1-2
「あ、死んだ」
言い終わるが早いか、真広達は魔王に引き裂かれた。
『はい、お疲れさまでしたぁ』
暗転した視界の中で、妙に明るい声が響く。その声に従って、真広はゴーグル型の装置を外す。照明の落とされた部屋の中で、すでにイリックが起き上がり、専用のベッドの上に座り込んでいる。真広も身を起こして衣服を整え、壁際のラックに歩いていき荷物を引き出す。そうしている間にも、伊織とクシャナが起き上がってきて、めいめい身支度を整え、部屋を出る。まるでホテルのように部屋が並んでいる廊下を通り抜け、やはりどこかホテルを思わせる受付を抜けると、そこはすぐに駅の改札だった。先ほどの冒険について話に華を咲かせながら、真広達は右手首を改札にかざし、ホームに入っていく。
ホームにはちょうど電車が入線してきたところで、真広達が乗り込んだところでドアが閉じ、ホームに掲げられた『VRゲームセンターにようこそ』という看板が横に流れていく。電車はすぐに屋内から屋外に出て、高架を走る電車の車窓には、光ファイバーを通して降り注ぐ午前中の爽やかな光に照らされた街の俯瞰風景が広がる。いや、もう少し正確に言うならば、電車は屋外には出ていない。何しろ、底面の半径が十五㎞もある巨大なドームの壁、その内側に沿うようにして設けられた線路の上を電車は走っているのだから。
三人から目を離した真広が車窓に目を向けると、視界の中に巨大な十字架が飛び込んできた。それは、この世のすべてを見下ろすかのようにして、真広がいるのとは正反対の壁と一体化して立っていた。三十㎞離れたところからでもわかるその十字架は頂上をドームの天井に接し、傲岸不遜という言葉そのままの雰囲気でそびえている。それが目に入った瞬間に、真広はため息をついていた。もう半ば癖となってしまった行為だった。
「兄様。どうかなされたのですか」
「いや、なんでもないよ」
そうは言いながらも、真広は気分が沈んでいくのが止められなかった。この壁の中で一生生きていくことになるのかと思うと、どうしても。
簡潔に言って、地球滅んだ。戦争で地球上の土地という土地が汚染されるという、三文SF小説さながらの事態が現実のものとなり、地球は生物を養う能力をほぼなくしてしまったのだ。そこで人類は、壁を――厳密にはドームを――作ることにしたのだ。比較的汚染の少ない土地を見つけ、他人が生きるのに必要な能力を復活させ、今度こそ争わずに生きていけるようにと願いながら、人類は引きこもった。
この壁の頂点に立つのは、機械仕掛けの女神と呼ばれる人工知能存在であり、壁の中のすべてを管理している。目的は主に二つ。過去の悲劇の防止と資源の効率的運用だ。その中でも後者こそ、この世を統べる人工知能の王女様誕生の理由だとされていた。
世界を滅ぼす戦争をやらかした人類が次の争いを防ごうとするのは当然としても、当時の人類には理想を追いかける以前の問題として、明日の食事の問題がのしかかっていた。ドームを作ってひとまずは生き延びた人類だが、半径十五㎞の狭苦しい空間に数十万人の人が暮らしているのだ。しかも、外の土地は完全に死んでいる。その中で消費と生産のバランスを取るなど、人間の脳みそでは不可能だった。加えて、人間というものはどんなときにも派閥を作りたがるものらしく、全滅しかかっている当時も、権力争いで貴重な物資を無駄にしたのだとか。
だから人類は、マキナの愛称で呼ばれる人工の存在に、生存のすべてを委ねなければならなかった。彼女は当時の死にかけた人類がその生存をかけ、持てる技術の全てをつぎ込んで作った存在であり、その当時において考えうる限りの思考能力を付与された存在だ。噂によると、初対面の人と一分ほど他愛のない会話をしただけで、その人のパンツの色を当てられるとか。地下に作られたマキナを収めるサーバールームの上に建つ十字架のことを傲岸不遜だと思う真広でさえも、彼女性能が素晴らしいことと、彼女なしでは人類は一瞬で死滅するということには、同意せざるをえなかった。
一方で、マキナの誕生は資源節約という暗いイメージばかりが付きまとうものでもなかった。マキナに資源管理のすべてを委ねることによって、人類は労働から完全に開放されたのだ。つまり、マキナがすべての資源を管理してくれるということは、何もしなくても完璧な福利厚生が提供される、というよりもむしろ労働して資源を無駄にする方が罪ということであり、真広たちが平日の昼間からVRゲームセンターでRPGにいそしんでいられた理由でもあった。
昔はそれでも、資源に現在ほどの余裕はなく、資源を浪費するいかなる活動も行うことが出来ず、昼寝ぐらいしかやることがなかったらしい。加えて、その状況を変えようとした人間が、何人も外に追放され、事実上の死刑をくらったなどという、暗い言い伝えもある。
現在ではマキナによる統制が軌道に乗り、趣味で労働という非効率を行うことが許される程度には余裕ができているというのが実情であり、暇を持て余した人類が時間をつぶす分には何の不自由もないという現状の前に、真広たちにとって資源の管理とマキナの関係など、日常からは縁遠い話になっていた。真広たちにとってのマキナといえば、いたるところで日常の世話を焼いてくれるAIというだけの存在だった。
だから今の真広たちを含む人類は、好きなことだけをやっていられる、とても幸福な存在であった。
それでも、真広はため息が出るほどには今の世の中が嫌いだった。自らの境遇がものすごく恵まれているということは真広自身わかってはいるのだが、このまま死ぬまで平穏に、この壁の中で暮らすのかと思うと、うまく言葉にすることはできないが、胸の内に何かもやもやとしたものが立ち現れてくるのだった。
「んっふふー。着いたよ、まーひろ!」
立ったまま窓のそとを眺めていた真広の腕にクシャナが絡みついてきた。電車は、目的の駅で停車していた。クシャナの一言で、何を見るでも考えるでもなくぼうっとしていた真広は、現実に引き戻された。一瞬、隣でずっと真広のことを見守っていたらしい伊織が眉間に皺を寄せて怒りをあらわにしたような気がした真広だったが、それを確かめる余裕もなくクシャナの手によってホームに引きずりだされてしまう。その後をあからさまに悔しそうな顔をしたイリックと、無表情の伊織が追いかけてくる。
どうでもいいですけど、ここだと取り消し線ひけないんですね。
ワードの方では取り消し線引いてあるところを、別の表現に直してます。
次回の更新は・・・1か月以内にできると、いいな・・・
あと、気が向いたらツイッター始めるかも。
アカウント自体は用意してあるんですが、今のところ始める気が微塵も起きないです。