プロローグ
この世界は今のところ、 "ヒト"と云われる生き物が支配している。
ヒトは皆同じではなく、異なる外見的特徴や能力を有している。
ここはとある森の奥深くにあるエルフの集落。
その集落から少し外れたところにある小さな小屋、そのすぐ近くに根をはる大樹の上でヨシフミは物思いに耽っていた。
ヨシフミはエルフではない。
黒髪だし、耳はとんがってないし、魔法も全く使えず、精霊の声も聞こえない。
赤ん坊の頃、この集落に置き去りにされていたところをエルフに拾われ、この小屋にひとりで暮らしていた老人に預けられた。
お爺さんはとてもよくしてくれたが、ものごころがつく頃には自分だけが周りの人達と違うという事に悩むようになっていた。
この世界にはいくつかの人種がいるようだが、自分はそのどれにも当てはまらないという。
自分が何者なのか、どこから来たのか、確かめたいという欲求は日に日に増すばかりであった。
「おーい、ヨシフミィ!降りてこいよ!」
下の方から聞き覚えのある声がした。
落ちないように目を凝らして下を見ると、そこにはこの集落で唯一の親友の姿があった。梯子をリズミカルに降りていき、1週間ぶりの挨拶を交わす。
「よ、ジャック。今日も狩りに行くのか?」
「それ以外にお前に用なんてないっての」
我が親友は今日もそこそこ辛辣だ。
小さな頃は集落の子供みんなで仲良く遊んでいたものだが、今となってはこのジャック以外とはまともに話す事も無くなってしまった。
なぜこんな状態にあるのか、端的にいうとジャックがエルフとして落ちこぼれだからである。
仲が良かった子供達も成長していくにつれ、お互いの能力に優劣を感じるようになっていった。
エルフとしての能力が乏しかったヨシフミとジャックは周りから煙たがれ、結果的に二人で行動する事が増えていった。
「いつもどうり獲物は山分けってことで」「あいよ」
軽口を交わしながら小屋に入り、慣れた手つきで道具を準備していく。
初めは遊びの感覚でやっていた狩りも、今では生活する上で欠かせないものとなっていた。
お互いの役割はいつも決まっていて、ジャックが獲物を追い立て、ヨシフミが仕留めるというものだ。
弓が苦手なジャックに代わりいつもヨシフミが担当していたこともあって、ヨシフミの弓の腕前は中々のものである。勿論、他のエルフには到底及ばないのだが。
いくつかの獲物を仕留めたのち、 川のほとりで一息ついているとジャックがふいに話しかけてきた。
「そういえば、最近また生きものが凶暴化して人間が襲われる事件が増えてるらしいな。」
生きものが凶暴化する。
数年前から起こるようになったこの現象は一旦の落ち着きをみせていたが、それが最近になってまた悪化しているとの事であった。
「それって、勇者が解決したんじゃなかったっけ?」
「そう聞いてたんだけど、どうやら解決しきれてなかったみたいだな。お陰でアンジュ様の帰りがまた先になっちまった。」
アンジュというのはエルフ族の英雄的人物で、エルフの中でも飛び抜けて高い能力をもった女性だ。
ヨシフミも何度か見かけたことがあるが、皆から慕われている様子だった。そしてジャックの憧れの女性でもある。
アンジュの噂を聞きつけた勇者一行が、わざわざ集落まで彼女を仲間に誘いに来たのは一年ほど前のことであった。
ヨシフミはその場に居合わせていなかったため、後からジャックに話を聞いただけなのだが、あまり躊躇う様子もなく「世界の平穏のためなら」と快く引き受けたらしい。
「同じエルフとしては本当に誇らしいことなんだけどな。でも、やっぱりあのとき勇者が勧誘に来なければって思っちまうよ。」
勇者ヒイロ。
今のところ、彼だけが凶暴化した生き物を元に戻す事が出来ると云われている。その活躍を目の当たりにした人々から、いつしか彼は勇者と呼ばれるようになった。
ヨシフミが実際に彼の姿を見ることは無かったが、やはり只者ではないオーラを纏っていたとの事だ。
誰からも何の期待もされたことがないヨシフミからすれば羨ましい限りである。とはいえ、実際にそれほどの重圧を掛けられたとしたら、すぐに嫌になってしまう事は想像に容易い。人間にはそれぞれ役割があるんだと自分に言い聞かせ、自分で勝手に納得してからこの議論を終えた。
「ま、俺たちがここで話し合ってもしょうがない事さ。世界のことは勇者さまに任せて、俺たちは今をしっかり生きていくとしよう。アンジュさんもそのうち帰ってくるだろ。」
無責任な返事をしつつ、広げていた荷物をまとめてからヨシフミ達は帰路に就いた。
拙い文章ではありましたが、最後まで読んで頂き本当にありがとうございました!