で僕を見上げると、高らかにこう仰った。
「よろしい!」