突然
「あのヤロー、あっさり逃げやがって!」
狼を撃退する事には成功したものの、その証拠を残せなかったことにジャックは憤慨していた。
「まあ、いいじゃんか。どのみち誰に見せても、普通の狼だろって言われるのがオチさ」
黒い靄が身体から全て消えた途端、普通の狼に戻ってしまったのだから。
というか、ジャックにはあれが見えていたのだろうか?
「そりゃそうなんだろうけどなー、しかし本当に何だったんだ?首を斬っても死なない狼なんて聞いた事ねーぞ」
「おれはあの黒いのが原因だと思ったけど」
「何だよ、黒いのって」
やはり見えていなかったようだ。
ヨシフミは自分の見たものを、黒い靄の事をジャックに伝えた。
「ふーん、俺にはなんとなく普通じゃないって事ぐらいしかわからんかったが…、言われてみればヨシフミの攻撃は特別効いてた感じはあったな」
「多分だけど、あれが凶暴化するって事なんじゃないかな。勇者じゃなきゃ対処出来ないってのも納得がいくし」
しかし、それだと一つ大きな疑問が生じる。
「でもよ、そうなるとヨシフミは勇者と同じ事が出来るって事にならないか?
なんでそんな事が出来るんだよ?」
それはヨシフミにとっても謎であった。まあそもそも自分の出生すら知らないのだから分からないのも無理はないと思うが。
「それは俺にもわかんないよ。勇者に会って話を聞いてみれば何かわかるかもしれないけど」
「じゃあ、いっそのことお前もその黒いのを消してを回ってみたらいいんじゃないか?もしかしたら偶然会えたりするかもしれないし。ついでにお前も勇者って呼ばれるようになったりなしてな」
からかうようにジャックが言う。
しかしヨシフミはそれを冗談だけだと捉えず、この集落から旅立つ為にそのまま実行してやろうと考えた。
「ジャック、それだよ!理由はわからないけど凶暴化したものを止めることが出来るんだから、各地を回って困ってる人を地道に助けていけば、いつか勇者ヒイロと会えるかも知れない。勇者とは呼ばれないにしても、感謝されるのは間違いないし」
うん、自分でも驚くほど滅茶苦茶な計画だ。
ジャックも勿論ヨシフミの発言に驚いた、というか呆れていた。
「いやいや、仮に(勇者と)同じ事が出来るとしても、たかが狼一匹にやっとだぞ?もっと強いのが出ててきたらお手上げだ。それに集落から出ていくとなったらもうここへは帰って来られない。金の問題だってあるしな。言ってること無茶苦茶だぜ、お前らしくもない」
ジャックの言うことは確かに正しい、だがヨシフミは考えを改めるつもりはなかった。ずっとここから出て行く理由を探していた、今日それを見つけたからだ。
「一人じゃ無理なのは分かってるよ。だから世直しと並行して仲間探しをするんだ。俺たちと同じ様に落ちこぼれたヤツとか周りから必要とされてない人を探して仲間に引き入れる。勿論ジャックも入ってるから」
「俺も頭数に入ってんのかよ」
「集落に帰って来られなくとしても、誰も気にもしないだろうし迷惑も掛からない。悲しいことにね。俺自身、このままずっとここでただ生きていくなんて耐えられないんだ。金は…、爺さんが自分が死んだときの為に残しておいてくれたのが幾らかあるから、それを使わせて貰う。勿体無くてとっておいたけど世界の為なら許してくれると思う」
「……………」
ジャックはしばらく黙り込んで考えていた。
普通なら何の迷いもなく誘いを蹴るところだが、迷っているところをみると、彼にとってもこの集落にいる事はあまり楽しいものではないのであろう。
ジャックが家族と上手くいっていないというのは以前から聞いていたし、逆に家族がいるからこそ即決出来ないでいるのだろう。
「ちょっと時間をくれないか、すぐに決められる事じゃない…」
それはそうだ。
だがヨシフミは待てなかった。
「明日の早朝、集落と外界の境目の近くで待ち合わせよう。明日になるまでに決めておいてくれ、それ以上は待てない」
「……わかった」
険しい表情で答えるとジャックは自分の家の方向に向けて帰っていった。
親友が自分と共に来てくれることを期待しつつ、ヨシフミもあとから帰路についた。