勘違いはほどほどに
あ~駄目だわ、こりゃ。
私達が来る半年ほど前にこの世界に来たらしい巫女姫サマ、お名前を姫崎ゆりあという。年は私と同じ。高校二年。やっぱりっていうのか日本人だった。
そして…………最高の勘違いっ子だった。
「ゆりあはね~選ばれてここにいるの。だから大切に扱ってくれなきゃ嫌」
初対面でこれを言われた時の私の気持ち分かる?
たとえかなり譲ってここが乙女ゲームの世界だったとしてもこの主人公に惚れることはないわ。私が男で攻略対象ならこっちから願い下げだって断るし。
………ほっとく?ほっといちゃう?
いや、もう無理よ、この子。自分に酔っちゃってるよ。
「あなたは今どこで暮らしてるの?」
「……王都近くの街」
「王都じゃないの!?可哀想!私達異世界人は王都で保護してもらわなきゃいけないのに。ゆりあが頼んできてあげるね!」
元気な巫女姫サマは厳かな神殿の中をバタバタと走っていった。
周りに元気溌剌天真爛漫なイメージを持たせようとしているんだろうけど、ここではまるっきり逆効果だ。
「シン」
「……………なに?」
「私はいずれどこかの火山を爆発させてしまうかもしれない」
「…………お願い。こらえて」
神様の方でも中間管理職的な立場にあるらしいシン。しかし、巫女姫サマをお召しになった神様は古株でそれはそれはお美しい方らしい。いや、皮肉とかじゃなくてホントに。
バックに上司ついてるからなにも言えないなんて、神様界も世知辛いもんだね。
「どうして彼女になさったのか」
「ここに合った潜在的な力があるからじゃない?」
「あとはオツムが格別に弱いからでしょう」
「ぎゃっ!」
突然背後に立たれたもんだから、驚いて相手に炎球を投げつけてしまった。
「……………」
「……サーヤ?」
「えっと………今、直しますね」
相手に避けられ、炎球は近くのステンドガラスを破壊。運悪くどこかへ行っていたユアンが扉を開けたのはほぼ同時のことだった。
あぁ、神様。シン以外の。
「なんで僕以外!?」
「頼りないから」
「…………いいよ、どうせ僕は」
隅っこでのの字を書き始めたシンは放っておいて。
突然現れた彼、シーヴァは多少乱れた赤髪を後ろに撫で付け、銀フレームの眼鏡をくいっと上に押し上げた。ユアンとは違い文官服を着ており、立場としては宰相の地位を王から与えられているらしい。
三十手前にしか見えないのに誰も彼も有能なことで。
「ユアンに呼ばれて来てみれば。時間を無駄にはしたくないんですが」
「ごめんごめん。なんかサーヤが逃げ出しそうな気がしてさ」
「意味が分からないんですが」
ユアンが私の方に流し目を送ってきた。お前の弱点、バレてるぞ、とでも言うかのように。
私は基本、人の気配を読み取れるようになった。この世界の人達は大なり小なり魔法を扱う力があり、それを感知することによってそれができている。ただし、中には全く力がない人もおり、そういう人は私も普通の人並みに分からない。そしてそれがこのシーヴァというわけ。
嫌いってわけじゃないけど、苦手。堅物すぎるし。
「まぁ、丁度良かったですね。先程、巫女姫のドレスや宝飾などの請求書が届いたんですが。なんですか、あの額は」
聞くと五人家族が半年はそれで暮らせるくらいの額だった。
五人で半年を一回の買い物で使いこめるなんて凄いなぁ。私には無理だなぁ。
……………その金どこから出てると思ってんだよ、あの女!
街中で暮らしてると分かる。みんな一生懸命に働いてるし、その働いた分の中から血税として国に納めてる。そんな大事な金を…。
「僕は彼女に必要最低限以外は一切関わってないよ。でも知らないわけじゃない」
「ユアン、あなた…国民から巫女姫を辞めさせろと嘆願が来るのを待っていますね?」
「さぁ…どうだろう?」
そうなんですね。
確かに神様が決めた巫女姫に神官長であるユアンが否やを唱えるわけにはいかない。でも、それが国民なら。神様もやむを得ずを認めてくれるだろう。
なんて策士。
「神殿というよりあなただけは敵に回さないようにしますよ」
「そう?まぁその方が得策だろうね」
宰相と神官長の会話が怖い。
氷の宰相と呼ばれるシーヴァと腹黒神官長のユアン。二人がタッグを組めば落ちない国はないかもしれない。
「しかし、金庫の金が減り続けるのも問題があります。もしものために貯蓄はしておかなければなりませんから」
「そう、だから君の出番だよ」
「へ?」
「君には彼女に徹底的に嫌われて欲しいんだ」
「………そんな簡単なことでいいんですか?」
「こんな簡単なことがいいんだよ」
「なるほど。そういうわけですか」
それならまぁ……一つやりますか。
この時、邪悪なオーラを感じたらしいシンが顔をあげると私達三人がそれはそれはイイ笑顔で笑っていたという。
シンは無言でその場を去り、王宮の一室でお昼寝していたジュシュアの側で何やらぼそぼそと呟いていた、というのが侍女からの姿を消すのすら忘れていたシンの目撃談であった。