第六十六幕・「再会」
「御初にお目にかかります。都で商いをしています。ハリマ屋の主ヒノ・ハリマと申します」
「此度、ハンコウ県ゴズ城城主に任じられた、アガロ・ユクシャだ」
「では早速、商売の話と行きましょう。時は金成り、と言いますしな……」
カンラ家を召抱えてから一夜が明けた。
アガロは家臣ヤイコク・ブンワを侍らせ、ヨイカの港から呼び寄せた商人達との面談も済ませ、目的の都の商人ヒノ・ハリマという中年の男と顔を合わせた。
更にこの席にはミリュア家当主のテンコや、行商人のヨヤも同席させた。一先ず、ヤクモを人質として送るのは明日とし、今日はこの行商人にも他の商人達と面識を持たせてやり、一応恩を売っておく。
そしてレ二屋からは、二番番頭のダンも出席している。
「ハリマ屋はどのような商品を扱っているのかな?」
「はい。手広く、やっております。ですが、最近は矢張り戦も多く、武器等が沢山売れますな」
「成る程」
テンコが一つ頷く。
武器商売は珍しい事ではない。特に今、都の情勢は思わしくなく、国王派のマンジ家と幕府派のアイチャ家の小競り合いが繰り広げられている。故に武器商売でぼろ儲け出来るのだろう。
「それに、儲けていなければ、ギ郡等という田舎まで、商いに来てはおりません」
随分と言い方に棘がある。しかし、金は力だ。多くの店舗を構えるハリマ屋に、今のギ郡商人は敵わないだろう。
「失礼。わたしはレ二屋の二番番頭ダンと申します」
「おぉ。これはこれはユクシャ県のレ二屋さんですか? お会い出来て嬉しく思います」
「早速ですが、ハリマ屋さんは今後、トウ州へも商いを広げたいとお考えで?」
「無論、金があるのなら、此の侭東へも伸びたいと思っております」
「でしたら、友好の証として、ユクシャ家とレ二屋からほんの些細な贈り物が御座います」
「ほう、それは?」
目の前に出されたのは、黒く漆塗りのされた箱だった。
「バンジ港の株で御座います」
「ほほぉ~。それは有難い……。株の入手を如何しようか考えていた所だったのですよ」
株は商いをする為に必要不可欠な物だ。本来は座で売られ、それを買えば商売の権利が手に入るのだが、他の商人達が買い占めたり、親から子へ伝えられたり、と入手が困難であり、独占されている。
余所者が自由に商い出来ないのだ。
リフ・ナンミはその座を撤廃し、城下町で自由商売を進めている。が、その命令が出ているのは、全ての町ではない。基本はロザン城下町と、サイソウ城下町の大都市だけである。
(何れは俺の県でも、座は廃止せねばな……)
アガロは二人の会話を聞きながら、今後の内政方針を考えていた。
ハンコウ県のヨイカや、ユクシャ県のバンジ等小さな町では今猶、座や組合の者達は存在している。だが、それ等を撤廃出来る程、アガロには未だ力が無い。
「つきましては今後、ユクシャ県で商いする際、他の商人と談合する際等は是非ともレ二屋を通して下さい……」
「いやいや、これはご丁寧に! 元から他所の土地で好き勝手に商売する気は毛頭ありません。今後とも良しなに……」
そして、今度はハリマ屋の店主は行商人へ目を向けた。
「そちらのお方は?」
「これは申し遅れました。私は行商人のヨヤです。主にエン州とトウ州の間を行き交い、商いをしております」
「ほぉ。行商人? 成る程、夢があって良いですなぁ」
「いえいえ。これでも駆け出しの半人前です。ハリマ殿に是非ともご教授頂きたい」
「何のなんの、此方こそ教えるような事は多くありません。互いに商人同士、仲良くやりましょうな? 所で…ユクシャ様とはどのようなご関係で?」
「はい。私は最近ユクシャ家相手に商売致しております。今ではトウ州の大名家とも親しくさせてもらっております……」
「ほほう、トウ州の大名家と……?」
瞳がギラリと光る。商売人の目をしてた。
将来は東へも商売の手を伸ばしたい、と先程言ったばかりである。ヨヤのように、その土地へ商いに行く行商人からは、色々と有益な情報も得る事が出来るだろう。
その土地では何が求められているのか、トウ州人相手にはどのように商売したら良いのか。これから商いを計画しているのであれば、情報収集は基本である。
また、ユクシャ家はバンジの港を支配し、水軍も保有している。
これから海を通じて貿易を考えているハリマ屋主としては、此処でユクシャ家とも仲良くし、今後の商売を、同業者に邪魔されないように、支配者とは誼を通じておく事が必要である。
三人の商人が、作り笑いを浮かべながら、朗らかに雑談等を始める。
その様子を見ながら、アガロは少しじれったそうな声で、テンコに訊ねた。
「テンコ。オウセン家は未だか?」
「じきに来る筈だから、落ち着いて待ちなよ。君は案外短気だね?」
「時は金成りだ」
言うとテンコは可笑しそうに笑い出した。
「期待しているぞ」
「助っ人として呼ばれたんだから、任せておきなよ」
テンコはモウルと仲が良い。それを利用してオウセン家との仲介役を引き受けて貰ったのだ。
流石世渡り上手と言うべきか、彼は気難しいアガロや、真面目なモウルと上手くやる術を心得ている。猜疑心強いジャベ相手には腰を低くし、小者のように振る舞う。その八方美人な性格の為か、人によっては彼を信用出来ない者も居るという。
すると、急ぎ足の音が聞こえてきた。その音が広間近くにまで迫ると姿を見せた。今朝方テンコが遣わした使者だ。
ようやくオウセン家との連絡が付いたのか、と僅かなりにもミリュア当主は顔を綻ばせたが、それは次の言葉により裏切られる。
「申し上げますっ! オウセン家、謀反に御座りまするっ!!」
アガロが声を上げる前に、隣で聞いていたテンコが先にバッと立ち上がった。目を丸くし、目の前の使者を怒鳴りつけるように口を開いた。
「何かの間違いだ! モウルが謀叛などありえない!!」
「なれど、城門を硬く閉ざし、城内に兵を入れ、籠城の構えを取っております!」
「嘘だっ!!」
その時、アガロも立ち上がり、テンコの肩を押さえ宥めた。
「落ち着け」
「―――……済まない」
「ヤイコク! 速やかに兵を集めておけ!」
「はっ!」
「キョウサク!!」
大声で呼びつけると、直ぐ様姿を見せた。
「お呼びですかりゃ!?」
「俺は先にオウセンの様子を見てくる! レラを直ぐに寄越せ!!」
「はっ!」
「アガロ! 僕も行くよ!!」
「急げッ!!」
【――ヒジハ城・ロウガの居室――】
「父上。準備整いました」
「うむ……」
ロウガ・オウセン。このヒジハ城の城主であり、オウセン家当主である。
オウセン家は、サイソウ家がギ郡の守護大名家に成る遥か前から、このギ郡に住み付き、力を振るった名族である。
その現当主のロウガは、息子の報告を聞きながら、何処か思い詰めたような顔をした。
「モウル……。すまない。お前にまで、謀叛人の汚名を着せる事になるとは……」
「父上! 今更何を仰います!? 我等はアイチャ家と結び、立ち上がったのではありませぬか!?」
「そうじゃ……。リフは信用出来ん。先のテイトウ山の戦いでも味方諸共、敵を焼き殺し、此度はロザン城で、コグベ、キフキの二人を粛清した……」
「これはこれは、オウセン殿ともあろうお方が、何と弱気な……」
「ハカ殿……」
ロウガの居室に現れたのは、中年くらいのひょろっこい男だ。薄い口髭を撫でながら、得意げに語る。
「リフは某の主コグベを、何の確証も無く、また調べもせずに粛清したのですぞ? そんな奴の娘婿とかいうユクシャの当主が兵を率いて来たのです。オウセン家を潰す魂胆が丸見えです」
「ハカ殿! 勝手に父上の居室へ入るのは控えられよ!」
「これは若君。失礼仕りました。オウセン殿、某の配下達も既に準備万端。何時でも打って出れます。それと、約束の事はお忘れでは無いでしょうな?」
眉をひそめ詰め寄るコセイ。
それに落ち着いた物腰でオウセン当主は返答した。
「御案じ召さるな。此度の戦は貴殿の旧領回復の為のもの。我等オウセンと結託し、十分に主君の無念を晴らされるが良かろう」
「流石はオウセン殿。頼りになりますわい」
「―――……父上。ゴズ城攻めの先陣は、俺にお任せ下さい」
「モウル。過去の友と相見える事となるが……」
「元より覚悟の上!」
「これは頼もしい若君ですな」
するとオウセン家嫡男が、キッとコグベの旧臣を睨み付けた。
「余りつけあがるな! 失礼仕る!!」
モウル・オウセン。次期オウセン家当主にして、血気盛んな若者である。身の丈七尺をゆうに越し、力も強く、配下からの信頼厚い武将である。
彼は愛用の長槍を小脇に構えると、櫓に上り向かいに聳えるゴズ城を見据えた。
「若殿様!」
「如何した?」
「城門前に、ユクシャ当主と名乗る者が参られました!」
「何だとっ!?」
「直ぐ側にはミリュア様も居りました!」
「……そうか。テンコも着ていたか。直ぐ参る!!」
モウルは櫓から下りると、早足で厩屋へ向かった。その途中、二人の若者を見つける。
「シンカ! チャド! お前達も着いて来い!」
「はっ!」 「はい!」
オウセンの若君は騎乗すると、徒歩侍八名引き連れ、城門前まで急いだ。
「チャド。城門前に居るっていうユクシャの当主は、確かゴズ城の新しい城主だよな?」
「聞いた話だとそうだね」
「てことはよ? そいつを討ち取れば、大手柄じゃねえか?」
「シンカ。余り焦っちゃ駄目だ。早死にしてもキサザは喜ばないよ」
「分かってる!」
【――ヒジハ城・城門前――】
「アガロ・ユクシャだ! ヒジハ城主ロウガ・オウセン殿に話しがあるっ! 門を開けよっ!!」
アガロが叫んでいると、城門が物々しく開かれた。
そして数名の徒歩を引き連れて、一人の生真面目そうに口を一文字にキュッと閉じた若武者が馬に跨り、槍を小脇に構え、目の前に出て来た。
「モウル。久しいな」
「アガロ! 何しに来た!?」
「話があって来た。ロウガ殿に会わせろ」
「断る!」
「モウル! これは一体何の真似だっ!?」
「テンコか……。お前もジャベに与する者だったな。軟弱者がっ!!」
「話を聞いてくれ、モウルっ!」
「聞く耳持たん! 直ぐに去れっ!!」
仲の良いテンコの言葉にも耳を貸さないモウルは、槍を何時でも戦闘出来るように構え、此方を睨んだ。同様にモウルの配下達も槍を構えた。
そしてその中の一人、シンカは馬上の相手を凝視しながらポツリと呟いた。
「―――……似ている」
「シンカ? 如何したの?」
「あの時のあいつに似ている……。あの黒い髪、黒い目に褐色の肌……。あいつは確か、テイトウ山の近くで見た村の奴にそっくりだ……」
槍を構えた青年は、数ヶ月前の記憶を思い出していた。
その時だ―――。
「ロウガ・オウセン殿に申し上げるッ!!!」
突如、ユクシャ当主の大声が響いた。
「此度の挙兵は無謀也ッ!! 先のクリャカとの戦で、疲弊したギ兵を再び募り、ナンミに刃向かうは、民を見捨てる事に等しいッ!! ハンコウ県の平穏を思うならば、今直ぐに矛を収め、今一度ナンミ家に服属せよッ!!!」
「黙れ、アガロっ!!!」
「モウルっ!?」
オウセンの若殿は馬を駆けると、アガロの喉もと目掛けて槍を突き出した。すると同時に、一本の矢がモウルの槍の柄を射抜き、僅かに軌道を反らした。
「当主様!」
「レラッ! モウルは討つなッ!!」
「分かっているです!」
言うと彼女は直ぐに二本目を射た。今度は矢が馬の足元に突き刺さり、驚いたモウルの愛馬は前足を上げ、立ち上がる。
オウセンの若君は、馬をどうどうと落ち着けている間に、目の前の大将首を逃がしてしまう。
アガロとテンコは直ぐに距離を取り、コロポックル達と合流する。
「よくあそこから射抜けたな?」
「わたしの弓は百発百中です!」
「助かったよ、レラちゃん!」
「えへへ~……」
照れ笑いをし頭の後ろを掻くコロポックルの娘。
最後にアガロは再び城へ向くと、眼前の相手に告げる。
「モウルッ! 今一度忠告しておくッ!! 民の事を考えるのなら、今はナンミに逆らうなッ!!」
アガロは馬首を返し、ゴズ城へ向かった。テンコは友へ振り向き、寂しそうな顔をして去って行った。