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ヤンデレ大戦  作者: 刀根山 藍
一章
3/12

六条さん②

 六条美里(ろくじょうみさと)さんは、お隣に住む大学生のおねえさんである。


 引っ越しの挨拶回りで初めて六条さんを見た時、とにかくその日本人離れしたスタイルの良さに目を奪われた。僕の身長は同年代のちょうど平均くらいなのだが、彼女の目線は僕よりもおそらく三センチは高い。どう見ても体の半分は足だし、その上に高めのヒールを履かれてはもうたまったもんじゃない。

 普段、僕が学校から帰ってくるタイミングで、何処かへ出掛けてゆく六条さんとすれ違うことがある。腰まで真っ直ぐ伸びた長い黒髪を靡かせ、自信に満ち溢れた目をまっすぐ前へ向けて颯爽と歩く姿は、ランウェイで歩くモデルのようでとてもカッコ良い。


 そんなスタバでMacを開きながら国際色豊かな友人たちと英語で行動経済学の話とかしてそうな人が、似ても似つかない、お米以外なんとなく茶色いこてこての日本の朝御飯を僕にデリバリーし始めたのは今から三日前のことである。

 初日こそまさか朝から玄関のチャイムを鳴らした人が六条さんだとは思わなかったし、その上余ったという朝御飯を差し入れしてくれたとなれば、まさに棚からぼた餅、そりゃもう転げ回って喜んだ。人生初の母親以外の女性の手料理が六条さんのものだなんて、何か今後とんでもない事件に巻き込まれたりするんじゃないだろうかと疑った。

 そして実際に二日目から事件は起こった。朝起きて用を足そうとすりガラスの引き戸を開けると、目の前の床にラップのかかった冷めきった朝御飯セットがお盆ごと置かれていたのだ。そのどことなくおばあちゃんの顔を思い起こさせるような配色の朝御飯は確実に六条さんの手作りであった。ちなみに僕の部屋は昨日の夜から完全に密室である。足元に横たわる明らかな異常事態に寝起きの脳はあっさり思考を放棄して、とりあえず全て美味しく頂いてから食器を洗い、すぐさま六条さんに返しに行って、ありがとうございました美味しかったですとお礼だけ言って部屋に戻ったのだが、このときの僕はもしかして脳みそが耳から溶け出していたんじゃないか?


 三日目に設置されていた朝御飯はなんと出来立てほやほやのあったかご飯であった。僕の起床のタイミングを掴んでいるとしか思えない所業にいよいよ恐怖を感じて、とりあえずブレザーに着替えてから、お盆を持って六条さんの部屋へ向かった。

 チャイムを鳴らすと、ノータイムで扉が開いた。


「ごめんね、もしかして虫でも入ってた?」


 申し訳なさそうに笑う六条さんの顔が思ったよりも近くてドキドキしているのか、それとも、お盆に目をくれずともお隣さんがご飯を食べないで訪ねてきたと把握できる程度には僕のプライバシーが侵害されているらしい現実に血圧が上がったのかは定かではないが、思わずドギマギする僕に六条さんはとりあえず部屋に入るように促した。


 そしてそのままうまい具合に言いくるめられて、予想に反して女の子女の子したふわふわひらひらな六条さんの部屋でもじもじしながら朝御飯をご一緒してしまった。スキニージーンズの広告みたいな格好の六条さんができたてのポップコーンを勧めてきそうな箸でたくあんを食べているという強大なカオスは、危うくまた僕にお礼を言って帰る道を歩ませるところであった。はっと我に返った僕は、ごちそうさまを言った流れで本題を切り出した。


「……あの、どうやって僕の部屋に入ったんですか?」

「え? それは普通に、玄関からだけど?」


 当たり前でしょ? みたいなすまし顔で言われると、まるでこっちが変なことを聞いているかのような気がしてくる。


「いや、えっ、鍵とかは……」

「かかってなかったよ?」


 テーブルの対面で正座する六条さんは、食後のお茶をすすりながら笑顔で嘘を吐いた。僕は密室に朝御飯が現れたからここに(ドギマギしながら)殴り込んだのである。


「僕が部屋を出ようとしたときは閉まってたんですけど」

「そりゃ、私が出た後閉めたからね」

「えっ」

「あっ」


 しまった、とでも言うように、六条さんはきゅっと唇を結んで俯いた。普段は凛とした印象の強い人だが、こうしょんぼりしているのもまた絵になると思った。ただ、いくら美人は得だといえども、それが勝手に入手したお隣さんちの合鍵を使ったヨネスケもびっくりの突撃隣の晩御飯もとい隣に侵入朝御飯が「もぉ~しょうがないなぁ~」で許されるような免罪符にはなりえない。


「あの、朝御飯は嬉しいんですけど、勝手に部屋に入られるのは困ります」


 項垂れる六条さんは普段よりも小さく見えた。黒髪がたらりと下へ垂れる。


「どうやって鍵を手に入れたのかは知りませんけど、怖いのでやめてもらえますか」


 ますます小さくなった六条さんは、声も出さずに頷いた。普段のイメージからかけ離れた弱々しさである。なんだかとても心地が悪くて、さっさとこの話を切り上げようと思った。


「……今回は特に何か対応はしませんけど、今後はよろしくお願いしますね」

「うん……」

「とりあえず鍵、渡してもらえますか?」

「はい……」


 ジーンズのポケットの中を探る六条さんは、少し考えるように動きを止めてから鍵を一つ摘まみ出して、おずおずとそれを差し出した。


「……これはどこの鍵ですか?」

「……うちの鍵です……」


 いやにしおらしくしている割に、とんでもない強情っぷりを発揮する六条さん。思わず気が抜けてしまった。そこまでして人の家で密室朝御飯トリックをしたがる理由がまるで理解できない。飢えた子羊にばれぬよう朝御飯を授けよみたいな天啓でも受けたのか、単に僕のようなマックでスマホをいじりながら地元の友人と脊髄反射でネギはどこまで食えるのかについて話し合う人間にはその行為の崇高さが理解できないだけなのか。


「一応聞きますけど……どうしてわざわざこんな事を?」


 六条さんは僕をちらちらと上目遣いに窺いながら、申し訳なさそうに自供し始めた。

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