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そこは、全自動化された農業地区の最寄り駅というとてつもない辺鄙な場所で、ほとんど貨物専門の駅と化しているホームにはほかに乗降客の姿はなく、真広達の貸し切り状態だった。寄り道をした後、真広たちは当初の予定の通りに、真広の家に向かっていた。光ファイバーに導かれて地上まで届く太陽光に照らし出されたホームは白く、埃っぽい感じがする。まだお昼頃だというのに一通り遊びつくした感のある真広たち(除クシャナ)は、少しトボトボとした足取りで改札に向かっていた。そんな俺たち三人に向かって、クシャナは言う。
「それじゃ、この後はどうしよっか。まだまだ時間はあるから、当然どこか行くよね? お昼ご飯は計画通りに真広の家で食べるとしてぇ……」
クシャナの言葉につられて、外の光を届けると同時にドームの天井に空を再現している光ファイバーの群れを見上げる真広の前で、胸ポケットから携帯端末を取り出し、起動するクシャナ。途端に、マナーモードにセットし忘れていたのか、明るい声がホームに響いた。
『はい、ご用は何でしょうか』
クシャナの端末の画面には一人の少女が映っていた。これこそが、真広たちにとってマキナをより遠いものにしている原因の一端であった。画面に現れたのは、一人の女の子だった。年齢は、真広たちと同じミドルからハイティーンのあたりだろうか。赤色の髪を肩くらいの長さですっきりと揃え、顔はとびきりの美少女というわけではないが、誰にでも好かれる笑顔がとても好ましく見える。
少女は、マキナの人格だった。彼女が作られた理由は様々にあるらしいのだが、真広たちを含む多くの人々にとって、彼女は明るく元気な女の子という認識だった。現にクシャナも、
「あ、マキナちゃん、午後どっか行きたいんだけど、最近あんまり行ってないとこでいいとこない?」
完全に友達と話す感覚で会話していた。資源を管理しているAiという感覚は、ゼロだった。それも、多くの女性はマキナを最初の友人として育ち、ほとんどの男性はマキナを初恋の相手とする世の中では、仕方ないともいえるであろう。現に真広も、家に帰れば黒い過去の歴史が……
「そっか! それじゃあそれで決まり!」
突然クシャナが大きな声を上げる。どうやら、行先が決まったらしい。改札までやってきた真広は、清算しながらクシャナに聞く。
「それで、どこ行くんだよ?」
「なんとびっくり、真広ん家の畑だよー」
「うちの畑ですか?」
真広から離れ、歌うように言いながら駅の階段を下りるクシャナに対して、続いて階段に足をかけた伊織が怪訝な顔をする。
「そ、そだよ。あそこ、珍しいものいっぱいあるから好きなんだよね。真広も、なんでまたあんな珍しいとこに住んでるの?」
真広は、農業区の中に立っている一軒家に伊織と二人で住んでいた。
「変わり者で悪かったな。あれでも一応は気に入ってるんだよ。それは置いといても、うちみたいな土臭いとこじゃなくて、もっと他の……」
「いいじゃないか、真広のところで」
今まで真広に恨みがまし気な目を向けてくるだけだったイリックが、会話に割り込んでくる。
「この世界にあって、自由に土をいじれるというのはとても貴重なことだ。それに……」
どうやら、イリックはここぞとばかりにクシャナに味方をして好感度でも上げようという腹らしいが、彼の思惑なんかとっくに知っている他の三人は、呆れのこもった目や生暖かい目でそれを見たり、我が意を得たりとばかりに邪悪に笑ったりするだけで、誰も最後までイリックの言葉を聞いてはいなかった。その証拠に、
「よし、それじゃあ決まり! ほら、行こう!」
クシャナはイリックの言葉をさえぎって、階段の途中でいつの間にか止まってしまっていた真広の手を強引に引いていく。伊織は伊織で、おいていかれまいと真広の反対側の手を慌ててつかんだため真広と一緒にクシャナに引きずられていくことになり、未だに言葉を続けるイリックだけがその場に取り残されることになる。そのうちに、恨みがましい叫び声が聞こえてくるんだろうなと思う真広だが、両手を封印されていては、どうすることもできない。仕方がないので、真広は哀れな親友のことは心から追い出して、前と後ろから引っ張られていて歩きにくいことこの上ない現状において、転ばないようにすることだけに集中する。
階段を下りきった先には券売機などがおいてあり、十人ほどの客がいた。その中に、嫌に威圧的な雰囲気を放つ、人型の機械が混じっていた。肩にはアサルトライフルを提げ、胸に青い徽章が埋め込まれたその機械は、この世界で警察の役割を担うものであり、人々からは警備ロボット(バグ)と呼ばれていた。基本的にはバグは警察機構であり、マキナの命令の下に犯罪を取り締ったり抑制したりするのが仕事である。だが、最近では通報さえあれば水道官の修理からペットの世話、果ては硬くて開かないビンの蓋まで開けてくれるのだそうだ。クシャナ曰く「マキナちゃん、親しみを持ってくれるのはいいのですが、私は便利屋じゃないです(涙)。みなさんは気にしてないかもしれませんが、あれは私が操作してるんです(号泣)。確かに私は皆さまの幸せのために存在してますけど、決して奴隷じゃないんです!(ノシ# ゜Д゜)ノシ って嘆いてたよ」とのことだ。
駅入り口のアーチを抜けると、目の前には煉瓦敷きの通りが広がっていた。真っ直ぐな通りの両脇には、小さい商店が並び、ちょっとした商店街を形成している。壁の中には車というものが存在しないので、煉瓦敷きの道は全て歩道で、人々が堂々と道の真ん中を歩いていた。その風景の中にも、バグが紛れ込んでいた。そのほとんどは、警備の為にランダムに街の中を巡回していた。
真広も、クシャナに引かれるままに歩道を歩きだす。街のそこかしこでは、やはりバグが街の人たちに便利に使われていた。荷物持ちやら道案内やら、果ては犬の散歩をしている人物に付き従い犬のフンを拾わされているものまでいる。確かにこれだけこき使われていては多少マキナに同情しないでもないが、バグのひどい扱いに関してはマキナが悪いというのが真広の正直な感想だったし、壁の中の住人の総意でもあった。
だがそれも無理からぬことであろう。警察といいつつ町中を徘徊し、市民の生活を監視しているのだ。敵意の対象にならない方がおかしい。何より、過去の悲劇を繰り返させないために、この街には拳銃はおろか木刀すら存在しない。そんな中で銃をぶら提げているのだ。不必要な武力をちらつかせることは、それを見せられる側の反感を買って当然の行為だ。あれでは、市民をテロリスト扱いしていると、公言しているようなものだ。
結果、必要もないのに居て正直うざい。ゴキブリみたい。などのありがたくない感想を市民から頂戴することになった。さらにそこからの派生で、うざくてゴキブリみたいだから、虫って呼ぼう。というセンスにあふれたあだ名まで頂戴する羽目になったのだ。そして、できれば生活の中に入ってきてほしくはないが、必要だからしょうがない。しょうがないけどむかつくから便利に使ってやれ、いう結論を多くの市民が出したことの余波が、マキナの(ノシ# ゜Д゜)ノシだった。
「はい、あーん」
突然、何かこうばしい香りのするものが真広の口に押し付けられる。驚いて現実に引き戻される真広。見れば、クシャナが真広の口にコロッケを押し付けている。それ以外にも、反対の手には様々な惣菜を抱えていた。
「もう、また何か難しいこと考えてたんでしょ! 考えすぎるのは真広の悪い癖だよ。ほら、これでも食べて」
そういって、さらにコロッケと口に押し付けてくるクシャナ。これ以上口の周辺に油を塗りこまれるのも嫌なので、真広はそれを一口かじる。それを見て満足したのか、クシャナは真広からコロッケを引きはがす。
「というか、どうしたんだよ、それ?」
そのタイミングで、いつの間にやら出現していた大量の食料品に対する当然の疑問を口にする真広。だが、逆にクシャナに驚愕の表情を返されてしまう。
「え? これも気づいてなかったの? さっきから商店街の人たちが、私にくれるんだよ? 今日も元気がいいね、これ持ってきなとか言って。てか、コロッケくれたお肉屋さんが、真広のヤローいつかぶっ殺す! クシャナちゃんのおっぱいはワシのもんじゃい! って言ってた時、真広も返事してたじゃん」そこでクシャナは、頬を膨らませる。「そんなにぼーっとしてたら、いつか転んで怪我するよ?」
「ああ、気を付けるよ」
殺意むき出しの肉屋のおやじに。
この駅前の商店街は、全て趣味の範囲で営業されているものである。一応、商品を配給ポイントで売り買いする制度が整えられてはいるが、誰もそんなことには頓着していない。そもそもの発端が、「趣味で商売したいから土地よこせ! 資源を浪費する純粋な労働じゃなくて、自分の配給ポイントで設備も仕入れも賄う遊びだからいいだろぉ!」というものだ。言い換えるなら、「自分のポイントをどう使おうと個人の自由だ! だから俺はポイントを趣味の労働につかうんじゃい!」ということらしい。
即ち、商売ごっこが楽しめればいいのだ。だから、資源の制約に基づいて商売に様々な条件が付されようが、他に適当な場所がないということで、農地と駅の間のわずかに余った過疎地を割り振られようが、儲けが出なかろうが、一切気にしない。壁ができる前の古き良き時代っぽささえ楽しめれば、彼らはそれでいいのである。
故に、気分が乗ればただで道行く女の子に商品をあげるし、買い物に来た人と楽しい会話が出来たら信じられないほど値引きするし、そもそもプロではないから味もそれなりである。
完全に家庭の味がする口の中のコロッケを片付けながら、真広は少し反省する。流石に、クシャナといるときに一人の世界に入り込んでしまうのは、失礼というものだろう。
「あ、あの、兄様」
クシャナがひっついているのとは反対側の腕に、何か柔らかい感触が発生する。見れば、やっぱり両手に食べ物を抱えた伊織が真広の腕を胸に抱え込むようにして、何か言いたげに真広のことを見上げていた。
「兄様が怪我をなさっても、私がお世話しますので、大丈夫です。兄様の思慮深いところは、美徳だと思います」
「ああ、ありがとうな。お前だけは俺の味方だよ。本当に、クシャナと別れて伊織と付き合っちゃおうかな」
いつもながらかわいいことを言ってくれる伊織に真広が癒されていると、クシャナが反対側から口を挟む。
「だめだよ、伊織ちゃん。こいつに優しくすると、襲われるよ。性的な意味で」
だいぶ、失敬な物言いだった。言っておくが、俺は伊織のことを妹としては見ているが、決して女性としては見ていない。
「別に、私はそれでも……」
いや、良くないし、絶対にそんなことはしない。
「だーめ。一応は兄弟なんだから。それに、どうせ真広のことだから、バグうぜぇーとか考えてたんだよ。うざいけど必要だって、何度言ってもわからないんだから。そんなんだと、いつか享楽死者に連れてかれて、お尻ほじられちゃう、んだ、から、ね?」
クシャナの言葉が、しりすぼみになる。サッと青ざめたクシャナが、足元に顔を向ける。つられた真広と伊織が、視線をそちらに向ける。
そこには、薄汚れた手があった。
真広たちが今いるのは、幅が一mもないような薄暗い路地と大通りが交差しているところだった。その薄暗い路地から男が一人這い出し、クシャナの足首をつかんでいたのだ。いや、一人ではない。半ば路地の闇に溶け込んだ男の下半身には、別の人間が抱き着いている。おそらくその先にはさらに別の人間がいることだろう。
クシャナの足をつかんだ男は、何も身につけていなかった。裸身のまま町中を徘徊しているせいで皮膚は厚く固くなり、髪や髭は伸び放題。体からは、タンパク質が腐ったような、深い極まる臭気を発している。
「ちょ、なんでこんなとこにグールが……きゃぁ!」
しまった、と真広が思った時には遅かった。クシャナの足をつかんでいる男が、その後ろにいる人によって引っ張られる。それにつれ、クシャナも地面に引き倒され、路地に引きずり込まれる。真広が伸ばした手も、寸前のところで間に合わない。クシャナは、路地の闇に、完全に吸い込まれてしまう。
「ど、どうしましょう兄さん。早く、助けないと!」
「わかってる!」
先ほどまでの気分が、根こそぎ吹き飛ぶ。
今クシャナを路地に引きずりこんだのは、クールと呼ばれる、廃人たちだ。労働がなくなり、好きなことだけをやっていられるこの世界において、自らを律することをやめ、人をやめた人たち。要するに、性的快楽や麻薬に溺れ、理性を一欠けら残らず手放し、一線を越えて好きなことだけをやり続けた人の、なれの果てだった。
そしてこれが、バグが必要とされる理由であった。彼らは基本的に街中の路地に住み、本能のままに離合集散を繰り返すのだが、ごくまれに、人を襲うのだ。今のクシャナのように。そして、襲われたら最後、無事に戻ってくることは、ほとんどできない。多くの場合、彼らの仲間になって、死ぬまで路地をさまようことになる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
その時、遠くから雄叫びが聞こえてきた。駅の方から聞こえてきたそれは、どうやらイリックのもので。やっと取り残されていたことに気づいたらしく、真広たちに追いつこうとこちらに向かってくる途中で今の事件を目撃したらしく、呆然とする伊織と真広の目の前まで走って来ると急激に向きを変え、路地に向かって突撃していく。おそらく、ここでクシャナを助ければ気を引けるとでも思ったのだろうが、それは無謀というものだろう。果たして、次の瞬間には、突撃していった路地から表通りに排出されていた。しかも、全身をくまなく殴られた状態で。
こいつは一体何がしたいんだろうかという真広の心の声はさておき、今イリックが証明して見せたように、グールの厄介な点はとんでもなくバカ力なところだ。理性と一緒に筋肉のリミッターまで飛んでいるのか、並みの人間では敵わないのだ。だから、警察を頼ることなく生身でグールの中に飛び込むのは、危険極まりないのだ。イリックは運よくはじき出された、下手をすればグールの一群に加わることになる。かといって、このまま助けが来るまで指をくわえている訳にもいかない。
突然の出来事に一瞬だけ気を取られる真広と伊織だが、すぐに味噌っかす(イリック)のことを意識から追い出して、クシャナを助けるべく行動を起こす。
「伊織、すぐにバグ呼んで来い!」
「わ、わかりました。でも、兄さんは!?」
「俺は、クシャナを助けに行く!」
「そんな、無茶です!」
「そうしないと、間に合わないだろう!」
そこで真広は無理やりに言葉を切ると、「兄さん!」という伊織の言葉を無視して、日の当たらない路地に飛び込む。
路地の中に飛び込んだ途端に、これ以上ないほどの異常な臭いが真広の鼻を刺し貫く。路地のそこかしこには排泄物が垂れ流され、近代的都市にはおよそありえない茶色のモザイク画を描き出していた。また、足元には情事の時に分泌される様々な体液が水たまりを作り出し、腐ったタンパク質が放つ独特の臭気を立ち昇らせる。さらに最悪なことに、路地には人口密度を考えたくないほどの過密さで人が詰め込まれ、汚物にまみれた人間が現在進行形で行為に励み、嬌声を上げていた。
そこに足を踏み入れた瞬間、真広の視界に星が煌めいた。どうやら自分は目の前に立っている男性に殴られたようだ、と遅れて気づく。反射的に今殴りかかってきた男性の顔面にこぶしを叩き込み、定まらない視界のまま真広は路地を進んでいく。だが、五mも進まないうちに真広の足にほとんど全裸の女性が絡みつき、真広のことを引き倒そうとする。ここで引き倒されたらクシャナの二の舞になってしまうので、真広は必死にそれを振り払い、どうにか体制を維持する。だが、女性は相変わらず必死になって真広に縋りつく。仕方なく、真広は女性を引きずった人をかき分けていく。
人をかき分け、必死にクシャナを名を呼ぶ。しかし、クシャナは地面に引き倒されたうえで連れていかれたのだ。これでは、見つけることは難しい。早くしなければ、一体どんな目にあわされるのか、想像もつかない。焦る心とは裏腹に体は進まず、まだ無事でいてくれること祈ることしかできない。それでも人をかき分け、耳を澄まして必死にクシャナを探す。
そんな真広の視界に、再び星が散った。強烈な痛みが後頭部に走り、体から力が抜ける。足元の女性の力に抗うことすらできなくなり、真広は地面に倒される。倒れながら自らの油断を呪う真広の視界に、先ほど殴り倒したはずの男性が拳を振りぬいた様が映る。どうやら完全にノックアウトできていなかったらしいと理解するころには、真広の顔面は路地にできた水たまりに沈んでいた。慌てて身を起こそうとする真広の体を、先ほどから足をつかんでいた女性が這い登ってくる。これでは、クシャナを助けるどころか自分までこいつらの仲間入りをしてしまう、早く立ち上がれと必死に体に命じるが、後頭部を殴られたせいで、指一本まともに動かせない。もはや、打つ手がなかった。こんなことならおとなしく外で待っていればよかったと、真広は後悔する。
その時、一発の銃声があたりに響いた。同時に、
「兄さん!」
という普段からは想像もできないような伊織の大声が、路地を震わす。どうやら、伊織がバグを連れてきたようだ。銃声を聞いてから真広が鈍った頭でそれを理解する数舜の間に、グール達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「兄さん!」
誰も居なくなった路地を駆け抜け、伊織が真広を助け起こす。伊織に抱えられ、上半身だけを起こされる真広。
「兄さん! 大丈夫ですか! お怪我は!?」
泣きそうな顔で真広の無事を確認する伊織だが、真広はそれをさえぎって、聞いた。
「それよりクシャ……」
「まひろおおおおおおおおおおおおおお!」
最後まで言い終わらないうちに、クシャナが真広に抱き着いて来た。服は引き裂かれ、体は泥だらけ。顔は涙でぐしゃぐしゃだが、ひとまず間に合ったらしい。慰めるようにクシャナの頭を撫でてやりながらそれを確かめた真広は、ほっと安堵する。
安堵して体から緊張が抜けた途端に、真広は腰のあたりに違和感を覚える。何かが、腰のあたりにまだしがみついているような気がするのだ。真広の怪訝な顔に気づいた伊織とクシャナも、ショックから抜け出して徐々に思考が戻ってくる。思考が戻ってくると同時に、真広と同じことに気づく。三人で顔を見合わせ、頷き合うと、三人同時に視線を真広の腰に向ける。
真広に腰には、気を失った少女が一人、しがみついていた。どうやら、真広にしがみついてきた女性が、未だにまとわりついているようだった。
その少女を見た瞬間に、三人の思考は再び混乱してしまう。
うつ伏せで真広に抱き着く少女の風貌が、想像の斜め上どころか、はるか成層圏を飛行しているようなものだったのだ。
まず、女性は意外と若かった。先ほどは混乱していて成人女性に見えたが、年齢は真広たちと同じ十代後半だろう。ここは、まったく問題ない。
次に、少女は銀髪だった。あまり見ない髪色だが、腰まであるその髪におかしなところはない。むしろ、薄汚れているのにも関わらず見る人の心を奪うような、美しいものだった。
その次に、少女はかなりのグラマーな体の持ち主だった。高身長に豊かな胸と腰回り。クシャナとは対照的に豊かな体を、グールから奪ったのであろう衣服に包んでいる。体に当たる豊かな胸が非常に気持ちいいやはりどこも変なところはない。
そっと手を差し伸べて、うつ伏せの少女の顔を上向かせる。理知的で大人びていて、それほど問題はない。ある一点を除いて、相当に整っている部類だ。
問題は、その先だった。
一つは、少女は片腕だった。右腕は真広の腰に絡みついているが、左腕は肩口からバッサリ切られ、血が滴る傷口は、服を裂いて作ったのであろう不潔な包帯で乱暴に止血されている。
二つ目は、少女の顔だった。恐ろしいほどに整っている少女の顔だが、その顔の右眉の真ん中あたりから左の頬にかけて、傷が走っているのだ。腕のものとは違って相当に古いもののようだが、真広が見る限りにおいては、死んでいてもおかしくなさそうな傷だった。
だが何にも増して問題なのは、少女の右手だ。真広の腰に回されたその手には、一振りの剣が握られていた。