第七幕・「守護大名家」
天暦一一九五年・戌の月。
【――ギ郡・郡都サイソウ城――】
ギ郡の守護大名サイソウ家はソウ国五大将軍の一人ピンジ・サイソウを祖とし、ソウ国が天下統一し、幕府が興って大陸を十州五十郡に分けると、エン州の太守として守護大名になった。
国王が崩御した後、軍部を掌握したキョヘイ将軍が台頭すると、反キョヘイ派だったサイソウ家は、亜人種・異民族による部族連合を粉砕したキョヘイ将軍により領地をギ郡一群に減らされ、現在に至る
現守護大名サイソウ家十三代当主ザンピ・サイソウは齢五十七。
今からおよそ四十年前。
乱世の切っ掛けとなった大規模な農民反乱で初陣を果たし、以来ギ郡八県に散らばる豪族達を束ね、侵略してくる隣国と戦を重ねて国内の安定に努めた。
しかし、そんな彼も長い間の激務により体が言う事を利かなくなり、最近はずっと布団で寝たきりの生活である。
病に因り容態思わしくなく、限界を感じ取った彼は自分の代わりに政を任せられる者を守護代に置き、今はサイソウ城の二の丸にある館にて療養生活をしている。
「申し上げます。只今、ユクシャ県のコサン・ユクシャ様がお目通りを願っております」
「うむ。ここへ通すように……」
ザンピは弱った体を持ち上げ、力の無い霞んだ声で配下に伝える。
暫くすると足音が聞こえ、襖の前で止まり、そして開かれた。
「守護様。お久しゅう御座います……」
「うむ、苦しゅうない。コサン、面を上げよ……」
「守護様。お元気そうで祝着至極に存じます」
「お主も達者で何よりである……」
そう言って咳き込むザンピをコサンが見る。
往年の勢いは無くなり、体はすっかり痩せこけている。顔色も悪く、瞳だけギョロリと光らせるがどうも鈍い眼光だった。
「守護様、お体の具合は?」
「ごほ、ごほ! うむ、見ての通りである……。もうそれ程、長くは持たぬであろう……」
咳き込み、嘆く守護大名。
「守護様……、そのような事申されますな。守護様にはこれからも長生きして貰わねば、我等家臣達は困りますわい……」
「ふん、自分の体の事は自分が一番分かっておる……。恐らく、わしはもう長くは無いであろう……」
コサンは言葉に詰まる。この現守護大名の死期が近づいている事は、明らかであったからだ。
だが、ザンピは死ぬ前にどうしても目の前のこの老臣に、伝えておかねばならぬ事がある。
「今回、お主を呼んだのは他でもない。わしが死んだ後、次期当主の倅についてだ……」
―――矢張りな。
コサンは思った。
ザンピには二人の息子がいる。長男のケタン。そして次男であり嫡男のクシュン。二人は異母兄弟であり、兄のケタンは側室の、弟のクシュンは正室の子である。
表向きは嫡男であるクシュンが継ぐ事となっているが、困った事に当の嫡男は政に関心を示さない。
対する兄のケタンは武人気質で勇猛な性格をしており、サイソウ家を強くし、もう一度将軍家を盛り立てる事を夢見ている。
特に乱世が始まってから戦にて武功を立て、出世した若い新勢力からの支持が厚い。
次期当主は兄に比べ、軟弱に見える弟ではなく寧ろケタンに、と言う声もある。
しかし、それに対立する勢力がサイソウ家内部に存在する。代々守護大名家に仕えてきた重臣達である。
この重臣派の頭角は守護代を勤めるモウ家。
恐らくモウ家は政治に興味の無い嫡男が跡を継いだら、守護大名家を乗っ取る積りではないだろうか、とコサンだけでは無く他の重臣達もその事に付いて懸念していた。
しかし、若手の奴等にでかい顔をされ、威張り散らされるのはどうも癪に障る。
そういった意地の張り合いや、自身の発言力を高める為、或いは今の内に守護代モウ家に取り入って、権力を握ろうとする者まどが集まり、見事に勢力が二分してしまったのである。
重臣達はケタン擁立を考え裏で画策し、結託している新参者達を、烏合の衆・猪武者・青二才と嘲り、対する急進派の連中は軟弱な嫡男に謙り、良い顔ばかりする重臣達を、陰険・狸・臆病者と罵った。
これまでは何とか押さえてきたが、自分が死んでからはどうなるか分からない。
それだけがこの老人の最大の悩みであり、心労の種であった。
「既に知っていると思うが、わしが死んだ後の当主はクシュンと致す。お前達は奴の事を全力で支えるように……」
「はは! お任せ下され!」
コサンは深々と頭を下げた。
「だが唯一の心残りは、あやつが兄のケタンと余り仲が良くない事だ……。あの性格ゆえ致し方ないが……。兄弟の争いは滅亡の元となる。それだけはなんとしても阻止するように……」
「ははっ!」
平伏するコサンをじっと凝視すると、ザンピは安心したのか肩の力を抜いた。
「コサンよ……」
「は」
「少し昔話をせぬか?」
「は?」
突然、昔話を始める主君にコサンは間抜けな声で返答してしまうが、この老人はそんな事はお構いなしに、と語り始める。
「覚えておるか? 今からおよそ四十年前に起きた乱を?」
「忘れた事などありませんわい」
「思えばあれがわしとお主の初めての出会いであったな?」
「左様で御座います」
「まさかこれ程までに長い付き合いになるとは思っても見なかったのう……」
「あっはははは! 全くその通りですわいっ!」
「あの頃はお主の父君もまだ健在であり、よく戦場でわしの事を助けてくれた……」
コサンの父は下級武士の出であり、家系を遡ると元はソウ国の農民である。
ソウ国が未だ天下を統一する前、ユクシャ家の先祖は戦場に出向き、手柄を立て出世し武士の位を授かった。
それから約二百年後、大陸全土で起きた大規模な反乱は多くの武士や貴族を殺した。
その最中、人手不足に陥ったサイソウ家に現れたのが、下級武士の若かりし頃のコサンと彼の父であり、彼等はよく戦いサイソウ家を守った。
その功績によりギ郡八県の、内一県のユクシャ県を賜ったのだ。
以後、その領地から取って、ユクシャという名字を名乗る事になる。
ユクシャ家開祖であり、初代当主であるコサンの父は、荒れ果てた土地を再び復興させる為に働き、また新勢力であるユクシャ家を強くする為、他の新興勢力の領主達と政略結婚をして基盤を固めていった。
恐らく、先代は下克上を狙っていたのかもしれない。この乱世、才覚乏しく、力無い者は滅ぶ運命にある。だが、初代当主は志半ばで亡くなり、コサンが跡を継いだ。
彼は主君を良く支える家臣であり戦に強かった。
その気になれば、守護大名家を滅ぼす事も出来た筈である。
しかし、コサンの父は強くなるのを望んだのに対し、コサン本人は領内の安定と平和を願った。苦労して築き上げてきた自分の家を滅ぼすような、馬鹿な真似だけはしたくない。コサンは未だ出世をする前、下級武士時代の事を良く覚えており、今でも鮮明に思い出せる。
かなり苦しい生活であり、明日の食う飯にすら困った事もあった。
そんな最中、父と供に戦へ赴き、若い頃の彼は勇敢に戦った。
特に彼の父は出世に執着し、身代を築いて大きくする事に執念を燃やした。
そして、コサンはそれを守る事に腐心している。
「お主も老けたのう……」
「年には勝てませんわい」
すっかり白髪も増え、目尻、額、そしてほうれい線が少し目立つ彼の顔を、繁々と見つめるサイソウ家現当主。
老人は再び咳き込み、暫くすると息を落ち着ける。
「コサンよ……。わしは長い間支えてくれたお主に感謝しておる……。本来ならばお主の働きに報いねばならぬが、見ての通り守護大名家はこの有様……。名ばかりの役職へと落ちぶれてしまった……」
「何を申されます守護様。未だ守護大名家の威光は地に落ちてませんぞい」
「いや、今や在って無いに等しい……。それを証拠に、アシハラの守護大名家はこの乱世により、殆どが滅ぶか、配下に乗っ取られておる……。現に北のビ郡にあった守護家もナンミ家により滅んだ。時代には逆らえん……」
このザンピは豪族達を上手く手なずけ、時勢をよく読んだ。特に家臣に恵まれた。
今仕えている重臣達や、守護代を勤めるモウ家。
目の前に着座するユクシャ家当主コサン・ユクシャ。
彼等のお蔭で今尚、守護大名家を存続出来たのかもしれない。
「コサンよ、わしが今日まで戦ってこれたのは、単に家を守りたかったからである……。もし、我が子が互いに争う事となれば、他国は黙ってはおるまい。そのような事態には何が何でもならないよう、頼んだぞ……」
「守護様、ご心配めさるな。このコサンが居る限り、ご兄弟を争わせる事など決してさせませぬ」
優しく微笑みかけ、長年仕えてきた主君へ安心するように伝える。
「うむ。頼んだぞ……」
ザンピは瞳を伏せ、はぁ、と息を吐くと、
「コサンよ、もう下がってよいぞ。久しぶりに長話をして疲れたわい……」
「はは。では守護様、お体をお大事に。これにて失礼致しまする」
―――守護様は大変弱っている。
そんな事を考えながらコサンは、サイソウ城三の丸にある自身に宛がわれた一室へ足を運んでいた。
彼は早速今後の事を思い、頭を使っていた。
これから更に重臣派と急進派の動きは活発になるだろう。主が懸念するように、内部分裂が起きるかもしれない。
その時、自分は如何に立ち回るべきか?
彼は浮かない顔で重々しい足取りの侭、渡り廊下を歩いていると、
「おお、兄上! 久しぶりですな! 元気にしていましたか?」
後ろから聞き慣れた声がしたので振り返る。
「ん? おお、ギジョか! お前も達者のようじゃのう!」
コサンは途端笑みを浮かべた。
話かけてきたのはギジョ・マンタ。コサンと血の繋がりは無いが、年の離れた妹が彼に嫁いでおり所謂妹婿で義弟に当たる。
年は四十六と壮年の武将であった。
マンタ一門もユクシャ家同様、この乱世により興った新勢力であり、宿老や重臣達に潰されぬよう互いに身を守る為、政略結婚に応じた。
二人の年は十も離れているが、異母兄弟であるサイソウ家のケタンとクシュンよりも仲が良く、再開を喜んだ。
互いに手を取り合うと軽く挨拶をし、コサンは『妹は達者か?』と訊いたり、ギジョは『姉上は息災か?』と互いの女房の話題をしたりして、暫し愚痴などを言い、談笑に耽る。
「兄上は何故このような所へ?」
ふとギジョは訊ねた。
コサンはそれに何処か、心が晴れたような声で答える。
「守護様に呼ばれたのじゃ」
「そうか。となると、守護様は矢張りもう長くないのか……?」
暗い表情で問うと、コサンにぴしゃりと扇子で額を打たれ叱られる。
「そのような事を申すでない! 誰に聞かれておるか分からぬのじゃぞ?」
「いや、これは失敬……」
デコを擦りながら、平謝りをするマンタ家当主。
「所でお前の領地の方はどうじゃ?」
少し気不味い雰囲気になったので、話題を変える。
「別に、これといって変わった事は無いが…最近妙な連中が訪ねて来る……」
「妙な連中?」
眉間に皺を寄せるユクシャの老人。
「あぁ。ハッキリとは言えぬが、恐らくは急進派の連中じゃないかと……」
ケタンを次期当主に据えようと画策する急進派の連中が、自分の縁戚関係の者と誼を通じようと企んでいる事に、コサンは些か驚いた。
「その者達、頼んでもないのに、やたらと物を貢いでくる。ご機嫌取りやら、宴やらで面倒臭い」
ケタン派とクシュン派の両派閥が、味方を増やそうと裏で何やら工作しているという事は、コサンも既に聞き及んでいたが、余り関わらないようにしていた。
下手に関われば守護大名家処か、自分の家が危うくなる。
「兄上も気を付けた方がいい。では、おれは用事があるのでこれで……」
最後に一礼し、去っていく義弟の背中を見ながら、コサンは懸念した。
―――若しかしたら一騒動あるかもしれない。
「せめてあいつが、元服してくれるまでは平穏であって欲しいのじゃがな……」
三日程してコサンはユクシャ県へ戻るべく、城門を出る。
もうすぐ新年を迎える為、城でも町でも皆準備に忙しい。
コサンはそんな彼等の姿を横目に流しながら、郡都を後にした―――。