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第六十八幕・「ゴズ城撤退戦」

 ゴズ城攻めのモウル・オウセンに率いられた四百の軍兵が律動や隊列を乱さず、進軍した。目標の城まで残り数町ばかり離れた所で、モウルが徐に小脇に構えた槍を掲げ、進軍を止めた。


「モウル。敵の一隊が、城より打って出たぞ!」


「あれは…アガロか!」


 彼が視認したその人物は、昔からの犬猿の仲であったユクシャの当主だ。

 見れば供回りは僅か十騎ばかりであり、異様に少ない。


 しかしオウセン家の次期当主は油断無く構えた。アガロは一体何をしでかすか予測が付かない。とても狡賢く、勝つ為なら何でもやる事は昔から良く知っている。


「モウル! 今は待てっ!」


「何をほざくか! 今更怖気付いたとは言わせぬぞっ!」


 モウルは物凄い剣幕で睨み付けると、ユクシャ当主は片手を前に出した。


「そうではないっ! 城には未だにヨイカの商人達や、都から招いたハリマ屋の者が居る! その者達が城外退去するまで、暫し時間をくれっ!」


「証拠はあるか!?」


「手前がその証拠です!」


 前に出たのはハリマ屋の店主。


「貴殿は……」


「お久しぶりですな、オウセンの若殿様? 以前お会いしたヒノ・ハリマです。今、城では商人達が退去しております。如何か、暫く時間を頂きとう御座ります!」


「……ふん、良いだろう! 一刻だけ待ってやる!」


 槍の石突をトンっと地に着け、口を一文字に閉じ、険しい目付きで此方を見据える。


「モウル。密かに狙撃する手筈を――」


「叔父上。それには及びません。あいつは俺が討つ!」


「…………良いじゃろう」


 目の前の大将首を取れば戦は終る。しかし、次期当主であるこの若者の性格がそれをさせなかった。

 アガロは敵意の無いように刀に手を掛ける素振りは見せない。変わりに、言葉を発した。


「何故オウセン家は謀叛をした?」


「知れた事よ。オウセンはこれ以上ナンミに付き合いきれん! 先のテイトウ山の戦いにて、味方諸共敵を討ち取った件や、コグベ、キフキの両名を無残に粛清した件。これ程味方を大事にしない奴の下に付けるか!!」


「だが、モウルよ! テイトウ山では確かに味方にも殺されたが、それのお蔭でセンカ郡を切り取る事が出来たぞ!」


「何を抜かす! 味方を犠牲にして、勝利したのだぞ!?」


「古来より戦とは犠牲を覚悟してするものだ! それに、コグベ、キフキだが、それは両者が裏でチョウエンに通じていたのが原因だ!」


「黙れっ!! そう言って、此方を動揺させる気だろうが、その手には乗らんぞ! そんな事ばかりしてる故、裏切られるのだ!!」


 槍を再び構え直し、アガロへ切っ先を向ける。


「覚悟を決めろ!!」


「―――……そうだな。さらばだっ!」


「全軍追撃! 目標はゴズ城北門!!」


 馬首を翻し、一目散にゴズ城へ目掛けて背中を見せるユクシャ当主を、モウルは全軍で追撃した。

 アガロの予想通り、モウルは鉄砲を使い密かに撃ち殺す等の姑息な手段を使わなかった。あくまでも武門の棟梁らしい華々しい戦を心掛けている節がモウルにはある。


「むっ? 止まれっ!!」


 すると、モウルは何かに気付いたのか、全軍を止めた。

 共に従軍し、副将を務めているゴシュウ・オウセンが疑問を呈した。


「モウル! 敵は目の前ぞ? 今なら勢いに乗じて、攻め取る事容易かろう!」


「叔父上。あれを見て下され。どうも城の様子が妙だ……」


 モウルに言われ、ゴシュウは城を良く見ると、確かにおかしい。

 アガロは既に城へ逃げ込んだというのに、門は開け放たれその上、弓を構える兵士の姿が見えない。旗指物がただ立っているのみであり、妙に静まり返っている。


「おまけに前方左右の林の中から、砂煙が上がっている……」


「誠じゃ…危うく伏兵にやられる処であった……」


 安堵すると同時に、モウルは素早く指示を飛ばす。


「叔父上。五十ばかり率いて、密かに東の森を通り、裏にある南門へ迂回して下され。後方から逆に奇襲を仕掛け、敵を動揺させる!」


「うむっ!」


 敵は恐らく北門付近に兵を忍ばせている筈。ならばその背後を突く。

 残ったモウルは、少し後退すると、長槍隊を前面に押し出して、防御の構えを取った。少しでも此方に敵の目を引き付けておこうと考えたのだ。



【――ゴズ城・東側の森――】



 密かに森林を進むのは、騎馬十と徒歩四十のオウセン別働隊を率いるモウルの叔父ゴシュウ・オウセン。ヒジハ城主にして現オウセン家当主ロウガ・オウセンの弟に当たる。


(急げ! 直ぐに南門へ回り込み、敵の意表を突いてやれ! 余り離れすぎるな!)


 流石は武門の棟梁の一門だけあって兵の指揮が上手い。奇襲行動にも慣れているのか、距離を取りつつ、互いの位置を把握しながら、薄暗い森の中を行軍する。

 だがその時――シャン、シャン、シャン、と辺りから鈴の音が鳴り響いた。


「むっ!? 何だこの音は!?」


「ぐわっ!?」


 隣に居た者が一人、馬上から崩れ、地面に転がった。見ると首に矢が刺さっている。


「おのれっ! 何処から!?」


「うがぁ!?」


 また一人倒れる。兵士達の表情は凍り付いた。何処から音も無く、矢が射られ味方を一瞬で射殺する。

 薄暗い森の中、矢が放たれた先を凝視するも、何の動きも物音一つ聞こえない。

 ゴシュウは決して慌てふためくような、みっともない姿は見せない。


 大将が動揺すれば、瞬く間に恐怖が兵士達に伝染し、戦う前から勝敗が決するからだ。

 歴戦の将である彼は、神経を研ぎ澄まし、薄暗い森の奥を凝視する。


「むっ? 其処か!!」


 槍を茂みに向かって投げると、小さな影が動いた。


「あれを討て!」


 指示を飛ばすと、凡そ三人の足軽が一斉に向かっていった。

 しかしその時。彼等三人の背後で『ぐふっ…』という短く、くぐもった悲鳴が聞こえた。

 振り返ると其処には、先程まで馬上にて鷹揚に構えていた組頭の変わり果てた姿があった。目に生気は無く、血を流し、無言で居る。


「う、うわぁぁあ!?」


「ゴシュウ様! 組頭がやられましたぞ!?」


「致し方あるまい…組頭の代わりに助勤頭が指揮せよ! 全軍撤退! 体勢を立て直す!!」


「ゴシュウ様! 上を見て下さい!!」


 部下が何かに気付き、言われて上を見上げると、数十名の幼い容姿の弓兵が、周りを何時の間にか囲んでいる。


「何だこいつ等っ!?」


「子供、だと……っ!?」


 今迄木の上に身を潜めていた小さな弓兵達が、一斉に矢を浴びせる。

 思わず防御の構えを取ったが、それでも兵士達の何名かは射殺され、次々に傷付いて行く。その腕前は恐ろしく正確で、視界が悪いにも関わらず鎧兜の隙間を難なく射抜き、急所へ当ててくる。

 ゴシュウは冷や汗を流し、ギリ、と歯軋りした。


「成る程、ユクシャ家に居ると噂されていた、コロポックル共か……。先程鳴った鈴の音は、我等の位置を知らせる為の物ではなく、動きを止めるのが目的だったか……!!」



―――コロポックル。


 アシハラ大陸の北方に住む狩猟民族の一つであり、古来より弓の技能に秀で目や耳が良く、弓術に関しては、他の亜人の中でもずば抜けて才のある少数民族である。


 彼等の真の力の見せ所は、森林地帯での奇襲戦にある。獲物を罠に誘き寄せ、敵に息つく暇を与えず、一斉に矢の雨を浴びせる集団戦法を得意とする。

 体が小さい彼等は、外敵から身を守る為、木の上に住居を構え、木から木へと自在に飛び移り、それでいて正確無比に矢を射掛ける。


 また、警戒心や縄張り意識が非常に強い民族でも知られる。体が小さい彼等にとって、外部からの侵入は”死”を意味するからだ。

 そんな彼等の領地へ踏み入れば、瞬く間に人、鬼、女子供、種族の別無く躊躇せずに排除してくる。


 森の小人族である彼等は、未だソウ国が天下統一をする前は、森の番人と呼ばれ、土地の者は決して近付かず、独自の社会体制を気付いており、ソウ国の王が崩御した後、結成された亜人・異民族の部族連合では、斥候や奇襲など、局地戦において士族を大いに苦しめた勇敢な戦闘民族でもある。


 幼い容姿と、華奢な身体つきに似合わず、動きは機敏で、油断をしていると、あっという間に急所を射られ狩られてしまう。



「固まるな! 一組三人で別れ後退せよ!! 負傷した者を先に逃がせ!!」


 しかし大きな混乱は起さない。

 至近距離からならば例え鎧を着込んでいても、貫通する程の威力を持つ彼等の弓だが、オウセン家の揃える頑丈な重装備の前では跳ね返される。


 あくまでも頭上の敵を警戒しながら、鎧兜で覆えない部分に注意を払いつつ、ゴシュウは逸早く指示を飛ばした。

 今迄狙い撃ちにされていた隊は複数に分かれ、一斉に後退し始める。

 部隊の足止めをしていたレラは、攻撃を中止する。


「レラ隊長! 追撃を!」


「いや、此処までです! 成る程、わたし達を少数と判断し、部隊を複数に分ける事で狙いを付けさせないですか……。敵ながら見事な判断です。これ以上此処に留まっても仕方ないです。後方へ下がり、合流するです!」



【――オウセン隊――】



「報告! 東の森では敵の兵が伏せており、近付けぬとの事!」


「如何なされます!?」


「城へ向かう……!!」


 今迄石造の様に動かなかった若君は、突如命を下す。

 その決断に、侍従が目を丸くした。


「されど、敵の伏兵はっ!?」


「林を見てみろ。もう砂煙が上がっていない」


 指差す先を見据えると、確かに林の奥は静まり返り、さっきまで感じていた殺気が無くなっている。


「……成る程。我等を足止めするのが目的でしたか。なれど、若。何故、城が蛻の殻と思われるのですか?」


「敵は三、四百というが、実際に戦えるのはその半分以下だろう。そんな数で勝つには、意表を突いた奇襲か、他のやり方が必要だ。俺は周囲を厳重に見回らせ、奇襲を警戒した。だが、城の東の森林に敵の兵が隠れているという事は、奇襲は無しだ」


「敵は最初から足止めと、撤退が目的だったと?」


「そういう事だ。念の為、物見を向かわせろ」


 暫く時間が経過すると、放った物見三騎程が戻って来た。彼等は直ぐに下馬し、委細を報告してくる。


「旗指物が立てられているだけで、ゴズ城には既に誰も居りません!」


「おお! 流石は若様じゃ!」


「ゴズ城へ入城するぞ!」


 ゴズ城へ入り、反対側の南門を眺めると、如何やら目と鼻の先に、アガロの一隊と思わしき部隊が屯しているのに気付く。


「若! 追撃の準備を!」


「……いや、あれは囮だ。捨て置け。後から来るコセイ衆と合流し、我等は明朝、城を出て、敵を追撃する!」


「ははっ!」



【――ゴズ城・南方方面――】



「ブンワ様。敵に追撃の気配は御座いません!」


「流石はオウセン家の若君です。御当主様の考えを予想しているのでしょう。私達も撤退します! 隠密に行動し、五町はなれた先で合流します!」


 ヤイコクはゴズ城南門から少し離れた先にある林の中に待機していた。

 万一オウセン家が追撃してきた際、これを奇襲し、足止めする為であるが、相手はアガロの旧友だけに、考えが読めているのかその手には乗ってこなかった。

 感心した様にヤイコクは再びゴズ城へ振り向く。


(ロウガ・オウセン殿は聡明な嫡男に恵まれておいでですな……)


 彼等はやがて予定地で全員合流する。


「レラ。被害の方は?」


「わたし達の組は殆ど大丈夫です!」


「私の部隊も問題ありません。敵は恐らく部隊の増強後、追撃してくるでしょう」


「モウルならそうすると思っていた。引くぞ! 後方のハッダ城へ向かう!」



【――ビ郡・雨漏り屋敷――】



「ドウキ。今日、新しく加わった新兵は八人でさぁ」


「おう。八人も加わったか…また鍛えてやらなきゃな……」


 雨漏り屋敷の一室にて、赤と青の鬼が二人、新しい部隊編成に付いて合議している。

 二人は主君に言われた通り、新たに加わる新兵と、古参の兵士達との折り合いを上手く付け、また調練も欠かさず行っている。が、それでも脱走する者は居る。


 皆が皆、やる気のある者ばかりではないのだ。

 主に人間と亜人の混成部隊であるユクシャ組へ加入を求める者は、大体が氏素性の怪しいゴロツキか、飼い主の元から逃げ出した亜人等が殆どで、時にはその日の飯を目当てに加わる者だって居る。


「ここが難しい所だよな…新兵だからって厳しくしすぎると、直ぐに脱走しやがるし……」


「かと言って甘やかせば古参の奴等が文句を垂れやす。直ぐに内部不満で一杯でさぁ……」


 二人は溜息を吐いた。ユクシャ組の指揮と編成は主に二人の仕事だ。

 ドウキは兵士を鍛え、トウマは内部不満の解消や、密かに部下等を使って紛れ込んだ間者等を探し出す。


 ナンミ家の雇う常備軍は数も多く、減れば直ぐに人で溢れかえる城下町から兵士志願者が募る。特にその中でもユクシャ組は脅威の補充率を誇るのだ。

 大体の組頭や大将は、兵士になる者達の罪過や経歴等を聞くが、アガロはそれを一切問わず、所構わず召抱えるよう命じている。


 どうせ彼等に禄を与えるのはリフ・ナンミであるが、その代わり、質がかなり落ちる。柄の悪い兵士は軍律を乱し、他の兵士達への士気にも関係する。

 故にユクシャ組はナンミ軍の中でも、取り分け軍律に厳しい部隊なのだ。

 それだけ兵士達が軍律を守っていない、という事である。そこを上手く纏めるのが二人の役目だ。


「ドウキ殿! 大変です!」


「如何した、リテン!?」


 突如、襖を開き慌しく駆け寄ってきたのは、元デンジ組の一人で鬼のリテン。


「来客です!」


「後にしろ! 今忙しいんだ!」


「いえ、それが……」


「邪魔するぞ……」


 低い重低音の声が響くと、ドウキとトウマは一斉に視線を向けた。

 そして彼等は次に目を丸くする。


「こっ、こりゃ、大殿じゃねぇか……」


 ドウキは唖然とした。

 リフ・ナンミ。ビ郡の大大名の姿が其処にはあった。

 思わず皆平伏する。一瞬で場の空気は一変し、緊張に包まれた。


「父上!?」


「ハクア、息災か?」


 其処へ丁度、報せを受けてハクアが姿を見せた。直ぐ側には護衛のリッカと、アガロの姉ルシアも居る。

 しかしリフは溺愛する娘に一瞥くれただけであり、直ぐに平伏する鬼二人に視線を落とす。


「誰がこの組の大将じゃ?」


「おれです。一応、一番隊頭を勤めてます」


「ほぅ。赤鬼か……」


 品定めするようにドウキを凝視する老人。

 何も言わず、只黙っている老人に耐えかね、ドウキは恐る恐る口を開く。


「恐れながら、大殿……」


「控えよ赤鬼が!!」


「良い、ソホウ。……赤鬼。許す。申してみよ」


 ソホウ、という家臣が怒鳴ったが、リフは彼を宥めると、ドウキに続けるよう促す。


「はっ! 大殿の突然のお越しは、一体如何なるご用件で?」


「何じゃ、その方等知らんのか? たった今、ハンコウ県から使者が来て報せてまいった。如何やらオウセン家が謀叛したとの事じゃ」


 周囲の者達皆、驚愕した。

 オウセン家の名声は、此処に居ても耳にする。それがまさか謀叛しようとは誰も思わなかっただろう。


「そこであのわっぱから、援軍要請の使者が来た。その方では役不足じゃ。ソホウ。ユクシャ組の大将を勤めよ」


「ははっ! 承知仕りました!」


 ドウキは内心何処の誰とも知らない武将に、ユクシャ組の権限を与えるリフに少し腹を立てた。

 すると突然、ルシアはリフの側に擦り寄り、膝を付いた。


「御初に拝顔の栄を賜り、恐悦至極に存知奉ります。アガロ・ユクシャの姉ルシアに御座りまする」


「その方が、あのわっぱの姉か? 面を上げぃ」


 目が合うとルシアは思わず内心ビクリとした。

 この老人は獣の目をしている。まるで自身を獲物と認識しているかのような目付きであった。


「あのわっぱ。報せによると、勝手に城を放棄し、後方へ下がったという。情けない。その方の弟は臆病で常に逃げ腰じゃ……」


「…………」


「勝手に兵を引きおって。これでは領内の不穏分子に勢い与えるものじゃと何故気付かんのか。ナンミの一門として、もう少し家の事を考えて貰わねば困るわ……」


 リフは小言を言いながら、広間へ入り上座へドスンと腰を下ろして胡座を掻いた。

 ルシア達も後に続き、広間へ入り着座する。


「赤鬼。わっぱに伝えよ。此度の一件はお前が責任を持てとな。ジャベの手勢も差し向ける故、オウセンの一件を済ませよ]


 声は落ち着いており、とても冷静だ。が、眉は怒りで釣り上がり、青筋を立て、獰猛にして何処までも冷酷な瞳をしている。

 恐らくこれが、本来のリフ・ナンミなのだろうとルシアは内心思った。


「あのわっぱにも困ったものじゃ……」


「されど父上。旦那様は聡いお方……。それに退き際を心得ておられる武将と聞き及びまする」


「逃げてばかりでは勝てんわ! 若い内から逃げ腰で如何するのじゃ!!」


「恐れながら……」


 未だに機嫌が直らず、腹の虫が悪いナンミの大大名に、ルシアが勇敢にも口を開いた。


「三十六計逃げるに如かず、とも言います。逃げてばかりいては確かに勝てませぬが、負けも致しません」


「ほう、面白い……。わしに意見する気か?」


「恐れながら申し上げます。我が愚弟の事で腹を立てているのは重々承知してますが、古来より戦とは、如何にして勝つかではなく、如何にして負けない様にするかが肝要である、と言われております。アガロさんは確かに戦は弱く、勝ち戦よりも、負け戦の方が多いでしょう。されど、それで甚大な被害を出した事は一度たりともありません!」


 ピク、とリフの眉が動く。

 ルシアはドキリとした。嫡男のジャベでさえ、父の不興を買う事を恐れているのに、彼女は臆面も無く口にしたのだ。

 これには流石に赤鬼、青鬼、半妖でさえも内心ハラハラし、いざという時に構えた。


「わしのやり方が間違っていると申すか、小娘?」


「余りにも惨い仕打ちは、家臣から遠ざけられます。もう少し、お味方の事を考えてみては?」


「…………」


 沈黙が続いた。余りにも重い緊張と不安が、一斉に襲い掛かってきたかのような時間である。


「―――ふっ、あ―はっはっは!!!」


「父上!?」


 ハクアは思わず目を丸くする。

 この父の事だ、この場で斬り捨てるのでは、と心配したが、予想外にも大笑いが木霊する。


「如何やらユクシャの一族は、親子揃ってわしに楯突く性分らしいのう。ルシアよ、また機会があれば、話でもしようぞ……!」


 言うと老人は颯爽と場を後にした。

 ポカンとしていたハクアは、慌てて義姉の側へ寄り添と、ルシアはドッと疲れが出たのが彼女へ寄り掛かってしまう。


「義姉上! お気を確かに!」


「緊張しました……」


 直ぐに鬼達も寄って来る。


「流石はルシア様でさぁ!」


「おれも肝を冷やしたぜ……」


「全く、男共がこれじゃ心配だわ。ちゃんと戦えるの?」


 リッカの発言に思わず笑みを零すルシアとハクア。お蔭で少し元気が出たのか、ユクシャの姫は座り直した。


「今、キセに暖かい茶でも持ってこさせまする」


「いえ、結構です。それよりも、アガロさんは大丈夫でしょうか……」


 矢張り心配なのは実の弟の事であり、今度は不安が一杯の表情に成る。


「私は、家族を失いたくありません……。あの思いだけは、もう……」


「義姉上……」


 三年前、タキ城に帰還したのは突如行方を暗ましたアガロと、主だった者達だけで、自分を可愛がってくれた父のコサンは、首一つだけという変わり果てた姿だった。

 家族の中で、彼女、ルシアだけが涙を多く流し、体調を崩した程だ。


「心配には及びませぬ、義姉上。アガロ様はハクアの旦那様に御座りまするぞ?」


「そう、ですね……。アガロさんなら、大丈夫です……」


「大丈夫だぜ! おれ等が付いてる!」


「そうですぜ! 安心して下せぇ!」


「……はぁ、心配だわ」

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