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空白記号~機械仕掛けの女神と幻想世界~  作者: 凉月
幸福な街と機械仕掛けの女王
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1-5

 そんなこんなで。レジにユニバーサル・キーを通して大量の荷物の配送を手配したころには、すっかりいい時間になっていた。真広たちはモールをあとにして、駅に向かう。

 ロータリーでは相変わらずクラシック音楽が奏でられ、道行く人の耳を楽しませている。

『突然ですが、臨時ニュースをお伝えします!』

 そんな昼時のゆったりした空気をぶち壊したのは、なぜかひどく切羽詰まった様子の男性アナウンサーの声だった。一体この空気を吹き飛ばしてまで伝えなければならないニュースとは何なのかと思いながら、真広はディスプレイに目を向ける。青みがかったスーツに身を包んだアナウンサーは、注目が集まるのを待つようにたっぷり数秒の間を作る。沈黙の間に、クシャナや伊織、イリックを含めた広場中の人々の視線がディスプレイに集まる。

 どうでもいいことかもしれないが、このアナウンサーは本物の人ではなく、CGと合成音声によって組み上げられた偽物だったりする。朝晩のニュースではおなじみなのだが、何度見てもよくできていると思ってしまう真広である。

 緊張感のない感想を抱く真広とは正反対の様子のアナウンサーが、やっと重たい口を開く。

『本日午前、労働の罪で、男性が逮捕されました。繰り返します、本日午前、労働の罪で男性が逮捕されました。男性は、自宅のベランダで麦の栽培を行っていたことが判明しています。男性の氏名は……』

 途端に、広場がざわつく。連れとせわしなく言葉をかわし始める者や、もっと情報を得ようとニュースに耳を傾ける者など、ロータリーにいる人々は顔を青くして反応する。しかし、その顔の億にある本当の色は、実のところ安堵のものだ。よかった、凶悪な犯罪者が捕まった、という感覚に近いだろう。ただ一人、真広を除いて。

 今ニュースで報道された罪は、労働。大昔であれば、これが罪になるなど、およそありえないことだろう。しかし、今の時代においては、それは何よりも思い罪になるのだ。資源が限られている中で誰か一人でも勝手に資源を用いれば、ひいてはそれは全体的な資源の枯渇へとつながり、多くの人が死ぬことになる。

 そんな馬鹿なと思うかもしれないが、そんなことはないというのが、厳然たる事実である。

 例えば、麦を作るにしても、種だけでは作れない。土に植えた後は肥料をまかなければならないし、継続的に水も与えなけれなならない。そしてそれらは、往々にして無駄になっている部分が多くある。即ち、百の資源を投入して麦を作ったところで、人間のやることだから必ず無駄が出来、結果として百のものが得られるということは絶対にありえない。そして、例えば、百の資源を使って得られるものが八十では、資源は減っているばかりだ。

 だからこそ、デウス・エウス・マキナが作られたのだ。

 ここまではいい。真広も、それなりに納得できる。しかし、どうしても腑に落ちない部分が真広の中にはあるのだ。資源の為に行動が制約される。それはもっともだ。しかし、その掟を破った人間を、まるで大悪党か何かのように喧伝するやり方には、どうしても違和感を覚えずにはいられない。なにか、人の思考を一つの方向に導こうとするような力が働いているような気がしてしまうのだ。

「兄様!」

 伊織に呼ばれ、真広の目に回りの景色が急速に戻ってくる。ディスプレイはニュースを繰り返している。ロータリーには、それを求めて多くの人が集まり、すでに黒山の人だかりだ。伊織の言いたいことを悟った真広は、足早にロータリーを後にする。クシャナとイリックは一足先に逃げ出していたらしく、駅の入り口から手を振っているのが見える。そして、真広と伊織が人込みから脱したちょうどその時だった。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 すさまじい大歓声が、ロータリーを包む。ニュースを見て興奮した群衆が上げたものだ。続いて、「いいぞ!」「犯罪者を許すな!」「俺たちの資源を返せ!」と口々に叫ぶのが、真広の耳に聞こえてくる。その様子に、真広は眉をしかめる。隣を歩く伊織も、生死に直結するような重大な事件の報に際して無闇と騒ぐその様子に、どこか迷惑そうな顔をしている。

「え?」

 そんな伊織を、真広は肩に手を回して抱き寄せる。伊織が慌てて真広の顔を見上げるが、別に深い意味のあることではない。なんとなく、そうしなければ伊織がこの空気に流されてしまいそうな気がしたから、そうしただけだ。伊織はしばらく真広の顔を眺めていたが、すぐにうつむいてしまう。少しやりすぎただろうかと思う真広だが、どうやら違うらしい。伊織の横顔は、柔らかな表情へと変わっていた。しかし、

「でも、悪いことをした人が捕まってよかった」

 小さくささやかれた伊織の声に、真広の胸には何とも言い難い嫌な感情が広がる。それを押し隠して、

「ああ。そうだな」

 適当に相槌を打つ頃には、クシャナとイリックと合流し、再び電車に乗り込むべく駅に足を向けていた。

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