5:青年と牛と彼女
翌朝。村唯一の民宿に泊まった勇者と聖女は、昨夜遅くまで話し合った影響で両者とも寝不足であった。
その話は纏まらなかったが、纏まらなかった話とは勿論、この村に集っている魔族についてである。
最初は2人ともこの村を助けたいという事で意見は一致していたのだが、村長の苦渋に満ちた言葉と、あまり目立つべきではないのではないかという聖女の考えから、対立していた。
あくまでも直ぐに憂いを除きたいという勇者と、国から兵を派遣してもらってこちらはこちらの仕事をするべきだという聖女は、どちらも譲らず、結局はほぼ同時に寝落ちするという引き分けに終わった。
因みに同じ部屋で寝たというドキドキイベントは総スルーであった。
顔を洗い、身支度を整えた2人は朝食を食べつつとりあえず昨日買い損ねた諸々を買いに行く事で合意した。話し合いはその後だ。
民宿からの道を昨日の店に向けて歩いている2人の元に、村の者であろう青年が駆け寄ってきた。
「あんた達だろう!昨日来たっていう旅の2人組は!魔族を倒しに行くんだって!?」
2人の前に立ちふさがる様に来た青年は、いきなりまくし立てた。
その勢いに勇者がうなづきかけ、聖女が否定しかけたが、青年の言葉は止まらない。
「頼む!俺も連れて行ってくれ!!攫われたのは俺の彼女なんだ。子供の頃からずっと一緒で…これからもずっとずっと一緒に居てくれって言おうとした矢先に魔族の奴らにっ…。なあ!お願いだ!邪魔はしない!役立たずになりそうなら隠れている。だから俺も連れて行ってくれ!頼む!頼む…」
手を合わせて頭を下げたまま上げる様子のない青年を前に、聖女は言葉を発する事が出来なかった。
そして溜息を吐き勇者の目を見て一つうなづいた。
それから、買い物を済ませて民宿に戻った時の人数は出た時の1.5倍になっていた。
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その頃、村を襲っている魔族の住処では。
「親分ー!獲物仕留めましたぜー!」
顔は牛、体は人間の牛人間が片手に鳥をぶら下げて成果を自慢していた。
「おお!でかした!その鳥は上手いからなあ」
親分と呼ばれた一際でかい牛人間は子分の手柄に舌舐めずりをした。
「へへえ。この鳥はどうしやす?人間でも食えそうですが、いつも通りあの女にも食わせますか?」
「ばか野郎!勿体ねえ。それは俺が食う。あの女には適当な肉を食わせとけ!」
あの女とは村から攫われた青年の恋人の事である。攫われてから5日、魔族の住処の一室に閉じ込められてひたすら肉を食べさせられていた。
「承知しやした!…しっかし本当なんですかねえ。人間の女を捕まえて肉を食わせ続ければ極上の餌になるって噂は」
「さあなあ。だが嘘でも本当でもいいだろ、失敗しても人間どもは腐るほどいるからな」
ガッハッハと2人の牛魔族はひとしきり笑い終えると子分の牛魔族は次の獲物を探しに戻っていった。
「…噂が本当だったらあと3日だな。ああ楽しみだ」
魔族の中でも食に対する欲望が深い親分牛魔族は、今仕込んでいる|食材(女)の味を想像してもう一度舌舐めずりをした。
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牛魔族の牢屋では、5日前に近くの村から攫われた1人の女性が悩んでいた。
「今日で多分、5日よね。ああ、あの人は心配しているだろうな…早まって馬鹿なことしていないかしら。あああ」
洞穴に壁と扉が付けられた簡素な、しかし無理矢理出ることは難しい牢屋で女性は悩み続ける。
「せめてこの手枷と足枷が外せれば…いや無理ね。あのドアを壊した所で限界ね。逃げられないわ。せめて魔法が使えれば…」
片田舎といえど魔法を学ぶ手段は0ではない。女性は日々の勉強不足を悔やんでいた。
だが女性が最も悩んでいたのは、魔法の事でも出られない事でもない。
「しかし、これは…確実に…太ったわね。」
ぽっこりと膨らんだお腹の事であった。
「日頃から運動を欠かさなかったのにっ…!お肉も食べ過ぎないように気をつけていたのにっ…!酷い!酷すぎるわ!」
太りやすい自分を自覚していた彼女は日々の体型維持に全力を注いでいた。だが、それを嘲笑うかのようなお肉責めと監禁生活である。当然肥えた。
「くっ!足が動かなくても…!手が吊られていても…!出来る運動があることを証明してやるわ!」
今日も彼女はお腹いっぱいお肉を食べさせられた後、日課のスクワットを続ける。愛するあの人の為に。
多分人物紹介
【青年】
村長の孫。諦め始めている祖父にやきもきしている。村人や旅人を無為に殺したく無いという想いも分かるので直接は何も言えない。だが彼女は絶対に助けたい。そんな時にまた旅人が魔族を倒しに行くと聞き居てもたってもいられず駆けつけた。その猪突猛進な態度で聖女を折れされた。それが良い方に向かうかはまだ分からない。彼女にプロポーズと共に指輪を贈る為の資金をこっそり隠している。隠し場所は寝床の下。
【牛魔族】
親分1人と子分10人の集団。森の隣に小屋を建てて住んでいる。近くの洞穴に壁を取り付けて牢屋にしている。美味いものを探しに放浪していた所で偶々村を見つけた。強請った食糧が中々だったので住み着いた。また隣の森からも良い獲物が取れるので満足している。折角村があるならと昔聞いた噂を確かめる事にした。因みにデマ。
【青年の彼女】
青年とは幼馴染でよく一緒に遊んだ。大きくなるにつれてお互いに意識するようになり、自然と付き合いだした。劇的な恋愛劇は無くとも、周りからも冷やかされる程の仲の良いカップル。将来結婚すると信じていたが都会には綺麗な女の人が多いと聞いて、いつか青年が目移りしてしまうのではないかと不安になり、見た目に気を使うようになった。太りやすい体質だが、周りには気付かせていない。攫われた当時は身の危険に怯えていたが、今は日々重くなっていく体に怯えている。牛魔族に対する恨みは1番強い。