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そこでふと、真広は違和感に気づいた。予定では、ゲームセンターを出た後で、真広の家で昼食をとることになっていた。だが、今いるのは、真広の――正確には真広と伊織の家の最寄り駅ではない。
「あれ、ここは?」
目の前にそびえる巨大な十字架を見上げ、間抜けな声を出してしまう。真広の家は、十字架からは円の中心を挟んでちょうど反対のはずである。
「あー、やっぱり聞いてなかった」
間抜けな顔をしていると、人差し指でクシャナに頬をグリグリと突っつき回される。
「えと、クシャナさんの提案で、予定を変更してお買い物に行こうということになりまして……」
伊織がクシャナと反対側に立って、おずおずと言う。
「そういうことだ」
イリックが少し勝ち誇ったような声で言う。どうせ、広がぼーっとしていたことの上げ足を取っているだけなので、特に取り合わずに話を進める。
どうやらここは、十字架に一番近い駅のようで、すぐそこには商業施設が立ち並んでいるのが見える。公共交通機関の電車とバス以外の乗り物が存在しないので、駅前のロータリーは駅の規模に比して小ぶりだが、歩行者でひしめいている。
「で、何しに来たんだ?」
少なくとも午前中一杯の予定をがっつりと組んでいたのは、クシャナだったはずだ。
「そ、れ、は、ねぇ?」
少しだけ呆れ気味に真広が言ったとたん、まるで猫の様にクシャナが腕に絡みついて胸を押し付けてくる。クシャナの貧しい胸はちょっと硬いが、個人的にはこのぐらいの方が……ではなくて。
「んん、ごほん、ごほん」
人目も憚らないクシャナの行動を咎めるように、真広はわざとらしく咳払いする。それを見たクシャナは、満足したようにコロコロと笑いながら言った。
「だーれかさんのせいで予定よりも早めにゲームが終わっちゃったからぁ、ただの暇つぶしだよ?」
そう言われて駅の時計に目を向けると、お昼まではあと一時間以上ある。確かに、あのまま帰ったのでは中途半端だ。
「ああ、それもそうか」
「でしょ? だったら、ほら!」
クシャナが真広の腕を引いて歩きだす。それにつられて真広が歩き出すと、ゲームが早く終わった原因であるイリックは、ほっと胸を撫で下ろす。
「ん?」
歩き始めて数歩もいかないうちに、クシャナとは反対の手を、伊織に握られる。そちらに目を向ける真広だが、伊織は素知らぬ振りで前を向いたままだ。
「あの、伊織?」
「別に、なんでもありません」
声をかけると、プイとそっぽを向かれてしまう。普段よりも、少し当たりがキツめだ。基本的には大人しくて引っ込み思案の伊織だが、これでも何か気に入らないことがあると、とことん突っかかっていくところがある。しかも、往々にしてその理由はあまり教えてくれない。だから今回これで伊織が満足しているっぽいので、そっとしておく。これでも、まだ十五歳なのだ。もしかしたら、クシャナが絡みついているのを見て、単に手をつなぎたくなっただけかもしれない。