第六十五幕・「外法衆」
【――ゴズ城・広間――】
「はぁ……。やっと一息つけるな……」
「殿。お茶ですりゃ」
「ん」
キョウサクが熱い茶を淹れ、差し出した。それを受け取ったユクシャ当主の顔色には、少しばかり疲れの色が出ている。
長い間、各郷村から来た村長達と話し合ったのだ。普段、無口で愛想を振り向かない彼には、とても厳しい仕事であっただろう。
「そりぇにしても、殿は見事でしたりぇ! あれだけ居た村長共をあっという間に従わせるりゃんてな!」
「ナンミの肩書きが上手く利いたな」
そう言ってずずずと茶を啜る。
アガロは話し合いの際、ナンミ家の一門であり、あのリフ・ナンミの娘婿である、と会う前に伝えておいたのだ。おまけに自分は多くの亜人達を纏め、黒鬼と渾名されているという事も教えた。
流石に効果は覿面で、大概の村長達は恐れをなして、腰を低くし今後もナンミ家に従うとの意見を表明してきたのだ。
こういった仕事では、何よりも肩書きや武力が物を言う。今回の主命は、周辺地域の安定であるから、手段は好きにして良いのだ。別段、ああしろ、こうしろと指示を受けている訳ではない。
「御当主様。只今戻りました」
「ヤイコク。上手く行ったか?」
「はっ。神社勢力は引き続き、我等ナンミを支持するとの由。なれど、不審な点があります」
隻眼の側近は眉間に皺を寄せた。
「コグベ、キフキの元配下達が、何処を探しても見当たらないのです……」
「俺も丁度、同じ事を考えていた。どうもおかしい」
普通ならば、粛清された両名の元家臣達は、周辺の神社や郷村等に隠れ住んだりして、一揆の扇動をしたり、他家と通じて領内へ引き込んだり、または田畑に戻っているものだ。
そんな不満分子の彼等を召抱え、確りと地位の保証をしてやる事は、今後の統治に関わる。しかし、その彼等が居ないのでは話しにならない。
恐らく何処かに匿われている、と二人は結論を出した。
「居ないのでは仕方ない。引き続き領内を探れ。俺は明日のヨイカ衆に備える」
「明日の席。既に準備は整っております。オウセン家にも、明日の席に参加して頂けるよう、使者を遣わしました」
「ん。キョウサク。飯にする」
「はっ!」
キョウサクが広間を出ると、入れ違いで幼い容姿と一風変わった着物を身に着けた、コロポックルの隊長が姿を現した。
「只今戻ったです~……」
「レラ。お疲れ様です」
「疲れたです~……」
彼女はへとへとになっており、目の前に出るなり溜息を吐き、肩をトントンと叩いた。
アガロの前に座ると、早速報告に入る。
「わたしの部下達を周囲に放って、亜人達を探したです。今日だけでも鬼を六人、獣人五人。計十一人を見つけたです」
「ん。それで、如何した?」
「それが、大変だったです~……。見つけるなり、怯えて襲い掛かってきたんです」
「大丈夫だったのですか!?」
ヤイコクが心配そうに身体を前のめりにして聞くと、レラは安心するように促した。
「勿論です! わたしの仲間が、そう簡単にやられる訳ないです! 兎に角、少し弓矢を使って脅したら、大人しくしたです。逃げる子には少しお仕置きして、連れてきたです」
「流石は狩猟民族だな」
アガロが感心したように一つ頷いた。矢張り、コロポックル達を連れて来て正解だった、と自分の判断に自信を持つ。
彼女達は北の土地で育った少数系の狩猟民族であり、こういった領内での亜人探しや、巡察には持って来いの人材である。おまけに狩りが上手い。獲物を発見したら、互いに連携して捕らえる。その能力は、亜人だけではなく、領内の賊を取り締まるのにも十分効果を発揮する。
そして、そんなコロポックル達を纏めるレラの統率力を、アガロは中々に買っているのだ。その愛らしい容姿とは裏腹に、規律には厳格で、責任感がある。
「レラ。今日連行した奴等は、協力して貰えるならそうしろ。そいつ等を使って、他の亜人達の居場所を探れ」
「はいです!」
彼女は一礼して場を後にした。
「さて、ヤイコク。早速だが、明日のヨイカ衆との話し合いで、相談がある」
「はっ!」
「その前にちょっと良いかい?」
場の空気に似合わず、気の抜けた声が響いた。
広間にひょっこりと顔を見せた人物を見て、ヤイコクは笑みを見せたが、ユクシャ当主は仏頂面の侭だった。
「やぁ。二人とも、久しいね」
「テンコか。遅いぞ?」
「酷いなぁ。これでも全速力で駆けて来たんだよ?」
「お久しぶりです。ミリュア殿!」
ヤイコクが恭しく挨拶をする。対して彼の主君は相も変わらず無愛想な態度で出迎えた。これには流石に慣れているのか、テンコも気にはしなかった。
すると其処へ丁度、キョウサクが食事を運んで来る。
「キョウサク。飯は未だいい。呼ぶまで下がっていろ」
「はっ!」
勿論、キョウサクは訝った。広間にはミリュア家当主が居るのだ。何か怪しいと思うのは自然な事だろう。
「はいはい。キョウサクさん。わたしと一緒に来るです」
「はりゃっ!? レラ殿っ!?」
キョウサクは突如現れたコロポックル達に連行された。彼女は流石に気遣い上手なのか、彼を引き剥がすと最後に目配せして、襖を閉めておく心遣いも忘れなかった。
それも見て、テンコは感心したように頷いた。
「相変わらず、元気そうだな?」
「やだな。折角、親友が訪ねて来たんだから、少しは嬉しそうにしなよ。それとアガロ、これは僕からの祝いの品だ。結婚おめでとう。受け取ってくれ」
狐目の友は懐からすっと一冊の書物を取り出し、褐色肌の少年へ手渡した。
アガロは素直ではないが少し照れながら、それを受け取り、表紙を見た。瞬間、顔が凍りつく。
「どうかな?」
「―――……何だ、これは?」
「何だって、決まっているじゃないか。『房中術四十八手入門書』さ。これは言わば、男女の儀式の為に書き記された奥義の数々や、その極意を―――あいた!?」
彼はその書物で頭を叩かれた。
不機嫌そうに睨む友を見て、テンコは何時もの悪巧みをする時の笑みを見せる。
「どうして叩くのさ? ここは嬉しさから涙し、友情に感動して、その上、僕にどうやれば女を手篭めに出来るか訊ねる場面だろ?」
「……少しでも感謝の念を抱いた俺が馬鹿だった」
「何を言っているのさ! 君は意外に奥手そうだから、心配してあげたんじゃないか!」
「お前は未だ嫁も貰ってないだろ!」
「え~……っと、僕はね、この前侍女とちょっと……」
「はぁ……」
「なっ、その蔑んだ目は何だい!? それが友に向ける目かな!?」
「あの~……」
その時だ。襖の向こう側で、聞き覚えのある声がした。『失礼します…』と短く言い放つと、スッと開き姿を見せる。
「おお、ヨヤ! 久しいな!」
「お邪魔でしたら、私は失礼しますよ?」
「何を言っている。お前が居なければ始まらん。入れ!」
「―――……僕の時と、態度が違くないかな? 一応、彼を探したのは僕なんだけど?」
やや不満を漏らすも、アガロは無視した。
ヨヤは着座すると、改めて挨拶し、久しぶりに会ったヤイコクにも一礼した。
「ヨヤ殿。先の一件では、お世話になりました」
「これはヤイコク様! ご丁寧にどうも……」
「早速、用件に入るぞ。ヨヤ。リンヤ村へ行ってくれ」
「今回の経緯を報せるのですな?」
「そうだ。恐らく、サラはこの事既に聞き及んでいる筈だ」
「ならば、何か誤解を解く為の手土産を用意しなければ、納得しないでしょうな……」
アガロがハクアと婚儀を行いナンミ一門になった話は、既にクリャカ家にも伝わっている筈。サラ・ショウハはアガロを調略しようと目論んだが、逆に騙されたと思っているだろう。
その上、口約束ではあるが、姉のルシアを送る、と先方に言ってあるのだ。
その人質候補である彼女が今、リフの居城ロザン城下に居るのでは話しにならないし、誤解を如何しても解かなければならない。
「それなら、僕に良い案がある」
口を開いたのはテンコだった。訝るユクシャ当主を尻目に、彼は手を叩き家臣を呼び出す。
現れた家臣に『彼等を此処へ』と告げると、暫くして一人の痩せ細った壮年の男が広間に姿を見せた。
「御初にお目に掛かります。某、シシド・カンラと申しまする……」
「あれ? もう一人は?」
「もう一人?」
「やだな、アガロ。忘れちゃったのかい?」
「ヤクモ! 恥しがってないで早く入りなさい!!」
「はっ、はい……。失礼します……」
シシドが大声上げると、おずおずとした仕草で一人の娘が姿を見せた。綺麗な桃色の長い髪と透き通る様な白い肌、そして従順そうな雰囲気の娘だ。
彼女は落ち着いた動作で広間へ入ると、目の前に平伏し顔を上げた。アガロを見詰め、笑顔を向ける。
すると、隣で見ていたテンコが小声で呟いた。
「どうだい、アガロ? びっくりしたかな?」
「…………」
「アガロ? 驚きすぎて言葉も失う程かい? そりゃ分かるよ。特に…胸とか成長したよね?」
「―――……誰だ?」
「えぇ~!?」
「うぅっ!?」
小首をかしげる。ユクシャ当主の反応は今一だった。
流石にこれは予想していなかったのか、狐目の友は苦笑いをし、大人しそうな彼女は少し涙ぐんでいた。
「いっ、いいよ…どうせあたし、影が薄いし……。会っても覚えて貰えないから……」
「ヤクモちゃん! 元気出して!? そうやってまた落ち込んでいたら切が無いよ!?」
彼女を慰めるが、一気に暗い雰囲気が立ち込める。
「それで、お前は誰だ?」
「アガロ…君ね……」
少しは空気を読め、とばかりに睨んでくる友を尻目に、彼は何時もの調子で話を進めた。
「はっ。此方に控えるは、わしの愛娘のヤクモ・カンラ。次期カンラ家当主の娘御ですわい……」
「ヤクモ…カンラ……?」
「ほらっ、アガロ。思い出さないかな? 幼馴染のヤクモちゃんだよ? よくサイソウ城の新年の宴で喋ったじゃないか!?」
「そう、言われてみると……」
ぼやけている記憶の彼方に、確かそんな奴も居たかな、と彼は顎に手を当て見詰めた。
「おっ、思い、出してくれた……。あ、アガロ君?」
「駄目だ。思い出せん」
「はぅぐぁあっ!?」
ばたっと目の前で崩れた。余程凹んだのか、その侭起き上がろうとしない。
流石にやり過ぎたと思ったのか、彼は少し苦笑いをした。
「冗談だ」
「うぅ~…本当……?」
「本当だ」
涙目になり上目使いで此方を見てくる。ドキッとする仕草かも知れないが、アガロは(面倒臭い奴だな…)と心の中で呟いた。
「カンラ殿。話を続けようか?」
「は、はぁ……」
テンコはヤクモの頭を撫でながら、彼女の父シシドに本題へ入るよう促した。
「此度、ユクシャ殿に他ならぬお願いの儀がありますわい」
「何だ?」
「わし等、カンラ家を召抱えてはくれませぬか?」
「お前等を?」
難しそうに睨むユクシャ当主。
その時、慰めに回っていたテンコが口を開いた。
「カンラ家は、三年前のゼゼ川の戦いの後、サイソウ城を落ち延びて、僕の元に身を寄せていた一族なんだよ」
「そいつ等が、何故俺の所へ来たがる? お前の元で召抱えればいいだろう?」
「それがね…ちょっと事情があってね……」
「わしが説明しますわい。ミリュア殿。気遣ってくれて感謝しますぞ」
頬をぽりぽりと掻いて、気まずそうに口を紡ぐミリュア家当主に代わり、シシドが応じる。
「わし等、カンラ家は外法衆なのじゃ」
「成る程……」
―――外法衆。
歴史の表舞台には立たず、陰で暗躍する集団である。或る者は忍びと呼び、或る者は喇叭等、呼び方は様々であるが、彼等を総称して外法衆という。
彼等の仕事は、他家の要請に応じて合力(援軍のこと)したり、情報収集や索敵、調略や城の焼き討ち等多岐に渡る。
そして身分階級から見ると、亜人に次いで位の低い集団である。
基本的に住むべき土地を持たない彼等は、情勢に合わせて移住地を変え、また忠義ではなくどれだけ自分達の能力を買ってくれるかで、簡単に寝返ったりする者も居る。
天下統一後、平和な世において彼等の力は疎まれ、嫌われ、領内から追い出されるまでになったのだ。金で相手に情報を簡単に売る集団を、誰が好き好んで自分の領地に住まわせて置くか、と士族達は言い張り彼等を追いやった。
乱世の始まる前は、喰い詰め、散開して行った有名な集団も少なくない。
この戦乱の世になってからは、再び増え始めたが、亜人の次に身分の低い者、という偏見があり、サイソウ家のような巨大な一門でない小豪族達には持て余す存在だろう。
「ご存知の通り、外法衆は忌み嫌われておる者ばかりじゃ……。なれど、皆が皆、そうでは無い。わし等のように、サイソウ家に仕え、確りと内情を守って来た集団も居りますのじゃ……」
「ヤクモちゃんの家が領地を持たず、城勤めだったのは、覚えているかな?」
「確か、父上から聞いた事があったな……」
「そのカンラ家を是非、君の家で使ってやってはくれないかな?」
「わし等カンラ衆は、一生を賭けて、ユクシャ家に仕える事、約束しますわい! じゃから、どうか!」
「用件は分かった。大方、テンコの家には居辛くなったんだろ」
「うっ、うん…まあね……。僕は余り上ギ豪族達から、好かれていないからね……。家臣達からの反対もあってさ……」
「お前はジャベに近付きすぎだ。少しは自重しろ」
「悪かったと思ってるよ……」
テンコは俯いた。少し悔しさと後悔の色が見て取れる。自分の不甲斐無さや、幼馴染の一族も守る事さえ出来ない自分の力不足に腹を立てている様子だった。
「あっ、アガロ君! それは違うよ! テンコちゃんは、あたし達を守る為に、今迄必死になってくれたんだよ!?」
「ヤクモちゃん……」
「テンコちゃんは悪くないの! だってテンコちゃんはずっと周りや、家臣の人達にだって色々と言われてきてたのに、黙って、笑顔でいてくれて……。だから、その…えと……。あっ! ごっ、御免なさい!!」
ヤクモはいきなり大声上げて、友の弁解をしたかと思うと、今度は凄い勢いで床に額をゴンと打ちつけ『痛い…』と小声で呟きながら許しを請うた。
これから仕えるかもしれない相手に、何とも無礼な態度を取ったと思い込み、今にも泣いてしまいそうな顔を必死で隠した。
「シシド・カンラ殿といったか?」
「はっ……」
「カンラ衆は主に何が出来る?」
「主な仕事は工作活動や、敵国の内情を調べたりと、裏の仕事を引き受けまわい」
「良いだろう。気に入った。俺に仕えろ」
「まっ、誠に御座いますかっ!?」
「ああ。只、約束しろ。ユクシャ家の内情を明かすような事だけは決してするな。俺に何もかも具に報告し、指示を仰げ」
「元よりその積り。有難き幸せに御座いますわい」
「早速だが、お前達に千貫取らす」
「せっ、千、貫……っ!?」
先程まで、嬉しさから笑みを見せていたシシドの顔が一変し、驚愕していた。カンラ当主だけではない。側に居たテンコにヤクモ、話を聞いていたヤイコクでさえ、その破格の高禄に開いた口が塞がらなかった。
思わずヨヤは笑い出してしまった。
「まさか会って直ぐ千貫貰えるとは、大儲けですな!!」
「あ、アガロ? いきなり千貫で召抱えるのは、どうかな……?」
「御当主様! 千貫といえば、当家では筆頭家老のシグル・イナン殿に次ぐ高禄ですぞ!? 誠に宜しいのでっ!?」
「ああ。構わん。その代わり、確りと千貫分の働きをして貰う」
「―――……くっ、くくくっ、あ―はっはっはっは!! 流石は噂通りの当主様じゃっ!!」
「噂?」
カンラ衆の頭領はさっきまでの作った笑みとは打って変わって、心の底からの満面の笑みを浮かべていた。
「如何にも! わしはミリュア殿より、ユクシャ殿が人と亜人の平等に住める国作りの事、聞き及んでましてなっ! そんな大層な事を言ってのける方ならば、若しかしたら、わし等を召抱えてくれるかと思い、参上した次第ですわい!」
「なら、話は早い。俺は種族の垣根を問わず、全て受け入れてやる積りでいる。俺は何時か、誰もが住み易い国を作る」
「何とも、夢のようなお話ですな……」
「夢ではない。俺が作る。その為にはお前達カンラ衆にその先駆けとして、どんな事でもやって貰うぞ?」
「はっ! お任せ下され。わし等は今日よりユクシャ殿を、いえ、お館様に忠誠を誓い、身命を賭してお仕え致す所存っ!!」
「ヤクモ・カンラも同じく! アガ…お館様をお守り致します!!」
「期待している」
アガロは満足そうに頷いた。
「アガロ。良い人材だろ? 何て言ったって、ヤクモちゃんの一門が今迄、僕の諜報活動を手伝ってくれていたからね! 僕のお墨付きだよ!」
「俺もこれで、諜報に困る事も減る……」
「うん。そう思って、今日は恩を売りに来たんだ」
「相変わらずだな……」
アガロにしては珍しく苦笑して見せた。この友は矢張り保身に長けている。今、上ギ郡内にて立場が弱いのならば、味方を作れば良い。その対象をアガロ・ユクシャにしたのだ。リフの娘婿であるし、ギ郡総督のジャベ・ナンミの義弟である。
彼から支持して貰えば、回りも余り口出ししないだろうし、逆に自分へ接近してくる者だって増える筈だ。
だが、一旦それは置いておき、本題に戻る。
「所でテンコ。カンラ家を召抱える事が、クリャカ家と如何関係がある?」
「良い事聞いたね。カンラ家の次期当主のヤクモ・カンラを、ルシア殿が人質へ行くまでの代わりになって貰うんだよ」
「そういう事か……」
「たった今、君は家臣団の中でもかなりの高禄で召抱えたみたいだからね。その次期当主ともなれば、相当に価値はある筈だよ。それに、サラ・ショウハも昔はトラカ家っていう外法衆の一門だったんだから、粗略にはしないと思うし、興味が湧くんじゃないかな? 暫くはショウハ家の為に、働いて貰おうと思っているんだけど」
「あたしの事は気にしないで! 必ず役目を果たしてみせるからっ!」
意気込むヤクモをジーッと見据えると、彼女は突然頬を赤く染めて俯いてしまった。もじもじとして、時々此方をチラリと見ては直ぐに目を逸らす。
(こいつ。本当に大丈夫か……?)
その態度にユクシャ当主は少し不安を覚える。
「ヤクモ。お前は何が得意だ?」
「えっ、えと、読み書きとか、本の内容を覚えてたり、とか……」
「アガロ。覚えているかな。昔、サラの正体を見破った事があっただろ? ヤクモちゃんはとても博識で、本当に頭の良い子なんだよ。無論、間者としても一流だけど、それは他のカンラの一門がやれば済むしね」
「随分と詳しいな」
「僕は何度も助けて貰ったからね……。いわば知恵袋かな……」
「―――……良いだろう。人質から戻ってきたら、俺の祐筆にする」
「有難き幸せです! アガ…お館様! これからどうか宜しくお願いします!」
「目出度い事だね! じゃあ、早速、飲もうか!」
「人の酒で何を呑気に……」
「君は下戸だし、どうせ飲めないだろう? 気にしないでよ!」
「酒毒で死ね」
「酷くない!?」