第五幕・「村役人」
【――タキ城・広間――】
レ二屋の蔵へ押し入った賊を撃退した翌日、アガロは姉のタミヤに後を任せ、自身は姿を暗ました。
彼女は渋々店の主人ゴウタと、新たにアガロの下僕となったトウマを連れてタキ城へ帰還したのだった―――。
「ふむ。これが噂に聞く鉄砲か……」
近頃、噂で耳にする鉄砲という新兵器を手に取り、中々と感心しながらじっくりと調べるのは、ユクシャ家当主にして、アガロ、タミヤの父コサン・ユクシャ。
その様子をゴウタは内心やきもきしながら見ていた。
この鉄砲を買う、と言い出したのはアガロでありコサンではない。実際に買うか買わないかは、父親である彼が決める。
コサンは話を聞き、鉄砲が未だに生産が困難な事、使用するには弾丸や火薬が必要な事、更には弓矢に比べ連射性に乏しい事などを聞き、暫く考えていた。
「飛距離は弓より劣るが成る程、威力はあると見た。それに、折角あいつが半値に値切ったのじゃ、良かろう。全て買い上げよう」
わしならもう少し値切れた。コサンは内心そう思いながらも、この武器を買う事にした。
「はい。お買い上げ頂き真に有難う御座います」
恭しくお辞儀をするレ二屋の当主ゴウタ。
半値で売り大損ではあるが、今後の信用を勝ち取り、贔屓にされるのであれば易い物だ、と考えていた。
「しかし、まさかあいつが賊を追い払うとはのう……」
ふと、コサンは感嘆の声を上げた。
何時も我侭で自分勝手な言動が目立つ嫡男が、賊を撃退するとは微塵にも思っていなかったからである。
「はい。手前も最初聞いた時は、我が耳を疑いました。ですが、ご嫡男で在らせられるアガロ様は、お若い身でありながら勇気があり、また学問にも明るく機転も利く。御領主様の子でなければ、我が家の跡取りにしたい程です」
ゴウタがすかさずご機嫌取りにでるが、二代目当主は気にせず、長女のタミヤへ視線を向けた。
「タミヤ。先程、ゴウタの申す事に、嘘偽りはないじゃろうな?」
「父上、ゴウタの申し上げる事に、嘘偽りは御座いません。このタミヤ、弟のアガロ。キジムナのガジュマル。そして、ゴウタの後ろに控える一つ目夜鬼のトウマ。我ら四人にて昨晩、店の蔵へ侵入した賊共を追い払いました」
上座に着座する父に向き直り、恭しく頭を下げながら彼女はそう告げた。
そのように畏まらなくてもいい、と父は言うが、彼女は姫武将としての誇りがあり、例え相手が父であろうと、主君として敬い、一家臣として接した。
「姫様! あまり無茶をして下さりますな……!」
「許せ、ソンギ」
未だ納得出来ない様子でタミヤを見るのはソンギ・ハン。彼女の守役を勤め、ユクシャ家中一、二を争う猛将である。髷を結い、眉は太く、眼光鋭く、立派な顎鬚を蓄えている。
彼も元々は下賎の出ではあったがその武勇を買われ、ユクシャ家で武功を上げ、遂には一家臣としての地位を獲得したのだ。
「じゃが、何故蔵を破られる前に、賊共へ襲い掛からなかったのじゃ?」
コサンがタミヤへ訊ねた。
「はい、父上。最初は私もその積もりでしたが、アガロは帰り際を襲った方が良いと申しました」
「何故じゃ?」
「あいつが申すには、賊共が蔵に手をかけている間は気が立っており戦っては返って危険、故に帰り際、賊共の気が緩み、また荷物で手が塞がり戦えない隙を突く方が良いと……」
それを聞くと、コサンは一つ感心したように頷いた。
成る程あいつらしい。敵の隙を突くのが上手いと我が子の聡さと、将として才能がある事を感じ満足そうに笑みを浮かべた。
「将来はきっと歴史に名を残す名将、名君になるに違い御座いませんな!」
ゴウタがしきりに褒めるが、コサンは無視して彼の後ろに控える鬼を見た。
「その方がトウマか?」
「へい」
トウマは平伏しながら短く返事を返した。
「許す、面を上げよ。アガロの新しい下僕であったかの?」
「へい、その通りで御座ぇやす。大旦那」
「大旦那?」
コサンの事を言っているようだったが、呼ばれ慣れていない二代目当主は、小首を傾げた。
「へい。あっしはアガロ様の事を”若旦那”と呼んでおりやすんで、大旦那と呼ばせて頂きやす」
にこりと笑うトウマ。
「貴様! 御館様にむかって何たる無礼な!!」
一介の鬼が付け上がるな、とばかりにソンギ・ハンは怒声上げたが、コサンが手を一つ出して制止した。
「良い、ソンギ。気にしておらん。それよりもトウマ。お主がユクシャ家に仕える事許してやる。じゃが、我が家の新しい下僕になるからには、家の仕来たり、更には屋敷の事など色々と覚えて貰わねばならん。そこで、マヤという鬼族の娘が当家に仕えておる故、暫くはその娘から学ぶがよい」
「へい。承知しやした」
「マヤ!」
「はい」
広間に姿を見せたマヤは、礼儀正しく着座し頭を垂れる。
「マヤ、そこに控える一つ目の鬼がトウマじゃ。今日より我が家に仕える事となった。礼儀作法、仕来たりに付いて教えてやれ」
「畏まりました」
マヤはトウマを伴い、広間を後にする。
それを見送ると、今度はゴウタへ視線を落とす。
「ゴウタ、お主も下がってよいぞ。金ならシグルに言えば良いじゃろう」
「はは。では、ご領主様。またお目にかかりましょう」
ゴウタが広間を出て行くと、タミヤも一礼し立とうとする。
「待て、タミヤ」
すると、コサンが彼女を呼び止めた。
「何ですか、父上?」
「お主にはソンギと共に、領内の治安維持の為、巡察へ行って貰いたいのじゃ」
「巡察に?」
「うむ。わし等が戦から帰ってくる途中で嵐があったじゃろ? それにより、家や財産を失くした民達が野盗に身をやつしたと聞く。恐らく、お前達が追っ払った賊共もそれじゃ。わしの徒歩三十名与える故、暫く領内を回ってきてくれ」
「父上のご命令とあらば、直ぐに立ちます」
彼女は速やかに了承すると、直ぐ様出立しようとする。
コサンはソンギに向かい。
「ソンギ。タミヤを頼むぞ」
「御意」
【――村役人の屋敷――】
「そう言えば、ガジュマルは何で役人何かに用があるんだ?」
暇を持て余し、ふとアガロは隣に座るガジュマルへ訊ねた。
「ほら、この前嵐があっただろ? それの所為で村の船が流されちまったんだよ。おいら達の村を管理してくれているお役人様は優しい人だから、少しばかり村への救済を頼めないかなって……」
「そうか。無理にレ二屋まで連れて行ってすまなかったな」
「いや、おいらはもう慣れてるよ……」
常に振り回される事には慣れっことばかりに、諦めたような顔で苦笑いするキジムナの少年を尻目に、当の本人は『そうか』と一言言って、視線を逸らした。
既に会話に飽きているのか、興味が無さそうな声だった。
二人は今、座布団の上に座り、役人が来るのを待っている。
暫く経つが、一向に現れる気配が無い事に、アガロは些か苛立っていた。しかし、自分の所為で彼に迷惑を掛けた事に、少し罪悪感を感じていたのも確か。故に普段は一つの処に留まるのを嫌う彼だが、今だけはじっと我慢して待っていた。
「いやいや、お待たせしてしまい申し訳ありません。若様にガジュマル君」
やがて、姿を現したのは長身痩躯でやや猫背、顔は面長で細目、眉は細く唇は薄い、村役人ナンジェ・カイ。寝不足なのか目の下にクマがある。
彼はアガロに恭しく礼をし、ガジュマルにはにこやかに微笑んだ。
「忙しいのか?」
アガロが開口一番訊ねると、彼は深く頷く。
「そうなんです。この前の嵐で沢山の家屋が倒壊しましたから、その被害届とか救済活動で大忙しですよ……。遅くなって申し訳御座いません……」
「おいらは別に構わないよ。それと、これは村の皆からナンジェ様へ手土産だよ」
ガジュマルが手渡したのはハギ村の魚の干物。
「これはすまないね。有難く受け取るよ」
「それと、忙しい所悪いんだけど、おいらが来たのも、その事に付いてなんだ……」
「分かっているよ。それと謝る事はないからね? で、被害の規模は?」
話が終わるまで待つ事が出来ないアガロは、中座して屋敷の探索を始める。
裏手へ行くと馬小屋があり馬が二頭居る。しかし内一頭は普通の馬ではない。アガロはそれを見慣れた目付きで観察した。
「新しく鳥騎馬を飼ったのか」
―――鳥騎馬。
二足歩行で走る黒い羽に覆われた大きな怪鳥。空を飛ぶ事は出来ないが、馬よりも速く走る事が出来る。脚力と跳躍力に優れており、特に山岳地帯や獣道を通る時に活躍する。だが持久力に乏しく、ばて易いのが難点だ。
しかし食費は安く、また大人しい性格の為飼育しやすい。主に荷を運ばせる時、または長距離を走る時は馬を、近くに報せを伝えたい時には鳥騎馬といった具合に乗り分けたりする。
アガロも武芸の稽古はするが、彼は剣術や槍術よりも馬術の方が得意であり、特に速く走る鳥騎馬は彼のお気に入りである。
アガロが鳥騎馬をまじまじと見上げていると、表の門を激しく叩く音が聞こえる。
何だ? とばかりにアガロは急いでガジュマル達の居る処まで戻ると、丁度屋敷の使用人が其処に居た。
「ナンジェ様、トンべ村の者が訪ねております。何でも急ぎの用事だと……」
「お通ししなさい」
ガジュマルと同じく被害届を出し、村への救済を頼もうとしているのかも知れない。
しかし、屋敷の使用人に通された村人は息を荒げて血相を変えていた。
「お役人様、大変だべっ! お助けくだせ!」
「一体どうしたんです?」
「おら達の村の近くに野盗共がいるんだべ!」
瞬間、その場の者達に緊張が走った。
先の台風で家屋を失い、行き場を無くした者達が略奪を始めている事はナンジェも聞き及んでいた。
「ナンジェ! 俺が助けを呼ぶ! それまで何とか持ち堪えて見せろ!」
アガロは直ぐさま馬小屋へ向かい、足の速い鳥騎馬へと跨った。
すると、目の前を村役人のナンジェ・カイが立ちはだかる。
「何の真似だ!? 退け!」
此の侭では手遅れになるかも知れない。今、自分が出来るのは直ぐに城へ戻り、兵を率いて野盗共を討伐する事だ。
しかし、ナンジェはゆっくりとかぶりを振り、口を開いた。
「若殿様。此処は私にお任せ下さい」
「何をする気だ?」
怪訝な眼差しを向けるアガロを制止して、彼は続けた。
「私が野盗達を見事降して見せましょう」