その男、腹黒につき
私はこの世界に来て一つ学んだ。
他人の笑顔には気をつけろ。
人として笑顔を疑うのはどうかと思う。しかし、状況が状況。私にその教訓を許していた。
「神様と契約を結んだ君がいれば色々と便利で助かるよ」
「…はは。それはどうも」
顔に幼さの残る童顔の青年がほがらかに私に笑みを浮かべて見せた。だが私は知っている。笑顔を見せる腹黒ほど怖いものはいないと。
あの日、一悶着やらかした私は別室に連れていかれ、あれよあれよという間に洗いざらい吐かされた。ありがちな脅しタイプなんかではなく、じわじわと真綿でくるんでいき最後にきゅっと…という正常な精神の持ち主なら発狂しかねない粘着質タイプの尋問で私は心底ねじ曲がってて良かったと自分自身を誉めた。
ちなみに途中でジュシュアにはお昼の睡眠タイムに強制開始してもらった。
神官服を着ている彼はその服が示す通り神官であり、その中でも二十そこそこでの若さで神官としては最高の地位に就いている。なんでも幼少の頃から神童としてその力の高さを認められていたらしい。
私としては力だけではない気もしている。だって彼の情報収集能力は半端ない。きっと官僚達のヘソクリの額、それも一円単位で知ってても不思議ではない。あ、お金の単位はもちろん日本とは違うんだけど、それはまた別の機会に。
「困った時はお互い様だものね」
「…………」
どうしよう。目の前の彼が悪人にしか見えなくなってきた。
「いやー最近王族でもないのに神殿に妙な因縁つけてくる貴族が多くて困ってたんだよね。まぁ、僕だけでも十分対処可能だったんだけど、そうするとこの国の貴族の大半が消えることになるからさ。それだと困るんだよね」
前言撤回。この人って実は魔王とかそういうオチがあるかもしれないと本気で思えてきてしまう自分が怖い。悪人どころじゃない。
消えるってなに?消えるとか客観的見方じゃないよね?まんま消すだよね?主観的になるよね?他人にどうこうしてもらうとかじゃなくて自分でヤるってことだよね?
神職もう信じらんない。まともな神職の人、ごめんなさい。
「君を今日ここに呼んだのは他でもない君の仕事についてだよ」
「え?仕事?」
もちろん生活していくためには先立つものが必要で、これまでも仲良くなった街の人の紹介で魔力をこめた道具を格安で売ったりしてそれなりの額をもらっていた。別段それで困ることはない。だから新しく仕事を始めるつもりはこれっぽっちも…
「よもややらない、なんてふざけたことは言わないよね?」
「………言いません。やらしてください」
…負けた。悪魔の微笑みに負けてしまった。
おかしい。私はこんな弱い人間だったっけ?
「シン」
「なに?」
「君の敬虔な信者が悪魔に心を売ろうとしているぞ」
「え!?」
その敬虔な信者サマである神官長、ユアンはシンにも紅茶を勧め、にっこりと微笑んだ。
「悪魔に心を売るだなんて」
「だ、だよね。君は僕の大事なみか…
「僕の魂はそんな安くありません。売るなら魔王、ですよ」
味方?このバカは彼が自分の味方だとでも思っていたのか?なんっておめでたい頭の持ち主なんだ!誰がどう見ても!そうだろう!?
「で、ですよねー」
(シン!なぁ~この人の暗黒面浮き彫りにしてどうすんの!?)
(神官長がコレなんて他がどうなってるかなんて恐ろしくて考えられない)
(おい、シン?シン!戻ってこい!天界に逃げるな!)
私を一人にしないでぇ~っ!!!
「サーヤ?どこへ行こうとしているのかな?」
思わず腰が浮いた私の肩をぐっと押す圧力。もちろん座りますとも。座るしかないでしょ。
「それでね、君にやってもらいたいことは二つ」
「二つも!?……いえ、なんでもないです続けてください」
笑顔が場をなごませる?うちでは凍らかしてるよ!恐怖の渦にバンジージャンプだよ!
もういっそ怒ってくれ。いや、怒ってください、お願いします。……Mじゃないからね!?
私のキャラが!こんなじゃないのに!!
「今、この神殿には巫女姫がいるんだけど、彼女の監視。それからこの王宮に勤める王宮魔術師および魔法使いの指導。君ならできるよね?」
「ちょっと待ってください。指導はわかりますが巫女姫?の監視?」
「そう。彼女も異世界から来たんだけど、自分が何かの主人公とか言い張るんだよ?確か乙女げぇむ?とかなんとか」
「…………げっ」
それはもしかして乙女ゲームとかだったりするのか。
……え?この世界が乙女ゲーム?いや、ないよ。そりゃあ200%ない。あってRPGでしょ?
だってほとんどのゲームの発売日に友達の乙女ゲームオタクに引っ張られて限定版?とかいうのを買いに連れていかされたから大抵のものはどんなんだか知ってるけど…こういうのなかったよ?
え?自分モテません以前のここ乙女ゲームです的勘違いっ子?
「僕、そういうのダメなんだよね~。自分を中心に世界が回ってます的な子」
あ~そうですよね。目、笑ってらっしゃらないですもんね。
すっごくわかります。
「だから、よろしくね?」
「えっと……………はい」
顔がいいから笑顔になれば大抵の女の子は言うこと聞いてきたんだろう。
私は別にイケメンが好きとかそういうの全くないのに……断れなかった。
「じゃあもう今日はいいよ。彼女とは後日会ってもらうから。同じ黒髪黒目だからもしかしたら同じ所から来たのかもしれないからすぐ仲良くなれるでしょ」
「はい……失礼します」
ドア?何を言ってるんだ。
瞬間移動で家にご帰宅に決まっている。私のライフポイントはほぼ0に近い。こんな状態でちんたら馬車で一時間半も揺られていたら確実に死ねる。
「あ!サーヤ!おかえり~ぃ」
ニコォと真性真っ当なジョシュアの笑顔に癒されたのは言うまでもない。
あぁ、我が家が一番。