第七十七幕・「戦の手本」
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【――モロト城――】
「ふん! またしても正面から攻め込んでくるか。ナンミ軍も大した事無いわ!」
モロト城の櫓にて、鼻の穴の大きな武将ゲンシジは、急な坂を攻め上るナンミ軍の先鋒ユクシャ組を見下ろしながら、全くもって不満そうに鼻を鳴らした。
「今日で三日目だというに性懲りも無く、馬鹿の一つ覚えのように突撃を繰り返す……。亜人組の大将は所詮、落ち零れ者じゃな」
全くもって不愉快。多くの戦を経験し、場数を踏んで来たゲンシジにとって、この籠城戦は退屈であった。
腕組をする。その姿勢の侭、無残にも坂を転げ落ちていく敵兵士を見詰めた。健気にも奮闘し、城門付近に張り付こうとしている鬼達を見て、少し哀れとも思う。
「あの鬼共も運が無い……。このわしの配下であったならば、幾らかマシな戦が出来ようものを……」
逆にこんなにも無謀な戦を続ける、ユクシャ組の大将アガロ・ユクシャの愚将っぷりに腹が立つ。未だに年若い少年と聞き及ぶが、所詮は苦労も知らない青二才だ。
「アンジョウ。オウセン家の動きは?」
「はっ。未だに動きはありません……」
「こうなればいっその事、城から打って出てユクシャ組を突破し、後方に控えるオウセン衆を討ち取ってくれようか……」
「そ、それは余りにも危険に御座います! 噂によれば、後方にてナンミの大軍が迫っているとの事! 余り過信するのは……」
「何を言うか! そのような弱腰で戦に勝てるか!?」
憤慨するゲンシジ。眼下のユクシャ衆等眼中に無い。因縁深いオウセン家を一番に警戒しているのだ。
何故、オウセン家が動かないのか、それを気にして打って出ようにも出れないのだ。
「ふん。今日も奴等め、諦めて退いて行ったわ。アンジョウ、後は任せるぞ」
「さ、されど、矢張りオウセン家よりも背後のナンミ家を警戒するべきかと。海路より大船団を率いているとの噂も御座りますれば、万が一、カンベ海賊衆が敗れれば……」
「カンベ海賊衆が敗れる事等、万に一つも有得んわ!!」
「されど! 我等は僅か九百! 先鋒のナンミ軍は千四百ですぞ!?」
「それが如何した!? 未だに城門にすら取り付けん弱兵ではないか!?」
「ですが、背後には三万とも、四万ともいわれるナンミの本隊が迫っております!! これが到着致した時は如何なさります!?」
「くどいわ! 例え四万の敵が来ようとも、この狭い地形では役に立たん!! その方は下らん噂に耳を傾けず、今はオウセン家の動向を引き続き探るように!!」
「はっ……」
こうも詰まらない戦は他に無い。ゲンシジは既に飽きたとばかりに、酒の用意をさせ、飲み干す。
ごろりと横になると、その侭大いびきを掻いた。
【――深夜――】
「申し上げます!!」
「五月蝿い! 如何した!?」
「敵の夜襲です!」
「何処からじゃ?」
「搦め手の方角です!!」
「ふん!」
鼻で笑った。
「そろそろ、搦め手の方から攻め掛けてくると思っておったわ。この三日間、正面を攻め続けたは恐らくわし等の兵を、正面に集中させる為じゃろうが、それにわしが気付かんとでも考えていたのか……。敵の大将は相当に阿呆と見えるわ」
逆にこの三日間の正面突撃は、返って行動を怪しまれる。その愚行をする敵大将のお粗末さに、ゲンシジは呆れ返り、戦する気も失せていた。
だが、そんな彼は次に飛んで来た使者の報せに表情を変える。
「申し上げます! 搦め手が突破され、ナンミ軍が城内へ雪崩れ込んでおります!!」
「なん、じゃと……?」
ゆっくりと振り返ると、使者が早口で続けた。
「既に二の丸にも火の手が上がっております!」
「おのれ!!」
ゲンシジは太刀を掴むと、兵士三十人ばかり引き連れ、直ぐに二の丸へ急行した。
「こ、これは……」
愕然とした。ああも厳重に見張りを立てていたというに、見事なまでに突破され、二の丸は既に敵の手中に落ちていたのだ。
その時。見覚えのある人物を見つける。
「アンジョウかっ!? その方、無事であったか!?」
「ゲンシジ殿……」
「アンジョウ! してやられた! 一先ず本丸まで兵を引くぞ!!」
「ゲンシジ殿。御免! 鉄砲隊、撃て!!」
突如鳴り響いた銃声。
余りにも突然の事に、ゲンシジは反応が遅れ、弾丸を受ける。
「ぐはっ…! き、さま…裏切ったな……っ!?」
「ゲンシジ殿が悪いのだ! 某の言葉に耳を傾けぬゆえ、こうなった!!」
「お、のれ……っ!!!」
「かかれ!」
搦め手から敵を引き込んだのはアンジョウだった。
彼は兵士達に命じると、ゲンシジの兵士達を次々に討ち取り、総大将の首を挙げた。程なくして本丸も陥落し、アンジョウはユクシャ組を招き入れた頃には、既に夜は明けていた。
【――モロト城・本丸――】
「ユクシャ殿。御初に御目に掛かります。アンジョウに御座ります……」
「アガロ・ユクシャだ。アンジョウ殿。此度は俺等に味方して頂き、感謝する」
「勿体無きお言葉、身に余る光栄にて……」
「貴殿の働きには必ずや報いよう」
「はっ!」
労いの言葉を掛け、アンジョウを奥へ下がらせる。
アガロは本丸から外を眺めると、後から家臣達が声を掛ける。
「上手くいったな、大将!」
「流石でさぁ!」
「でも、どうやったのよ?」
リッカがふと疑問に思い、アガロに訊ねる。
「余り、手の内は明かしたくない」
「あたし達はこの三日間。死に物狂いで働いたのよ?」
「私も気になるです!」
「はぁ……」
家臣達に詰め寄られ、彼は渋々白状する。これも人材育成の為と思えば良い。
ユクシャ当主は途端に冷たい瞳に成る。今迄見た事も無い目をする彼を見て、部下達は固まる。やがて、アガロは声を低くして打ち明けた。
「心を責めた」
「心をって…どういう意味よ……?」
「アンジョウ殿は至って小心者という。カンラ衆を使って、あいつの耳にナンミ軍の噂を吹き込んだ……」
「成る程な。心の隙に付け入ったのか?」
ドウキの問いに首を一つ縦に振る。
「そうだ。程よく恐喝し、そして仕上げに餌をぶら下げた……」
「どんな餌でやんすか?」
「所領安堵と、モロト城城主の地位だ……」
「なれば、アンジョウは欲に駆られたと?」
ヤイコクの言葉に軽く頷く。
「アンジョウとて一介の士族だ。一族郎党も居る。そいつ等の命と、ゲンシジを天秤に賭けさせた」
「それで、謀叛を決意した、という事です?」
「ああ。引き入れるのは存外容易かったぞ」
「流石だな!」
赤鬼が感心する。
「最初におれに『攻め込んでは、わざと負けた振りをして兵を退かせろ』って命じたのはそれが目的かよ?」
「そうだ。お前は、俺の次に戦の采配が上手い。兵士達の被害も軽く済んだ」
「そいつは光栄だぜ」
さり気無く自画自賛する主君に、赤鬼はのり良く一礼した。
この二人、戦の采配は今迄の先鋒や殿の経験から磨かれており、そこいらの武将よりも非常に優れてる。お蔭でゲンシジは、取るに足らない相手と油断したのだ。アガロの策謀にすっかり嵌っていたのである。
「オウセン家を動かさなかったのは、如何してでやんすか?」
「トウマ。オウセン家と共に攻め込んでいたら、逆に城を落とすのにも時間が掛かっただろう」
「敵が警戒するから…に御座いますか……?」
側近ヤイコクの言葉に『ああ』と言葉短く返答する。
「相手を油断させる為に、後方で待機させた」
「そして、あっしとレラ、それとリッカの組で搦め手から夜襲させた。上手い策でさぁ!」
「言っとくけど、城に一番乗りをしたのはあたしよ!」
「でもです、リッカちゃん。トウマさんの夜目があったからこそ、闇夜の中、隠密行動が出来たです。それを忘れて貰っては困るです?」
「わ、分かってるってば、レラちゃん……」
トウマは夜目が利く。おまけに斥候と奇襲に長けたコロポックルのレラを副将とする編成で夜襲させたのだ。
お蔭で道に迷う事も無く、敵の目を掻い潜れたのだ。
「でも、あんたに調略なんて出来たとはね……。今迄、そういうのは嫌いだと思ってたわ」
リッカが半ば感心した風に尋ねると、アガロは静かに答えた。
「あれが好きだ、これは嫌いだ等と言っては、当主は勤まらん」
「そう? あたしは余り好きじゃないわ。こういう人の弱みに付け込むやり方……」
「お前は一国一城の主を目指しているのだろう? ならば、調略の仕方くらい心得ておけ」
「確かにな。リッカ、大将の言う事に一理あるぜ。この調略があったからこそ、おれ等は被害が少なくすんだ。ユクシャ組初じゃねえか、こんなに被害が少ないのはよ?」
「私もそう思うです!」
「こりゃあ、褒美は間違い無しですぜ! 若旦那!」
しかし、喜ぶ配下達を他所に、ユクシャ当主は何処か冷めた表情だった。
(俺はリフを真似ている……)
この策は彼が思い付いたものでは無い。今回の内応策は、過去に経験したロウア郡攻略戦、トウ州侵攻の際に、実際にリフがやって見せたもので別段、特別な事ではない。
彼の父コサン・ユクシャも戦は強かった。常に前線に立ち、目まぐるしく変化する戦況を良く読んで、ナンミ軍を幾重にも撃退したのだ。しかし、コサンは非業の死を遂げた。
父から学んだのは家臣、領地、民衆に関する事といった『内政、人事』に付いて少しである。
そんな彼が『外交、調略、戦』を身近で学んだ相手は乱世の梟雄リフ・ナンミである。
この老人は、長年に渡り培ってきた実績と経験、感覚と狡猾さを備えている。
(あの爺は矢張り、戦が上手いな……)
人質として側に仕え、何時命を取られるのかと心の其処で怯えた毎日は、何時しか彼に強い用心深さを与え、頭の使い方を覚えさせた。
何時も前線で急先鋒を命じられ、敵の罠に突っ込まされたり、殿で死ぬ物狂いで働いた経験が彼にある時『如何やればもっと楽に勝てるだろうか?』と手段を探らせる切っ掛けを与えた。
勿論、他にも切っ掛けがあっただろう。しかし、それ等殆どが憎い相手であるリフ・ナンミのお蔭、と考えると何処か複雑な気分になった。
誰にも気付かれ無いように、初めての調略と被害を最小限に留め勝利した戦に満足し、彼は一瞬だけ笑みを浮かべると、また何時もの顔に戻った。
【――ナンミ本陣――】
「ユクシャ殿ぉ! 見事な働きだなぁ~!」
「これは義兄上」
「いんやぁ。こんなに早く城を落とせるとは、おらぁは思っても見なかったよぉ!」
「おじうえはぁ、ずっとしんぱいだと、ぼやいてましたぁ」
「殿ぉ! それは余り言わんでよぉ!?」
アシジロの家風なのか、それとも只単にこのユクルという男が陽気なだけなのか、アガロは最初の頃警戒していたのが馬鹿らしく思えてきてならなかった。
このユクルという男の言動は、相手に警戒心を与えない。それ処か愛嬌がある。
が、これもこの男の策なのか、とユクシャ当主は疑り用心深く観察し続けた。
ユクルの甥である現アシジロ当主のコウショという幼子も、叔父に懐いていて、両者は相当に仲が良い。二人は互いに笑いあっては、アシジロの義兄が徐にコウショを抱き上げる。そしてその侭、アガロと共にリフの元まで歩き出す。
やがて、ユクシャ当主は此度の戦果を報告すると、後ろに控える内応者を引き合わせた。
「大殿。是に控えるのは、モロト城を落とす際、此方側に内応致したアンジョウ殿です」
「アンジョウに御座ります……」
ユクシャ組の意外な働きに、周囲の者達は驚いているが、床机に腰掛けるリフ・ナンミは何処か不機嫌そうである。
「つきましては、此度の働きに免じ、アンジョウ殿に所領安堵と、褒美としてモロト城城主の地位をお与え下さいませ……」
「……わっぱ。何故、攻め落とさなんだ?」
「はっ? 何を申せられます。モロト城は見ての通り既に陥落―――」
「黙れッ! 貴様、一度までではなく、二度までもわしの命に背くか!?」
怒鳴り声が陣幕から響いた。
「わしはモロト城を攻め落とせ、と命じた筈じゃ。違うか……?」
「そ、それは……」
「答えてみよッ!!」
獰猛な瞳で睨まれ、見下ろされるアガロ。
リフは冷酷な視線を、ユクシャ当主の後ろで怯えるアンジョウに向ける。
「貴様がアンジョウか……?」
「ひ、ひぃ……!?」
睨まれ硬直し、何も言えなくなるアンジョウへナンミ大名はゆっくりと近付くと、目の前に自身の太刀を差し出した。
「この場にて腹切るか、わしに切られるか、どちらが良い?」
「な、ナンミ殿!? それでは話しが違いまする! 某は所領安堵と城主の地位を約定して頂くと聞いたゆえ、ゲンシジを裏切り、軍門に降ったので御座る!!」
「勝手に約定したは、このわっぱじゃ! わしではない!! 主を裏切り、城を明け渡すような奴は、再び裏切る! それだというに城をくれ、所領を安堵せよ等、勝手な事を抜かすなっ!!!」
すると、アガロがリフの前に跪いた。
「大殿! 確かに俺は、大殿に断りもせずに約定しました。されど! 敵を味方に付け、相手の内情を探るやり方は、大殿がよく用いている策! 此処で殺した所で益はありません!」
「貴様は学習せんようじゃな? 以前、謹慎処分を受けたが、それでは足りんのか?」
ふと、モウル・オウセンへリフが視線を飛ばすと、オウセン当主の青年は表情を引き攣らせた。
「ど、どうかお助けを! 御慈悲をぉ!?」
「くどいわッ!」
突然、計ったかのように左右から兵士達が飛び出て、命乞いをするアンジョウを取り押さえると、ナンミ大名はスラッと太刀を引き抜き一閃した。
首が宙を飛び、ごろごろと転がる。
唖然。としか言いようが無い。
アガロは転がった生首を、只黙って見詰めている事しか出来なかった。
「う、うわぁあああっ!?」
「こ、コウショっ!? 如何したぁ!?」
すると突然。床机に腰掛けていた幼いアシジロ当主が悲鳴を上げ、フッと意識を失った。病弱な上に目の前で人の首が刎ねられたのだ。それが原因で失神してしまう。
叔父のユクルは慌てた。
「コウショぉ!! 目を開けろぉ! 確りしろぉ!!!」
「一先ず陣へ運びましょう!」
アシジロ衆が急いで自分達の陣へ戻ると、陣幕には再び静けさが戻った。
「わっぱ。アンジョウ家の根絶やしを命じる……」
「……っ!? お待ち下さい! アンジョウ一門を根絶やしにしては、今後カンベ郡にて、ナンミに味方する者居なくなるやも知れません!!」
「わしの命に逆らうか?」
「っ……」
「やれ」
リフは静かな足取りで、その侭立ち去って行った。
【――ユクシャ本陣――】
「お! 戻ってきたか?」
「お帰りなさいやせ、若旦那!」
一番に出迎えたのは赤鬼ドウキと青鬼トウマだった。何時もの陽気な表情で、アガロの側へ寄る。
「何か褒美は貰えたかよ?」
「…………」
「大将?」
「若旦那、どうしやした?」
呼んでも返事が無い。二人の鬼は訝しげに見詰めた。
「一体、何があったんだ?」
「ドウキ……。アンジョウ一門は何処に居る?」
「アンジョウ一門なら、モロト城の端の郭に居るぜ?」
「そうか……」
アガロはその侭立ち去ろうとすると、思わず赤鬼が止める。
「ちょいと待ちな。大将。そんな殺気立って何する積もりだよ?」
「若旦那。待って下せぇ」
「……お前等には関係無い」
「心外だな。おれ等は仮にも、ユクシャ組一番組頭と、二番組頭だぜ?」
「若旦那、話して下せぇ! 一体本陣で何があったんですかい!?」
「っ……!」
アガロは事情を話した。淡々と、冷静にだ。
しかしこの赤鬼、青鬼には、彼が相当に悔しがり、怒りに震えているのが分かった。普段、表情や声色から、感情を悟られ無いようにしているアガロにしては珍しく、今は自分の感情を必死に抑えている。
やがて、事の経緯を聞くと、ドウキはトウマに向かって言った。
「トウマ。アンジョウの奴等を、モロト城の裏手に集合させてくれ……」
「鉄砲隊はどれ程要りやすかね?」
「二十程で良いんじゃねえか? あの辺りは崖だからよ。撃ち漏らしたらおれが部下達と片付ける」
「待て。これは俺が受けた命だ。アンジョウ一門は俺が―――」
赤鬼がアガロの言葉を遮る。
「大将。気遣いは無用だぜ。おれ等に嫌な仕事をさせたくないのかも知れねえがな、おれ等は大将にこんな仕事して欲しくねえんだよ」
「そうですぜ。それに、こういった汚れ役はあっし等に任せて下せぇ」
「だが……」
「大将。あんたはおれ等の立派な旗頭だ。結果的にアンジョウを根絶やしにするのは変わりねえがよ、あんた自身が手を下しちゃならねえぜ?」
「ドウキの言う通りですぜ。あっし等鬼達の方が、こういった仕事もよく押し付けられやすし、慣れてやす」
ユクシャ当主は返す言葉が無くなり諦めた。何時もの表情に戻り二人に命令した。
「ドウキ、トウマ。すまん……」
「気にするなよ。トウマ、昼頃までに仕込みは終わらせといてくれ」
「任せて下せぇ……」
その日の昼頃。突如、モロト城の裏手から銃声と悲鳴が木霊した。やがてそれ等は止み、静寂が訪れると、他のユクシャ組の者達は何が起こったのか分からずに呆然としていた。
アガロはその残響を只、黙って聞く事しか出来ず、怒りで震える心を必死に抑えていた。
アンジョウ一門を救えず、また部下達の働きを労い、褒美を与える処か、このような仕事を変わりにやらせてしまった自分を心の中で恥じ、激しく罵倒し、侮蔑した―――。