「ハッダ城、籠城戦」・其の二
深夜、丑の刻頃。ハッダ城の東門に密かに近付く一隊の姿がある。
ハカ・コセイの手勢二百である。彼等は城門目前にまで迫ると、中へ目掛けて矢を一矢放った。
すると門はぎぎぎ、と音を立て、開かれる。
「殿! ミリュア殿の手引き通りですぞ!」
「かかれぇ!! ハッダ城を一気呵成に攻め立てよ!!」
コセイは自ら太刀を振るい、将兵を鼓舞して城内へ突撃を掛けた。
兵士達は勇んで中へ入り込み、鬨の声を上げる。
「殿! 更に先の城門も開いておりまする! 某が先陣を勤めまするぞ!!」
「うむ! これが終った暁には、首でも眺めながら、共に酒宴といこうぞ!」
「ははっ!」
部下が一人前へ出て、ハッダ城二の丸にまで迫る。この廓の門も同じく内通をしているミリュア衆により開け放たれた。
残す所は本丸のみ。コセイ衆がこれで最後、勝利は目前であると誰もがそう思った。
「今です! 鉄砲隊、撃てっ!!」
「ぐわぁ!?」
「ぎゃあぁ!!」
突如頭上から銃声が鳴り響き、と同時に足軽数名が崩れる。
「敵はのこのこ罠に掛かったです! 一人残らず射殺すです!!」
「何故だ!? 何故、敵が此処に!?」
「おのれ…ミリュアの奴、謀ったなぁ!!」
コセイが気付いた頃には既に遅く。周りを囲まれ、一斉に銃弾と無数の矢を浴びせかけられ、足軽達は瞬く間に混乱に陥った。
「殿! 此処は某が引き受けます! 退却をっ!!」
「クソっ!!」
ハッダ城の戦いは、テンコ・ミリュアの計略により、ハカ・コセイは騙され、敗北した。城門を開き、城内へコセイ衆を引き入れ、伏兵にて数十名を討ち取ったのだ。
敗れたコセイは城外へ退去し、後方オウセン陣にまで後退。しかし、この敗戦に勿論、オウセン家は腹を立てた。
【――オウセン陣――】
「コセイ殿! 何故、我等に相談しなかった!!」
オウセンの陣幕からモウル・オウセンの怒鳴り声が響いた。
当のコセイは無愛想に、それでいて傲慢な態度を取る。
「ふん! これは異な事を承る。戦にあっては、謀は密を以って良しとす、とある。例え御味方といえども、誰が聞いているか分からんからのう」
「戯けた事を! その方の敗北により、無駄に日にちを費やした。敵の援軍も間直に迫っているのだぞ!!」
「あくまでも某を咎められるか……。ならば物申す。先に味方に相談もせず、敵からの書状を隠し持っていたはそちらで御座ろう! オウセン家が秘密に致したゆえ、此方も内密に致した!!」
「されど、コセイ殿。我等はミリュア当主には十分に気を付けられよと、忠告した筈だ!! その人物から書状が届いて、警戒しなかったのか!?」
「疑ってばかりいては戦は出来んわ!!」
「双方もう十分じゃっ!!!」
ゴシュウが堪りかねて、間に割って入る。叔父が上げた怒鳴り声は、遠くの士卒の耳にまで届いた。
双方は黙り、気不味い空気が流れると、モウルが口を開いた。
「叔父上。かくなる上は、我等オウセン衆一千にて、ハッダ城を切り取りましょうぞ!」
「……良いじゃろう、モウル。されど、ミリュア殿には十分警戒せよ……」
「はっ! コセイ殿。不本意とは思うが、事に至っては致し方無し。今日の昼までに陣を移すゆえ、コセイ衆には南門をお任せしたい。我等は東門から、一気に攻め立てる」
「ふんっ!」
【――ハッダ城――】
「アガロ。上手くいったね」
「ああ。正直、お前がここまで出来るとは思っていなかった」
「酷いな~」
少し不満顔をする狐目の少年。
「されど、見事な策で御座いました。ミリュア殿」
「これで味方の士気も上がったです!」
「うん。だけど、これからが勝負なんだよね……」
「オウセン勢が来るか……」
アガロが緊張した面持ちで呟く。
ハカ・コセイを退けても、その後ろに控えるオウセン衆その数一千が直ぐにでも押し出してくるだろう。この部隊を防ぎとめるのは至難の業だ。
しかし、テンコは相変わらず涼しい表情で淡々と言葉を発する。
「心配要らないよ。恐らくモウルは陣を移すから、攻めてくるのは明日になる。彼は慎重だし、万全の構えで攻め様と考えるからね。それに、明日になれば、ミリュア衆の援軍も駆けつける筈だ」
「されど、それまで持つでしょうか?」
「ヤイコク殿。心配しないで任せてよ。明日は僕がオウセン家に当たる」
「僅か数十騎でオウセン軍一千を相手にするですか?」
レラが心配そうに見詰めると、テンコは笑い飛ばした。
「心配無用だよ、レラちゃん。それに、弓矢を交えるだけが、戦じゃない。モウルを説き伏せてみる」
「それは俺が既にやった。が、あいつは考えを変えなかったぞ」
「それは君が言葉足らずなだけだよ。若しかしたら、僕の言葉なら聞いてくれるかも知れないだろ? 君はハカ・コセイの相手を頼んだよ?」
「任せろ」
テンコはニタリと笑みを浮かべ、その場を去る。
彼は静かな足取りで、自身が宛がわれた一室へ入ると、其処には一人の少女が既に着座していた。
「ヤクモちゃん。シシド殿から返事は来たかな?」
「うん。お父様から文が一通……」
受け取ると、それに目を通す。
暫くの思案をすると、彼は筆を取り、さらさらと書状を一通認め、それをヤクモに持たせる。
「ヤクモちゃん。これをシシド殿に届けてくれ」
「御意!」
【――翌日・ハッダ城・東門――】
ハッダ城の東門前に、正にこれから城攻めを仕掛け様とオウセン衆が勢揃いしていた。
南はコセイ衆が、東門はオウセン衆が陣取る。
すると、これから攻めかかる筈であった東門が突如として開門した。
モウルは敵が打って出たか、はたまた敵中突破をし、落ち延びる魂胆かと思い、槍衾を幾重にも配置して敵の猛攻に備えたが、彼が予想した部隊の姿は一行に見えない。
代わりにモウルの友テンコが只一騎だけで城から出てくる。
「モウル、話しがある!」
「テンコか……」
オウセン嫡男は怪訝な顔をし、油断なく彼の周りを見渡した。見ると、側には僅かな侍従だけ。他に弓や鉄砲を構える兵の姿は見えない。
それを確認すると、モウルは槍を小脇に構え、一騎だけで城門前にまで近付き、少し離れた場所で、互いの声が良く届く場所で馬を止めた。
「今更、何の話しがあると言うのだ!?」
「モウル! オウセン家は今、大罪を犯そうとしている。それが見過ごせないんだ!!」
モウルの眉がピクリと動いた。
「何を言い出すかと思えば…罪だと!?」
「良く聞いてくれモウル! オウセン家は五つの罪を犯そうとしている! 戦を始めるのは、それからでも遅くない筈だ!」
「……面白い。聞かせてみろ!!」
オウセン嫡男は、堂々と真正面に陣取る。
射殺されはしまいかと、叔父のゴシュウは危惧したが、モウルは槍を振り翳し、助力は無用と伝える。
テンコは落ち着いた雰囲気で微笑しながら、話を切り出した。
「先ず第一の罪だ。オウセン家は代々忠誠に厚い。その先祖が築き上げてきた功績と信頼を裏切り、武門の棟梁に有るまじき忠勤に反する行いをした。これは言わば不忠の罪だ……」
「何を言うか! 元々オウセン家はサイソウ家に忠誠を尽くしていた! ナンミ家では無い!!」
「そのサイソウ家は既にナンミの軍門に降った。他家に鞍替えし、挙兵するはサイソウ家の意向ではない!」
「ぐっ……」
「第二に、君達オウセン家は父祖伝来の地を危険に晒し、その上滅亡に追い込もうとしている。これは先祖に対する不考の罪」
「抜かすな! 逆に俺等は土地を守ろうと戦っている!!」
「モウル。オウセン家の謀叛は逆に、他国から敵を招きいれかねないぞ! チョウエン家は如何なる!? 海賊衆が明日にも来襲し、ヨイカの港を襲う事も考えられるぞ!?」
「っ…………!」
「第三だ! クリャカ攻めも終ったばかりだというのにも関わらず、兵を挙げるは領民に対する思いやりに欠ける、これ不情の罪」
「オウセンの民はナンミ家から独立出来た事に喜んでいる! 俺等は民を思いやり、守る為挙兵したのだ!!」
「逆だ! 今回の挙兵で領民はナンミの来襲を恐れている!! ビ郡には一万以上ものリフの軍が居るんだぞ!? 勝手な挙兵は、周辺の郷村に恐怖と不信感を与える。これを思いやれないのは、大将として情けが足りない!!」
「俺等は勝利する! さすれば、今は不信を抱いている郷村勢力も、俺等を支持する!」
「それはあくまでもナンミ軍を全て打ち破ればの話だろう? ナンミ軍は言わば後から際限なく沸いてくる泉のようなものだ! 倒しても倒しても、底を見せない。時期に津波となって、この地に流れ込んでくるぞ!!」
「その時は一人残らず打ち倒してくれる!!」
「それを人は匹夫の勇と言う!」
「おのれ……!」
これには歯軋りし、槍の柄を更に強く握った。
そして、狐目の友は徐々に饒舌になり、語調を強くして語り続ける。
「第四だ! 君達オウセン家は武門の一族だ。されど此度は何の大義名分も無しに兵を挙げ、無謀な戦を仕掛ける。武門の棟梁にとってこれ程、不名誉な事は無いだろう!」
「ナンミの方が無闇矢鱈に無謀な戦をするだけではないか!!」
「ナンミ家は勝てる戦しかしない! 戦を始める前に入念な準備を行い、一気呵成に雪崩れ込む! 是こそが名将の戦だ!! 此度のオウセン家は焦りから戦の時を間違えている! 是、名将の戦にあらず!」
「良く回る舌だな…だが、テンコ! 局地的に見てオウセン家は不利かも知れない! が、長期的に見れば次期にナンミ家は滅亡する! 各地にてナンミに不満を募らせる勢力が挙兵し、崩す!! 名将とは先見の明と、気に敏である!」
「君達は気に敏ではない、軽挙妄動と言うのだ!! 君はさっき、不満を募らせた勢力が挙兵すると言ったが、此度のオウセン家の謀叛を、一体どれだけの者が知っていたというのだ!? 名将の戦とは、始める前から既に勝敗は決している! 事前に引き抜を謀り、多くの報せに予想を付け、決戦場に敵を誘き出し、是を叩く!!」
「貴様に何が分かるっ!? 此度のユクシャの敗走で、必ずやナンミ家に対する不穏分子が呼応する! 俺等はその先駆けと成る!!」
「今のオウセン家の謀叛等、足の裏に刺さった棘同様、直ぐに取り除かれるのが落ちだ! 長期的に見てナンミは滅亡すると言ったが、それは間違いだ。ナンミは先のトウ州侵攻で勝利し、国は潤い、人に溢れている。これが明日、明後日で滅亡する等、夢物語にも等しい!!」
「俺等には背後で指示してくれているアイチャが居る!」
「アイチャは都の戦で疲弊しきった勢力だ。援軍等頼りにならない! 逆にこれだけ物資に溢れているナンミを相手にしては、何れ物量に押し潰されるぞ!」
「さすれば、その時はカンベ郡のチョウエン家も味方に引き入れてくれる!!」
「それは君達オウセン家がしてはいけない最大の恥辱であり、オウセンの民への裏切りだ!! チョウエン家とは長年に渡り、郡境を争ってきた間柄。それを君達の領内に引き込んでは不興を買うだろう!」
「ぐぬぬ……!」
オウセン家の最大の天敵は、隣郡に位置するカンベ郡守護大名チョウエン家と、カンベ海賊衆である。古くから、海路や陸路での争いが絶えず、特にギ郡の富を狙うこの勢力から、オウセン家は土地を狙われ続けた一族だ。
これを撃退する事こそが、オウセン家では何よりも重要であり、モウルの発言は一族からの不興や、民からの信頼を失いかねないものだった。
「そして最大の罪だ。君は友を討とうとしている。これは不義の罪だ……」
「…………」
「不忠、不孝、不情、不名誉、不義。これらの大罪を犯しては、オウセン家に神の加護や、人の救いは一切無い!」
「……………………」
「モウル。これ以上は言わない。ハッダ城は僕に免じて、退いてはくれないか?」
俯くモウル。テンコは先程とは違い、少し優しい声色で、相手を宥めるように問う。
再び顔を上げたオウセンの若殿の顔は少し暗くなっていた。
「だが、此処で退いてはオウセン家は潰れる!」
「僕がそうはさせない! 君達を救ってみせると約束する!!」
「信用出来るか!」
「してみせる! 僕がアガロを説き伏せる!! もし彼が承知しなければ、僕は彼の首を取り、オウセン家と共に戦おう!!」
其処まで啖呵を切ると、互いに睨み合い、無言になる。決して目を逸らさず、真っ直ぐに向き合う両者。
と、モウルの叔父ゴシュウが陣から飛び出し、側へ駆けつけた。
「モウル! 大変じゃ! 敵の増援が駆けつけたと手の者から報せが参った!」
「何!? 何処からの部隊か分かりまするか!?」
「あの旗はミリュア勢じゃ!!」
「テンコ…初めから是が狙いか……」
睨み付けると、テンコは前に馬を出し、腹から大声を発した。
「モウル、僕は君と戦したくない! 頼む、此処は退いてくれ! 僕の命に代えて、必ずオウセン家を救ってみせる!!」
モウルは黙った。暫く思案し、彼は馬首を返して指示を飛ばす。
「全軍撤退!」
「モウル……」
「勘違いするな、テンコ! 今日は見逃すだけだ! こんな小城、明日にも俺の部隊で直ぐに攻め落としてくれる!!」