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第五十六幕・「当主と村長」

「はぁ、ほんと信じられない……」


 前方で杖を付く少年の背中を眺めながら、小さく溜息(ためいき)混じりに(つぶや)いたイルネ。


 今周りに居るのは二人だけではない。数十名のリンヤ村の若い衆と、キン村から救出した村民達も居る。キン村の者達は暴行を受けたのだろうか、体中に(あざ)がある。


 村を救ったのは今から少し前、敵を西口山道にて撃退してからだ。

 その時、イルネは一安心していたが、突如アガロに呼ばれ、キン村へ向かうと告げられた。

 最初、彼女は驚いたが、理由を聞き納得した。


 敵の主力は追い払ったが、キン村に未だ敵の一部が残されている可能性がある。それを追い払わなければ、危機が去ったとは言い難い。故に、彼に付き従い、村を急襲し、見事奪還したのだ。


 早業だった。敵とは違い自分達は土地に慣れており、日も暮れ始めた頃には村へ到着し、敵の意表を突いてこれを追い払った。


 戦いはあっさり済み、アガロが率いた若者達は生き残った者達を介抱しながら、村への帰途に付いていた。

 辺りはすっかり暗くなり、手に持った松明たいまつの明かりを頼りに道を進む。


 彼女の気持ちは沈んでいた。アガロがキン村へ奇襲を掛けると打ち明けた時、イルネは先ず初めに村長スイセンは、その事を知っているかどうかを訊ねた。


『知っている訳無いだろ』


 彼は平然と返答した。詰まり、完全な独断行動なのだ。


『今回の件は全て、俺に任されている』


 彼は唖然とする自分へそう付け加えた。

 確かに現状、彼以上に部隊を統率し、尚且つ戦に精通している人材は外に居ない。此の侭任せるのが適任であろう。

 

 敵が油断している今が好機。一気に蹴散らした後は、スイセンに事後承諾という形で納得して貰う。

 彼の考えを理解した彼女は、戸惑いながらもそれに同意し、同行と先鋒を買って出た。

 周囲の者達も、ユクシャ当主に説き伏せられ、思いを同じくしている同士だ。村を守りたいという気持ちが強く、アガロはそこへ付け込み、彼等を引き込んだのだ。


 煽動が上手い。彼女は内心、感心しながらも心の隅では(わず)かに恐れを感じていた。恐怖を利用し訴えかけ、人を巧みに動かす。

 自分も敬愛する村長に無断で行動した事に、罪悪感や良心の呵責を起しながらも乗せられた一人だ。独断行動をした責任を感じているし、それは恐らくこの場に居る者達も同じだろう。


(こいつ、疲れてないの……?)


 彼女は疑問を浮かべた。

 実際に戦闘を行った自分は疲れている。増してや、初陣をした若い者達の疲労は相当なものだろう。


 しかし、前を歩く黒髪の少年はそれを全く見せず、平然としている。その姿が味方を勇気付けているのは言うまでもない。


 休まず戦闘を立て続けに行った味方は心身共に疲労困憊、満身創痍の筈。だが、彼等がここまでやってこれたのは、足の不自由な小さい少年が先頭に立ち、自分達を率いてくれるからだ。


 そんな彼の後姿を見て、味方は鼓舞された。自分達が此処で弱音を吐いてはいけない、という思いにさせられた。


「もう直ぐ村だ。帰ったら、保護した奴等の傷の手当と、食事を忘れるな。お前達も休め」


 アガロが振り返り指示を出すと、若い者の一人が『はい!』と大きな声で返事をした。

 すっかり村を救った彼を、英雄視している。村へ突如現れ、敵を追い払ったのだ。無理もないだろう。

 彼以上に並々ならぬ自信に溢れた者は、他に居ない。


 それが魅力であり、彼の強みだ。過剰な自信は時に、身の破滅に繋がるが、味方に伝染し大いに勇気付ける要素になる。

 声を発し、常に前へ前進する姿勢が彼等の士気を上げ、勝利が自信へと繋がり、最初の頃とは打って変わって覇気と気迫に溢れた集団へと変貌していたのだ。



【――リンヤ村――】



 村へ着くと出迎えたのは親兄弟や恋人達。勝手な行動を(いさ)められ、そして涙を流し迎えられた。

 キン村の者達の手当てを急ぎ、再会を喜ぶ。


 そんな彼等を尻目に深夜、村の入り口付近で焚き火をして暖を取り、粥を流し込んでいるのは今回、村人を纏め上げ指揮した一人の小さな英雄。

 交代の時間まで、彼は休息を取っていた。


「アガロさん。此方にいらしたのですね……」


「説教なら(じぃ)で沢山だ。後にしろ」


 声で誰だか一発で分かる。村長スイセンだ。そんな彼女へ何とも無愛想な第一声を放つ。

 村人達が喜び浮かれている間にも、アガロは休もうとはしなかった。彼は村に残していた者達を掻き集めると、周囲の警戒に当たらせ、厳重体制を取らせた。敵の残党が未だに潜んでいるかも知れない故、監視させているのだ。


「何の事でしょう? 私は只、貴方にお礼を言いたく、此方へ参ったのですよ?」


「恩を返しただけだ」


「ですが、貴方が居なければ村は滅んでいました……。本当に有難う御座います……」


 振り向くと、村長が深々と頭を下げていた。しかし、直ぐに元の姿勢に戻ると、


「それはそうと、未だ御身体の悪い状態なのに、未だに起きているとは何事ですか?」


「さっき、礼を言いに来ただけだと……」


「それはそれ。これはこれです。アガロさん。怪我を早く治したくは無いのですか? 怪我人は早く横にならなければ、治るものも治りませんよ?」


「今は敵の警戒を怠らず、夜明けまで待つべきだ」


「そんなになるまで待てません! それは村長である私の仕事の筈です! 此処は私に任せて、ご自身の御身体をもう少し大事にして下さい!」


 この村長、前にも増して強気な態度になっていた。

 不意打ちを喰らい少し戸惑っていると、そんな彼の心を読んだのか村長は少し微笑んだ。


「本当はあの時、アガロさんがキン村へ行くのを分かっていました……」


「何故止めなかった?」


 戦いの後、二人は一度合流している。

 イルネが以前話したが、彼女には心が読めるのだ。厄介な能力である。

 それならその時止めてれば良いものを、彼女は何も言わずアガロの好きにさせた。


「今の私では、どうする事も出来ません。全て、貴方に頼るしか無かったのです……」


 すると途端にスイセンの表情は暗くなる。


「アガロさん……。私は村長失格です……。村を守りたいと思っていたのに、私に出来る事は、何もありませんでした。全て貴方やイルネ達に頼ってしまいました……」


 見ると着物を強く握り締めている。自身の不甲斐無さを嘆いている様子だった。


「私は変わろうと思っています……。上に立つ者として、もっと立派な長になって、今度は私が皆を守りたいんです……。アガロさん。私に出来るでしょうか……?」


「ふん。何かと思えば、お前の弱音に付き合っている程、俺は暇じゃない」


「そ、そうですね……。御免なさい、こんな事言ってしまって……」


 スイセンはこんな事を言って、彼を困らせているのでは、と思い自己嫌悪を始める。

 暫しの無言が続いたその時だ、


「だが、お前は選ばれてこの村の長になったのだ。お前にしか出来ない事がある筈だ」


「……励ましてくれているのですか?」


 彼は黙った。それ以上は何も返答しなかった。此方を振り向きもしない。

 それでも彼なりに励まそうという気遣いだろうか、思わず少し嬉しい気持ちになり笑みを浮かべた。

 彼女は近付きゆっくりと隣へ腰掛けた。


「何時まで其処に居る積もりだ?」


「アガロさんが小屋へ戻るまでです」


「……勝手にしろ」


「勝手にします」


 隣を見ると未だ小さな少年が其処に座っている。

 その年には似合わず、過酷な環境下で育っている。それだけに強靭な精神を持ち合わせ居るのだろう。

 その彼の姿と、今の自分をついつい比較してしまい、再び少し暗い表情になる。


「何やら、情けないですね……。これではお父様に申し訳ないです……」


「お前の親は確か―――」


「はい。何年も前に亡くなりました。今日のように村を襲われ、私達三人兄姉妹(きょうだい)を逃がす為に、命を賭して戦いました……。恐らく、鬼神の名に恥じない最後だった筈です」


「鬼神だと?」


 唐突にスイセンが放った言葉が気になり、問い返す。


「アガロさんは士族なのですから聞いた事があるのではないですか? 鬼神の一族の事を……」


「まさか、お前は……」


「私には、鬼神の血が流れております」


 それを聞くと、アガロは驚くが何処か納得した。

 鬼神の一族とは、アシハラに古来より住む戦闘民族であり、数が少数の種族である。彼等はソウ国だけではなく大昔から人間や獣人、巨人に天狗の部族とも戦をしており、その武勇を恐れられた者達だ。

 しかし、彼等は数が増えず子孫の殆どは死に絶え、今では文献にしか記されていない。


 その種族の生き残りであり、自身も鬼神の能力を受け継いでいる、と村長は言った。成る程、それならば傷を癒す能力や、人の心を読む事が出来ても不思議ではないだろう。(いにしえ)より人智を超えた能力を有している、とされている種族だ。

 現に何度もその力を目の当たりにしているアガロは、疑う事もせず素直に感心した。


「何故それを、俺に打ち明ける?」


 其処まで聞くと、アガロは当然のように疑問に思った。


「何やら対等ではない、と思ったからです。私はどうしても相手の目を見れば、その者が今どのような事を考えているのか、何となくですが分かるのです。ですから、アガロさんは私と目を合わせてくれないのですよね?」


「当たり前だ」


「私は、立場は違えど同じ指導者として、貴方と分かり合いたいと思っているのです。村の皆さんは、私に対して何処か余所余所しいですから……」


 アガロは禍も呪いも神話の神々も信じない。その性格が、村で神格化されたスイセンを前にしても臆する事無く、相手に出来たのだろう。また、普段から亜人達と寝食を共にしている彼からすれば、この村の住人達はそんなに特別な者達ではない。


「アガロ。調子はどう―――って、スイセン様!? どうして此処に!?」


「イルネ。御苦労様です」


「何か変わった事でもあったか?」


「そんな事より、アガロ! あんた、スイセン様に何もしてないでしょうね!?」


 姿を現して早々、ユクシャの当主を怪訝な目で睨みつける鬼娘。


「お前は俺を何だと思っているんだ? 村を救った英雄だぞ?」


「そういう台詞は、自分から言うものじゃないわ! スイセン様、何もされていませんか!?」


「馬鹿が。今の俺では、こいつに敵わん」


 苦笑いする村長。確かに身長差がある。村長は体が細いが長身で、村の中では目立つ。

 対してアガロは背が低い。未だ十四年しか生きていないのだからこれから延びるだろう、という淡い期待を本人は持っている。因みに低身長で下戸な事が悩みだ。

 話を戻そうと、彼女は自身の側近に訊ねた。


「何か変わった事でも?」


「いえ! 村の周囲に敵の気配はありません!」


 目の前に跪き、見事なまでに態度を急変させる。無論、アガロが面白くなさそうに顔を歪めたのは、言うまでもない。

 するとイルネは、突然地に伏した。


「スイセン様! 申し訳御座いません! 勝手な行動を取り、迷惑を掛けました! 如何様にも罰を受けます……」


「イルネ……。顔を上げて下さい」


 村長は彼女の元まで行くと、そっと肩に手を掛けた。

 少し身体を強張らせるが、その緊張を解くように村長はゆっくりと続けた。


「貴方は村の為に働いたのですよ? 褒められこそ、何故(とが)められると言うのです?」


「スイセン様……。ですが、私は……」


「イルネ。それはもう終った事です。それよりも、これからが大変です。村人達の手当てや、復興があります……。こんな私ですが、貴方はこれからも側で支えてくれますか?」


「はい…必ず! 何時までも御側に居ます! どんな事があろうと離れたりしません!!」


 大変な忠義者も居るのだな、と隣で見ていた少年は感心した。そして、彼女を勧誘するのは無理だろう、と内心諦める。

 実戦での強さや、他の者達からそこそこに慕われている彼女なら、組頭に成れるだろうと考えていたのだ。


「それよりもスイセン様。御身体に障ります。どうか今日はもうお休み下さい……」


「いいえ。それは出来ないのです」


 かぶりを振るとその理由を説明した。


「アガロさんがお休みになって下さらないから、私も眠る事が出来ません」


「そうきたか……」


 内心舌打ちする黒髪の少年。久々に戦場の感覚を思い出したく、自身は此の侭朝まで見張りをする積りだったが、此処で思わぬ奇襲にあう。

 途端、イルネが目を吊り上げ、怒鳴った。


「あんた! スイセン様に迷惑でしょう! 早く寝なさい!」


「お前達だけでは不安だから、俺も見張りをしているんだ!」


「あんたの所為でスイセン様が風邪でも引いたら如何する気!? あんた腹切るの!?」


 凄い剣幕で迫る鬼娘と、隣で少し悪戯っぽい微笑みを浮かべる村長。

 アガロは観念した。


「はぁ…分かった。何かあったら、真っ先に報せろ」


「あんた何か居なくたって大丈夫よ! ほら、行った行った!」


 シッシッと手で追い払われる仕草をされ、むっと腹を立てるが我慢して小屋へ向かう。小屋まで送ると言うスイセンを断り別れた。


 その途中、彼は空を見上げ、満天の空に輝く星々を見つめた。

 暫し黄昏たそがれる。星の美しさに心を奪われたのではない、本人は全く違う事を考えていた。

 その瞳は、夜空の星の如くギラギラと光っていた。


(変わる、か……)

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