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第五十七幕・「引き抜き」

「ねえ。後どれくらい掛かるの?」


「もう少しです。この峠を越えれば直ぐですよ」


 辺りは深い森に包まれており、先程から奥の方で獣や鳥の鳴き声が絶えず響く。

 センカ郡、テイトウ山付近の峠を越えようと、鳥騎馬(フェサンチカプ)に跨りながら赤髪の勝気な少女が訊ねると、それを穏やかな口調で(なだ)め、先へ進む行商人風情の男。


「本当にこんな所に村があるの?」


「私達の村は隠れた秘境なのです。そう簡単に見つかっては意味が無いでしょう?」


「そんなに焦らなくても、村は逃げたりしないよ。お娘ちゃん?」


 もう一人の同行者が、文句を言う赤髪の少女を宥める。

 しかしそれが癪に障ったのか、少女は長身白髪の彼女をキッと睨み付けた。


「その呼び方止めなさいって言ってるでしょ!? あたしの名前はリッカよ!!」


 どれだけこのやり取りを繰り返しただろうか。先を進む長身痩躯の行商人の男は、もう気にし無い事にした。


 後ろで怒鳴るのは、自身を半妖だと無い胸を張り誇る、気の強い赤髪の少女リッカだ。

 アガロ組から行方を暗ました主君アガロ・ユクシャを迎える為同行している。


「あんたこそ、あたしの事を何時になったら名前で呼んでくれるんだい?」


「あんたが先に、あたしの事をちゃんと名前で呼んだら、言ってあげる」


「そうかい。ロッカだったっけ?」


「リッカよ!!」


 少女をからかい、終始掴み所の無い雰囲気を放つのは、豊満な胸と妖艶な美貌の女性。彼女はリッカと同じ赤目だが、とても冷酷な印象を与える。


「見えましたよ。あれがリンヤ村です」


 すると先を進んでいた行商人が馬上から二人へ振り向き、村が見えた事を報せた。


「へぇ。本当にこんな所に元奴隷の集落があったなんてね……。あたしはセンカの生まれだけど、こいつは知らなかったよ」


「あんた、それでもセンカ守護大名の妹なの? 呆れるわ」


「あたしは自分が賢い事を知っているからね。この世にはまだまだ、あたしでも分からない事が沢山ある事くらい知ってるんだよ」


 再び睨み合い火花を散らす二人を尻目に、男は鳥騎馬(フェサンチカプ)を進め村へ向かった。

 それに気付くと長身白髪の女は颯爽(さっそう)と後を駆け、リッカも慌てて続いた。


「馬の扱いが下手だね。そんなんじゃ、立派な武士にはなれないよ?」


五月蝿(うるさ)い!!」


 村の入り口に入ると、村人が行商人の姿を見て喜んだ。そして『ヨヤさん!』と第一声を放った。

 ヨヤも下馬して、帰ってきた事を伝える。

 だが、それと同時に村の者が彼が居ない間に起きた事を一気に話し始めた。


「そんな事が……」


「いや、あの時はどうなるかと思ったが、アガロさんの作戦で敵を追い返したんだよ!」


 上機嫌で話す村人を見て、ヨヤは少し村の雰囲気が変わった事に気が付いた。

 先ず入り口に見張りが付いている事だ。今迄は誰も居なかったのに、今では武器を片手に其処に鎮座している。

 村の中もどうやら変わっている様子であった。


 自分が出て行く時、村の子供達に勉学を学ばせて欲しいと頼んでいたが、まさか此処まで変化しているとは流石の彼も想像していなかった。

 恐らくこの村に来襲した略奪集団の影響が大きいのだろう。


 ヨヤはアガロの居場所を聞くと彼は今、村の広場で若者達に武芸の稽古を指導しているのだという。


『そこッ! 構えがなってないぞッ!!!』


 すると離れた村の中心地から、あの何時もの甲高く遠くへ響く大声が聞こえた。

 それを聴いた瞬間、リッカは即座に下馬し、誰よりも早く声のした方角へ走り抜けて行った。



【――広場――】



「腰を入れろ! 声を出せ!!」


「あんた。もうすっかり元気ね?」


「イルネか?」


 チラリと横目を流すと、痩せ細った色黒の鬼娘が腰に手を当てて此方を見ていた。

 この村で保護されてから凡そ一ヶ月が過ぎた。


 今では彼の傷は殆ど回復し、松葉杖も要らない。自由に動けるのが何よりも嬉しかった彼は、最初の頃とは打って変わって機嫌が良くなっている。


 恐らくこれも村長スイセンのなせる業なのだろう。彼女が清めた水を飲み続けると、驚く程早く痛みが引いていくのだ。

 彼は体も良くなると、自分も若者達に混ざって稽古をし、勉学を教えながら過ごしている。

 そんな彼に予想だにしなかった人物が、不意に後ろから襲い掛かった。


「アガロ―――ッ!!!」


 呼ばれて振り向くと、目に映ったのは草履。しかも裏側だ。

 咄嗟に蹴りだと判断した彼は受け止めるが、後ろへ大きく蹴り飛ばされてしまう。

 若い者達が受け止め抱き起こすと、自分を蹴った相手を睨んだ。


「相変わらずだな、リッカ?」


「やっぱり、生きてたのね? 悪運だけは本当に強いんだから」


「強運といえ。俺がそうそう簡単に死ぬか」


 何が起ったか理解が出来ず呆然としているイルネは、ハッと我に戻り腰刀に手を掛けるが、アガロがそれを声で制止した。


「止めておけ、お前じゃリッカには敵わん」


 アガロが歩み寄るその姿を観察し、どうやらこの前来た賊の(たぐい)では無いと判断したイルネ達。

 アガロはリッカへ早速訊ねる。


「予定よりも早かったな? お前が居るという事は、ヨヤも居るのだろ? 何処だ?」


「あいつだけじゃなく、厄介なのが他に居るわよ?」


 一体誰が他に居るのか検討を付けてみるが、思い当たらない。

 しかし、そのもう一人に会った瞬間、普段仏頂面の彼の表情が珍しく歪み、成る程と納得する。


「久しぶりだね。アガロ殿?」


何故(なぜ)、お前が此処に居る。サラ?」


 背の低いユクシャ当主は下から睨み上げ、対して長身のショウハ当主の妹は得意げに笑みを作り見下ろす。


「アガロ殿。お久しぶりです」


「何故こいつが此処に居る?」


 挨拶の返事はせず、再開すると即質問した。

 余程嫌なのか、アガロの表情は酷くヨヤを責めている様子だった。


「今はそれよりも、村を救って頂いたようですね?」


「ああ」


「感謝します。ユクシャ様……」


 すると、目の前で跪き深々と頭を下げる行商人。

 だが、ユクシャ当主は興味が無さそうに言った。


「面を上げろ。商売は上手くいったか?」


「お蔭様で大儲けです……」


 ニッと口角を上げるヨヤ。

 彼の話によると商品として運んだ鉄砲は、全てミリュア家が買い取ったのだという。

 恐らく彼の事だから、鉄砲を全て買い上げなければアガロの居場所は教えないとでも言ったのだろう。


「それよりも、状況を知りたい。ナンミ軍はどうなっている?」


「ちょいとお待ちよ。立ち話もなんだ。此処は屋敷にでも行って、茶の一つでも出すのが礼儀だろ?」


「厚かましい奴だな?」


「あたしが途中まで道案内したから、予定よりも早く到着できたんじゃないのさ。それくらいは当然さね」


 ヨヤが言うにはセンカの士族で元トラカの間者衆である彼女の道案内があったからこそ、道中賊にも教われず、予定よりも二週間早く村に付いたのだという。

 短く溜息を吐くと、アガロは事情は後で説明するとイルネに言い、彼等三人を伴い自分が宛がわれた小高い丘の上の屋敷へ向かう。


 入り口の(すだれ)を上げると、中へ足を踏み入れた。酷く埃っぽく、リッカは何度か咳き込んだ。

 アガロが軽く床を払うと、座るよう促し着座させる。そして早速、口火を切った。


「聞かせろ。戦はどうなっている?」


「あたしが説明するよ」


 答えたのはサラだった。

 リッカが口を開こうとするが、アガロは彼女に説明させた。何故、敵である筈の彼女がこの場に居るか気になったからだ。


「あんたと最後に会ったのは、確かテイトウ山だったね?」


 テイトウ山の戦い。

 今から一ヶ月程前にセンカ郡の本城シラハ城を落とすべく、山道を進んでいたジャベ隊は敵の降将エイリと、サラ・ショウハの策に嵌り、絶体絶命の危機に陥った。


 その時、自身の息子を餌に敵を誘き出したのがリフ・ナンミであり、彼の苛烈にして残酷無比な攻撃により味方は勝利した。


 しかし、ジャベ・ナンミ隊や、与騎であるアガロ・ユクシャの部隊も同じく被害を被った。

 ユクシャ組は今の処、部隊の再編成を図ったテンコにより指揮されている、とリッカが手短に口を挟み伝えると彼は一応安心する。


 サラが続ける。

 その戦いの後、リフは休まず兵を進め、クリャカ家の本拠であるトウ州ランマ郡へ侵攻した。

 味方の悲報と、突如現れたナンミの大軍相手にトウ州の小豪族達や地侍等はすっかり意気消沈した。


 しかし、そこで今迄息を潜めていたトウ州管領家の当主ベルウィ・クリャカが動いたのだ。

 クリャカ当主が集めた兵は凡そ八千。ナンミ軍二万には程遠いが、それでもクリャカ家には兵力を補うだけの算段があった。


―――外交である。


 クリャカ家にはナンミ家には無く、到底手に入れる事の出来ない名家の血筋と評判がある。

 ベルウィ・クリャカは後手に回ったが、只黙って兵を掻き集めていた訳ではない。彼はリフが自身にしたように、逆にナンミ家を包囲してやろうと画策したのだ。


 先ず手始めに、ナンミ家の西側に位置する大名アイチャ家に使者を遣わした。

 アイチャ家は長い間、都の政治介入に忙しく次期大将軍の座を狙おうとしていた事に目を付け、次期大将軍として指示すると申し出たのだ。


 名門であり、その上トウ州管領家から指示して貰えば、これは心強い後ろ盾になるし、周辺大名達からも感心が買える。

 そう考えたアイチャ家は背後からナンミ家を脅かす為、出兵を承知したのだ。


 そしてその時、クリャカはアイチャ家にナンミ討伐の密書を書かせ、これをエン州のナンミ家の支配下ではない、残りのファギ郡、ワンカ郡の豪族に密使を遣わした。

 次期大将軍家の要請である、と彼等にナンミを攻める大義名分を与えたのだ。


 ファギ、ワンカの領主達は日増しに強力になるナンミの動きを警戒していた。しかし、弱小勢力の彼等は今迄動けないでいたのだ。

 クリャカは彼等の懸念と恐怖心を利用し、出兵の理由を与え、これを機にナンミを滅ぼそうと持ち掛けたのだ。


 ナンミ軍が主力を率いて東へ進んでいる今が好機、と説くと直ぐ様兵を集め、北西ファギ郡から二千、北東ワンカ郡からは二千三百の兵が集まり、ナンミの本拠ビ郡の郡境にまで兵を進めているのだという。


 西処か周りは動かないと思い込んでいたリフ・ナンミにとって、これは大誤算であったに違いない。

 しかし、そこで弱音を吐くリフではなかった。彼はその老獪な頭を働かし、直ぐに次の行動に移る。


―――調略工作。


 敵の降誘と扇動を行い、クリャカ家を内側から攻めたのだ。

 リフは兵二万を一気に前進させ、クリャカ家の小さな城は無視し、重要な軍事拠点一つだけを陥落させた。


 城の兵士達を皆殺しにし、首を晒してランマ郡の小豪族や地侍、郷村に至るまで恐ろしさを見せ付けると、彼等を守れなかったベルウィ・クリャカの器の小ささと、ナンミ優勢の風評を流した。


 目の前にナンミの大軍が居る恐怖と、未だにリフと本格的に対峙しないクリャカに対する不信感に狩られた、周辺の小豪族達の切り崩しに掛かったのだ。


 そのお蔭で、ナンミと対峙する前線のランマ郡の豪族達は態度を決めかね、或いは寝返りを始めるなどし、今では戦線は硬直してリフもベルウィも動けないでいるという。


 リフ・ナンミは調略の為、兵を動かし、ベルウィ・クリャカは兵を動かす為、外交した。

 そこまで話し終えると、少し休憩を挟むサラ。

 目の前で静かに聴いていたアガロを見ると、彼は次のナンミとクリャカの行動を考えていた。


「双方は和睦をするだろうな」


「何故さ?」


 サラが試すように訊ねると、ユクシャ当主は少し早口で理由を述べた。


「ナンミはトウ州攻略をこれ以上は出来ない。ランマ郡まで兵を進めたのは、今後トウ州の豪族や地侍達を調略しやすくする為だ。武力を見せ付け、相手の心を攻めるのは引き抜きの基本だ。対してクリャカはこれ以上の軍事行動は苦しい筈だ」


「というと?」


「アイチャが動いたのは俺も予想外だったが、そいつ等が何処まで頼りになるか分からん。クリャカの背後には未だに三つの守護大名が居るし、前面のナンミにも、兵をこれ以上割けない筈だ。ナンミ包囲網を形成出来ている今だからこそ、和睦の道がある」


 特に兵農分離を未だにしておらず、土着士族や農民を主体とするクリャカ軍は長い軍事行動が難しい。

 対してナンミ軍は、質は悪いが農耕から切り離された職業軍人が基本であり、長い軍事行動が可能である。

 しかし、そこまで言う必要は無いと思い、アガロはその事だけは黙っていた。

 目の前の彼女は未だ敵だからだ。


「御名答。確かに和睦の話は出ているよ。じゃあ次だ。何であたしが此処に居ると思う?」


「そうだな―――……」


 サラは相変わらず微笑を作り、面白そうに彼を観察している。以前、戦場で見た時よりも幾らか成長しているように感じた。そしてアガロは何故、サラが此処に居るのか大体の予想を付けているようであった。


「……サラ。お前は若しや、俺を調略しに来たのか?」


 再びニヤリと笑みを作る美女。


「何故そう思うんだい?」


「それ以外に理由が見当たらん」


「……意外と鋭いね。正解だよ」


 腕を組み少し考える。

 確かに自分へ目を付けたのは納得する。自分がもし逆の立場なら、真っ先にユクシャ家を勧誘するだろう。何故なら先のテイトウ山で、味方諸共殺され疑心暗鬼に陥っているし、それ以上に此の侭では何時かナンミに殺される、という不信感がアガロにはあったからだ。


 もし自分が亡くなれば一番得をするのはナンミ家である。ユクシャの所領を没収し、港が手に入るからだ。

 憶測ではあるがテイトウ山ではそれが狙いで、自分を殺そうとしたのでは、と今も疑っているし、それが嘘だとも言い切れないのがリフの恐ろしい所である。


(俺を引き抜けば、ギ郡は一気にクリャカに付くな……)


 アガロは自身の価値を今一度考え直した。

 彼のユクシャ家はギ郡の豪族である。新興勢力とはいえ当主の彼を初め、勢い盛んな能力ある者達を集めている。

 しかし、クリャカ家が欲しいのはそれではない、と思った。一番に欲しいのはギ郡である。


 ユクシャ家に取り柄があるとすれば縁戚衆であろう。彼等はギ郡八県の内、四県を占めているのだ。

 ユクシャを取れば、後はそこから内部分裂を誘発出来る。あくまでもユクシャ家引き抜きはその過程に過ぎない。


 上ギ郡にはワジリのマンタ家、イマリカのアッシクルコ家が存在し、下ギ郡にはユクシャ家、そしてその昔ゼゼ川の戦いにて裏切り背後から襲い掛かったゲンヨウ家が居る。

 ゲンヨウ家はナンミ側に付いているが、他の三家が離反すれば、ナンミ家から分離され(たちま)ち窮地に追い込まれる。

 そうなれば降伏勧告に応じざる負えまい。


 言わば、この引き抜きは今後の戦略に大きく関わる。ユクシャ家を通じて、ギ郡豪族の調略も計画しているのだろう。

 そう考えるとベルウィ・クリャカという若き当主は中々にやり手と言える。彼の代で御家の勢いが盛り返したというのも納得出来た。


 その時、サラ・ショウハが好奇な目を此方に向けた。

 彼女の目的は分かっている。自分の引き抜きである。それを目的にナンミのユクシャ陣営に訪れ、ヨヤと出会い、経緯を聞いて此処まで同行してきたのだろう。それなら辻褄が合う。


「アガロ殿……」


「何だ?」


 彼女は近付いて来た。

 警戒し、油断無く彼女の手元へ視線を移す。

 リッカもいざという時の為、腰の刀に手を掛ける。

 すると、彼女は笑い出した。


「そう警戒しなくてもいいじゃないのさ? あたしはあんたを誘いに来たんだから、何かする筈無いだろ?」


「お前は油断なら無い」


「あっはははは!!」


 サラは可笑しそうに笑い出す。

 調子を狂わされるが、それでも目付きを鋭くし睨んでいると、彼女は顔を近付けた

 此処で動じては器を疑われる。そう思った彼は動かず、彼女の瞳を凝視する。

 すると、彼女は口を彼の耳元へ逸らすと、(ささや)いた。


「共にナンミを滅ぼそうじゃないか……」

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