表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/97

第六十四幕・「ハンコウ県」

【――雨漏り屋敷・一室――】



「姉さん。久しいな」


「アガロさんも、お変わりない様子で安心しました」


 久々の兄妹の再開だった。凡そ三年ぶりくらいだろう。

 今回のルシアはアガロの代わりの人質である。ルシアの世話の為、城からはマヤも来ている。


「マヤ姉さん! お久しぶりでさぁっ!」


「まぁ、トウマ。暫く見ない間に、逞しくなりましたね?」


「そ、そうですかい?」


 青鬼は頬を赤く染め、嬉しそうに照れた。

 鬼娘のマヤは、トウマに初めて城の仕事を教えた上司である。


「トウマはお前達が来るまで、落ち着かなかったんだ」


「わっ、若旦那っ!?」


「まぁ、そうだったのですか。トウマ? 久しぶりに会えて嬉しいのはわたしも同じですけど、確りとお館様のお世話もしなければなりませんよ?」


「わっ、分かっていやす……」


 何故か青鬼は此処最近、何処かそわそわと落ち着かない雰囲気であったのだ。ルシア一行が到着した、との報せを受けた時、真っ先に支度を整え、出迎えを急いでいたし、そして何故か今は顔を真っ赤に染めている。

 それを隣で見ていたルシアは気付いたらしく、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「マヤ。トウマと一緒にユクシャ組の方々に挨拶してきなさい」


「ルシア様。宜しいので?」


「構いませんよ? その方がトウマも喜ぶでしょうし」


「なっ、な何を言ってるんでさぁ!? ルシア様っ!?」


「ふふふ……」


 口元を袖で多い、小さく笑い声を上げる。

 トウマは元の色が分からなくなるくらい、真っ赤に成ってしまっていた。赤鬼と名乗っても恐らくばれないだろう。

 それを見ていたアガロへ、そっと耳打ちする。


(アガロさん。トウマも可愛いですね。されど、マヤは少し鈍いようです)


(何の事だ?)


 話題を振った張本人である弟の方は全く興味が無いのか、ルシアの言った意味が解らずポカンとしていた。

 姉は一つ溜息を吐く。


「アガロさんは、前と全然変わりませんね?」


「失礼な。これでも背は伸びたぞ!」


「まぁ。誠ですか? 先程、お立ちに成った姿を拝見しましたが、些かも伸びていない様に見受けましたけど?」


「うるさい! お、俺だって後数年もすれば姉さんよりも高く成る!!」


 下戸の次に気にしている自身の身長の話題を振られ、気付かれないように顔には出さなかったが、彼の声から悔しさが滲み出ているのが十分理解出来る。


「はぁ、弟の発育が遅れているのは、姉として心配です……。ちゃんと生えているのですか?」


「何がだ? それと悪いが、ゆっくりもしていられない。直ぐにでもハンコウ県へ向かう」


「まぁ。男は早くては嫌われますよ?」


「一体、何の話だ!?」


 相も変わらず自分の調子で話す姉に、不思議と些かの安心を覚える。

 懐かしさから、何時もより多弁になっているのが自分でも分かった。侍女のマヤとも再会し、二言、三言と言葉を交わす。

 暫くすると部屋に早速ハクアが現れた。


「ルシア様。御初にお目に掛かります」


「まぁ。貴女が私の愚弟の? 何とまぁ美しい、驚きました……」


 彼女は礼儀正しく挨拶をする。その完璧なまでの作った笑顔を向けている。


「美しいなど、勿体無いお言葉に御座りまする……」


「私が美しいと言ったのは、貴女のその作り笑いの見事さに、ですよ?」


「ルシア様! 御方様に失礼では御座いませぬか!?」


 マヤが諌めるが、ルシアは決して悪びれる様子は見せない。


「これは、流石はルシア様に御座りまする」


「やるからには、もっと本気でやらねば、相手を騙せませんよ?」


 流石だな、とアガロは隣で思った。この姉もかなり癖が強い。その愛らしい容姿とは裏腹に、中身は絶句する程酷い。

 今回はマヤも居るし、トウマも嬉しそうに進んで、姉の世話を引き受けてくれる故、心配ないだろう。

 いや、心配していては切が無いのだ。


「では、俺はこれで」


「あら、アガロさん。未だ居たのですか? 目障りですから早く消えて下さい」


「さっきと言っている事が違うぞ?」


「何を呑気にしているのです? それとも、アガロさんは私の前から消える事すら出来ないのですか?」


「はぁ…相も変わらず。俺でも傷付くぞ?」


「アガロさんにしかしませんから、安心して下さい」


 溜息を一つ軽く吐くが、これならば安心と思い、姉を託して彼はハンコウ県へ向かった。


【――トウ州・ランマ郡・フワ城――】



「大殿。宜しいですか?」


「ん―――……なんじゃ。ベルウィではないか」


 フワ城はランマ郡の郡都であり、トウ州管領クリャカ家の居城である。この城は大きく、難攻不落と言われている。

 城館の一室に不意に姿を見せたのは、壮年の現当主ベルウィ・クリャカだ。眉目秀麗で文武両道の武将である。


「わしの前では父上と呼べと、何度言えば分かるのじゃ?」


「では、父上。報告があります」


「何じゃ?」


 クリャカ当主と対話しているのは、父親で前当主のグルス・クリャカ。齢六十を当に過ぎ、トウ州各地で起こる地方豪族達や守護大名家の離反を鎮圧する為、長年戦し、息子に跡を継がせて隠居した。


 今は気楽に庭の花などを愛で、平和に日々を過ごしている。若い頃に失い、忘れていた平穏を満喫している様子だった。


「ゴオウ郡のジナ家が此方に通じました」


「おぉ。それは誠目出度い。ようやったのう!」


「はっ! これでナンミの作った包囲網が崩れます!」


「流石じゃ……。のう、ベルウィ。わしはお前に家督を譲って良かったと思うておる……。お前はこの父よりも才知長け、クリャカの家を強うしてくれた。今は風向き良くないが、何れ良く成るじゃろう。お前が居れば安心じゃ……」


「父上、案じ召さるな! 某は今よりもっとクリャカを大きく、強く致すゆえ、楽しみにして下され!」


「うむ」


 満足げに何度も頷く前クリャカ当主。

 彼は一番寵愛していた嫡男が、家を継いでからというもの、一時は風前の灯、とまで噂された御家を此処まで回復させた手腕に喜び、自分の判断は間違いではなかった事に誇りを持っていた。


「ここからはアイチャ家を使い、背後よりナンミ家を攻めて貰い、我等は奪われた土地を取り戻し、見事、父上の念願だったトウ州統一と、管領家の権威を復興してみせまする!」


「うむ……。じゃがなベルウィよ。そう焦らずとも良いじゃろう?」


「何故?」


 疑問に思いベルウィは訊ねた。


「ナンミ家は言わばリフという悪党で持ち堪えているだけじゃ。問題にはならん。わしはの、余りにも急ぎすぎて、お前が早死にしないか心配なのじゃ」


「あっはっはっは! 父上。それには及びませぬ! このベルウィ! 父上に都の景色を見せるのが夢に御座る!」


「―――……親思いの良い息子を持った。のう、ベルウィ。年を取るのは良い事じゃ…若い者達の頑張りを見る事が出来る。父はお前が日々努力し、少しでも前へ、前へ進んで行く姿を見るのが何よりの楽しみじゃ……」


 ベルウィは何処か切ない瞳をした。目の前の父は、気付いたらこんなにも小さく見えていたからだ。

 幼い頃は、父の背は大きく絶対だった。それが次第に老け、皺や痣も増え、今では白髪だらけの老人だ。

 あんなに若い頃、トウ州の反乱を鎮圧する為に、毎日戦っていたのが嘘のようであり、本人でさえ信じられないであろう。


「殿」


「何じゃ」


「広間にて、ショウハ家当主ソウラ・ショウハ様がお見えです」


「直ぐ参る。では父上、これにて……」



【――フワ城・大広間――】



「ショウハ。一体如何した?」


「はっ! お館様にご報告に参りました」


 上座に着座すると、目の前のショウハ家当主を見下ろした。

 センカ郡の守護大名家であるショウハ家は、現在クリャカ家に落ち延び、その庇護下にある。


 現ショウハ家当主ソウラ・ショウハは、少し顔の白い青年である。そして、彼の妹と容姿が似ている。白い髪と、冷たい紅の瞳の持ち主である。


「何の報告だ?」


「はっ。実は先日、ユクシャ家の当主アガロ・ユクシャがリフの娘を娶ったとの報告が入りました」


「くっ、あっはっはっは!」


 ベルウィは大きな高笑いをした。

 これには見ていたソウラは口を開け、ポカンとするしかない。


「これは傑作よ! お主の妹サラの調略は無駄に終ったのか?」


「妹も、悔しさから歯軋りしておりました……」


「うむ…お主の妹は怒らせると怖いからな……」


 腕組をし、神妙な顔をする。鋭い眼差しを向けた。


「―――……それで、これから如何する?」


「はっ! アイチャ家へ使者を遣わし、ギ郡の豪族を調略して貰いましょう……」


「成る程。暫くは、ナンミ家を領内にて足止めし、アイチャ家で牽制しつつ、我等は背後を固めると?」


「如何にも。その間に我等はセンカ郡の豪族へ近付きまする……」


「うむ……―――ショウハよ。必ずやセンカを取り戻し、領土の復帰をさせてやる」


「はっ! では、某はこれにて……」


 ソウラが一礼しその場を去った。


「アガロという男は、サラを袖に振ったか……。面白い……」



【――ハンコウ県・ゴズ城――】



「ダン殿。此度はレ二屋より良くぞ参られました」


「いえ、ヤイコク様。これはご丁寧に。早速ですが、株の話を……」


 天暦(ティンダグユン)一一九九年・酉の月上旬。

 アガロ・ユクシャ率いるユクシャ衆凡そ三百は、リフ・ナンミの命により上ギ郡西部ハンコウ県に兵を進め、裏でチョウエン家に内通し粛清されたコグベ、キフキの所領を治めるよう、ゴズ城の城主に任じられた。


「キョウサク。ダン殿を持て成して差し上げなさい」


「はっ! ダン殿、此方へ!」


「これは痛み入ります……」


 任地に着いたのはアガロの人選により、御供衆筆頭のヤイコク・ブンワ、コロポックルのレラ、そしてリフから使わされた間者のキョウサクが同行した。

 キョウサクは晴れて士族になり、何時もよりも張り切っている様子だった。彼はレ二屋から来た二番番頭のダンを持て成す。


「全く…金には苦労する……」


「されど、これで何とか目途は立ちましたな」


 今回の出兵にはレ二屋から借金をした。兵や兵糧を集める為、かなり借りたのだ。

 それの担保としてハンコウ県での商売出来る権利を与えた。ハンコウ県はカンベ郡と繋がっており、港もある。

 レ二屋のダンはこの地の下見に来ていたのだ。


「兎に角だ。ヤイコクはこの地域の神社勢力と話を付けろ。俺は郷村から来た村長共と話だ」


 神社勢力は、地域からの寄進を受けたり、商人達からも税を吸い上げ、力を持っている。

 特に、集めた金で僧兵を組織し、武力も備えているのだ。彼等とは余り争わず、互いに利害を一致させ結託するに限る。


 そして地域の郷村には主に今後、戦が起これば兵を出して貰う事や、年貢に税の取り決め等を話し合わなければならない。

 新しく治めなければならない故、最初の内は税を軽くする等し、感心や信用を買い、更には郷村同士の縄張り問題等の仲裁を行う。


「レラ」


「はいです!」


「お前は部下を放ち、周辺に隠れ住んでいる亜人達が居たら懐柔しろ。安全を保障し、労働に従事させる」


「了解です!」


 コグベ、キフキの様に土地を治めていた当主が死に、領地が混乱すると、その隙を見て逃げ出す亜人達が居る。しかし、彼等は結局の所行く当てが無く、村や旅人を襲っては治安を悪くしたりする原因になりかねないのだ。


 そこで、早々に見つけ出し手懐け、再び労働に戻って貰う。暫くはその面倒をアガロが見て、労働力を新たな土地で使う予定だ。


「御当主様は明日、ヨイカ港の商人達と談合もあります」


「ああ。ヤイコク。お前が纏められないか?」


「アガロ様が弱音を吐くなんて珍しいです」


 レラは面白そうに笑った。


「安心して下さい。ヨイカ衆とは、我等ユクシャ家と必ずや誼を通じて参ります」


「どうしてです?」


 レラが小首を傾げた。その仕草がとても愛らしく、思わず笑みを零してしまいそうになる。


「今やナンミ家は、ギ郡の東トウ州センカ郡にも勢力を広げています。ヨイカの港には西から来た都の商人も多く、我等ユクシャ家の港町バンジを通り、東に商いの手を伸ばしたい、と思うでしょう」


「確かにな。が、問題が一つ」


「問題とは何です?」


「オウセン家だ」


 オウセン家はギ郡の武門の棟梁として君臨する名族であり、このハンコウ県の殆どを拝領する一門である。

 無論、その支配力はヨイカ港にも及んでおり、勝手に話を進めては不興を買う。


「特に、西のシ州と東のトウ州からの富が、間のギ郡を通り行き交う事になる」


「我等ユクシャ家の財政も更に潤いましょう!」


「今以上にハンコウ県とユクシャ県の繋がりを太くし、都の商人と面識になっておく必要がある。都の情勢や、物流を何としてでもユクシャ県へ流し込めば、今後の発展に繋がるからな。これから忙しくなるぞ」


 アガロの瞳がギラギラと輝いた。

 それを見て、ヤイコクとレラは嬉しそうに微笑む。


「ユクシャ県の道という道、港という港全てを整える為、普請する。それには先ず金が必要だ」


「その第一歩として、オウセン家との関係は何としても、良好にしておかなければなりません」


「ま、その点に関しては、助っ人を呼んである。心配するな」


「では、御当主様! 後ほど……」


「私も失礼するです!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ