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第六幕・「野盗」

【――トンベ村――】



「あ! 皆、見てみろ! お役人様だべ!」


 馬に二人乗りで駆けつけて来たのは、ナンジェとガジュマル。

 この事態を収拾するには野盗共を説得し、降した方が良い、と村役人のナンジェは考えている。


 最悪の場合を想定して、一応アガロには村に兵を集めて欲しいと頼むと、ユクシャ嫡男は直ぐ様鳥騎馬(フェサンチカプ)に乗り救援を呼びに行った。

 そしてナンジェ自身は野盗達が集まる場所へ向かおうとした。


「待たせたね。野盗が居るのはどの辺りですか?」


「ここから森を抜けた所にある、丘の辺りで(たむろ)してるのを見ただよ」


 そう言って東の森を指差す。


「野盗達は何人くらいでした?」


「パッと見、六十から七十くらいだ」


「そうですか。では、暫く待っていて下さい」


「お役人様、大丈夫なんだべな? おらたちの村は小せぇし、村の若い衆だけじゃ数がたりねぇ」


 不安そうに見つめるのは、この村の村長格の男だった。

 村は基本、長老衆が統括しており、その下に壮年衆、若い衆と続く。

 武士同士で合戦をするように勿論、村同士でも争う事がある。田畑の地権、山の縄張り争いなどだ。


 武士に元服の儀があるように、村にも成人の儀が存在する。武士は十三で成人だが、彼等は地域にもよるが、大体十五〜六で大人になる。

 その際に立派ではないにしろ、刀を与えられ村の力となり働くのである。


 主に平時の際には農耕に従事し、有事の際には武装をし、略奪を働く兵士達から村を守ったり、または豪族が集める兵士として、村から送り出される。

 故に備えとして村には若い衆を中心とした自警団が常に居り、事件が起きた時には”鹿狩り”と称して武器を取り集まる。


 だが、前の嵐で家屋を失くした老人や怪我人の介護の為、集まった者達は多くは無い。せいぜい十人から十五人程度。どう足掻いても勝ち目は無い。


 そこでナンジェは野盗達を説得し元の村へ返そうと思った。もし争いが起きれば貴重な労働力が減るし、余計な仕事が増えるばかりだ。今すべき事は、村への救済活動であり無益な争いではない。


「私は君達も野盗達も救う為に来たんです。だけど念の為、武装はしたままでいて下さい。それと、東の森に伏せていて欲しい。野盗達を村に近づけない為にね」


「ナンジェ様。気を付けておくれよ」


「心配しなくて大丈夫だよガジュマル君。若様が来たら事情を説明する事、頼んだよ?」



【――東の森の先・丘陵地帯――】



「頭、変な奴を捕まえたっす!」


「変な奴だ?」


「へい、森を一人で抜けてきたんで襲い掛かろうとしたら、自分から縄で縛ってくれって……」


「何だそりゃ?」


 新手の変態か? それとも、頭の狂っている奴か? と一瞬思ってしまう。

 しかし部下の話を聞くと、どうやら違うらしい。


「何でも頭に話があるみたいで、態々(わざわざ)一人で来たみたいっす」


「話してる暇なんざねえぞ」


 面倒臭そうにする頭に、子分が続ける。


「へぇ。そう言ったんすけど、そいつは『君達を助けに来た、頭と話をさせて欲しい』って言ってきかねんすよ」


「俺らを助けに?」


 妙な事を言う奴だ。野盗の頭は顎に手をあて暫く考えた。


「……いいだろう。少しだけなら話を聞いてやる。そいつを連れて来い」


 やがて、縄で縛られたナンジェは野盗の頭と対面する。


「初めまして、私の名前はナンジェ・カイ。ユクシャ県当主、コサン・ユクシャ様の側近です」


「あんだと!? 領主様の側近!?」


 途端、隣に居た子分の一人が仰天した。

 勿論、ナンジェの言った事は全くの出鱈目(でたらめ)ではあるが、舐められては話し合う事は出来ない、と彼はある程度自分は価値のある人間だ、と相手に思わせたかった。


「そんな偉い奴が何で一人、こんな所に来た?」


 (いぶか)しげな眼差しを頭が向ける。もしそれが本当なら、此処へ来なくとも兵を率いて討伐に来ればいい。


「はい。私はあなた達を助けに来たのです」


「手下から聞いた。だが助けるたぁどういう事だ?」


「はい。先ずトンベ村を襲ってはなりません」


 それを聞くと頭はニヤリと笑い、内心(あざけ)った。


(へっ! 読めたぞ! こいつの狙いは足止めだ。恐らく側近というのも嘘で、こいつは村で飼われてる、いざって時の身代わりの乞食(こじき)だ)


 郷村にはいざという時の為の乞食や、奴隷が買われている事が多々ある。

 彼等の主な役目は、村の為に死ぬ事。


 例えば、合戦が始まると付近の郷村はどの勢力に味方するか協議する必要がある。勝利した方に味方出来れば良いが、負ければその罪を問われ、勝者側に()びとして、村長や、長老衆の首の差し出しを要求される事がある。


 そして村には今後の統治の為、新たな村長が傀儡(かいらい)として就けられるのだ。

 しかし、中には家族の世話を見る代わりに、首を差し出す役目を乞食に押し付ける村がある。


 野盗の頭も、ナンジェをその乞食と思い、此処で自分と話し込んでる間に、村の連中は食料持って逃げようって寸法だろう、と考えた。


「悪いな兄ちゃん。俺達も飯がねぇと生きていけないんでね。兄ちゃんはとどの詰まり、村人を逃がす為の時間稼ぎな訳だ。そうはいかねぇ!」


「いいえ。あなた方は勘違いをしています。私は時間稼ぎではありません」


「信じられるか!」


「しかし事実は事実です」


「悪いがもう時間だ。あばよ兄ちゃん」


 耳を貸す気はない、とばかりに頭はさっさとこいつを殺せと命じる。

 部下が刀を抜き、目を吊り上げ斬ろうとするといきなり、ナンジェは高笑いをした。

 突然笑い出し、頭や周りの子分達も含めて皆眉間に皺を寄せ、変人を見るような目付きでナンジェを見た。

 刀を持った子分は唖然とし、さっきまでの殺気は何処かへ消え失せていた。


「私を殺すのは構わないが、村へ襲い掛かるのはあなた方の為になりませんよ?」


「どういう事だ?」


「村では既に異変に気付いて、若い衆が五十人ばかり集まっていますから」


「なんだと!? あの村は老人や怪我人の介護で集めた所でせいぜい二十人が限界だろ!?」


 頭はハッタリだ、とばかりに怒声を上げそれを否定する。

 だが、ナンジェは慌てふためく様子を見せず、冷静に落ち着いた口調でハッキリと、


「事実です」


「っ! おい、村の様子を見て来いっ!」


 じれったそうに頭は子分に偵察へ向かわせる。

 するとナンジェはそれを止めた。


「今森へ入るのは危険ですよ。トンべ村の村民は、森でよく狩りをしています。その森は彼等にとって庭も同然。入った途端に矢で射殺されてしまいます」


「うるせぇ!」


 その忠告を無視して、部下の帰りを待つ。

 すると手下が一人、慌てて報告にやってきた。


「頭! 仲間が一人、矢で足をやられたっ!」


「くそ!」


 ギリッと歯軋りした。

 トンベ村の手前の森に若い衆が弓を構え伏せているとなると、略奪は難しくなる。此方に(おびただ)しい数の犠牲が出るかも知れない。

 頭は村への略奪を初めて躊躇(ちゅうちょ)した。


「まぁ、そう慌てずに……。それと、あなた方に悪い知らせがもう一つ。既に巡察の為、派遣された部隊が村に居ます。数は百人」


「百人……!」


 部下の一人が数を聞き、思わずたじろいだ。


「そうです。ですので村へ行くのはあなた方の為にはならないのですよ」


「チッ!」


「私の腰に瓢箪(ひょうたん)が下がっています。中身は酒です。一杯どうですか?」


 明らか嫌そうな顔をして拒んだ。毒入りかも知れないし、こんな時に飲める気分でもなかった。

 緊張感の無い野郎だと思い、呆れながらも頭は一つ訊ねた。


「お前、どうする気だ? 俺等を見逃してくれるのか?」


「その為に私が来たのです。皆さん、私達に協力してはくれませんか?」


「協力?」


 意味が解らず首を傾げた。


「そうです、協力です。詰まり、もう一度農民に戻り、田畑を耕し、国を豊かにする事に協力しては頂けませんでしょうか?」


「ふざけるんじゃねぇ!」


 唾を飛ばしながら頭は叫んだ。目を吊り上げ激怒する。


「おめぇ等の領主は、戦へ出張って俺達を助けてくれなかったじゃねえか! それなのに、今更協力なんざ出来るかっ!」


「確かにあなた方の言い分にも一理あります。ですが、今回の合戦は防衛戦です。もし負ければ他国の兵が乱捕りを始めるでしょう。男は殺され、女子供は売り飛ばされる。それを防ぐ為にも出陣しなければならなかったのですよ」


「っ! なら国からの救済はどうなってるっ!?」


「お怒りご(もっと)もです。あの嵐の所為で予想外にも被害が大きくなり援助が遅れてしまったのです。申し訳ありません。現在は救済活動を行っており誰でも援助を受けれるようになっているのですよ」


 戦費が重なり、領内復興の為の政策が遅れたのも事実。

 ナンジェはその事を下手に言い訳せずに、此処は(へりくだ)り現在は違うと主張する。

 すると、頭は少し語調を弱くした。


「俺等の村はこの前の嵐の所為で、川が氾濫(はんらん)して沈んじまった……」


「なれば、また一から村を作れば良いんですよ。あなた方のご先祖だって、そうやって生きてきたのですから」


「村を作り直す…だと……?」


 頭は暫く黙り込むと口を開いた。


「悪いが兄ちゃん、俺達は野盗だ。もう何軒か村を襲っちまってるし、今更元には戻れねえよ」


「もし罪が許されるとしてもですか?」


「……兄ちゃん、ありがたい話だがそうはいかねぇ。そうやって俺達を油断させて、捕らえようって魂胆だろ?」


「私の立場をお忘れですか? 私は御当主様の側近。それ位の事、お願いすればどうって事は無いのですよ」


 黙り込む頭にナンジェが続ける。


「それに、あなた達も此の侭で良いとは思っていないのでは? その侭、野盗として生き続けるのは構いませんが、それは余りにも将来性に欠ける。最終的には山へ隠れ潜むか、軍に討伐されるかですよ?」


 確かにこいつの言い分にも一理ある。元々自分達は住む場所を失くし、互いに身を寄せ合ってるだけに過ぎない。数が増えてしまったので生きる為に仕方なく、他の村を襲って食料を奪っている。

 頭と呼んで慕ってくる手下共を思えば、今降伏するのもありなんじゃないか? と頭は考えるも、しかし不安が未だある。


「兄ちゃん。あんた本当に俺達の罪を帳消しに出来るのかい?」


 この目の前に座っている男が本当に信用出来るのか。そして、自分達の安全を保障してくれるかどうか。

 それが最大の疑問であった。


「ご安心を。あなた方の安全は私の命に代えても保障します」


「具体的にはどうするんだ?」


「先ずは皆さんに食料を提供しましょう。夕刻までには戻りますので、暫くお待ち下さい。心配でしたら人質を差し出しても構いませんが?」


「いや、そこまで言ってくれるんだ。俺もあんたを信用するぜ」


 そこまで大事を吐くのだから此の際信じてやろう、とこの頭は思った。

 意外に懐が深い。そういう所に人が集まり、何時しか野盗になったのかも知れない。


「では酒を置いていきますので、皆さんで飲んでいて下さい……。あ、ご心配なく。毒なんか入ってませんから」


 村へ戻ると其処には既に、助けを呼びに言ったアガロが到着していた。

 彼は救援を呼びに行く途中、領内巡察中のタミヤの部隊と鉢合わせしたのだ。事情を説明し直ぐに馬を走らせ駆け付けて貰った。

 しかし、供回りが徒歩(かち)ばかり故、村に着いたのはアガロ、タミヤ、そして彼女の守役のソンギの三人だけだった。


「あっ! ナンジェ様だ!」


 ガジュマルが指差す方向を皆で見ると、馬に跨り一騎で駆けて来る下級の村役人の姿を視認した。


「ガジュマル君、心配かけたね」


 キジムナの少年の頭を撫で落ち着かせると、アガロが口を開いた。


「説得は上手く言ったか?」


「これは若様。援軍を呼びに言って貰い、感謝します。万事上手く行きそうです」


「アガロ、この者は?」


 アガロは隣で訊ねてきた姉に、短く彼を紹介する。


「こいつは村役人のナンジェ」


「お初にお目にかかります。ナンジェ・カイと申します」


「タミヤ・ユクシャだ。弟が世話になったな。それよりも、現状の説明を頼む」


 説明を終えるとナンジェが指示を出す。まず徒歩侍達が持っている弁当を差し出し、相手に食料を与え警戒を解く事。次に領主に取り次いで彼等の罪を許し、村の作り直しに協力する事である。


 ソンギは直ぐ様、徒歩侍達の食料では足りない分の食料の調達と、コサンにこの事を伝える為、城へ馬を走らせる。

 徒歩侍が到着すると、直ぐに彼等の弁当を集め野盗に差し出した。

 それから、ソンギが戻って来て村の住民と野盗達へ食料を提供し、彼等に今迄(いままで)の罪を不問に致す、との(よし)を伝えた。


 この報せに野盗達は、再び畑が耕せる事に嬉しさを隠せないでいた。

 ナンジェも無駄な争いを無くし、労働力が減る事を押さえ、尚且つ新たな村を作る事業を始める事にまた忙しくなる、と些か嫌気が差していた。

 しかし、死傷者を出さなかっただけましである、と自身に言い聞かせた。


「おっ、いたいた。兄ちゃんっ!」


「これは、お頭。お(とが)めなしでよかったですね」


 保護された野盗達の宿営地を視察していると、彼等の頭が気さくに話し掛けてきた。

 最初に会った時とは打って変わって、別人のように親しく接してくる。


「ああ。これも兄ちゃんのおかげだ」


「私も沢山の命が救われて嬉しい限りですよ」


「おうよ! そこでどうだ兄ちゃん。俺達、義兄弟にならねえか?」


「……遠慮しときます」


 割と本気で拒否して見せた積りだったが、この頭はそんな事はお構い無しにと背中をバシバシと叩いてきた。


「がっはっはっはっ! そう遠慮するなって! よろしく頼むぜ兄貴! 俺の事はヤッティカと呼んでくれ!」


 はぁ、と溜息を吐き仕方が無く諦める。

 そんな彼、ナンジェにとって余り嬉しくない出来事がこの後起きる。

 後日。彼の働きに目を留めたタミヤが、彼を父に紹介し、家臣に取り立てるよう進めたのだ。


 最初は断った彼だが、コサンに強引に登用された。

 押しに弱い彼は、嫌々ながらも仕える事になり、口から言ったデマがまさか本当になるとは、と前よりも更に仕事が増え、相変わらず目の下に大きなクマを作り、(なげ)いたという。

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