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第七十幕・「ハッダ城、籠城戦」 其の一

「鉄砲隊、構え! 放て――!」


「敵だ!」


「敵襲――!!」


 夜も白々明けの頃、突如鳴り響いた銃声に足軽達は目を覚ます。報せは直ぐ大将の元に届いた。


「何事だっ!?」


「報告! 敵の朝駆けに御座います!!」


「怯むな! 敵は少数、只の威嚇にすぎん! 迎え討て!!」


 武将ハカ・コセイは唾を飛ばしながら味方を叱咤した。

 指示を飛ばすと、足軽大将が数十人の部下を引き連れ、前へ押し出した。

 陣へいきなり奇襲を掛けたヤイコクは冷静に命を下す。


「撤退! ハッダ城へ帰還せよ!!」


「敵が逃げていくぞ! 追え! 一人も逃すなぁ!!」


 敵を確認すると、後を追撃する。林の中へ足を踏み入れた。


「今です! 矢を放ち、ヤイコクさん達を援護するです!!」


「うわぁ!? 伏兵だ!」


「ぐわぁぁ!」


 コロポックルの伏兵が左右から矢の雨をお見舞いし、敵の足を止める。


「退け! 退けぇ!」


「レラ隊長! 我等も退却を!」


「ハッダ城へ下がるです! 殿はわたしが勤めるです!」


 林から素早く城内へ退却するコロポックル達。彼等が全て城へ入ったのを確認すると、速やかに門は硬く閉ざされた。


「上手く行ったです!」


「レラ。お疲れ様さまです。これで味方の士気も上がります」


「キョウサクさんも頑張ったです!」


 奇襲に参加していたキョウサクは『はぁ、はぁ』と息を切らしていた。これが彼にとって初陣なのだ。

 出陣前は武者震いからか足の震えが止まらなかったが、今は逆にへとへとに成っている。


「にゃれどヤイコク様…これが何の意味になるのかりぇ……?」


「分かりません。これは全てミリュア殿の策なのです」


 ヤイコクは首を横に振った。アガロや、側近の彼でさえテンコの意図が読めない。

 それに一々口出しせず、ここは全てミリュア当主に任せてみろ、との主君の命に従っているにすぎない。


「ヤイコク殿。ご苦労様」


「皆、無事か?」


 すると今度は二人の少年が姿を現した。

 ヤイコクは下馬すると肩膝を着いた。


「調べによると、脱落した者は居りません。それと、負傷者は手に怪我を負った者が二名」


「ん。大儀だ」


「はっ!」


「良くやってくれたよ」


「だが、テンコ。これには一体何の意味がある?」


 数の上で劣っているのにも拘らず、敵を驚かすような奇襲は余り意味を成さない。その上、次からは敵も用心深くなり、奇襲を仕掛け難くなる。

 アガロが視線を向けるが、狐目の幼馴染は口を割ろうとはしない。


「それは言えない。謀は密なるを以って良しとす、って言うじゃないか」


 言うと飄々とした雰囲気でサッとその場を去る。


「本当にこれで大丈夫です? 敵は見た所此方に対して油断してたです。あの侭、敵の陣を朝駆けして崩す事も出来たです」


「レラ。あいつに任せておけ」


 一言だけでコロポックルの少女を宥めると、アガロも去った。



【――オウセンの陣――】



「オウセン殿は居られるか?」


「これはコセイ殿。如何なされた?」


 突然のオウセン陣への訪れたコセイに、ゴシュウは少し驚きながらも、床机に腰掛けるよう促す。見た所、相当訝しげな表情を、コセイ衆の大将はしていた。

 少し短い咳をし、ハカ・コセイは口を開く。


「ゴシュウ殿。若君は?」


「生憎、若は今、小用で……」


「俺なら此処だ。コセイ殿。何用か?」


 オウセンの陣幕に次期当主の若君が参上すると、床机に腰掛ける。

 ゴシュウは少し苦い顔をした。ハカ・コセイは詰め寄る。


「実は夜の明くる前、敵が突如奇襲を仕掛けて参ってな。これを迎え討ったが伏兵に阻まれ、城へ到達出来なんだ」


「これからは、用心成されるが宜しかろう」


「その方に聞いてはおらんっ!」


 ゴシュウを怒鳴りつけると、コセイはキッとモウルを睨む。


「これは陣中に流れている噂なのじゃが、オウセン殿は若しや敵の奇襲を既に存じておられたのでは?」


「何を根拠にその様な事を!?」


「叔父上。俺が話す」


 沈黙を貫いていたモウルが口を開いた。彼は懐から文を一通取り出すと、それをコセイに手渡す。


「昨夜、俺の友ミリュア当主から届いた密書だ」


「……中を拝見させて頂く」


 早速目を通すと暫くして、ひょろっこい武将の目付きが変わった。わなわなと怒りに震え、手に持っている書状を握り潰さんばかりである。


「―――……何故このような物を受け取っておきながら、某に秘密にしていたのだ!?」


「コセイ殿。先程も申したがミリュア当主は俺の数少ない友だ。故にあいつの性格も分かる。これは俺達を惑わす為の偽報では、と勘繰り、要らぬ心配を掛けまいと思ったのだ」


「それでは我等の結束は如何相成るっ!? 今から互いに隠し事するようでは、目の前のユクシャの小勢に勝つ事も侭ならんぞ!?」


「コセイ殿! 我等オウセンが付いている故、それは杞憂だ!!」


 堪りかねたモウルは反論した。

 それにコセイは侮蔑を孕んだ口調で答える。


「ふん! 何が名族か! そう言いながら、腹の内では某の事を疑っているのだろう?」


「……我等を侮辱する気か? オウセン一門に度量の狭い者は一人足りとて居ない!!」


 コセイの言葉にモウルは語調を強くして否定した。


「されど、此度の咎はそちらに御座ろう。朝方の奇襲を知ってきながら、報せなんだは怠慢に御座ろう!」


「何を抜かす! そもそも其方が確りと見張りを立てておれば解決した問題だ!! 敵が小勢とばかりに油断し、前日に酒宴等開くのが悪いのであろう!!」


「あれは戦で疲れた足軽達の緊張を解く為の物じゃ! その方は戦を知らんっ!!!」


「なん…だと…!?」


 コセイの罵声に我慢出来なくなり、床机を蹴ってモウルは立ち上がると双方は互いに睨み合う。

 その時、ゴシュウが叫び、間に割って入った。


「そこまでに致せ!!」


「されど叔父上! このモウル、侮られては兵に示しが付きませぬ!」


「モウル。此度は此方に非がある。コセイ殿。許せ」


「ふん! 今からこれでは先が思いやられるわ!!」


「コセイ殿。侘びと言っては何だが、我等も城攻めに加えては貰えないだろうか。挟み撃ちにすれば、直ぐにも城は落ちよう」


「いや、合力無用。此度の戦は亡き某の主君コグベの弔い合戦。あくまでも某の手勢で片付けよう」


 そう言って助力をあくまでも拒むコセイに、ゴシュウは一つ忠告をした。


「されどコセイ殿。相手方に居るテンコ・ミリュアという男には十分に気を付けられよ! あの男は拙者の知る中では中々に強かな男ゆえ」


「某には少なくとも誠実な武将と思いまするな。こそこそと裏で隠し事をする誰かとは違ってのう」


 ハカ・コセイは自信満々に言い放つと、陣幕を後にした。

 するとモウルは不満そうな顔をし、再び床机に腰掛けドン、と勢い良く陣卓上に拳を打ちつけた。


「あの男、矢張り気に入らん!」


「モウル! じゃから先程あれだけ申した筈じゃ! 何故、ミリュア殿の書状を見せたのじゃ!?」


「何れ露見するのならば、今見せた方が良いと判断したのです!」


「されど、そのお蔭でコセイ殿は我等を疑るようになったぞ? オウセン衆とコセイ衆の連携が現時点では必要不可欠じゃ。それがなければナンミ軍と戦するは無謀じゃぞ」


「だがあの男、俺を戦を知らんと罵った!」


「モウル。落ち着け。敵の援軍が来る前に、ハッダ城を落とせば良いのじゃ。されど―――」


「コセイが非協力的だ……」


 溜息を一つ吐いた。それにゴシュウも頷く。


「コセイは主君が殺され疑心暗鬼に成っておる……。その上、領地の事しか頭に無い。オウセン家とは利害一致しているが、我等に後々何か言われるのを危惧して、独力で城を奪う積もりじゃ」


「あいつは先の事が見えていない! アイチャが動き、今はナンミを外と内から攻め立てる時だというにっ!!」


「兎に角、コセイの働きを見るぞ。万一にも負ける筈はないじゃろうが、いざとなれば我等オウセン衆も合力して城攻めに加わらねば成るまい」


「叔父上。俺は兵の調練がある故、是にて御免!」


 モウルが陣幕を出ると、ゴシュウは一人深い溜息を吐いた。


(ミリュア殿はモウルの性格を逆手に取り、我等の中を裂こうと考えているのか? それとも…何か他の考えがあるのか……。油断出来ぬわい……)



【――コセイの陣――】



「くそ! 何たる体たらくじゃ!!」


「矢張り、今朝の奇襲で足軽共が些か動揺したのでしょうな…敵の士気は上がり、浮き城のハッダ城を良く守っておりまする」


「敵を褒めて如何するのじゃっ!? それもこれもオウセンの小倅が、わしに内密に敵からの書状を隠し持っていた事が原因じゃ!!」


 怒鳴り散らす主と誰も目を合わそうとはしない。

 コセイは陣へ戻ると、今朝の仕返しとばかりに城を苛烈に攻め立てた。


 しかし、城に篭るユクシャ衆は弱兵ながら良くこれを防ぎ、櫓からは弓に秀でたコロポックル達に狙い撃ちされ、上手く近付けないでいたのだ。

 すると、一人の徒歩武者が陣幕へ訪れる。


「殿。先程、手の者から密かに書状が届けられまして御座りまする」


「何じゃと!? 一体何者からじゃ!?」


 書状を手荒に受け取ると中身を改める。と、先程まで不機嫌顔だったハカの表情から笑みが零れた。


「書状には何と?」


「見てみよ…敵将テンコ・ミリュア殿は此方に寝返ると申しておる」


「誠に御座りまするか!?」


「何でも今宵、丑の刻頃、東門から攻めかかる様、書き記してある。その際、ミリュア家は城門を開け放ち、我等を内部に入れ、共にユクシャ当主を討ち取ろう、とな」


「信用出来ましょうや?」


 当然、家臣の一人が心配顔になる。だが、コセイはそれを笑い飛ばした。


「心配せずとも良い。先に此方へ誠の報せを届けてくれたばかりじゃ。尤も、オウセンの邪魔が入ったがの?」


「後方のオウセン家には、この事お伝え致しまするか?」


「それは無用じゃ。あやつ等は先に届いていた書状を隠し持っておった。報せるに及ばず! それよりも、我等は華麗に城を落とし、オウセン衆の驚く面を眺めてやろうぞ!!」


「はっ!」

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