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第五十五幕・「独断」

「信じられない……」


 目の前に横たわる数名の死体を見下ろしながらイルネは(つぶや)き、未だに自分達が勝利した事が信じられないでいた。だが、幾ら疑っても彼等はが略奪集団を追い払ったというのは、紛れもない事実だ。


 未だに興奮が抜けず、こうもあっさりと終ってしまった事に村の連中は唖然としていた。


「イルネ。良くやった」


 振り向くと今回の作戦の立案者アガロが、此方を見返していた。

 彼女とは対照的に、落ち着いていた。


「あんた。計略に長けてたのね?」


 半信半疑であった。果たしてこの策が上手く行くのか、内心ハラハラしていたが、こうも見事に敵を蹴散らしたとなると、素直に感心する。

 だが、急に彼は不機嫌な顔をした。勝利に浮かれている仲間達とは対照的であり、普段よりも更に仏頂面になった。


 『ちょっと、聞いてるの?』と彼女が訊くが、アガロはそれに答えない。


(テイトウ山の戦いがここで役立つとはな……)


 以前、テイトウ山の戦いで敵の降将エイリにより彼はショウハ軍に囲まれ、苦戦した事を鮮明に思い出していた。その時、味方のナンミ軍にも攻撃され、多くの部下を失った事もだ。


 ギ郡から付き従ってきたデンジは、敵の銃弾から身を挺して自分を守り、命を落とした。

 ドウキの副頭だったタンゲロウは仲間と共に、彼を逃がす為ナンミの足軽達に無残にも殺された。

 しかし、今の彼に感傷に浸っている暇は無い。


「所でアガロ。質問していい?」 


 彼が動こうとすると、唐突にイルネが呼び止めた。

 そして、ふと頭に浮かんだ疑問を呈する


「何であの侭、包囲殲滅しなかったのよ?」


 戦いの基本は敵を囲む事、討つ事にある。

 しかし、アガロはその絶好の場面で、何故か味方には投擲のみをさせ、決して追撃は許さなかった。

 地の利は味方にあった。士気も、一瞬で戦意喪失した敵と違い高かった筈だ。


 イルネは元傭兵だけあって戦慣れしており、あの状況は追い討ちするべき、と戦況を読んでいたのだ。

 すると、アガロの返答は意外なものだった。


「自信を付けさせてやろうと思ってな」


 昨日まで平和に過ごしていたのに、いきなり槍や刀を振るい、戦場に立てと言われても戦力外だ。

 元奴隷の彼等が上手く武器を扱えるとは、思っていなかったのだ。


 そこで村人達を地形的に有利な場所へ配置し、投擲で応戦させた。

 斜面を下り敵の前面を塞いだのは、後方に待機する伏兵へ誘い込む為、最後にチュウコウを使って脅しをかける、というあくまでも味方に白兵戦は強いない戦いをさせたのだ。


 また、アガロは敵が焦っている事に気が付いていた。この辺りの集落は貧しく、食料や財産が乏しい事から、乱捕り目的の敵が血眼になって獲物を探していた事を理解していたのだ。


 何も与える事が出来なければ、部下達から不満の声が上がる。それは例え小さな集団であろうと、大きな大名であろうと同じであり、自身が当主の身故に、部下を持つ敵頭目の考えが読めた。


 敵はイルネの投降の裏を考えず、直ぐに従うだろうと予想し、結果、彼女が誘導したお蔭で村に賊が足を踏み入れる事は無かった。

 そして次に彼は、敵と味方部隊を分析していた。

 特に本質が異なる。敵は食料や、財産を目的に集まった烏合の衆であり、対して味方は村を守る為一丸となっている。当然、士気の高さが違う。少しの苦であろうと、耐えうる事が出来る。


 だが、敵は違った。欲に(まみ)れたあの部隊は、一人ひとりが命を惜しむ。

 今迄ナンミから与えられてきた、士卒達がそれに当たり一度混乱すれば、余程統率力のある者でなければ直ぐに散開する。

 散々頭を悩ませてきたが、今回は逆にそれに助けられる形になったのだ。


 イルネは彼への評価を少し変えていた。

 彼女はアガロの事を『自信過剰で、自己顕示欲の強い小男』と思っていたが、今回の策や、チュウコウに村人達の戦力を考慮し、また敵の心中を読み取った頭脳に感心させられた。


「敵を知り、己を知る、か……」


「何よそれ?」


「何でもない」


 素っ気無く返され、やや機嫌を悪くするイルネ。

 だが、アガロは取り付く島も無く、さっさと敵の死体へ向かって行った。


(忌々しい奴の言葉がここで生きるとはな……)


 彼はテイトウ山で自身を窮地に追い込んだ敵将サラ・ショウハの言葉を思い出していた。

 父を(けな)し、自分の自信を傷付けた彼女がにたりと得意げに笑っている顔が頭に浮かび、機嫌を悪くする。

 アガロは直ぐにかぶりを振ると、死体へ手をかけた。

 その様子を村の者が気になり訊ねる。


「何をしているんだ?」


「死んだ奴らには不要だからな」


 そう言うと、アガロは死体の(ふところ)(まさぐ)り始める。

 イルネは元傭兵だけあってその光景は慣れっこであったが、溜まらず注意する。


「ちょっと! 村の英雄がそんな小悪党(まが)いな事したら、幻滅されるわよ?」


「死人には必要無い。それよりも他の奴等にも命じて、こいつ等の武具を剥ぎ取らせろ」


 短く溜息を漏らすが、指示に従い村の者達に協力して貰う。

 気が進まない者や、明らか嫌そうに顔を歪める者も居るが、アガロにとってそんな事は関係ない事柄である。

 だが、この先の彼等が生き残っていけるよう、武術の指導だけはしておこうと考えていた。


「如何した、ハツ?」


 ふと、猫の少女が視界に入る。少女は震えていた。

 彼女だけではない。少女と何時も仲が良く一緒に居る狐の子や、狸の少年も同じく震え、この光景に恐怖していた。


「えと、せん、せ……」


「怖いか?」


 死体を見つめ、少女は硬直していた。

 初めての戦闘を経験したのだ。当初は自分が一番活躍すると張り切っていた彼女だが、無理もないだろう。

 この時代。犯罪は至る所で起るし、人が死ぬのは当たり前になっている。


 皆身を守る為、武装し、戦う。だが、この村では戦闘経験者が殆どと言っていい程居ない。

 普通、一般の郷村では幼い頃から争い事に関わっていき、本人が望まなくても土地争い、いがみ合いなどに済し崩しに巻き込まれるのだ。


 戦が起これば兵士としてかり出され、幼い内から争いに慣れる。故に皆、人が死ぬのは目にするし、知らず知らずの内に日常化する。

 だが、この少女にとっていきなりの戦闘は衝撃が強すぎたのかも知れない。流れる血を見て、顔を強張らせている。


「ハツ」


「は、はい―――!」


「生き残りだ」


 猫の少女がアガロの足元に転がる足軽を見た。どうやら投擲を喰らい、気を失っているだけの様子だ。

 アガロは横たわる足軽の腰刀をサッと引き抜くと、それを(おもむろ)にハツの眼前へ突き出した。


「止めを刺せ」


 やってみろではない。殺れ、と彼は指示した。

 アガロにとって、剣術を習う者の最終課題は、人を殺める事である。

 ハツは逆らう事が許されない雰囲気と察し、刀を受け取った。ズシリ、と重いように感じた。


 今迄握ってきた木刀の方が実際には重いだろう。しかし、これからその凶器を使い、人を殺めるのだ。考え出すと、震えが止まらなくなり、息が荒くなる。


「……せんせ、出来ないよぉ―――……」


「…………」


 アガロは無言でいた。自分は初めて人を斬った時、こんな感じだったろうか、と回顧する。

 恐らく、少女と自分とでは生きてきた境遇が違う。

 彼女は昨日まで長閑で平和な世界で暮らしていたのだ。それが今日、打って変わって外の世界と同じになってしまった。


 アガロは今迄、外の世界で生きてきた。幼い内から人を殺める為、訓練してきたし、人の死体などを検分したりして慣れてきた。その差がハッキリと現れている。


「何の為に剣術を習った?」


「…………」


 ハツは返答出来ないでいた。何時もの活発さを失くし、力無く俯いていた。


「―――う、うん……」


 足軽が動いた。意識を取り戻したのだ。

 瞬間、アガロは素早くハツから刀を奪うと、


「ぐっ!? か、はぁ―――……」


 足軽の喉元を一突きにし、絶命させる。

 ハツには彼の瞳はとても冷たく、それでいて冷酷に映った。まるで、虫けらを見ているかのような蔑んだ目だ。

 今迄見てきた中で、今の彼が一番恐ろしく感じたが、勇気を振り絞り少女は訊ねた。

 声は震え、今にも泣き出しそうだった。


「せんせは…人を、殺すのが怖くない、の……?」


「お前は蚊を殺す時、何か感じるのか?」


 それを聞くと、彼が果たして同一人物か疑いたくなった。今、目の前に居るのは、少女の全く知らない別人である。


「いいか、ハツ。戦の最中、敵の事は考えるな」


「なん、で……?」


「こいつ等にだって、家族や守りたい者が居る。こんな奴等でも、死ねば悲しんでくれる者が存在する。だが、それを考え出したら切りが無い、殺す事を躊躇(ちゅうちょ)する―――」


 話しながら、黒髪の少年は足を引きずってハツへ近付くと、刀を突き出した。


「迷うな。生きる事のみを考えろ。殺す事躊躇(ためら)えば、お前が殺される」


 守りたいものがあるのなら戦え。と最後にそう付け足した。

 今度は呆然とする後ろの二人へ目を向ける。


「カンナ。タオ。覚えておけ。これが寡兵で敵と戦うやり方だ。地形を利用すれば、味方が千でも、万の軍勢と互角に戦える」


 二人は無言だった。先生を務める彼の言葉が、耳に届いているかどうかは分からない。

 だがそれでも、ユクシャ当主は続けた。


「死んだ奴は蘇ったりはしない。呆けているだけ時間の無駄だ。次の事を考えろ」


 三人から離れると、士族の少年は剥ぎ取った武具を装備し、刀を帯びる。

 武装を完了した丁度その時、森の奥から大きな巨体が姿を現した。


「チュウコウ! 大丈夫だった!?」


 イルネが彼を見て、慌てて駆け寄った。

 ふらつきながら此方へ近付いてくる巨人の鬼チュウコウ。

 彼は余程緊張していたのか、顔面蒼白であり未だに地に足が付いていない心持だった。


「チュウコウ。良くやった」


 褒めてやるが返答はない。心此処に在らずである。

 側へ来ると尻餅を付いた。汗を流し放心状態だった。暫くは使えそうに無い。


「アガロさん」


 ふいに後ろから声を掛けたのはスイセン。

 振り返ると、其処には村長だけではなく村の長老衆や他の村人達が集まっていた。

 非戦闘員と判断された怪我人や病人と共に、巨人の住処である西の洞窟へ避難していたが、彼等は味方が勝利し、敵を蹴散らしたとの報を聞き、直ぐ様駆け付けたのだ。


「村を救って頂き、本当に有難う御座います……」


「感謝するのは早い」


 (こうべ)を垂れ感謝の意を示すが、彼はそんな事を言った。

 どういう意味か分からず、小首を傾げる村長。


「何故ですか?」


「怪我人がいるかも知れない。そいつ等の手当てをしてやれ」


 事後処理を済まし、初めて終わりを迎えられる。

 敵の抵抗が無かった訳ではない。血路を開こうと、必死になって逃げた敵も存在した。傷付いた味方も少なからず居る。

 スイセンが頷き、その場から離れると、彼は隣で村長に(ひざまず)いていた鬼娘へ振り向く。


「イルネ。休んでいる暇はないぞ?」


 咄嗟に彼女を呼び、剥ぎ取った刀を投げ与えた。

 怪訝(けげん)な眼差しを向ける彼女へ『お前のだ』と付け足した。直ぐに装備するよう命じる。

 目を見ると、戦いが終っているにも関わらず、彼の眼光は鋭く鋭利な刃物のようであった。

 すると、その後ろで村の若者数名が、先程剥ぎ取った武器を、背中に背負い込み括り付け集まって来た。


「一体何する気よ?」


「此処は村の年寄りや、長老共に任せておけ。お前は俺に付いてこい」


 言うと先を進む。

 慌てて追いかけると、程なくして村の西口に待機し、隘路口で敵と対峙した若者達と合流した。


「これは、一体どういう事?」


 (いぶか)しげに睨むイルネ。

 その視線等気にせず、アガロは村の若い衆を数十人引き連れ何処かへ向かおうとしていた。

 彼女は呼びとめると、彼は振り返り目的を打ち明ける。


「今夜中にキン村へ向かう」

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