第七十四幕・「義兄」
【――ロザン城・大広間――】
時は天暦一二〇〇年・子の月、元旦。
リフの本拠地ロザン城にて、それは大層豪華な新年の宴が催された。
大広間に集ったのは、リフの嫡男ジャベ、次男のヒイラや、彼等の家族をはじめ、気性の荒いビ人、山奥育ちのロウア人、ケチと有名なギ人等、ナンミ家の領内から多くの家臣が集まり、貢物が献上された。
ユクシャ家当主アガロは、ナンミ一門衆の座に列席した。
褐色肌の少年は、毎年行われているこの宴の席を観察して今年は一段と気合の入り具合が違うな、と感じた。
都の大工を呼び寄せ作らせたという豪華絢爛な装飾品。大量の献上品。勢揃いし居並ぶ家臣団。
更にこの席には、アイチャ家からの使者も出席している。
此度、和睦をした両家はこれを気に友好を深めるのが目論見だ。しかし、それは勿論建前。本音はアイチャ家からの偵察である。
無論、リフもそれを分かっている上で、敢えて同席させているのだろう。
(ナンミ家の力を見せ付ける為か……)
少しリフの意図を読んで見た。
この広間の飾り等、財力に物を言わせた作りを見せつけ、ナンミ家の力を示しているのでは無いか。
財力は軍事力に直結している。
金があればそれだけ兵、武器、兵糧が豊富である事は一目瞭然である。
ナンミの大名はそれを考え、使者を同席させているのかも知れない。
上座に鎮座する当のリフは至って上機嫌である。
この男は領土欲だけでは無く、物欲も事の他強い。
多くの家臣達が入れ替わり立ち代り、挨拶や新しい家臣達の引き合わせ等を行う。この時、リフに声を掛けて貰えれば、それは家臣にとって名誉であり箔が付く。
一通り済ますと、上座の老人はふと下座に控える人物に視線を移し名を呼んだ。
呼ばれた人物は、腰を低くしながらナンミの大名の目の前に、のろのろとした動きで出ると平伏する。
「御初に拝顔の栄に浴し恐悦至極ですわぁ。おらぁ、ユクル・アシジロだぁ」
何とも気の抜けた声が広間に響く。明らか田舎訛りのその口調に、中には失笑する者も居た。
アガロも自分の席からユクル・アシジロという男を観察し『何だこいつ…?』と思った。
総髪に結い上げているが、場を弁えない程ぼさぼさ。まるで敵から命懸けで逃げて来た後のようである。次に無精髭。明らか不潔そうでさっぱりとした清潔感が無い。
これは流石に酷い、とアガロも思った。
自分でももう少しマシな格好はするし、ここまで身嗜みに無頓着というのは無い。
逆にそんな格好で此処へよくやって来たものだな、と内心少し感心さえしてしまう。
垂れ目で三白眼。全体的に見て温和そうな、悪く言えば何も考えて無さそうな、ぬぼ~っとした雰囲気の男である。
「此度は遠路遥々、よく参られた……」
「いやぁ。嫁が貰えると聞いてぇ、嬉しくなってすっ飛んで来ますたぁ~」
「くっ、あっはっはっは! では、待たせては悪いのう……。わっぱ。前へ……」
「はっ」
いきなり呼ばれ、アガロは平伏する。
何であろうか。呼ばれた理由が分からず内心些か困惑した。
「お前の姉ルシアを此度、是に控えるユクル・アシジロ殿へ嫁がせる仕儀と相成った。喜ぶがよい……」
「…………」
恐らく今、頭を下げていなければ間抜けな程開けた口が見られていたであろう。そして、同時に込み上げてきた悔しさと、怒りの目もである。
返事が無い故、リフは眉をひそめた。
「如何した?」
「いえ、何も。只、突然の事ゆえ、些か驚いただけです……」
「そうであろう。お前には知らせなかったからのう……」
「大殿も人が悪い……」
心の中でした舌打ちが、聞こえたのではないかと思った。
と、隣にて着座しいるアシジロ家の者が、居住まい正して挨拶した。
「御初にお目に掛かりますだぁ。おらぁ、ユクル・アシジロ」
「ユクシャ家当主アガロ・ユクシャです。以後、御昵懇に……」
「はぁ~。若ぇのに確りしているなぁ。年はお幾つでぇ?」
「今年、十五に成ります」
「おらぁは今年二十五だぁ。じゃあ、おまぁは、おらぁの義弟になるんだなぁ~」
「如何にも」
「何だぁ? そんなにしかめっ面せんでも良いでないのぉ~」
ユクルという男の調子は、何やら聞いていて苛々する。おまけに突然、姉の結婚相手を目の前に出され混乱寸前であった。
これを仕組んだ張本人リフは、してやったりと満足そうにニヤ付いている。
「アシジロ殿。今宵は御緩りとされるが宜しかろう」
「はい。そうさすて貰いますよぉ」
「わっぱ。オウセンの親子は何処に?」
「……はっ。今は別室にて、テンコ・ミリュアが身柄を預かっています」
「此処へ呼べ」
「はっ!」
アガロは大広間にオウセン一門を呼び寄せた。
大広間に姿を見せたのは、ギ郡の豪族ロウガ・オウセンとその息子モウルの二人である。
ロウガは目出度い宴の席には相応しくない、白装束を着込んでの登場であった。
オウセン親子がリフの前に平伏する。
「大殿におかれましては、お変わりなく……」
「ロウガ殿。如何致した? 白装束など着込んで?」
「これは某の覚悟の現れに御座りまする。此度は、一族を挙げて謀叛に及びましたる段。平に御容赦の程を……。ご命令と在らば、この場にて腹を掻っ切る所存に御座りまする……」
「ほぅ……」
面白そうに髭を撫でながら老将は、上座にてオウセン親子を眺めていた。
「ロウガ・オウセン。サイソウ城下に蟄居致せ。家督は嫡男モウル、といったかのう? 継がせるがよい。じゃが、暫しわしの別館に居れ。後の事は追って沙汰致す」
「はっ! 過分なご配慮。痛み入りまする……」
『この爺め…』とアガロは横目で見ていた。
ロウガをサイソウ城下へ蟄居させるという事は、人質という事である。
オウセン家を存分に利用しよう、という魂胆が丸見えであるのは言うに及ばず。ロウガもそれを承知で此処へ足を運んだのだ。
「皆の者! 今日は無礼講じゃ! 飲むがよい!!」
ナンミの大大名が合図をすると、待ち構えていたかのように、颯爽と広間へ踊り子が登場し、歌、鳴り物が響く。用意されたご馳走に舌鼓を打ちつつ、取り寄せられた美酒を味わった。
【――凡そ一振刻後――】
「ユクシャ殿ぉ~。おまぁも飲むといいよぉ~。こりゃあ、都から取り寄せられた美酒らしいぞぉ?」
既にべろべろに酔っ払った新たな義兄を、鬱陶しがるユクシャ当主。
このユクルという男は相当に人懐こい性格なのか、いきなり隔たりも何もなく此方に接してくる。酒の所為も多分にあるのだろう。
しかし、そんなものは飲めない此方側からすれば迷惑意外の何ものでもない。
「俺は下戸です」
「んならぁ、ウ州の果実酒なんかはどうだぁ? 甘くて飲みやすいぞぉ~」
「遠慮します」
「そんなツレナイ事言わんでもええやないのぉ~。仲良くしようちゃ~」
最早士族の使う言葉ではない処か、一般の大陸語ですらない。
用心深く、中々本心を見せない彼は、新たにできた義兄との接し方に少し難儀していた。
「アシジロ殿こそ、少し酒が過ぎるようですが?」
「んにゃ。こんくらいじゃ、飲んだ内にはいらねぇよぉ~。それになぁ、酒は百薬の長とも言うぞぉ~?」
「万病の元、とも言いますが?」
「あっははは! ユクシャ殿は博識だなぁ~! おらぁ、こんな賢い義弟が出来てこんな嬉しい事はねぇよぉ~!」
「失礼。少し酒の臭いに当てられた。外の空気を吸ってきます」
「大丈夫かぁ~? あんだったらぁ、暫く横に成って来た方がええよぉ~」
如何も先程から、此方に構ってくる。人見知りをするアガロは、気さくに話しかけてくるユクルに少し引いていた。
そそくさと大広間を後にすると、少し夜風に当たった。
(まさか姉上を先に取られるとはな……)
未だに遠くから雅な音色が響くが、今の彼にはその音すら耳に届かない。
その時。薄暗い渡り廊下を歩いていると、ふと闇の中から声がした。
「やぁ、アガロ」
「テンコか……」
廊下で対面したのは狐目の友だった。
今回、彼は投降したオウセン家の身辺警護と、仲介役として城へ来たのだ。
「オウセン家をよく連れて来てくれた。礼を言うぞ」
「いや。それには及ばないよ。僕もモウルが一先ず無事でいられてほっとしている」
「ヤイコク達は如何している?」
「今はゴシュウ殿と戦後の処理に追われているかな」
「そうか」
「それよりも、アガロ。ちょっと良いかな……?」
「ああ」
「少し先にある僕の一室に行こう」
二人はテンコがオウセン家の身柄を預かる際、宛がわれた一室へ向かった。周囲はテンコの家臣達が固めているゆえ、キョウサクのような間者を気にする必要は無い。
二人は入ると声を小さくし密談を始めた。
「此度は先手を取られた……」
「如何する? いっその事、婚儀の話は取り止めて貰うかい?」
「そんな事出来るか」
薄暗い部屋の中で、ユクシャ当主は新たに義兄となるユクルという男に付いて考えた。
ぼさぼさとした頭に無精髭が、美しく飾られた大広間の席に不釣合いだった。今迄、キョウサク意外には恐らく聞いた事が無い酷く強い田舎訛りや、朗らかそうな垂れ目、しかし油断がなら無そうな三白眼をしていた。
如何も掴み所が無い人物である、とは感じていた。
「今、アシジロの者が亡くなれば、ナンミ家は如何なるだろうな?」
「アガロ。それはどういう意味かな……?」
「あのユクルという奴が死ねば…という意味だ……」
「詰まり、それって……」
―――暗殺。
そこまで言わずとも理解したテンコは目を丸くし、目の前の友を凝視した。
「まさか、僕ならいざ知らず、君の口からそんな言葉が出るとはね……」
「俺は聖人君主では無い。綺麗事等言ってられるか」
彼は仏頂面をしながら続けた。
「今はリフの味方が増えるのが問題なのだ」
「それならばいっその事、亡き者にして、ナンミの敵を増やした方が得策、と?」
「ああ」
「確かに、今アシジロ殿が亡くなればナンミ家の仕業と周囲は疑るだろうね……。でも―――」
そこでテンコが腕を組んだ。
「焦りは禁物だ。少し様子を探らないと……」
「アシジロの奴が此処に居る間にせねばならん」
「だけど、暗殺はやっぱり下策じゃないかな……。やるならリフが当の昔にやっているだろうからね……」
「だが、自分の姉が嫁いでアシジロ家を味方に付けては、クリャカ家に対して弁解の余地が無いだろう」
寧ろいよいよ敵と見なされる可能性もある。
自分はナンミ一門とされているし、姉はリフの命でアシジロに嫁ぐのだ。
何時もと変わらない態度と表情だったが、テンコには彼が若干思い悩んでいるように見えた。
「いっその事さ、クリャカはやめて、アイチャ家に鞍替えするのは如何かな?」
「アイチャだと?」
彼の声色から察するに反対のようである。だが、一応テンコは考えを述べた。
「アイチャ家とオウセン家は互いに繋がりがある。モウルに上手く近付いて、間を執り成して貰うのは如何かな?」
「直ぐに見捨てられそうだがな。先のオウセン家謀叛の際には、形だけの出兵で合力はしなかった」
「でもさ、それも一つの手、という事さ。取りあえずクリャカには、ヤクモちゃんを人質として差し出しておいて、アイチャ家とも通じておくのは如何かな?」
「何故、アイチャ家なのだ?」
「アイチャに近付くふりをすれば、クリャカは焦ると思うよ」
「焦るか……。成る程な……」
もしそんな事をすれば、八方美人の油断ならん奴、と警戒させるかもしれないが、将来クリャカ家が都へ向かうのならばギ郡は押さえておきたい土地である。
其処の豪族であるユクシャ家が、万が一アイチャに接近すれば、それは大きな損失に成るだろう。
引き止める為、今回の姉の件も見逃してくれるかも知れないし、何か懐柔策を用いて向こうから近付いてくるやも知れない。
クリャカだけに絞らず、視野を広く持つのが大事という事だ。
アガロはその意見に納得する。しかし彼が唯一渋った理由は、アイチャ家は都の事意外てんで頼りない事である。
背後のマンジ家との争いが今だ続いているし、兵は疲れている筈だ。
そんな家が果たして、ナンミ家を倒せる程の力を持っているのか疑問に思った。
「駄目なら駄目で、別の策を考えれば良いじゃないか」
「……そうだな」
彼は友の意見に同意した。
やる前から駄目だと思い込んでいては、視野が狭まる。
(大局を見極める事が肝要か……)
彼は以前、妻に指摘された事を思い出し、内心バツが悪く舌打ちしたが、それでもほんの少し感謝の念を抱いた。
少し深呼吸をしてみる。冷静に今の状況を整理した。
「テンコ。アシジロを此方の駒にするのは如何だ?」
「アシジロ家を味方に付ける、という事かな?」
「そうだ。此度、リフはファギ郡を味方に付けようと画策しているが、これは逆にあいつの首を絞める事に成る」
「というと?」
「敵の敵は味方だ。これは包囲するのに使える」
テンコは少し首を傾げたが、直ぐにハッとした。
「僕達が南、クリャカが東、アシジロが北に成るね……」
「それだけではない。オウセン家を通じて、アイチャ家と連携が取れれば、西からも包囲出来る……」
「成る程……。策士、策に溺れる、か……。でも、あのユクル・アシジロは信用出来るかな?」
「さぁな。あのユクルとかいう男。何を考えているかまるで分からん」
「意外に強かな奴かも知れないね……」
テンコはユクルの姿を大広間で少ししか見ていない。
未だにその人柄は謎である。
「果たしてユクル殿が、リフに刃向かうだけの度胸があるかだね……」
「もし、取るに足らない人物ならリフが殺すだろう」
「じゃあ、僕達が手を下すまでもないね」
「いや。その事に付いて一つ策がある……」
「どんな策かな?」
テンコがニタリと厭らしい笑みを浮かべながら訊ねると、彼は声を低くして説明した。
「面白いね……」
互いに声に出さず頷きあう。
「次にクリャカ家だが、内部工作を進める事で信用を得る」
「いい案だね。多くのギ豪族を味方に付ければ、クリャカも満足するだろうしね」
「ショウハ家もそれで納得する筈だ」
「姉を人質に出すのは、所詮口約束という事かな?」
「出来ない事を今更うだうだ言っても始まらん。俺等を信用するか、しないかはクリャカ当主がする事であり、ショウハ家は所詮仲介役でしかない。俺等が出来んと言えば、それを向こうに伝えるだけだ」
「仮にもし、クリャカ当主が文句を言ったら如何するのかな?」
「アイチャだろうと、チョウエンだろうと、何処かへ鞍替えしてやる」
それには苦笑するテンコだが、恐らく自分もそうするだろうと思った。
「良い根性してるよ。尻軽だね」
「尻軽結構。蝙蝠上等だ。俺等みたいな小豪族が生き残るには、大勢力間を上手く渡って行かなければならん」
テンコもそれが上策であろうと同感する。
現在はナンミ家の支配力が強いが、東には管領クリャカ家や、西には名家アイチャが居る。これら三大勢力に挟まれているのだ。
上手く力関係を量り、世渡りせねば家が潰れる。
逆に言えば、大勢力は如何にして小勢力を従わせるかが求められる。
リフを例に挙げてみると、彼は権謀術数の油断なら無い大名であるが、その強大な軍事力と支配力を背景にした恐喝外交により諸豪族を従わせているのだ。
他の大名も同様。基本は武力を以ってして、近隣を従えている。
が、これが一度崩れれば、容赦無しに裏切られるのも覚悟せねばならない。
「手始めにオウセン家を此方に付ける。味方は大いに越した事は無い」
「君にしては上出来の策じゃないか。何時もの癇癪を起こして、不機嫌だと思ったけど?」
「腹を立て続けても、埒が明かん」
「感心するよ」
「あの爺を相手にしていれば、いい加減慣れる……」
彼が言うと、言葉の重みが違うな、とテンコは感じた。
だが実際の所、アガロは内心未だに腸が煮えくり返っている所であった。それを今は懸命に抑えているに過ぎない。今此処で怒りを爆発させてはそれこそリフの思う壺だ。そう考える事で怒りを押さえ込んでいるのだ。
「俺は先に行く」
彼は先に部屋を後にすると、大広間へ一先ず戻り、既に出来上がっている義兄に絡まれながら、時を過ごした。
やがて宴もたけなわ。遠方から来た使者達を無理させる訳にも行かず、切りの良い所でお開きとなる。気付けばリフは既に上座に無く、奥へ下がったらしい。
しかし、そんな事は気にもしないで気性の荒いビ人は猶も騒いでは酒を煽り、ロウア人は対照的に静かに酒をちびちび味わい、ケチなギ人は酔いながらも出された食事や、酒の残りは確りと保存し、後で部屋へ運んでくる事を言い付け戻る。
皆が寝静まる深夜頃。闇夜に紛れ、アガロは密かに城を抜け出し、城下にある自身の屋敷へ向かった。
そして、それを不審に思った人物が一人、ひっそりと後をつける。
【――雨漏り屋敷――】
辺りは暗く寒さの余り凍死するのではと思うが、屋敷の者達は広間で囲炉裏を囲みながら、元旦の宴を質素な酒と肴で催し賑わっていた。
そんな喧噪から少し遠のいた屋敷の台所は人気が無い。足りなくなった酒を補充するくらいの用でしか、屋敷の者達は来ないのだ。
そんな場所へ屋敷の侍女一人が、足を忍ばせながらやって来る。
すると、不意に侍女は突然闇の中から伸びた手に掴まれ、身体を強張らせた。
「キセ。俺だ」
「御館様……。このような所に態々呼び出して、一体……?」
声の主は正室ハクアの侍女キセと、ユクシャ当主の二人だ。
怪訝な目でキセが見ると、アガロは懐から紙の包みを取り出し、それをそっと握らせた。
「これは……?」
彼女は、視線を逸らして手に握らされた包みの中を確認する。粉のようなものが入っていた。
「キセ。これから言う事をよく聞け……」
声を潜めてユクシャ当主が彼女の耳元で何かを囁く。
「さ、されど……」
「やれ」
「はい……」
言うとアガロは再び闇の中に消え、城へ戻った。
キセも直ぐ、何事も無かったかのようにその場を去る。
(こりゃあ……。とんでもねぇもんを見たりぇ……)
只一人、キョウサクだけがその場に残っていた。
彼は、アガロがミリュア当主と接触したのを確認し、二人が部屋へ向かったのを目撃したのだ。
残念ながらそれ以上は調べる事は出来なかったが、怪しいと睨んで目を話さないようにし、城から彼を尾行したのだ。
(ようやく尻尾を掴んだりぇ……)
心の中で小躍りし喜んだ。自分が狙っていた千載一遇の好機である。
元々はアガロの情報を掴んで、それをリフに報告する役目を買って出たのだ。
これには自身の今後の人生が掛かっている。足軽等ではなく、もっと上の地位に上れる筈だ。
(なりぇど、未だ言う時りゃねえりぇ……)
彼はこの情報の価値を更に高め、自身の働きを大いに評価して貰う為、先程見た事を自身の腹の中にしまい込んだ。
二人の話から察するに、恐らくアガロは誰かを毒殺しようと画策している。しかし、それが誰なのか未だに彼には分からない。
(先ずはそれを確かめてかりゃだりぇ……。直前で止めれば、おりゃあの評価は鰻上り、出世は間違い無しりゃ……!!)