1-4
右手首に埋め込まれた万能鍵を改札に通して駅前のロータリーに出ると、ドームの天頂に設置された光ファイバーを通して熱いほどの熱気が降り注いで来る。どうやら、外の世界は今日も晴れているらしい。駅前に設置された大型の有機ELディスプレイが遥か昔に作曲された音楽を適度な音量で奏で、画面ではそれに合わせて幾何学模様が躍っている。静かなくせに荘厳な気がするその曲は、ディスプレイの表示によればThe Planets Mercury と言うらしい。どこでどう切って読めばいいのかすら、真広には良くわからない。
しかし、クシャナはこの曲が気に入ったらしく、不思議なリズムに合わせてスキップするように歩く。一方の伊織は、真広と同じくよくわからないらしく、少し眉をひそめている。二人の歩行ペースが全く違う為、歩きにくいことこの上ない。しかも、先ほどから背中にイリックの視線が刺さってきて、痛い。頼むから、そんな恨みがましい視線でこっちを見ないで欲しい。
そうこうしているうちに、真広は駅前の大型ショッピングモールへと引きずられていく。どうやら本当に時間つぶしだけが目的らしい。
二階建てのその建物は、一階の大部分が食料品コーナー、二階が各種テナントが入るゾーンになっている。
一階の食料品は見ても仕方がないので、そのまま二階に上がるのかと思いきや、クシャナは入口から真っ直ぐに一階の売り場に向かう。目的があるわけではない真広たちは、なんとなく何も言わずにそれに従う。
資源の分配効率を考えて、必要な物は必要な分だけをその場で取り寄せるのが基本の世界であり、従って、昔の世界で言うところの通販のような制度が極端なほど整備されているのが今の世の中である。だから、このような小売店も、どちらかと言えば生活を支える為と言うよりも、ショッピングによるストレスの発散を目的としている。だから、商品の配置も少数の品目を多く売って需要を満たすよりも、少量の品目を多く置いて選ぶことの楽しみを重視したものになっている。
店に入った途端に、冷蔵の棚から漂ってくる冷気で肌がほんの少し粟立つ。真広にとっても、ここは馴染みの場所だが、いつ来ても驚かされる。店の棚には多くの食品が並んでいるが、彩が豊かで、まるで虹を棚に並べているようだ。
例えば、唐辛子一つを例にとってみても、
「ああ、しゅっごい! 赤黒くて、ごつごつで、逞しい! まるで真広のモノみたい!」
というものから、
「ぷぷ。青くてちっちゃい。イリックみたい」
というものまで、多種多様においてある。それはさておき、
「変なコメントをするんじゃない!」
客の目を店に引き付ける為に入口近くの棚においてあった色とりどりの唐辛子。それに熱っぽい視線を送ったり鼻で笑ったりして、いかにもナニを比較しているようなコメントをするクシャナに真広が待ったをかける。
「お前は、何をやっているんだ?」
「別に? ただ、比べてただけだよ?」
「それだと俺の大事なところを他人の大事なところと比べてるみたいだろうが!」
「あ……ごめんね。気にしてたもんね。大きさ。でも私、真広ので満足してるからね?」
「何かを察したような感じで言うな! そもそも、俺はお前に見せたとはない!」
「に、兄様……不潔です」
「伊織もそんな顔をするな! イリックも! 俺のつま先を蹴るんじゃない!」
「真広、お店の入り口で迷惑だよ?」
「誰のせいだと思ってるんだよ!?」
完全にクシャナのペースだった。振り回される真広を見て、クシャナが思い切り笑う。クシャナといると終始こんな感じだが、真広はこの感じが割と好きだった。
その後は、おとなしく店の中を見て回る。グローバル化の影響で、戦争が起こる前に国境は形骸化してしまっていたので、店には無国籍な品々が並ぶ。
例えば、東洋原産の小粒で甘いみかんの横には、北米で盛んに栽培されていた大粒で酸味の強いオレンジが並び、一般的な鳥・豚・牛のそばには馬や羊、さらにカエルやヘビがおいてある。もう少しシュールな場所では、クサヤの横にタクアン、シュールストレミング、マーマイト、キビヤック、などが並んでいる。保存食コーナーだが、一体何を思ってこんなものを並べたのか。そもそも、この世界で保存食の必要などどこにもないというのに。
「えい!」
「おわ! ばか! そんなもの近づけるんじゃない! 臭いが移ったらどうするんだ!」
クシャナに、シュールストレミングの缶をなすりつけられた。
「大げさだなぁ。缶だから大丈夫だって………………………………………………………………………………たぶん」
「今最後になんて言った!」
「あ、あの、兄様。今日の夕飯は、こっちとこっち、どちらがいいですか?」
「え? あ、ちょっと待て、って! 何そのカメとヘビ!」
「えと、スッポンとマムシです。その、兄様に元気になっていただこう、と」
「元気になるにしても、他にも選択肢あるよね!」
「うわ、元気って。兄妹でそういうことするの、わたしは良くないと思うよ」
「どういうこと!?」
「……なんで、こいつばっか……」
「おうおう、イリックさんよぉ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれんかねぇ」
以下、終始このような感じで一階を巡り、二階に続くエスカレーターに足をかけたころには、真広はすっかり憔悴しきっていた。
エスカレーターの半ばまで来たとき、真広はなんとなく下のフロアーを見下ろしてみる。広いフロアーに整然と食料品が並んでいるさま、壮観だ。この世界が物資不足であえいでいたことがあることなど、微塵も感じさせない。ここに並んでいる食料品のほとんどは、農業区で作られている。農業区は素人の真広から見てもあまり広いとは思えないのだが、そこをフル活用してこれだけの物を作るとは、驚異的な技術である。一部の肉類はタンパク質から合成されているらしいが、それはそれで少し信じられない。壁が出来たばかりのころは大昔の宇宙食のように、味気ないチューブやパックに入った栄養食ばかりだったというから、すごい進歩だ。配給ポイントの制限が青天井になりつつあるのも、なんとなくうなずける。ただ、今でも純粋に労働としての労働を認めるほどの余裕がないせいで、モールの中を動き回って働いているのは、全て機械だ。
そこで、エスカレーターの終点に到着する。下を見ていた真広は、慌ててエスカレーターから床に移る。相変わらずクシャナと伊織に手を引かれている真広は、そのままいかにも女の子チックな、かわいらしい小物を扱う店が並んでいる一角へと引きずられていく。こう言うときの女子の力はなぜかすさまじく、虚しい抵抗を試みる真広だが、やはりその抵抗は無駄であり、ズルズルと引きずられていく。
真広個人の趣味嗜好を言うならば、女の子らしいものは少し苦手だ。それ自体が苦手と言うよりも、それを選んでいる女子とセットになったのが苦手、と言うべきだろうか。大概の場合、これとこれ、どっちがいい? などという至極どうでもいい癖に答えにくい問を投げつけられて、それにどう答えようとも反論で返されるのだ。選んでいる本人はそこまで含めて買い物であって、楽しむべき対象なのかもしれないが、付き合わされる方はたまったものではない。
しかし、一方で、
「兄様、このマグカップ、どう思いますか?」
「うん、いいと思うぞ?」
「では、これはキープで……えへへ」
という風に素直に従われてしまうと、それはそれでなんとなく気分が落ち着かない。
「しかし、よくこれだけの物があふれているものだ」
イリックが、どこか焦点の合っていない目で商品を見ながら言う。
「昔は本当に物がなかったのか疑いたくなるレベルだな」
「確かに、な」
通路を挟んで正面にある服飾店を見ながら、真広が応える。店の中には、所せましと商品が並んでいる。
「こう言うとなんだが、俺たちは幸せな時代に生まれたよな」
イリックのこの言葉に、真広の心臓が密かに跳ねるが、できるだけなんでもない風を装って真広は答える。
「そうか?」
「そうだろう? 今の状態は戦争の結果だからこういうことを言うと不謹慎かもしれないが、結果として今の俺たちは豊かな世界で生きているんだ。世界は小さくなったかもしれないけれども、こうして働かなくても好きなものを買って、満足に生活できているんだ」
「まあ、そうか?」
「そうだろう。昔の生活に関する資料が戦争で紛失したから詳しいことはわからないが、こうなる前は、一日のほとんどを労働に費やしていたのだろう? それに比べれば、な」
「あー、うん」
完全に気のない返事を返す真広。その胸中には、電車の中で味わったのと同じ思いが沸き上がっていた。
昔に比べれば幸せだというのは、その通りかもしれない。以前の労働時間は、今からしてみれば信じられないぐらいに長く、そして無駄の多いものだったことだけは、歴史資料から明らかなようである。もしかしたら、昔の人が今の生活を見れば、涎を垂らしてうらやましがるのかもしれない。
だが、そんなことはわかっているのだが、真広はどうにもこの世界が好きにはなれないのだ。どういえばいいのかわからないが、ここに至っている経緯がなんとなく押し付けがましいような気がするのだ。全てを失ったのに、それを幸せと言ってしまうのは、何か、おかしいような気がする。
「あー! 真広、まーた変なこと考えてる!」
いつの間にか深く思考の世界に落ちてしまっていたらしく、今日何度目になるのかわからないが、再びクシャナに絡みつかれた。クシャナのことだからこれ以上無視していると何をされるのか分かったものではない。仕方なく、真広はクシャナと伊織の方に意識を集中させる。