第5話「おくやまに」
第5話「おくやまに」
む、す、め、ふ、……と黒板に書かれた文字と目の前に並べられた10枚の札と優は交互に見比べながら、一つ一つ頭に配置を入れていった。先輩の顔を見ると目をつぶって暗記をしているようだった。右を向いて美雪さんの方を見ると窓からグラウンドにいる運動部の方をみていた。そして、ストップウォッチをちらっと見て美雪さんは、
「競技開始二分前です。君、素振りしていいよ」
と言った。
「えっと、素振りですか」
まず、かるたに素振りってあるのか。確かにさっき見た試合は優自身のかるたのイメージとかけ離れていてまるでスポーツのようだった。ということは、野球やサッカーなどのスポーツには準備運動が必要 なように、かるたにも必要なのか。
「君、貴斗の素振り見て真似してみ。はい、貴斗。やって」
「なんで、お前に言われなあかんねん」
先輩はすかさずツッコミをいれるも仕方無いなと一言つぶやき、見とけよと言った。
すると、先輩はスッとこちらの陣の札を取りにくるようにして札には触らず空をきってそのまま外でバンっと畳を叩いた。低くて軽い音は教室中に響いた。なるほど、素振りはこうするのか。優は先輩の見よう見まねでこうするのかとスッと手を伸ばして空中で円を描くようにして素振りをしてみた。何回か素振りを繰り返すと先輩はこっちをみて言った。
「村霧、素振りは準備運動のみたいなものちゃうからな。ただ単に手を振ればいいんちゃうねん」
え、準備運動じゃないのか。優は驚いた。
「まあ、準備運動でも確かにあるねんけど、素振りしながら暗記すると頭に入りやすいやろ。試合でどんなふうに取るかもこの時に考えんねん」
そうだったのか。素振りにそんな意味があったのか。優は言われた事を意識しながら素振りをした。しかし、どう真似しても先輩のようにスムーズに素振りは出来なかった。
「時間になりました。競技を始めます」
美雪さんははっきりとした声でそう告げた。
「君、かるたの試合は最初に序歌っていうのが読まれるからそれの下の句を二回繰り返した後に札が読まれから、その札を取ってな。では始めます」
すると先輩お願いいたしますと頭を下げたあと、
「かるたは礼に始まり礼に終わるんや。はじめるときは相手と読手に礼する。覚えときや」
と言った。優は先輩に礼し、読み手である美雪さんにお願いしますと礼をした。
――難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花
さっき扉の外側で聞いた歌だ。これが序歌だったのか。美雪さんは伸びのある声で教室中に声を響かせていた。
――今を春べと 咲くやこの花
始める前に言われたとおり、下の句は二回繰り返された。次に読まれるのが取るべき札。
優は耳を研ぎ澄ませた。
つづく
作者のあまがえるです。
よく素振りを気合入れるためとか威嚇のためですかとか言われるんですけど、作中にもあるとおり暗記や動けるかの確認のためです。
まあ、中には気合を入れるための人もいますが(僕がそうだとはいえない)