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第七十三幕・「アシジロ家」

【――ファギ郡・アシジロ領――】



 険峻な山々に囲まれたファギ郡は、エン州五郡の中で最も多い鉄の生産量を誇り、鉱山を狙って中小の豪族間の戦が絶えない地域である。

 このファギ郡にて、突出した勢力が二つある。


 一つは西のヒダ家。郡境をナンミ家と接し、度々諍いを起してきた勢力であり、ファギ郡内の反ナンミ勢力の筆頭である。


 もう一つが東のアシジロ家。同じく郡境にてナンミと争っている。ヒダ家の次に力を持つ土豪であるが、それはあくまでもファギ郡内での話し。周りの勢力から見れば、遥かに小さな一族である。



「ユクル様、起きて下さい! ユクル様!」


「―――……んぁ~……。んだ。シギかぁ……。一体、どうしたぁ……?」


 未だに眠たそうに大きな欠伸を一つ。無精髭を撫でながら、ゆっくりと起き上がり胡座を掻く青年。結い上げた髪はまるで討ち入りをしたかの如くぼさぼさで乱れており、ひょろっこい体格である。


「御方様がお召しに御座います!」


「義姉上がぁ……?」


 気の抜けた様な語尾の所為で、今一真剣さが感じられない。青年はのろのろ、だらだらと歩み始める、とその後を急かされる。

 やがて城館へ辿り着き、広間へ顔を出すと、其処では既にアシジロ家中の主だった者達が勢揃いしており、遅れて入って来た自分に視線が集る。


「ユクル殿! シファ様がお呼びになられたというに、些か遅いのではないか!? 評定は既に始まっておられるのですぞ!」


「すまぬのぉ~、クマガヤぁ。ちょいと、昼寝をしていたぁ……」


 とその時、広間に一人の尼が幼子の手を引いて上座に鎮座した。

 シファ・アシジロ。アシジロ家に嫁いだ正室であり、彼女の膝の上に抱かれる幼子は、現アシジロ家当主コウショ・アシジロである。

 一同は頭を下げると、上座から声が掛かる。


「此度は突然の招集をかけてしまい、申し訳ない」


「義姉上ぇ、謝る事はない……。御家の為とあらばぁ、直ぐに集るのが決まりだからなぁ~」

 

 一つ短く咳払いをして上座のシファは切り出した。


「実は此度、ナンミ家から使者が参った」

 

 瞬間。場の空気は再び緊張で包まれる。


(ナンミなぁ……)


 しかしそんな中で、このユクルという男はまるで他人事のようにぼんやりと考えた。


 今、エン州にて最大勢力を誇る大大名にして、ファギ郡の諸豪族とも敵対関係にあるナンミ家。

 勿論、アシジロ家も例外ではなく、先のアイチャ家の要請で、兵を出しナンミ包囲網に参加もした。


 ファギ郡は、豊富な鉱物を狙われ、昔から周辺の諸大名からも度々侵攻を受けてきたが、目下最大の敵がビ郡のナンミ家であり、その家から突如使者が到着したのだという。


(どうせ大した用件でもなかろうてぇ……)


 とユクルはぼーっと自身の顎に生えている無精髭を抜いた。

 この男の癖でよく髭を抜く。ぷち、と抜く少し痛い感覚が好きで止められないのだ。抜けた髭をピッと指で払う。士族に似つかわしくない行いである。


「実は此度、アシジロとナンミとで縁組を計り両家の盟約を結びたい、と申してきた……。ナンミ家臣の姫君を是非、ユクル殿と縁組させたい、と提案してきたのじゃ……」


「―――……へ?」


「そして、婚儀は是非ともロザン城で挙げたい、とも申してきた……」


 正に不意打ちだった。

 未だにぼんやりとしていた頭の中に、突如奇襲を喰らったような予想外な報せに、ユクルは間抜けな面をして、何を聞いたか理解出来ていない様子であった。


「義姉上ぇ…今、何てぇ……?」


「ユクル殿。そなたの縁組の話じゃ」


「えぇ~……」


 明らか面倒臭い、と言わんばかりの顔をした。

 それもそうだろう。所謂政略結婚だ。しかも、嫁が向こうから来るのではなく、態々此方から出迎えに行かねばならぬのだから、傲慢と言わざるおえない。


 出向けばそれは、アシジロ家はナンミ家に臣下の礼を取る、と周辺大名達に示すものである。

 しかし、アシジロ家の尼は、冷静に今後の事を協議した。


「その事に付いて、此度は皆の意見を包み隠さず聞かせて欲しい」


「それでは恐れながら……」


 口火を切ったのはアシジロ家臣のクマガヤである。家中切っての剛の者であり、その名の通り熊のような髭を蓄えている。


「某は反対に御座る。当家は今、ヒダ家と盟約を交わしておりますれば、是を飲めば裏切る事と相成りましょう。それでは、信義に反するばかりか、アシジロ家は末代まで謗りを受けるかと」


「されど、信義ばかりを気にしていては、如何する事も出来まい!」


 早速、反論したのがシギという壮年の将である。アシジロ家の文官的存在である彼は、武人のクマガヤの意見には難色を示した。


「我等は小勢力。此処でこの話を切れば、命取りになるやも知れませぬ」


「シギ! その方はヒダ家を裏切り、ナンミ家に付くと申すか!? これは如何見ても罠ではないか!」


 クマガヤの意見にユクルは一つ頷く。

 ナンミ家当主である大大名リフ・ナンミは悪謀名高き武将である。向かえば罠が待ち受けている可能性は、十分有り得た。


「それも已む無しかと存じます! 如何にヒダ家がファギ郡一の豪族であろうと、ナンミ家には敵いますまい。何れ、力に押し潰されるかと」


 シギの意見にも再びユクルは頷いた。

 ナンミ家とアシジロ家の戦力差を見れば、天と地、月と鼈くらい違う。

 アイチャ家と和睦を結んだ、という話も既に聞き及んでいる。時勢を考えると、ファギ郡だけでナンミに刃向かう事は難しいだろう。


「ナンミ等、数を頼みに押し寄せる蟻の如き存在では無いか!?」


「蟻といえど、これが数千、万になれば侮りがたい存在ですぞ!」


「その時は一人残らず蹴散らしてくれよう!」


「まぁ、待てぇ! 二人とも喧嘩はするなぁ!」


 割って入ったユクルに、二人の視線が集る。


「ユクル殿はどちらに御座るか! はっきりされよ!」


「ユクル殿! 如何か御裁断を!」


 止めに入った筈が、すっかり飛び火してしまい、ほとほと困り果てる。

 どちらに良い顔も出来ず、かといって一方の意見を取れば、もう片方から角が立つ。


 ユクル自身、アシジロ家の為を思えばこそ、どちらか一方の意見を採用するという事は、後々の為に良く無いと考えている。


 アシジロ家は未だに、地域の小さな土豪達が寄り集まった連合体のような家なのだ。ナンミ家のように、権力の集中化は成されてはいない。


 理由は簡単で、このファギ郡豪族の関係は村社会なのだ。村社会は身近な者達と助け合い、協力する家族主義のような一面があるがその反面、他者を寄せ付けない閉鎖的な部分があり、変革を嫌う傾向が強い。


 家臣クマガヤの言い分は、そんなファギ郡豪族の典型的な意見であるし、代表とも言うべきであろう。

 信義を重んずると言うが、この信義こそが近所付き合いを大事にせよ、という事であり、一度他所の勢力に良い顔をすれば、アシジロ家は村八分に遭うぞ、という意味である。


 対して文官シギの言い分は、時勢を確りと見た意見である、と内心ユクルは思った。


 内側のいがみ合いなど、外の勢力から見ればこれ程喜ばしい事は無い。他人の不幸は密の味、と言うがそうであろう。

 アシジロ家が此の侭内側の結束だけでやっていけるかと思うと、これも難しい。

 今見たいに意見の対立から近い内、内部分裂するかも知れない。


 ナンミ家は大勢力だし、おまけにナンミだけでは無く、ファギ郡はヨ州、ホク州、そしてシ州にも面している。

 何時、周辺勢力から攻撃されるか分からない状況である。

 それならば、これを機に近付き、後ろ盾を得れば心強い。


 しかし、ナンミ家は味方を大事にしない、薄情な一門であるとの噂もあるし、先のテイトウ山の戦いでも、味方諸共敵を焼き殺したとの話も伝わってる。


 果たして、本当に信用して盟約を結んで良いものか。

 二人に睨まれながら、ユクルは内心(如何したものかぁ…)と悩んだ。


 アシジロ家中は家臣との関係は驚く程簡素であり、複雑では無い。言いたい事があれば、例え相手が主君であろうと言って良し。これがファギ豪族の認識する所であり、逆に主君は家臣達の機嫌を損ねる訳にはいかず、板ばさみの憂き目に遭う。


「と、取りあえず、此度は急な話ゆえ。後日、改めて返答しますわぁ……。義姉上ぇ。それで宜しいかぁ……?」


「うむ。頼むぞユクル殿。これはアシジロ家の行く末に関わる重大な事じゃ。じっくりと考え、答えを出してくれ……」


 アシジロ家の舵取りは彼、ユクルに任せられている。亡くなった前当主の遺言で『万事、ユクルと合議し、家を存続させよ』と言い付けられているからである。

 言うと、シファはギュッと膝に抱く息子コウショの手を握った。


「義姉上ぇ。兄者が残してくれた、アシジロの山々だぁ。決して、余所者に触れさせたりはしねよぉ~」


「頼むぞ」


「おじうえ~。おたのみもうします~」


 未だ舌足らずであり、少し高い幼い声で、コウショが叔父を見た。


「大丈夫だぁ~。殿。この叔父に任せておけよぉ~! ……義姉上ぇ。殿は身体が弱いからぁ、そろそろ~……」


「うむ。そうであるの。では、皆の者。評定は是までと致す」



【――ユクル屋敷――】



(ああは言ったが、はてさて、如何したものかぁ~……)


 屋敷の縁側で一人ユクルはぼーっと雪の降る表を眺めた。

 庭は一面雪に覆われ、真っ白に成っており、寒い夜風が身を切るようだった。


「寒いなぁ……」


 と一人ぼやきながら、溜息を付いてはくしゃみをする。もう何度、この一連の動作をしたのだろうか。ユクル本人にも分からないくらいの時間が過ぎている。何時しか癖である髭抜きも止まっていた。

 すると突如、屋敷の者が側へ寄り、文官シギの来訪を報せる。


「これはユクル殿」


「シギぃ。こんな夜更けに何だぁ……?」


「昼間の事でお話が……」


「その話はおいおい返事をするからよぉ~。それだけなら帰ってくれぇ~」


「されど、ユクル殿。これは又と無い好機に御座います」


「好機ぃ……?」


 首を傾げる。


「は。今、我等がナンミ家と繋がれば、それを後ろ盾にファギ郡にてより大きな勢力を築けるやも知れません」


「はぁ」


「此の侭、小勢力では何れ他家に潰されるが落ちです。今は乱世なれば、何時までも寄り合い所帯のような生き方では、アシジロ家の存続は危ぶまれるかと……」


「はぁ」


「ユクル殿。聞いておられるのですか?」


「あぁ」


 如何もこの男は何に関しても他人事というか、こういった生返事ばかりだった。

 しかしそれでもシギは、このユクルが凡人では無い事を、見抜いている積りだ。凡人では家が直ぐに潰れる。


 ファギ郡は豪族の寄り合い、と前述したように大名とはいわば纏め役。力関係が変わりやすく、一度相応しく無いと思われれば大名の座を追われ、新たな纏め役が誕生する。

 守護大名、という名ばかりの権力は何の意味も成さず、ファギ郡は何時しか実力のある家を合議し、大名家にしているのだ。そんな中でユクルはよく家臣達を纏めている。


「されば、ユクル殿にはナンミ家から姫を娶り、我等もナンミ家中となってファギ郡を取り仕切れば―――」


「悪いがシギよぉ。その話はまた今度にしてくれぇ~」


「されど!」


「今は、おらぁ一人で考えたいんだぁ~……」


「……ご無礼仕った。是にて御免……」


 一人とぼとぼ、と帰っていくシギを見送ると、また癖の髭抜きを始めながらユクルは考えた。


(シギの言う事も分からぁ…寧ろ、ナンミと結んだ方が上策だろうなぁ……)


 屋敷の者が整えた布団に入ると、身を横にして彼はふと思い出す。


(兄者ぁ……。おらぁ、如何すれば良いかのぉ~……)


 彼は今は亡き前当主を回想した。

 兄とは三つ年の離れた異母兄弟という間柄であった。そんな兄は去年の暮れ、突然病に倒れた。享年二十六と若かった。


 その兄が残した遺児が現当主の甥である。未だ年は五歳と幼く、自分は兄の遺言でそんな甥の後見役であり、実質アシジロ家を取り仕切っている。

 が、これが中々に難儀である。


(元々おらぁに武士は合わねぇ……)


 ユクルは常々考えていた事を再び思った。

 自分は優柔不断だし、臆病であり、心配性であり、勇敢でもなければまともに家臣を束ねるのだって一苦労だ。


 本当なら農民のような暮らしに憧れた。日がな一日、畑を耕し、あくせく働けば良いのだ。何処かから村娘の一人と夫婦に成って、子を作って、後を継がして自分はその後は、悠々自適の老後を送る。


 そんな平凡にして、平和な、こんな家中の柵に囚われるような毎日から掛け離れた日常に、憧れを持っていた。


 しかし、簡単に武士を辞める訳にはいかないし、自分には幼い甥が居る。

 兄弟仲も良好だっただけに、これを憎む事も出来ないし、自分にもし一角の野心があれば、リフのように下克上しても良いだろうが、そんな面倒な事に体力を使うのは無駄と思えたし、第一人の上に立つ事程、疲れる仕事は無い。


 アシジロ家は兄に任せ、自分は家柄とか、曰く付きのとかそういった物から掛け離れた、誰にも警戒され無いような普通で真面目で平凡な嫁を貰い、楽隠居をして死ぬ。


 これが自身が計画していた人生設計であったが、それもこれも全て兄の死によって打ち壊れた。

 それを思うと、自分は兄に何やら仕事を押し付けられたのでは、と考え腹も立ったが、直ぐに止めた。

 第一、逆恨みであるし、腹ばかり立てては疲れる。


「えっ、くしっ!」


 大きなくしゃみをして、鼻を啜る。


「ナンミはよく戦する一族だからなぁ~……。これに味方すれば、きっと増援を送れだの、戦えだのと五月蝿いだろうなぁ~……。やっぱり、此の侭で良いかのぉ~……」


「旦那様、夜中にぼやくのは止めてくれるかぁ……?」


「おぉ、これはすまん! 許せぇ」


 知らない間にぼやいていたようであり、屋敷の者が心配で様子を見に来たのだ。しかし、何の事は無い。何時ものぼやきである。

 屋敷の爺やが去ろうとすると、ふとユクルが彼を呼び止める。


「爺やは嫁を貰った時の事を覚えているかぁ~?」


「唐突に何を申されるかと思えばぁ。もうかれこれ四十年も前の事ですじゃ~」


「そうかぁ……」


「それよりも早く旦那様が嫁を貰いなされぇ! 来年には二十五にも成るのに縁談の一つもないとは、嘆かわしいですぞぉ!」


「おらぁはいいから、爺やの事を聞かせてくれよぉ~」


「んだなぁ……」


 爺や、とユクルにそう呼ばれているのは、この屋敷に仕えてかれこれ三十年以上も経つ使用人である。

 自分の守役は、元服してから暫くして亡くなったし、今では自分の幼い頃を知る数少ない人物がこの爺である。

 老人は廊下に腰を下ろし、遠い目をして語りだした。


「婆さんとは同じ村で生まれ育ったぁ。小さい頃は良く遊んだなぁ~……」


「幼馴染だったのかぁ~?」


「んだ。けれども、婆さんは庄屋の娘でなぁ。わしとは身分が違ったぁ……」


「まさか、駆け落ちかぁ……?」


「そのまさかだぁ。おら達二人は逃げたぁ。何処でも良いからぁ、暮らし易い場所を探してぇ、此処に着たんだぁ~……」


「そうかぁ~……。そんな事があったんだなぁ~……。実は爺よぉ。おらぁ、嫁を貰うかも知れねぇ……」


「ほぅ。そりゃ、めでてぇ……」


「んだがよ、家中が納得してくれねぇ……」


「旦那様は如何したいんだぁ?」


「おらぁ……―――」


 そこで言葉が詰まる。

 しかし、ユクルは幼い時からずっと一緒に居ては、何かと面倒を見てきてくれたこの爺には、本当の事を正直に話そうと思った。


「おらぁ、嫁を貰った方が、家が安泰だと思うんだぁ……」


「んなら、貰ったらええよぉ~……」


「あっさり言うなぁ……」


 傍から聞いていれば、まるで田舎の老人が二人、会話しているようである。何処までも自分の空気を壊さず、早口にはならず寧ろ、とてもゆっくりと、淡々と語る二人。このユクルがこんな喋り方に成ったのは、殆どこの爺やの所為であろう。


「うじうじしてないで、貰ったらええよぉ」


「んだが、家臣が納得しねぇ……」


「そんなもん。後から納得させたらえぇ。旦那様が確りと成果を見せてやれば、大人しくなるさぁ……」


「そうかのぉ~……。そんな上手く行くだろうかぁ~……?」


 何時の間にか布団から起き上がり、廊下へ出ては爺やの隣に腰を下ろしたユクル。

 彼の悩みを聞いていた爺やは、突然深い溜息を吐いた。


「また、ぼやいてぇ……。旦那様は小さい頃からうじうじ、めそめそ……。甘ったれだったなぁ~……」


「それが如何したぁ……?」


「えぇか? 結果なんてもんは、後から付いてくるんだぁ。必要なのは今、如何するかだぁ……」


「今かぁ……」


 相も変わらず他人事のような棒読み具合。しかし、本人は確りと考えているのだ。この老人は分かっている。

 昔から出不精で、引き篭もりがちだったユクルの話し相手は、何時も爺やだった。


「―――……んだ。おらぁ、もう寝るからぁ~……」


「余り、夜中に一人でぼやかんでくれよぉ~……。不気味でしょうがねぇ……」


「爺やも身体に気を付けろよぉ~……」


「なぁに。まだまだ婆さんのお迎えは来ねぇから、安心して下されぇ……」



【――後日――】



「義姉上ぇ。おらぁ、覚悟決めたぁ」


「うむ。聞かせてくれ。ユクル殿は、ナンミ家かヒダ家か、どちらに味方した方が良いと思うておる?」


「ナンミ家だなぁ」


 彼は即答した。


「ユクル殿! 正気か!?」


「クマガヤぁ。おらぁ、ずんと正気だぁ。是を気に一度ロザン城へ挨拶しに行こうかと思ってらぁ~」


「されど、罠やも知れませぬぞ!?」


「そん時はそん時だぁ~」


「何を呑気な……」


 ニコニコ笑顔で返されては、呆れ返って何も言えなかった。


「クマガヤぁ。おまぁがアシジロを大切に思っている事はぁ、ちゃぁんと分かってるよぉ。それは、おらぁも同じだぁ。大事に思っているからこそ、今はナンミに降るんだぁ~」


「されど……」


「安心しろやぁ。向こう行って、嫁を貰って(けぇ)ってくるだけだからよぉ~」


 言うとシファに向き直る。


「そういう訳だぁ。義姉上ぇ。ちょいと行ってくらぁ~」


「ユクル殿。そなたの判断は間違いでは無い、と私も思う。どうかくれぐれも気を付けてな……」


 天暦(ティンダグユン)一一九九年・亥の月中旬。

 先に使者を派遣し、ナンミ家に正月の宴に出席する由を伝えると、アシジロ家当主の叔父ユクル・アシジロは数名の供を連れロザン城へ向かった―――。

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