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第五十八幕・「其々の思惑」

 たらりと流れる汗が頬を伝う。まるで時が止まったかのように、彼は暫く動かなかった。目を見開き、眼前にて得意げに笑みを浮かべるサラを凝視した。


「どうだい? 勿論、協力してくれた、所領の安堵を約束するよ。あんたにとってこれは良い話だと思うけどね?」


 果たして本当にこの女を信用して良いものか、と彼は迷った。

 この調略の狙いは確かにナンミ家の切り崩しと、ギ郡豪族を味方に付ける事にある。


 しかし、もしその狙いが違ったら。真の目論見は、ナンミ家の内部分裂にあるとしたら話しは別だ。

 ユクシャ家に謀反の(きざ)し在り、と噂を流されれば逆に此方が嵌められた形になる。


「そういえばお前は、テンコと会ったのだろう?」


「勿論会ったよ。あの狐目の腹黒そうな子だろ? あの子にはあたしがユクシャ殿を訪ねる理由を一応話してあるよ」


 狐目の友は何を考えている?

 とアガロは内心首を捻った。


 全てを承知して彼女を自分に引き合わせたという事は詰まり、彼もこの手引きに応じる姿勢なのか?

 それとも既に応じ、裏で合力するよう示し合わせているのかも知れない。或いは俺の出方を見ているか、他に考えがあるのか。

 ほんの少しだけ間が空いた。


「その話し、乗ろう」


「そいつは有難いね」


「ちょっと待ちなさいよ!!」


 一部始終を見ていたリッカが立ち上がり、怒鳴り声を上げた。


「何だ?」


「何だ、じゃないわ! あんた忘れたの!? こいつはデンジの仇なのよッ!!?」


「知っている」


「なら、何でこんな奴と手を結ぶのよ!?」


「こんな奴とはまた酷いね? 一緒に寝食を共にした仲じゃないのさ?」


「あんたは黙ってなさいッ! アガロ、本当にこんな奴と組むのッ!?」


 彼女は数年間共に過ごしてきた大事な仲間だったデンジの事を思い、サラを敵視していた。そんな憎い相手と正に今、手を組もうとするアガロを彼女は止めたかったのも無理はないだろう。

 リッカはユクシャ当主の真意を訊ねた。


「リッカ。俺が今迄何の為に、ナンミ家に仕えてきたと思う?」


「何の為って……」


「家を、領地を、民を守る為日々耐え忍んできた。が、今は違う。此の侭ではユクシャ家の存続は難しいだろう。それが、俺がナンミと決別しようと決めた理由だ」


「じゃあ、何の為に今迄あたし達は戦ってきたのッ!? 何の為に皆死んだのよッ!?」


「俺を守る為だ。先に死んでいった奴等の為にも、俺は生き、家を守らねばならん」


「でも―――ッ!」


「リッカ、目的を(たが)えるな! これはユクシャが生き残る為だッ! 俺は今の今迄、家の事を忘れた日など一度たりとて無いぞッ!!!」


 アガロの一喝にリッカは黙った。未だに納得がいかない表情で睨んでくる。

 彼は一つ溜息を漏らした。


「これは俺の家の問題だ。お前が口を挟む事ではない」


 (おもむろ)に立ち上がったアガロは、右隣に正座していた長身痩躯の行商人へ声を掛ける。


「今日中に村を出る。ヨヤ!」


「は!」


「お前はこれからユクシャとショウハの連絡係を務めろ」


「ショウハ家からもお願いする。商売は勿論、道中の安全はあたしの部下を付けて守らせるし、必要なら資金援助もする」


 今やトウ州センカ郡はナンミ領であり、エン州~トウ州間を行き来出来る。

 ナンミからの独立と、寝返りを計画するこの両家に情報を伝える者が必要であり、行商を装いその役目を頼んだ。


「承りました」


 ヨヤは快く承知した。彼としてはこれを機会に武家に近付き、商売出来れば儲かるし、あわよくば御用商人になって出世を狙っているからだ。

 これは将来的に店を構える事が出来るかも知れない、という期待が膨れ上がった。


「リッカ。付いて来い」


「……何処へ行くのよ?」


「村長の所だ」


 相変わらず言葉も短く無愛想に言う彼は、屋敷を直ぐに出ると、何時ものように早足で進んで行く。

 リッカは追い駆けながら、彼にユクシャ組の面々の事を話し始める。

 部隊を離れ迎えの役を引き受けた時、ドウキやレラ等は心配していたし、特にトウマが一番同行したがった。

 負傷している為一同から却下を喰らい、渋々諦めたのだ。


「……言っとくけど、皆心配してるからね? 特にトウマが五月蝿くて眠れないわ」


「すまない」


 彼も心配掛けている事を気にしていたのか、素直に謝罪した。

 しかし、リッカは逆に驚く。


「あんた。やっぱり未だ何処か悪いんじゃないの?」


「五月蝿い」



【――スイセンの屋敷前――】



 四人は少し早足で屋敷へ向かった。

 途中、村人達が不思議そうに此方を眺めていた。


 サラはそういった連中には然程興味が無いのか、完全にシカトしていたが、対してリッカは自分に似たような者達が沢山居る事に驚いており、村の中を興味深く見渡していた。

 屋敷の入り口にはイルネが待ち構えていた。


「皆、奥に居るわよ」


「用意が良いな」


 小さい村な為に話しが広まるのは早く、スイセンをはじめ多くの長老衆が既に集まっているという。

 彼女に案内され中へ入る。


 奥に着座し待っていたのはスイセンと村の重役達だ。

 アガロが着座し、他の者達も同様に座ると、ヨヤが簡単に双方の紹介をした。

 だがその時、リッカだけが呆然と立ち尽くしている事にユクシャ当主は気付いた。


「……? 何しているリッカ。座れ」


 彼の声には反応しなかった。

 変わりに聞こえたのは、半妖少女の小さな呟きだ。


「――――スイセン、姉さん……?」


「久しぶりですね、リッカ……」


 驚きを隠せず、目を見開き狼狽している半妖の少女。

 対するスイセンは穏やかな表情を彼女へ向け、何処までも優しい声で彼女を呼んだ。


「どうして、此処に……? あの時、亡くなったんじゃ……?」


「私は村が襲われた後、一人彷徨(さまよ)っている所を拾われ、今ではこの村の長になっています……」


 途切れ途切れに喋るリッカとは対照的に、彼女の姉は何処までも落ち着いた声をしていた。


「あのさ、何があったかは知らないけど、後にしてくれないかね? こっちは話しがあるんだからさ?」


「それは俺も同意だ」


 二人の間を割って入るように、サラとアガロが口を開いた。この二人は空気が読めないのか、それとも敢えて読まないのか、さっさと自分の話を進めたかった。


 二人からすれば、今は過去話しに興味は無い。

 イルネや他の者達は状況を飲み込めておらず、置いてけぼりを喰らっているが、そんな事はお構い無し、とスイセンの真向かいに座り胡座(あぐら)を掻いたアガロは早速口火を切る。


「今日、村を出る」


「……そうですか」


 周囲の者達はそれ程驚きはしなかった。

 皆、彼の迎えが来て近々村を出て行くだろうと予想していたからだ。


「貴方には村を救って頂き、助けて貰いました。何時でもまた村を訪ねに入らして下さい」


「いや、世話になったのはこっちだ。それと未だ続きがある」


「―――というと……?」


「スイセン。人払いを出来るか?」


「……分かりました。大事なお話のようですね?」


 場に残ったのはアガロ、彼の両隣にサラ、ヨヤ、その後ろにリッカ。ユクシャ当主の正面にスイセン、彼女の左隣にイルネの計六名である。

 屋敷の襖は全て閉じられると、外の音が微かに遮断される。視界は薄暗くなるが、変わりに互いの声が聞き取り易い。


「アガロさん。御話の内容は、とても危険な事なのでしょう?」


「そうだ」


 今此処で遠回しに言っても、何ればれるだろう。ならば隠さずに正直に言っておいた方が良い。どうせ目の前の相手には隠し事は通じない。

 改めてアガロが今回の件を説明し始める。自分の身分や置かれている立場、そして、これから行おうとしている計画をである。


「この村をこれからユクシャとショウハの密会所にしたい」


「ショウハとは……」


 スイセンはアガロの右隣に座る妖艶な女性サラ・ショウハを見た。

 すると、彼女が冷笑を作りながら口を開く。


「村の保護を約束するよ。変わりにこの村を、あたし達の逢引き場所にして欲しい訳なんだけど、駄目かい?」


「誰が逢引きだ」


 黒髪褐色の少年が、明らか嫌そうな目を白髪長身の彼女へ向ける。

 しかし、彼女はそんな事は気にせず続けた。


「聞けばこの村は先日、賊の襲撃を受けたそうじゃないか? 戦の後だ、治安も悪くなっているし、護衛を数人あたしの部下から派遣するよ。あたし達ショウハがこの土地を再び治めたら、年貢免除も約束するし、自治も認める。どうさね?」


 スイセンは少し考える仕草をした。


「……アガロさん。聞かせて下さい。仮にその計画が失敗したら、貴方の家は滅亡すると?」


「そうだ」


「ならば、しない、という選択は……?」


「さっきも言ったと思うが、ユクシャ家はこれ以上ナンミに仕えていては命の危険がある。万が一、俺が死ねば多くの家臣が路頭に迷うし、こいつ等を面倒見てくれる奴は居ない」


 こいつ等とは亜人の事である。ユクシャ領内では、前当主コサンの方針で亜人達にも土地を与え、労働に従事させて年貢を取っている。

 だが、もしユクシャ家が滅びれば、彼等は忽ち領地を奪われるだろう。


「……分かりました。その話、お受けしましょう」


 意外にもあっさりと承諾するスイセン。

 説得に時間が掛かると踏んでいたが、彼女の返答を聞いて肩透かしを喰らった。

 一方、イルネはこうなる事を分かっていたのかやれやれと首を振った。


「意外だな」


「私だって、ちゃんと村の事を考えているのですよ。この村の場所は割れてしまいました。そして、統治者が変わった今、この村が今後も平和だという保障は何処にもありません」


「確かに、この村の武装勢力は未だに不安な点が残るからな……」


「その通りです。それと私が思うに、ギ郡がクリャカ家に付いたとしても、そのナンミ家は直ぐには滅亡しない筈です。ヨヤから聞きましたが、大層険しい山々が連なる天然の要塞が多いとか。となれば、ユクシャ家とショウハ家は当分互いに結託し、情報交換を行う筈です。ならば、今の内にその場所を提供し恩を売っておこうかと……」


「成る程。ナンミ家が健在な限り、リンヤ村は安全だと?」


「はい」


 中々に考えたものだ。彼は少し感心した。

 スイセンは自分が思っていた以上に、聡明なのかも知れない。

 ユクシャ家の存続、リンヤ村の安全、クリャカ家の調略工作、そして自身の出世、其々(それぞれ)の思惑が渦巻く中、彼等は結託する。


「これで決まりだな」


「その前に、一つ御願いがあります」


「何だ?」


 唐突に村長が立ち上がった彼を引き止めた。


「妹と、リッカと少し話をさせて下さい……」


「良いだろう」


 スイセンとリッカの二人だけを残し、他の四人はその場を後にした。

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