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ヤンデレ大戦  作者: 刀根山 藍
一章
12/12

八百⑥

 車内には片手で数えるほどの乗客しかいなかった。降車駅までその数に変動はなくて、おかげでこのスカスカの座席にわざわざ寄り添って座る男女(肩に寄りかかってすすり泣く八百と寄りかかられてまんざらでもない僕)という、視界に入れただけで独り身の魂を削ぎ落とす残酷非道な青春兵器による人的被害は最小限で済んだ。

 改札を出る頃には八百も大分落ち着いていた。僕の横を歩きながらスポーツドリンクを口にする。


「水分補給。泣いた分の」


 確かに五百ミリリットル分くらい泣いていたような気もする。計画的な号泣だったらしい。

 八百はそれっきり黙った。この沈黙はお前オレに何か言うことあるだろの意であろうか。普段はほっといてもべらべら喋るような奴だから、こういう場合に八百が何を求めているのかまったくもって見当もつかない。ただなんとなく静かに怒っていることだけがひしひしと伝わってくる。


「あー…八百、さっきは本当に」

「それはもういいよ」

「そ、そうか。すまん」


 もういいよに絶対に許さんとか話にならん帰れとかいう意味を最初に持たせた奴とは死んでも友達になれない。食い下がったら「もういいって言ってんだろ!」と怒られて、鵜呑みにしたら「いいわけねぇだろ!」と怒られるような不条理を生み出した罪は重い。多分「なんで俺が怒っているかわかるか」を考えたのも同じ奴だ。どちらにせよ素直に謝るのが一番よい。

 しかしうっかりそのまま口を閉じてしまったもんだから、気まずい沈黙に再び襲いかかられる。僕は苦し紛れに、当たり障りのない話をして上手く機嫌をとろうと画策した。


「そういえばお前、インターハイ決まったんだよな?」

「ああ」

「すげぇな、まだ三年もいるのにうちの水泳部のエースみたいに言われてんだろ?」

「ああ」

「……や、やー。すごい。最近調子はどうなんです?」

「まあまあ」

「怪我とかはして」

「大丈夫」

「おん……」


 浅はかであった。沈黙に押し潰しされながら反省しろということなのか。まだスマホの人工知能の方が温もりのある返答をしてくれる。こうなれば学校までの残り十数分、訪問販売並に一方的なアプローチをし続けてなし崩し的に許してもらうしかない。


「いやーそれにしても、いつの間にか雨も上がって」

「……お前、オレに聞きたいことあるんじゃなかったのか?」


 僕が分かりやすく迷走し始めたことに呆れたのか、八百はやれやれと言う風に正解を教えてくれた。


「……あぁ、そういえば……」

「お前なぁ」


 八百は大きくため息を吐いた。今日だけで一ヶ月分は幸せを逃がしている気がする。僕のせいなのだが。後で幸せを売っているパンケーキ屋さんを紹介してやらねばならない。

 さてすっかり忘れてしまっていた大問題、六条さんと八百という二人に挟まれているだけでも信じられない事なわけだが、さらに清水とあと三人……八百を除いて二人になるのか、ともかくありえない数の方々から好意を寄せていただいているという、もしかして僕明日死ぬのかしら的この状況。冷静に考えれば、それはもう誰に好かれているのかとか、どのくらい好かれているのかとかの話ではない。その話が本当ならば、そもそも何故僕なんかに少年漫画みたいなことが起こり得るのかが最大に謎で最高に異様なのだ。


「八百、お前実は東大を目指す宇宙人だったりするか?」

「勉強も発明もできねーよ」


 八百は肩を竦めて、さもバカな質問だなぁとでも言うように僕を横目で一瞥した。八百は毎週月曜日と水曜日には必ずコンビニに寄ってから登校する。

 僕の祖母が温泉旅館を経営しているなんて話も聞いたことがないから、やっぱりこれは異常事態だ。自慢じゃないが僕の見てくれは並とか中とか普通とか、可もなく不可もない、心優しい女子に聞けば「え~大丈夫だよ~かっこいいよ~」みたいな、一体何が大丈夫なのか不安になるお世辞を言ってもらえて、心優しいギャルに聞けば「うーん、ジミぃ!」とバッサリ切り捨てられるレベルのものでしかない。見苦しくない程度に身だしなみを気にしたりはするが、オシャレがどうのとかいう程ではない。僕が拾うか本人が拾うか微妙なラインに落ちた他人の消ゴムは拾わないが、道に迷ったおばあちゃんを助けたりはする曖昧な優しさしか持ち合わせていないし、道端に子猫が捨てられていても、アパートでは飼えないからと見なかったことにする程度には薄情だ。要するに僕は、インク臭いほど日常から逸脱した事件に遭遇しない限り、複数人から好意を寄せられるような状況にぶち当たるほど優れた人間ではないのだ。

 考えれば考えるほど気味の悪い話だが、無論嬉しくないわけがない。誰かに好意を寄せられているという事実だけで、駅のトイレで髪型を気にするようになれるし、背筋を伸ばして歩くようになれる。まさかそんなことがあるわけないだろと口では疑いながら、いつそのまさかに遭遇してもいいように万全を期す毎日が、この先僕には待ち構えているだろう。


 話題が今週のジャンプへと逸れていくうちに、八百はだんだんといつもの八百に戻っていった。校門をくぐる頃には八百はすっかり大股で歩くようになっていて、僕は心底ほっとした。溌剌とした八百は僕の昼休みにとってなくてはならない存在だ。今回の件で二度とあのお皿の上の整地作業が見れなくなるなんてことは、あってはならないのだ。

 水溜まりを蹴散らしながらエナメルバックを振り回してズンズン前を突き進んでいた八百が、向こうの方で数人の女子に囲まれた。どうやら部活の後輩らしい。きゃいきゃい盛り上がり始めた所をみると、しばらく八百が解放されることはなさそうだ。

 僕は八百に挨拶するのを諦めて、とっとと職員室へ向かうことにした。女子特有の妙な一体感の中へと外側から割り込むには、コンビニの前で屯する不良に注意をするのと同じくらいの勇気がいるのだ。生憎、僕は今日学生カバンとスマホくらいしか持ち合わせていない。なるべく遠い所を歩くように意識しながら、八百包囲網の横を通りすぎた。


「あっ、文谷ぁ!」


 玄関に差し掛かる頃、八百が僕を呼んだ。恐る恐る振り返ると、やはり八百を囲う女子が全員こちらを見つめていた。興味のない番組を見る時と同じ目で人を見るのはやめてほしい。

 八百はそれを知ってか知らずか、まるで寄ってきた鯉に餌でも撒くかのように、



「諦めないからなぁ!!」



 と叫んで、白い歯を見せて得意気な笑みを浮かべた。

 途端にエサに食い付いた鯉どもが癪に障る黄色い声でえーなんですかー!? とか口をぱくぱくし始めたので、僕は急いで背を向ける。あいつは一体何を考えているのだ。


「あとお前ぇ、電車に乗るとき傘忘れてたぜー!」

「ばっ、馬鹿野郎!!」


 八百に全力の罵声を浴びせながら、僕は校舎内へと逃げ込んだ。下駄箱の陰にしゃがみこんで、自分の胸に手を当てる。

 大きな深呼吸の後、確かにきゅっと胸が痛んでいた。

文章が無駄に長くて読みにくいというご指摘を頂き、現在Wordでちまちま改訂作業中です。

作業で削ったりくっつけたりしている間に「うわこれもうがっつり書き直した方がいんじゃね?」って結論が出たので、折角なので書き留めもしつつ、お話自体からも贅肉を削ぎながらの加筆修正をはじめました。

年末から年度末までクソ忙しいので、連載ペースはHUNTER×HUNTERくらいになります。まだ誰も病んでないのに本当にごめんなさい! 申し訳ないです!

本格的な連載再開は3月になると思われます!

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